63話 森の奥の拠点
森奥へと連れていかれるテオ達。
突然、森がひらけて広場のような場所に出た。いくつかの巨大な岩が立ち並び、その岩それぞれに洞窟のように横穴が掘られている。一つ一つの洞窟の開口部は、人間の身長二、三人分ほどの高さ、幅しかない。
ヴァスケスの誘導のもと、捕虜となった建築士と黒魔導師はその洞窟の一つへと放り込まれた。洞窟は人手で掘られたようで中は割と平らで、さほど奥行もない。
「ほら、さっさと入る入る!」
「ぐっ」
ジェルクに押し込まれ、テオとテナイアも、サーヴァント・ラルヴァごと同じ洞窟内に押し込まれた。建築士と黒魔導師は鎖で両手両足を縛られ、ろくに身動きも取れなくなる。なぜか、テオとテナイアは拘束されていない。
「あー、キツかった。じゃ、あとはあんた方だけで楽しむこってすね」
放り込んだ後にすぐにサーヴァント・ラルヴァから離れたジェルクはニヤニヤとテオらを嗤い、そさくさと洞窟を出ていってしまう。
「ぐ……」
サーヴァント・ラルヴァが笛で不気味な音色を吹き続けている。そのせいで、テオはいまだにマナが全く回復していない。
離れようにも、奥はスペースが足りない。前方は……
「――逃がすと思うか?」
ヴァスケスと呼ばれていた、青髪の男が立ちふさがる。彼が前方に手のひらを突き出した。
「【スター・ヴァンパイア】召喚」
人間の倍ほどのサイズがありそうな、大きな紋章がヴァスケスの前に出現した。しかしその紋章からは何も出て来ず、すぐにそのまま消えて行ってしまう。
しかしテオは、もうヴァスケスの脇をすり抜けて逃げ出すことはできないと悟った。
(よりによって、スター・ヴァンパイアだなんて……)
『星の精』。ショ・ゴス同様、『冒涜系』の上級モンスターだ。
姿が透明で目に見えないという、厄介なモンスター。攻撃をする時にしかその姿を確認することができない。そして攻撃力も耐久力も、移動性能もお墨付きだ。マナヤの教本によれば『あらゆる上級モンスター中、最も凶悪なもの』とのこと。
そのスター・ヴァンパイアが今、眼には見えないが目の前に召喚されている。下手に動けば、その攻撃に捕まってしまうだろう。
「ほう、こいつの能力と恐ろしさを知っているのか。さすがだな」
と、テオの表情が絶望に染まったのを見て、ヴァスケスが感心する。
さらにヴァスケスは、しばしテオの顔を眺め続けたのちに。
「……お前は、セメイト村にもいたな。生き埋めになったと聞いたが、生きていたのか」
「……生き埋め?」
思わず聞き返す。テオには何のことかわからない。
「覚えていないか? お前はセメイト村南部の森の中、窪地となった場所でモンスターの群れと戦っていたはずだ」
「――!!」
テオの脳裏に、二カ月ほど前の事件がよみがえる。
騎士隊と村人の混成部隊で、故郷の南にある旧開拓村へと進軍した日。救難信号を見て、テオとアシュリーが駆け付けた時のことだ。
テオだけ足を滑らせて窪地へと落下してしまい、シャラやアシュリーと共に大量のモンスターと戦った。
あの時、途中でテオはマナヤと交替した。だからテオが覚えているのは途中までだ。あの後に何があったか、テオは知らない。
厳しい目で睨んでくるテオを見て、ヴァスケスは感心したように顎に手を当てる。
「あの時のお前では、生き残ることなどできないと思っていた。だが、先ほどのショ・ゴスへの対応、見事だったぞ。『マナヤ』に良く、鍛えられたのだろう」
「……まさか、あの時の襲撃は」
ヴァスケスというこの男。テオがあの窪地で戦っていた所を見たのだろう。だがシャラもアシュリーも、あの時は最後まで他に誰も来ていなかったと言っていた。
つまり……この男は、あの場面を見ていながらテオに手を貸したりもせず、放置していったということになる。
ヴァスケスの唇が、弧を描く。
「そう、お前の考えている通り。……あの襲撃は、我々が仕組んだものだ。お前たち、召喚師を救出するためにな」
「救出、だって?」
――村を襲っておいて、救出?
