6話 家族たちの反応
マナヤは、覚えている限りのことを語った。前世で自身の住んでいた「地球」のこと。兄と暮らしていたこと。
そして、死んだ時に『神』に呼び出され、この世界に転生してきたことを。
神がマナヤに伝えたことは、おおまかに纏めるとこうなる。
『異世界に転生して欲しい』
『その世界では、マナヤが遊んでいたゲームと同じ性能のモンスター、そして「召喚師」という「クラス」がある』
『召喚師は、その世界では必要なのだが異常なまでに冷遇されている』
『その世界で、召喚師の本当の戦い方を広め、待遇を改善して欲しい』
『転生先の人間は既にモンスターにより故郷の村を滅ぼされ死んでしまったので、直前まで時間を巻き戻すので対処して欲しい』
地球で平和に暮らしていた自分に随分と無茶で図々しい注文をする神だ、とマナヤが内心思っていたことまでは黙っていたが。
***
黒魔導師ディロンが額を抑えながら確認する。
「では、このセメイト村は一度はスタンピードで滅びた。その後、時間が巻き戻ってマナヤ君がテオ君として転生し、スタンピードから村を救ったと?」
「はい。なのでどこからどの程度のスタンピードが来るか、ある程度わかってました」
「なるほどね」突然アシュリーが小さく呟いた。「あんたが急に、召喚師らしくない戦い方をしだした理由がわかったわ。別世界の戦術かあ……」
感慨深いように言い、ずいっと顔を近づけて興味深げにマナヤを見つめてくる。至近距離からキラキラとした瞳に見つめられ、気恥ずかしくなったマナヤはつい目を逸らしてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「シャラちゃん?」
ようやく落ち着いた様子のシャラが、突然声を上げた。騎士隊長や黒魔導師ディロンが目を吊り上げたのを見て、テオの母であるサマーが慌てる。
「テオが死んじゃったって、テオは、元のテオは今どうなってるんですか?」
「……わからん」
「わからん、とはどういう意味だ?」
シャラの問いへの答えに、今度は黒魔導師ディロンが割り込んでくる。
「言葉通りの意味です。テオが前世の俺の記憶を思い出して混じり合ったのか、それとも俺がテオの体を乗っ取ったのか、わからないんです」
「”転生”という言葉通りならば、前者ではないのか?」
「それがはっきりしないんです。俺はテオの記憶を持ってますが、覗こうと思わなければ記憶を覗けませんから」
そう、それが『マナヤ』=『テオ』という図式が成り立たない可能性が高い理由だ。
この世界には、マナヤには馴染みがないもの、急には正体がわからないものが多すぎる。テオの意識を引き継いでいるなら、最初からそれらに慣れていてもおかしくないはずだ。
例えば、先程マナヤの意識が戻った時に、額に張り付いていたバジル似の葉だ。
あの葉は『ピナ』という名の木から取れる葉で、乾かさずに火をつけると異常なほど長時間燃え続けるため、燃料や照明などに利用されている。
火をつけたあとに吹き消すと半透明になり、今度は逆に氷のように冷たくなるという不思議な性質も持っている。飲み物に入れて冷やしたり、火傷の治療に使ったり、熱を出した者の額に貼ったり等、色々と使い道があるらしい。
子供でも知っている、この村の生活には無くてはならない便利な葉っぱだった。
だが、テオの記憶から意識して掘り出そうとしなければ、マナヤはこのピナの葉のことがまったくわからなかった。
この世界の常識全般について、すべてがそうなのだ。
シャラが口元を押さえ、体を小さく震わせている。両親も困惑したように目を合わせた。
「……荒唐無稽が過ぎる」
黒魔導師ディロンが、ため息を吐く。
