61話 間引きの中の急襲
その日、テオは最初から嫌な予感がしていた。色々な突発事態が連続していたからだ。
「おら、こっちだ。さっさと来やがれ!」
ダスティンが、テオが同行している『間引き』隊を強引に森の中へと誘導していく。それをテオと、『間引き』に監視役として同行してくれていたテナイアが顔を見合わせ、互いにため息を吐く。
今日のこの『間引き』リーダーは本来、ダスティンではないはずだった。それが当日になって急遽、当初リーダーだった者が辞退しダスティンを推薦したのだ。
ダスティンはマナヤやシャラ、アシュリーらとひと悶着あったとテオは聞いている。そのため、彼がリーダーになると聞いて正直テオは良い気分ではなかった。
更に本来テオと同行するはずの、スレシス村所属の召喚師が『間引き』開始の集合時間にやってこなかった。
到着するまで待とうと言うテオとテナイアに対し、ダスティンは遅刻する方が悪いと言い張り、到着を待たずにさっさと『間引き』を開始してしまう。テナイアが止めたが、「あなたはあくまで監視役だ、この村の流儀には従って貰おうか」と聞く耳を持たなかった。
……そして、今。
「ねえ……なにか、おかしくない? どうしてこんなに沢山モンスターが出てくるの?」
テナイアの治療を受けているスレシス村の弓術士が、自身の腕を押さえながら訝しむ。
彼女の負傷も、複数の野良モンスター戦に遭遇したことで負ったものだ。
今までせいぜい一体ずつしか出現していなかった、『間引き』中の野良モンスター。それが今日は突然、二、三体同時に出現するという事態が三回連続していた。
とはいえテナイアはもちろん、テオもその程度の野良モンスター戦はやり慣れている。むしろ、今までの出現頻度が低すぎた。
「……ヘッ、どうせそこの召喚師野郎のせいだろうよ、なァ?」
と、先導していたダスティンが、蔑むような目でチラリとテオの方を見てくる。
「……どういう意味ですか」
「良い子ちゃんぶりやがって。どうせテメェら召喚師がしくじったせいで、こんなことになってんだろ? わかってンだぜ?」
体ごとテオの方を振り向くダスティン。
「怪我せず安全に狩れる……だとか言っといて、このザマだ。テメェら召喚師が余計な事しなきゃ、苦戦なんざしなかったんだよ」
「ちょっと、言いすぎよ! 苦戦してるのはモンスターが増えたからでしょ! 召喚師達の戦術と、何の関係があるの!?」
治療を終えた弓術士がダスティンに反論するが、彼は意に介さない。
「どうせそりゃ、そこの召喚師が出してるモンスターのせいだろ。モンスターを呼び寄せる能力があるとか、言ってたじゃねえか」
「それこそ辻褄が合わないわ! 私が索敵した限りじゃ、召喚師がモンスターを召喚する前から敵は数多く湧いてるのよ!」
野良モンスターの出現頻度とテオの『猫機FEL-9』に何の因果関係も無い。索敵能力を持つ弓術士はそれを感じ取ったのだろう。
「……イレーマさんの言う通りよ。ここは一旦退きましょう。今日の森、何かおかしいわ」
「そうですよ。戻って対策を練りましょう。もしかしたら、別方面でも似たようなことが起こってるかもしれません」
白魔導師の女性、剣士の男性も、弓術士イレーマに同調し始める。自分の味方が増えてきたことに、テオは心強くなって意気を取り戻した。
「……帰り道は、僕が先導します。このくらいの複数モンスター戦なら、僕は故郷で慣れています」
「私もサポートを手伝いましょう」
テオの言葉にテナイアも賛同してくれた。
しかしダスティンは、どこか焦ったような顔で叫び散らす。
「ふざけんじゃねェ! このチームのリーダーはあくまで俺だ! その俺がこっちに来いっつってんだよ!!」
と、一気にガサガサと更に森の奥まで勝手に進んでいった。
「……悪いけど、アタシも召喚師に先導されるくらいなら、ダスティンについていくわよ」
「ま、安心しろよ。召喚師ごときに、心配されるようなタマじゃねーからよ」
と、黒魔導師の女性と建築士の男性が彼を追って奥へと進んでいく。それ以外の者は、みな引け腰になっていて戻りたそうにしていた。
「ちょ、ちょっとダスティンさん! 皆さん!」
慌ててテオが、奥へ入っていった者達の後を追いかける。このモンスター密度で『封印』持ちの召喚師抜きで進むなど、後で状況を悪化させるだけだ。
「テ……マナヤさん! ……ッ、他の皆さんは、撤退を! 道中モンスターに出会っても、極力遁走を優先! 何かあったらすぐに救難信号を上げるのです、良いですね! 【ライシャスガード】!」