テオがヴァスケスを睨むが、彼は全く意に介さない。
「その通りだ。村人は、お前たち召喚師をいいように使っている。そこから救出するには、ああするしかなかったのだ」
そしてヴァスケスは、まるで愛し気にでもするように、虚空を撫でた。
おそらくそこに、ヴァスケスのスター・ヴァンパイアが居るのだろう。髪の隙間から見えた碧の目が、熱を持っているかのように見える。
「……」
テオはそんな彼の様子に、うすら寒さを覚えた。まるで、モンスターを慈しんでいるかのような態度。
ちらりと、テオの表情が変化したのを確認したヴァスケスの目が、冷徹なものに戻る。
「おかしいか? 召喚師が相棒のモンスターを慈しむのは、当然のことだろう」
「……モンスターは、人を殺すんですよ」
思わず、顔をしかめるテオ。体で隠した自分の左手首を、ぎゅ、と右手で強く握る。
召喚師の戦い方を心得ているとはいえ、テオはそんな気持ちに共感はできなかった。
テオには、故郷のセメイト村をモンスターに滅ぼされた記憶がある。モンスターを『武器』として使うことならば慣れてきたが、とても慈しむような真似はできなかった。
だが、それをヴァスケスは鼻で笑った。
「それが、どうした。人間は、我々召喚師が苦しんでいるのを見て楽しむことすらする。悪意がある分、人間の方が厄介なほどだ」
「……どういう意味ですか」
「そのままの意味だ。お前とて、召喚師であるならば体験していよう。他『クラス』の者達から、我々召喚師がどのような扱いを受けているかを」
ヴァスケスの表情が、憎悪に歪む。
「封印しなければ、世界はモンスターに埋め尽くされ人類は滅ぶ。にも関わらず、人間達は我々をもモンスター扱いだ。勝手に我々を恐れ、勝手に見下し、そして何かと理由をつけてすぐに我々を見殺しにする」
「……」
「同じ村の村人であろうとも、召喚師になった瞬間、汚いものを見るように顔を背け、離れていく。そのような者達を信頼してやる必要などあるのか?」
「……でも、家族や友達がモンスターに殺された人だっています。だから……」
「だから仕方がない、とでも言うのか? わざわざ連中の意を汲んでやれとでも? 奴らが我々を一方的に排斥せんとしておいて、なぜ我々だけが妥協せねばならん」
彼の前髪から覗く、冷静だった碧の瞳に激情が灯った。
「家族ですら、召喚師となった途端に裏切るのだ。信用に値するものではない」
「……家族、ですら?」
「そうだ。私の親兄弟も、私が召喚師になってしまった途端、手の平を返した。怖れ、蔑み、挙句に他ならぬ家族の手で、私はたった一人でモンスターの闊歩する森に放り出された。全ては、召喚師の居る家となど言われたくない、というだけの理由でな」
テオは、自分はまだまだ幸運だったのだと気づいた。
テオの両親は、シャラは、自分が召喚師になった後も自分を大切にしようとしてくれていたのだから。
「そんな危険極まりない森の中で、私はトルーマン様に救われた。あの方に、あの方の作り上げた『召喚師解放同盟』の理念に、私は救われたのだ」
「でも、だからって……」
「人は、簡単に裏切る。召喚師でない者に、召喚師の気持ちなどわからない」
そして、再びヴァスケスは虚空を撫ぜる。
「その点、召喚モンスターは裏切らん。人間と違って、召喚師が呼んだモンスターは召喚者に牙を剥くことはない。ならば、どちらをより信頼すべきかは自明だろう」
「モンスターを……信頼するっていうのか」
「そうだ。モンスターを信頼すれば、モンスターはそれに応える。我々召喚師は地力を伸ばすことはできない。なればこそ、モンスターと絆を結ぶのだ。その絆に応えたモンスター達は、我々に代わり強くなってくれる」
「そんなこと……聞いたことがない」
マナヤの教本にも、書いていなかった。モンスターは、能力が固定されている。モンスターを信頼することで性能が上がることなどない。そのはずではなかったのか。
理解できない、というテオの思いを感じ取ったか、心なしかヴァスケスが憐れむような目をする。
「お前たちは、村の連中に影響されすぎている。だから、モンスターの正しい使い方に気づかない。そうやって、考えることを辞めてしまう」
ぐ、とテオは唇を噛んだ。
モンスターの正しい使い方に気づかない。考えることを辞める。……マナヤが来る前まで、実際にこの世界の召喚師達はそうだったからだ。
図星をついたことに気づいたか、ヴァスケスは満足げに続けた。
「我々召喚師こそが中心となって、世界を引っ張っていくべきなのだ。成人の儀にて、なぜどんな人間でも『召喚師』だけは必ず候補に現れるか、わかるか? 召喚師こそ、この世界に最も必要とされている『クラス』だからだ」
「……」
「どうだ。お前には見所がある。お前も、我々召喚師解放同盟に加わってみる気はないか」
「なっ!?」
ヴァスケスが、テオに向かって手を差し伸べる。キッとテオは、それを撥ね退けるように睨めつけた。
「ふざけるな! 僕は、お前たちみたいな連中には仲間入りしない!」
「何を怒っている。我々は召喚師を手厚く保護している。村の人間のように蔑むことなどしない。むしろ、救済しているつもりだ。スレシス村の召喚師達はそれを受け入れてくれたぞ」
「な、何を根拠に……!」
「来い、ライアン」
ヴァスケスが右を向き、声をかける。すると、その方向から一人の青年が、洞窟の入り口に姿を現した。
歳は二十に届くか届かないかというところだろうか。緑の長い髪をオールバックにし、後ろで束ねている。やや沈んだ目で、ゆっくりとテオの方へと視線を移動させた。
そんなライアンという青年の肩に、ヴァスケスは片手を乗せる。
「この者はつい最近、スレシス村の村人に嵌められかけた。ゆえに、我々が保護した。我々の理念に快く賛同してくれたよ」
「……!」
――嵌められかけた!?