「だが、実際にスタンピードを収めてもいる。その功績は認めねばなるまい」
「はぁ……」
マナヤが気の抜けたような声を漏らしてしまう。
「少し、確認をしておきたいことがある」
「はい?」
ディロンが険しい顔で、急に話題を変えてきた。
「君は”召喚師解放同盟”というものを知っているか?」
「”召喚師解放同盟”? ……いいえ、初耳だと思います。どういう組織です?」
「”トルーマン”という名に聞き覚えは?」
「……いいえ」
「では”ヴァスケス”という名は?」
以後も、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
問いかけにディロンが答える気が無いのを察して、マナヤはひたすら淡々と答えていくことにした。名前らしきものについては、『サモナーズ・コロセウム』のアバター名や、設定資料集にあったかどうかを思い出そうとしながら。
白魔導師テナイアは、質問に答え続けるマナヤをじっと見つめてきていた。一挙手一投足に気を配っているように見える。
「君は、この世界や住民に害意があるわけではない。間違いはないか?」
「ありませんよ。一応、テオの記憶もありますし」
その答えを聞いたディロンは、じっとマナヤを見つめた後、目を閉じて言った。
「いいだろう。今はその言葉を信用しよう」
「……えーと、俺、これからどうなるんです?」
「今はまだ何とも言えない。私から上に報告する」
「……」
「ただ、早ければ明日から村周辺の『間引き』を行う。当然、君にも協力を要請することになるだろう」
そう言って、話は終わりと言わんばかりにディロンは立ち上がった。他三名もそれを皮切りに立つ。
『間引き』というのは、簡単に言えばモンスターをサーチアンドデストロイする行為だ。
村周辺の森の中に入ってパトロールし、発見したモンスターを討伐して回る。平時にも定期的に行っている行動だ。狩りや採集などの際に安全確保したり、昨日のようにスタンピード等が起こらないようにするためのもの。今回は”復興が終わらぬ内にモンスターの第二陣、第三陣が来ないとも限らない”というのが理由だろう。
モンスターは倒したら封印せねばならない以上、召喚師も同行しなければならない。
だが、間引きと聞いてマナヤは大事なことを思い出した。
「あ、すみませんノーラン隊長」
「む? 何かね」
「間引きなんですけど、うちの村の召喚師はまだ連れて行かないで欲しいんです」
「何故だ?」
「さっきも言いましたが、神サマに召喚師の待遇改善を言い渡されてますから。うちの村の連中に、召喚師の戦い方を指導したいんス」
そう、マナヤにとってこれは急務だ。
なにしろテオの記憶の限り、この世界は召喚師の戦い方があまりにも酷すぎる。長年命を賭けて戦っておいて、ゲーム初心者程度の認識しかできていないというのはどういうことなのか。
神から受けた使命という以前に、一人のゲーマーとしてマナヤは許容できなかった。マナヤの今後の生活のためにも、自身のクラスである『召喚師』の名誉を挽回しなくてはならない、というのもある。
「……明日より十日間だ。それ以上は待てん。それ以後はセメイト村の召喚師たちにも間引きに参加してもらう」
「充分です。ありがとうございます」
本当は充分な時間とは言えなかったが、下手に逆らっても良いことは無いと見てマナヤは頭を下げた。
それを見て怪訝な顔をしたノーラン隊長を見て、慌てて右掌を左胸に当てて改めて頭を下げる。この世界の正式な礼を忘れていた。
「どこで指導を行うつもりかね?」
「えーと……召喚師用の集会場があるようなんで、明日からでもそこを使わせてもらおうかと」
ノーラン隊長に問われ、テオの記憶から召喚師用集会場の存在を掘り出したのでそこを提案してみる。
