60話 恨みと画策の渦
「……くそっ、何だってんだ、あいつらはよォ!」
スレシス村の夜道を歩きながら、ダスティンが怒りに任せて毒づく。
その原因は、最近急に信用を得始めた『召喚師』達だ。
この村の召喚師達は元々は単なるお荷物であり、ダスティンの憂さ晴らしに丁度いい相手だった。
どうせ、『封印』するしか能がないのだ。モンスターを召喚したところで、一番近い敵に突撃するしかできない。戦いの役になど立つはずがない。
村人も皆そう考えていた。召喚師達はクズの集まり、そういう共通認識だった。
だが、あのマナヤという召喚師が現れてから状況は一気に変わった。
最初こそどうということは無かったが、徐々に召喚師達が『間引き』の時に存在感を現し始めた。
下級モンスターを使って敵の攻撃を一身に引き受け、他の者達は安全にモンスターを処理できるようになる。明らかに、怪我をする戦士達が減っていった。
その状況を感謝する者達の層が厚くなっていった。主に、身内に四肢を欠損した者が居る連中だ。もう自分達と同じような目に遭う身内が増えることが無くなった、などと言って喜んでいた。
さらに、数日前の大型の竜巻だ。
あの時に、召喚師の働きによって救われた家族が居たのだという。何をバカなとダスティンは一蹴してやったが、召喚師は迫害するほど無能ではないという認識が徐々に広がり始めた。
また、高齢層の一部の戦士達からも、召喚師達の動きが評価され始める。
今のような火力一辺倒の戦い方ではダメだ、しっかりと戦闘技術と連携を鍛えなければならない、などと口うるさい戦士達。
ダスティンにとっては、時代遅れな考え方をする老害だ。全員で一気に火力を集中して、殺られる前に殺るのが一番だというのに。
その”老害”たちの中には、ダスティンの父親も含まれていた。
小さい頃から、礼儀だの誇りだのにうるさい父親だった。さらにダスティンが成人の儀を受けてきてからは、同じ『剣士』だったということもあって、ダスティンに剣士の技術を叩き込もうなどとしつこかった。
ダスティンと同年代の者達に、今さら剣技などと古臭いことを言う者はいない。だからダスティンは父親が訓練を施そう等と言い出した時は、すぐに家から出ていっていた。
今のままで充分『間引き』ができているのに、何を技術等と苦労する必要があるのか。
傷跡は男の勲章などと言っておきながら、傷を負わずに戦う戦術を評価するとは、ダスティンには父親の気が知れない。
そうして先ほども、父親が「召喚師ですら戦闘技術を磨いてきているというのに、お前は一体何だ!」などとわけのわからないことを言い始め、さっさと家から出てきたのだ。
腹立たしいことに、マナヤという連中一行の中にいた赤毛の剣士も似たような講釈をダスティンに垂れていた。
あんな年下の女剣士に良いようにされるなど、笑いものだ。実際、最近はダスティンを冷ややかな目で見てくる者が多くなってきた。
「何が、召喚師の指導だ。何が剣技だ。無能どもが出しゃばりやがって……」
「――ほーう、随分とお怒りのようじゃねぇですか」
「あ?」
突然背後から聞こえてきた声に、ダスティンが苛立ちを隠そうともせずに振り返る。
そこに居たのは黒髪の逆毛男だ。歳は、顔から察するに三十ほどか。茶色いギャンベソンという、厚手布を重ねた防具を纏っている。腰に剣を帯びていることから、同じ剣士であることが伺える。
「ああ、アンタかよ」
ダスティンも顔は良く知っている男だ。マナヤが来る前までに時々、気にくわない目をした召喚師達を”消す”時に、世話になった男。
名前までは知らないし、別に聞いてやる義理も無い。
「そんなに『召喚師』が、お嫌いですかい」
「当然だろ。特に最近のあいつらは、腹立たしいったらねェよ」
「ははぁ。んじゃあ、次に『消す』のは、そのマナヤって奴ってことでいいんでやすかい?」
「……ああ、そうだなァ。さっさと消しちまうのが、一番か」
ニヤリとダスティンが嗤い、男も同じ顔をし始める。