テナイアが他の者達に指示を出し、魔法をかけた。撤退する者達全員がそれぞれ白い膜のような結界に全身を覆われる。
それを確認し、すぐにテオらの後を追い奥へと向かっていった。
「――ダスティンさん、皆さん! 撤退すべきです! この人数で襲われたら、どうするんですか!」
「うるせェ! 召喚師ごときが俺に指図すんなッ!」
「がッ……」
ようやくダスティンに追いついたテオだが、いきなりダスティンに殴り飛ばされる。木の幹に背中からぶつかって咳き込むテオ。
ダスティンについて来ていた他の面子も、殴られるテオをニヤニヤと見下しながら見つめていた。
「――マナヤさん! ダスティンさん、このような森の中で、一体何を!」
「言ったはずですぜ、テナイアさんよお。あくまでもリーダーは俺だってな!」
テナイアもすぐにやってきて、状況を見てテオを助け起こす。しかしダスティンはなおもテナイアに噛みついた。
さらに、同行していた黒魔導師と建築士もテオを見下し始める。
「アタシたちも、気にくわなかったのよ。アンタ達が出しゃばってきてるのは、ね」
「これ以上あんたらに付き合ってやる必要なんてないんだぜ? 召喚師にデカい顔されるなんて、今さらごめんだしな?」
そんな彼らの言い草に、唇を噛むテオとテナイア。
「へッ……ま、別にもうどうでもいいぜ。どうせ、そこの召喚師野郎はもう見ることもねェだろうしな」
と、意味深な言葉と共にダスティンがテオを見下ろして嗤う。そして、傍らの黒魔導師と建築士を促し数歩後ろへと下がった。テナイアが眉を顰め、ダスティンを問い詰めようとする。
「それは、どういう――」
――刹那。
テオの視界の隅にちらついた、かすかな火花のような光。耳に届く独特の音。
「っ!? あ、危ないッ! みんな逃げてッ!」
音からして、もう処理は間に合わない。そう判断したテオは、咄嗟にそう叫んだ。
何か尋常ではない雰囲気を感じたテナイアが、反射的に魔法を発動する。
「【レヴァレンスシェルター】!」
その場に居る者全員をすっぽり包むように、半球状の光の結界が囲んだ。
その、次の瞬間。
耳をつんざくような、大爆発。
「うおッ!?」
「きゃあっ!?」
「ぐあっ!」
「ぐう……っ!」
光の結界が一瞬で破壊され、しかしかなり威力を軽減できたのか、倒れ込み地面を転がる程度で済む一同。
「な、何があったのっ!?」
「自爆指令……誰かがあそこで、召喚モンスターを自爆させたんだ!」
起き上がった黒魔導師の問いに、テオが爆発が発生した方向を指す。
その場所はもうもうと煙が立ち上り、周囲の草木は爆発方向に向かってしなっていた。
『自爆指令』。
召喚師用の魔法で、指定した機械モンスターを五秒後に自爆させる効果を持つ。中級モンスター一体分ものマナを消費する、強力な補助魔法。
テオも、マナヤの教本から注意事項を守り一度試しに使ってみたことがあった。そのため爆発前に発生する火花と音に覚えがあった。
「召喚モンスターだとお!? やっぱり、召喚師の仕業だったのか!」
それを聞いた建築士が詰め寄り、テオの胸倉を掴む。
「皆さん! 落ち着いて下さい! これは、おそらく……!」
だがテナイアが一喝し、煙の中を見据えて身構えた。
……そんな中、ただ一人顔色を青くしている男が一人。
「な、なんだよ……なんで今回は、こんな近くで爆発が……」
ダスティンが、尻餅をついたまま立ち上がろうともせずに茫然としていた。
――今回は?
彼のその一言に訝るテオだったが……
「――【跳躍爆風】!」
突然、煙の向こうから鋭い声と破裂音が聞こえる。直後、何かが頭上から、テオらの目の前に降ってきた。
――ズウゥン
砂煙を巻き上げて目の前に落下してきたのは、不気味な黒い塊。
ぐじゅぐじゅと音を立てながら、まるで水疱のような粘性のものが沢山集まって、一つの巨大な塊を形成している。その塊は、高さにして人間の1.5倍、幅も同じくらいの長さがあるだろうか。
だがしかし、それほどのグロテスクな怪物でありながら瘴気は全く纏っていなかった。
『冒涜系』の上級モンスター、『ショ・ゴス』。
「いけない! みんな、そいつから離れて!」
奉仕種族の能力を知っているテオが、離れながら咄嗟に皆へ声を張り上げる。だが、間に合わない。
――テケリ・リ――
突如ショ・ゴスの全身が震え、奇怪な声を発した。