「では、その指導を行う際には、このザックを同席させてもらう」
「ザック、さん……?」
「私です」
手を挙げたのは、緑ローブの少しおどおどした先ほどの召喚師長だった。
「召喚師長さんも俺の指導を受けるんで?」
「彼が指導を受けるというより、君の監視役と思ってもらいたい」
「……了解っス」
――信用されてないって意味かよ。
マナヤは、心の中で悪態をついた。
「では、我々はこれで失礼する」
そう言って、騎士隊長と他三名は去っていった。
***
「……」
彼らが立ち去った後、マナヤと両親、シャラの間には居心地の悪い沈黙が籠った。
テオの両親やシャラからしてみれば、当然ではある。彼は高確率で、テオではないのだから。
「ね、あんたさっき起きたばっかりなんでしょ?」
そんな沈黙を底抜けに明るい声で破ったのは、赤毛の女剣士アシュリーだ。
「あ、ああ」
「じゃ、お腹空いてるでしょ。スコットさん、サマーさん、何か彼が食べるものありません?」
「え、ええ、ちょうどエタリアがあるわ」
彼女の提案に、サマーが答えて立ち上がった。
アシュリーにも勧めるが、朝食はもう摂ってきたと断った。
「……すいません、”スコットさん”。シャラ」
「いや……」
サマーが部屋から立ち去った後、マナヤはバツが悪くなってスコットとシャラに謝罪する。
スコットも曖昧に笑みを見せて答えた。シャラはやや俯いたまま黙っている。
「そうそう、今のあんたのこと、”マナヤ”って呼べば良いのよね?」
「あ、ああ、そうして貰えると助かる」
ごく普通に接してくれるアシュリーにほっとするマナヤ。もっとも、アシュリーは元のテオとあまり面識が無いからかもしれないが。
「あんたの住んでた別世界って、どんなとこ?」
「そうだな、モンスターが居ないってのは言ったよな? だから、一般人は戦う力を持ってねーんだ」
「そうなの? じゃ、狩りとかはどうしてんの?」
「狩りは、それ専用の武器を持って専門の狩人がやってる。あと牧場だろ」
「牧場はあるんだ。じゃ、一般人は普段なにしてんの?」
マナヤ自身に馴染みのある話題となって、話が弾んだ。少し、孤独感が癒されるような気分になる。情報でしか知らない世界に独りで放り出されたことが、意外と堪えていたようだ。
「――へー、学び舎がたくさんあるんだ」
「ああ、こっちにもそういうのがあんだな?」
「ええ、あたしは孤児院出身だからね。そこが学び舎を兼ねてるの」
「……悪ぃ」
「気にしないでよ。あたしは捨て子みたいなもんだから、元から親の顔も知らないし」
「い、いやそりゃ却って気にするだろーが」
だが、アシュリーはむしろ胸を張るように言った。
「それにお父さんは英雄として生きてるらしいのよ。いつか会いに行くわ」
「英雄?」
「そ。あたし自身も英雄を目指して、いずれ並び立つの」
「……んな簡単にいくかね」
「そうね。早速あんたに”英雄”の座を取られちゃったし?」
アシュリーがこつん、と軽く裏拳でマナヤの額を叩く。軽口を叩くようなアシュリーの気安さに、ついマナヤも笑みが漏れた。
「ま、だからあたしはまだマシな方なの。珍しくもないのよ? 両親が居ない子なんて」
アシュリーのその台詞に、シャラがピクリと反応した。
(そうか、やっぱりシャラみたいな境遇の奴が相当居るんだな)
「それで、そっちの学び舎ってどんな風に教えてるの?」
「おう、それはな……えーと……」
――あれ?
急に、背筋がぞっと冷える。
小学校などに通っていた間の記憶。それが頭の中からごっそりと欠落している。
いや、学校どころではない。子供時代の記憶そのものが、全く残っていない。
(なんだよ、これ……まさか、あの神とやらの仕業か?)