男はギャンベソンを捲ってゴソゴソと懐を探り、一枚のボロボロの紙を取り出してダスティンに渡した。
「んじゃあ、今度はこの場所に連中を誘導してくだせぇ。もちろん、『マナヤ』って奴と一緒にね」
「はっ、お安い御用だ。しっかし、アンタも物好きだよなァ。召喚師を連れ去りたいなんざ」
「それを聞くのはヤボって奴ですぜ。なぁに、召喚師の”使い道”ってのは色々あるんでさあ」
地図が描かれているその紙を懐にしまうダスティン。
ヘラヘラと笑うこの男が召喚師を何に使っているのかは知らないが、予想はつく。大方、貴族どもの憂さ晴らし要員にされているのだろう。
「んじゃ、頼みましたぜ旦那」
「へっ、アンタこそ、しくじンじゃねえぞ」
背を向けて立ち去る男を黙殺し、ダスティンは先ほどよりは上機嫌に夜空を仰ぎ見る。
そして、ダスティンはマナヤが居なくなった後のことを考え、ほくそ笑んだ。
マナヤと結婚しているという、あのシャラという錬金術師。マナヤが居なくなったら、あの女を強引に奪ってやるのもいい。
本当にあの召喚師風情に惚れているのかは知らないが、それはそれで落ち込んだあの女を『慰めて』やるのも面白そうだ。
その時の事を想像し、舌なめずりをしながら、ダスティンは歩を進めた。
(……まずは、次の『間引き』で召喚師をあいつ一人に孤立させねえとな。口裏を合わせに行くか)
***
ところ変わって、スレシス村の防壁を出た森の奥地。
黒髪の男がガサガサと茂みの中へと入りこんでいき、その先にあった地面を掘り返したような穴に辿り着く。
(へっ、とんだマヌケ野郎だ。たかだか腰に剣差したくらいで、あっさり騙されちまわぁ。ま、これでまた『お仲間』が増やせらぁな)
男は、先ほど会ったダスティンという剣士を心の中で唾棄しながら、腰に帯びた剣を鞘ごと外し穴の中へと放り込んだ。
続いてギャンベソンも脱いで穴の中へ。そしてスコップを使い、穴を土で埋めていく。
(これで、トルーマンの旦那にも認められるやな。そうすりゃ、あのいけ好かねぇヴァスケスの野郎にも一泡吹かせてやれるってもんだ)
穴を埋めきって、土を上から足で踏みつける。
地面が多少盛り上がって見えるのはまあ、仕方がない。どうせこのような場所を見に来る輩は、スレシス村の連中には居ない。そう男は割り切っていた。
「――ジェルク」
と、突然男の名を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと奥の茂みから、青い前髪で目を隠した男が出てきた。召喚師解放同盟の事実上のナンバーツー。ヴァスケスだ。
感情を隠し、媚を売る男――ジェルク。
「へへぇ、ヴァスケスの旦那。こっちの仕事は、済ませやしたぜ」
「……ふん。最低限の仕事くらいは、できるようだな」
などど、前髪の奥からチラちく碧の目で冷たくジェルクを睨んでくる。
その物言いにジェルクは内心腹が煮えくり返っていたが、得意のヘラヘラした表情を顔に張り付けて耐えていた。
「酷ぇ言い草でやすねえ。何年、あっしがこの仕事をこなしてると思ってるんで?」
「……他『クラス』の者と口をきくのを耐えていることは、褒めてやろう。だが先日、騎士隊の馬車に無断で襲撃をした失態を、私は忘れてはいない」
根に持つ奴だと、心の中でジェルクが舌打ちする。
ジェルクは以前、要人を運ぶのに使われる珍しい騎士隊の馬車隊を襲ってしまったのだ。つい魔が差しただけの迂闊で無意味な行動。長年、腹立たしい他『クラス』の連中を騙し誘導するための窓口として利用され、鬱憤が溜まっていたためだ。
野良の『ノーム』襲撃に見せかけるのは簡単だ、と高をくくっていた。なにしろ、四大精霊の攻撃はどこから攻撃しているか見えない。
念には念を入れて、狩人眼光でノームの射程を伸ばしておいたのだ。だから、弓術士でさえも射程ギリギリならばそうそう感知されない。いざとなれば、すぐに逃げだすこともできる。それがジェルクの油断だった。
