59話 愛情と反発の渦
竜巻に遭遇して三日後。
無事にスレシス村の復興は終わり、『間引き』が再開されていた。
「――【戻れ】!」
十六人で構成される『間引き』隊に同行している召喚師の一人。青いストレートな長髪を持つ彼女は猫機FEL-9を呼び戻し、野良モンスターを引き付けてきていた。
猫型の機械人形が藪から飛び出し、女性召喚師の元へとたどり着く。それを確認した召喚師は、一旦猫機FEL-9を送還した。
「【カーバンクル】召喚! 【精神防御】!」
その代わり、と言わんばかりに中級モンスター『カーバンクル』を召喚する。長い耳が後方に垂れたような、緑色の兎の姿をした『伝承系』のモンスターだ。このカーバンクルも『猫機FEL-9』同様、敵モンスターの標的になりやすいという特性を持っている。
そのカーバンクルに『精神防御』をかけて、精神攻撃への守りを固めた。直後、女性召喚師はカーバンクルだけその場に残し、すぐさまチームが隠れている場所へと戻っていく。
続いて奥から出てきたのは、身長が人間の四分の一ほどしかない妖精だ。ふわふわと木々の葉がある辺りの高さを浮かび、四枚の昆虫のような羽を羽ばたかせて飛んでいる。黄色い短髪に尖った耳、瞳の無い緑色一色の目で、瘴気を纏いながら舞ってくる。中級モンスター『ピクシー』だ。
妖精はカーバンクルを見つけると、その頭上へと移動し不思議な笑い声を発した。傍から聞くと小馬鹿にしているような、なんら特筆することの無い笑い声。しかしその声から、黄色い波動のようなものが周囲に発される。ピクシーの攻撃、『混乱』効果を伴う精神攻撃である。その声を聞いた者は『混乱』し、敵味方の区別がつかなくなってしまうというものだ。
しかし、カーバンクルには精神攻撃を防ぐ魔法がかかっているため、何の影響も及ぼさない。
――バチッ
カーバンクルの額についた赤い宝石が光る。青白い神聖な光が周囲に放たれ、ピクシーの服と羽を傷つけた。しかし、ピクシーの周囲にある木々の葉には何の影響も及んでいない。
カーバンクルの攻撃は、神聖属性の衝撃波。しかし聖獣であるカーバンクルは、周囲一帯に攻撃を放ちながらも『敵』にしか影響を及ぼさないという、不思議な攻撃方法を持つ。
「【マッシヴアロー】!」
「【プラズマハープーン】!」
野良ピクシーがカーバンクルに釘付けになっている間に、弓術士と黒魔導師が攻撃を放った。強力な矢と電撃の槍が放たれ、ピクシーを貫く。さして耐久力の無いピクシーはあっさりと倒れ、瘴気紋へと還った。
「【封印】!」
すぐさま召喚師がピクシーを封印する。
「いやあ、助かったよ。ピクシーの奴、動き回りながらだと射抜くのが大変でね」
「まったくだ。あの攻撃でこちらのマナを削ってくるものだから、近づかせると厄介極まりなかったからな」
「え? え、えっと、はい、ありがとうございます……?」
弓術士と黒魔導師が、召喚師へと礼を言いに来る。
その通り、ピクシーは精神攻撃によりマナを削ってくるため、近寄らせると厄介極まりないモンスターだった。結構な速さで飛んでくるのですぐに近寄ってきてしまうし、離れながら攻撃するとなると難しい。
だが召喚モンスターがピクシーを釘付けにしておけば、近寄らずして攻撃できる。相手は攻撃のために動きを止めているため、こちらはじっくり狙いをつけて正確に攻撃することができた。
戦い方を変えてから、がらりと召喚師の評価が変わった。この女性召喚師もぎごちなく照れ笑いをしながら、少し戸惑ってしまう。
特に建築士からの評価向上が著しい。三日前の竜巻で召喚師が母子を救った話、あれが建築士仲間を通して広まったのだ。竜巻がそれなりの頻度で発生するこの村では、建築士からの声は結構影響が大きい。
一部のメンバーからはまだ冷ややかな目を向けられながらも、これまでに比べれば格段に穏やかな『間引き』だった。
***
「ジェニファー……」
「え……お、お母さん? お父さんも……」
『間引き』から村に帰った時。
その間引きに同行していた女性召喚師ジェニファーは、門の前に居た見知った青髪の女性……彼の母親の姿を見つけた。その後方には、黒髪の父も黙ったまま控えている。
「ジェニファー……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「お、お母、さん?」
彼女へ歩み寄ってきた母親が、涙を零しながら謝ってきて、ジェニファーは戸惑ってしまう。父親もその後ろから歩み寄ってきて、母の肩を抱いた。
「……すまなかった、ジェニファー。タイラーから聞いてね。お前たち召喚師が……彼の奥さんと娘さんを救ったと」
「……!」
ジェニファーはすぐにピンときた。
あのマナヤが、父の友人にあたるタイラーという人の妻と娘を救ったと。召喚モンスターをうまく操り、建築士ではまともに助けられなかった彼女らを救ってみせたのだと。
「ごめんね……あなたが召喚師になったって、聞いて……私達は、あなたを……」
「……すまなかった。村の者達から向けられる目を、避けようとするあまり……俺たちは、娘のお前を見放してしまった」
母親が涙ながら、父親が恥を忍ぶような後悔を秘めた顔で、ジェニファーに謝罪してくる。
「……本当、今さらだよね」