驚愕するテオを尻目に、ヴァスケスがライアンを促すように彼の肩を軽く叩く。
「……オレは、召喚師になってから考えてた。召喚師ばかりが、こんな扱いを受けるのは、間違ってるって」
ライアンが軽く俯いてぽつぽつと語り始めた。
「だから、召喚師の仲間にも一緒に呼び掛けた。変えていこうって。少なくとも、役立たずなんて言われないくらいには強くなってみせようって」
「……ライアン、さん」
「でも、ダメだった。オレ達が頑張ろうとしたら、召喚師ごときが出しゃばるな、だなんて言われて却って当たりが強くなっていった!」
やや涙を滲ませながら、キッとテオを睨み上げるように顔を上げる。その目は、どこか虚ろだ。
「挙句の果てに、オレは村の剣士に嵌められた! あいつは、『間引き』の時にオレをルートから外れた位置に連れてきて――」
「……えっ?」
「――そして、爆発が起こって、オレだけ吹き飛ばされた! あの剣士は、吹き飛ばされるオレを見て嗤って、そのままオレを見捨てて立ち去って行った!」
――ルートから外れた位置に誘われて、爆発が起こった?
「……僕達がここに連れてこられた時も、同じようなことが起こった。それって、まさか……」
「その通り。我々が仕組んだことだ」
唐突にヴァスケスが口を挟む。弾かれたように、テオがその青髪の男へと顔を向けた。
「だったら、ライアンさんや、僕達を嵌めたのは……!」
「我々だ。迫害されている召喚師が苦しんでいるのを、見捨てるわけにはいくまい」
あっさり認めたことに、テオが激昂する。
「何を言ってるんだ! だったら、その剣士を手引きしたのも、お前達じゃないか!」
「そう。そうやってあの村の召喚師達を少しずつ連れ出し、我々に引き入れている」
「お前たちが召喚師達を嵌めたんじゃないか! ライアンさん、君は騙されてるんだ! 聞いたでしょう!?」
「……知ってるよ。それが、何だっていうんだよ」
そもそもの元凶がヴァスケスらであることを、彼らは認めた。にも関わらず、ライアンは『それがどうした』と言わんばかりに、虚ろな目のまま憎悪に顔を歪める。
「あいつは、ダスティンは、オレを嵌めればオレが酷い仕打ちを受けると知ってやっていた! だからあいつは、オレが苦しむ様を見たくて、進んでオレを誘導したんだ!」
「そん、な……」
「オレはオレなりに、この村に貢献できるようにしようと、頑張ってきた! なのに、あの村の連中は、そんなオレを嘲笑ったんだ! この人達は、そんなクズばかりの村から、オレを救ってくれたんだ!!」
ライアンの、憎悪と悲痛が混じったような表情。
――そうか。この人は、心が折れてしまったんだ。
彼なりに、召喚師でもやれることがあるだろうと、必死に頑張ろうとした。そして、その努力は無駄だとトドメを刺されてしまった。
かつてテオも学園で、一度心を折られてしまったのと同じように。
狂気に満ちた目で、ライアンはうわごとのように続ける。
「この人たちは、ちゃんとオレ達を対等に扱ってくれる! 誰も、オレ達召喚師を蔑まない! 召喚師同士で、力を合わせて切磋琢磨していける! オレが夢にまでみた……オレの理想を、ちゃんと実現してくれているんだ!」
「……理想、だって?」
「そうさ! この世界が召喚師だけなら、全員が幸せになれる世界になる! 召喚師以外の人間を全員殺せば……あの村の連中も、召喚師以外は全員殺せば! オレ達召喚師の、理想郷ができるんだ!」
その言葉を聞いた、瞬間。
テオの中で、何かが、切れた。