この世界に、余計な地球の知識や文化を取り入れさせないための措置だろうか。
だとしたら相当に質が悪い、とマナヤは心の中で罵る。大事な地球の記憶を消すなど、この世界でのマナヤ自身の存在が否定されているような気分になった。
「持ってきたわ」
タイミングが良いのか悪いのか、ちょうどそこへサマーが盆を持ってきた。
マナヤの前に置かれる。盆の上には、何やら黄色い小さな粒のようなものが器にこんもりと盛り付けてあった。茶色いソースのようなものがかかっている。
「あ、ああ、すんません」
「いえ、いいのよ……」
声をかけてみるマナヤだったが、サマーの返答もどこかぎこちない。
「あーごめん、あたしそろそろ交代に行かなきゃ」
机の上に置いてあった、時計らしきものを見てアシュリーが言う。
どうやらこの世界には、置き時計に相当するものが存在するようだ。黒い板のようなものに、時刻を示す文字が浮かび上がっている。液晶パネルでは無いようだが、デジタル時計のそれに近い。
「交代?」
「警備の交代よ。防壁の修復が済んでないから、モンスターに備えた警備」
そう言ってくるりと、スコットとサマーの方を向くアシュリー。
「じゃあ、お邪魔しました。スコットさん、サマーさん」
「あ、ああ……」
「ありがとうね、アシュリーさん」
それぞれ戸惑いがちに返答するが、そこへアシュリーが人差し指を立てて二人にぴしゃりと言い放つ。
「それから、マナヤをそんな目で見ないであげてくださいよ? 彼が望んでなったわけじゃないって、わかってますよね?」
そう言われて、二人はハッとマナヤの方を見る。
「じゃ、また話聞かせてね、マナヤ」
そう言って、アシュリーは爽やかに去っていった。……目を伏せたままのシャラを、最後にちらりと横目で見ながら。
「……すまなかった、マナヤくん」
「あなたは、私達の村を守ってくれたのよね」
そう言って、スコットとサマーは表情を緩めてくる。
「ああいや、気にしないでくれ。スコットさん、サマーさん」
マナヤは答えながら、目の前に出された食べ物らしきものを、テオの記憶から探る。
エタリア。一粒一粒はビーズほどの大きさの小さな穀物を炊いたものだ。米や小麦に相当する、この村の炭水化物源ということらしい。
まずはソースがかかっていない部分を、細いスプーンのような金属製の匙ですくい上げ、口に入れてみる。
思いのほか強い食感が歯に返ってきた。あまり味はしない。ただ、ほのかに何か、形容しがたいエスニックな香りが口の中に広がる。
今度はソースに絡めて口にしてみた。ソースに強い塩味と、何か食欲をそそるスパイスのようなものを感じる。エタリアという穀物との相性も悪くない。
「うまい」
ぽつりと呟き、そのまま食べ進めた。地球で食べていた日本食とはずいぶんと違うが、これはこれで悪くはない。飯マズな世界ではなかったことに、とりあえずほっと安堵の息をついた。
「……すみません、サマーさん。私、仕事に戻らなきゃ」
そんな中、シャラが顔を伏せたまま立ち上がり、いまだ沈んだ声でサマーに告げた。
「ええ、来てくれてありがとう。シャラちゃん」
「いえ……」
マナヤとは目を合わせぬまま、シャラは立ち去ってしまう。
まだ折り合いが付かないのだろう。仕方がないとマナヤはそれを黙って見送った。
「少し、聞いても良いかな、マナヤくん」
「ん?」
あらかた食べ終えて腹も膨れたところで、スコットさんがたずねてきた。
「テオの、スタンピードに滅ぼされたセメイト村の記憶があると言っていたね」
「ああ」
「詳しく聞いても構わないか」
「……気持ちの良い話にゃならねーが、それでも良いか?」
テオの記憶に引っ張られているせいか、スコットやサマーに丁寧語を使う気にはなれなかった。彼らを”父さん”や”母さん”と呼ぶのは躊躇したというのに、我ながら一貫しない感情だとマナヤは自嘲する。
「君が覚えている、テオの最後の様子を聞きたいんだ」
「あなた……」
ぎゅ、と唇を結んでスコットが絞り出すように言った。サマーが気遣うように彼の肩に右手を添える。
「……わかった」