目に涙を滲ませ、ジェニファーはそっぽを向いてぶっきらぼうとそう言ってしまう。
「私を、捨てておいて……いざ、村人の目が変わったら、仲直りしたいって? ……身勝手も、いい加減にしてよ!」
これまでの理不尽の全てをぶつけるように、ジェニファーは吐き捨てる。
「私がどれだけ、傷ついたと思ってるの!? 勝手に召喚師にされて、勝手に村人に嫌われて! 石をぶつけられたって、蹴り飛ばされたって、私を助けになんて来てくれなかったくせに!」
「ジェニファー……」
彼女の慟哭を聞いて、母親は自身の情けなさに崩れ落ちてしまった。父親も、目に涙を浮かべながら俯いてしまう。
今更、娘と仲直りする資格などない。そう突きつけられた気がした。そして自分達は、それに何も言い訳ができない。
「私は道具じゃない! あなた達が私を捨てたくせに! 今さら親みたいな顔しないでよ!」
「――ジェニファーさん」
目をぎゅっとつぶったまま叫び続ける彼女の肩に、セミロングの金髪を揺らす女性がそっと手を乗せた。シャラだ。
「シャラ、さん?」
「お気持ちは、わかります。でも、ジェニファーさんはいいんですか? ご両親と仲直りするチャンスを、逃してしまって」
「そ、それは……」
「ご両親も、ずっと後悔していたんです。こういう村では一度『外れた』ら、孤立することが多いですから。ジェニファーさんも、ご存じでしょう?」
「でもっ! だからって……!」
「ジェニファーさん。……あなたも、ずっとこの時のために、頑張ってきたんじゃないんですか?」
ゆっくりと、優しく諭すようなシャラの言葉に、ジェニファーは二の句が告げられなくなってしまう。シャラは儚い笑みを浮かべながら、言葉を続けた。
「私は……両親を、モンスターに殺されてしまいました」
「あっ……」
「私はもう、実の両親と同じ時間を過ごすことはできません。だから……私は、あなたが羨ましい」
「っ……」
「ジェニファーさん。……あなたを愛してくれる家族に、もう一度チャンスをあげては貰えませんか。後悔する、前に」
ジェニファーが、ゆっくりと両親の方へと視線を移す。彼女の両親は、申し訳なさと縋るような心が混ざったような、寂しそうな顔をしていた。
「……お母さんの、ポメの甘煮」
「……え?」
突然ジェニファーが発した言葉に、彼女の母親が不意を突かれたように顔を上げた。
「ポメの甘煮。……月に一度か二度くらいしか、作ってくれなかったあれ」
「……え、ええ」
「久々に、食べさせて。しばらくは、週に一回は食べたい。……それで、許してあげる」
「……ジェニファー……っ!」
母親が一歩一歩、恐る恐るジェニファーに近寄ってくる。そして彼女の元に辿り着き、腕を広げたジェニファーに母親は縋りついた。
「ジェニファー……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
「……もう、いいから。約束……っ、わすれ、ないでよね……っ」
久しぶりに感じた、母親の温もり。
それを全身に感じながら、ジェニファーも大粒の涙を零してしまった。
「お父さん、もっ……ば、罰は、これから考えるっ! だからっ……」
「っ……ああ、わかった。どんな罰も、甘んじて受けるよ。……ジェニファー」
母子が抱き合う中に、父も混ざる。三人して抱き合い、泣き崩れてしまった。
シャラはそんな二人を尻目に、そっと自身の涙をぬぐって、その場から立ち去る。
「……! ケイティ」
「……っ」
角を曲がったところで、ケイティに鉢合わせた。
彼女はシャラを見てバツが悪そうにしながら、そっぽを向く。その目にも少し、涙が溜まっていた。
「ケイティ。ティナちゃんに、会わないの?」
「……今さら、どんな顔して会いに行けばいいの」
おずおずと訊ねるシャラに、ケイティはそっぽを向いたまま震える声で答える。
「私だって……ティナに、恨まれてる。あの人達みたいに……ティナを、裏切っちゃったんだから」
「ケイティ。……さっきの話、聞いてたんでしょう? ケイティは……後悔しないの?」
「とっくにしてるよ!! だからって、どうすればいいの!?」
ケイティが絞り出すような声で叫ぶ。
「あの人みたいに……っ! ティナに、恨まれたら……っ、私は、耐えられない!」
「ケイティ、ティナちゃんはちゃんとケイティに会いたがってるよ。ケイティを恨んだりしてないよ」
「怖いの……っ! もし、ティナに、あんな目で、あんな風に怒られたら……!」
ケイティが両手を抱え、自分の体を抱きしめるようにする。
震えるその肩に、シャラがそっと手を当てた。
「ケイティ……」
「……お願い。もうちょっとだけ、時間が欲しいの。……ティナと面と向かって話せる、勇気が出せるまで」
ぎゅ、と自分の腕を掴んで震え声になるケイティ。シャラは寂しそうに俯いてから、そっと彼女から手を放す。
「……わかったよ、ケイティ。でも、忘れないでね。……ティナちゃんは、ずっと待ってるよ。ティナちゃんの知ってる……私が知ってるケイティが、戻ってくるのを」
「……」
シャラに背を向けたまま、震えるケイティ。
そんな彼女の背中を名残惜しく振り返りながら、シャラは講堂へと戻った。テオが召喚師達に指導をしているであろう講堂へと。