いきなりそれを相手に見破られかけ焦った。相手はケンタウロスを召喚した挙句、こちらと同じように狩人眼光を使ってきて反撃してきた。咄嗟に竜巻防御をかけてその攻撃を逸らしたが、これでどこまで持ちこたえられるかはわからない。
挙句、突然『狼機K-9』が跳んできた。狩人眼光でギリギリ届くほどの距離を、あろうことか跳躍爆風で跳ばしてくるなど、一体どうなっているのか。
ヴァスケスは慌てて、ノームを送還で自身の封印空間へと回収。そしてゲンブを召喚し、狼機K-9を防いだ。堅い甲羅を持つゲンブなら狼機K-9を完封できる。
が、今度はなんとグルーン・スラッグまで跳んできた。おまけに、信じがたいことにそのグルーン・スラッグの上に誰かが乗って一緒に跳んできていたのだ。
ゲンブは捨て置き、それを囮にして退散することにした。相手は、まるでこちらの手の内が読まれているかのような動きができる不気味な召喚師。それをまともに正面から戦うなど、正気の沙汰ではない。
だが当然というか何というか、野良モンスターではなく召喚師がけしかけた攻撃ということが、騎士隊の連中にバレてしまった。
そしてその事を、よりにもよって今目の前にいる、このいけ好かないヴァスケスに知られてしまったのだった。
「……しかしですねぇ、あれで確信が持てたんですぜ? あれだけのことができる召喚師なら、件の『マナヤ』に違えねえと。トルーマンの旦那だって、それを聞いて朗報だと言ってくれたじゃねえでやすか」
「結果論だ。召喚師による襲撃があったと、完全に騎士隊の連中に気付かれた。だからこそあの仮拠点を放棄する羽目になったことも、もう忘れたか」
ジェルクの『ノーム』による襲撃が失敗した後、襲撃が発生した地点を重点的に騎士隊に調査された。一応、一足先にヴァスケスがトルーマンに忠告していたため、仮拠点を早々に放棄し証拠隠滅するのも間に合った。しかし手痛い損失であったことには変わりない。あの拠点は、ゆくゆくは騎士隊の駐屯地を直接襲うために用意していたものだったからだ。
それ以来、ヴァスケスはいちいち、こういう嫌味をジェルクに言ってくるようになったのだ。
「まあ、良い。……それで、『マナヤ』は釣れそうなのだな?」
「へい。例の地点に誘導するように言いやした。あとは、明日を待つだけかと」
「ふむ。我々『召喚師解放同盟』への加入希望者が溜まってきている。明日は複数人を生け捕りにする予定だと、トルーマン様からのご命令だ」
「じゃ、あの『ライアン』のやっこさんも……?」
「ああ。奴もその時に『洗礼』を済ませる」
『洗礼』。
召喚師解放同盟に正式に加入するメンバーが、必ずやらされる”儀式”のようなものだ。
このようなことをわざわざやらせるとは、自分の加入している団体ながら、狂っている。昔はそう考えていたジェルクだったが、今となっては”良い憂さ晴らしができる新人たちが羨ましい”とすら思っていた。
「召喚師解放同盟も、これでかなり数を増やすことができた。明日の『洗礼』が済み次第、この拠点は放棄する」
「うん? もう変えちまうんでやすかい?」
「トルーマン様が、既に次の本拠点とする場所に目星をつけている。この村は、もう用済みということだ」
(やれやれ。あっしはまた、次の拠点で窓口役をやらされるってことかねえ)
ようやく、この村の住民達への苛立ちを抑えるのに慣れてきた所だというのに。新たな拠点でまた村人との窓口役などやらされたら、ストレスが溜まって仕方がない昔の日々が戻ってきてしまう。ジェルクは、またしても心の中で舌打ちした。
(ま、この村の連中が阿鼻叫喚で苦しみ悶えて死ぬとこを想像して、留飲を下げるしかねえやな)
どの道、この拠点を放棄すればこの村は「保たない」。そのために、わざわざ時間をかけて村人達を弱体化させてきたのだ。
いけ好かないヴァスケスが茂みの中へ消えるのを見て、ジェルクもその後に続いた。
二章前半終了。
ここから後半戦、大きく物語が動きます。




