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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第二章 救世の心構えと召喚師の真実
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57話 スレシス村用の新戦術

「――見つけたぞ。ありゃ、『ケンタウロス』だな」


 ぶっきらぼうな男性弓術士が、森の奥を見据えながらそうつぶやいた。それを聞いてテオとティナが顔を見合わせ、頷きあう。


 指導を正式に開始してから、三日経った今日。

 テオは、指導の成果を見るべく『間引き』に同行していた。召喚師であるテオとティナを含め、十七人の大所帯チームだ。


 苦労して、召喚師達にモンスターの性能をとりあえず記憶させた。今日の午前中、テオはセメイト村から来てくれた三人の召喚師と協力し、『身を守りながら戦う術』を皆に教授させた。そして午後の『間引き』隊に混ぜてもらい、それを実践しようとしている所だ。

 本来なら、すぐ戦闘を行えるように事前にモンスターを召喚しておくのがセオリーだ。しかしそれは周囲から反感を受けるのがわかりきっていたため、今の所は控えるように言っておいた。召喚師が疎まれている現状、余計な軋轢は避けたい。


「じゃあ、やる事は憶えてるね、ティナ。頑張って」

「……はい、マナヤさん」


 テオの激励に、ぎゅっと拳を握りしめながら緊張した面持ちで答えるティナ。

 一通りの手順は説明した。それを躊躇せずに実行できるか。

 ちなみにこの村の召喚師達は、今のテオのことを『マナヤ』だと思っている。いきなり名前が変わっても不自然であるし、テオもそのままで通すつもりだった。


「では、始めます」


 テオが『間引き』隊の皆に宣言する。周りの者達は胡乱げな目で彼らを睨んでいる。ニヤニヤと馬鹿にするような笑みを浮かべている者たちもいた。

 ティナが深呼吸し、そっと手を目の前に差し出す。


「――【猫機FEL-9(フェルナイン)】召喚」


 彼女が呼び出したのは、青い猫型のロボット。『機甲系』の系統を持つ下級モンスターだ。敵モンスターに狙われやすいという特徴を持っている。

 ティナの手が微かに震えている。モンスターを召喚することに嫌悪しているか恐怖しているか。その両方かもしれない。テオは心の中で彼女を応援する。


「【竜巻防御(ゲイル・ガード)】」


 続いてティナは、猫機FEL-9(フェルナイン)に補助魔法『竜巻防御(ゲイル・ガード)』をかけた。三十秒間、『対象モンスターへの軽い射撃攻撃を逸らす』という能力を与える補助魔法。

 旋風が猫機FEL-9を取り巻く。


 ――次だ。ティナには、ちゃんとできるかな。


 ごくりと喉を鳴らしつつ、テオがティナを気遣う。次の手順は、召喚師でありながらモンスターへの忌避感が強いティナには苦しいかもしれない。


「……っ」


 ティナが覚悟を決めたように、すっ、と目を閉じる。召喚した猫機FEL-9(フェルナイン)に視点を変更したのだ。

 モンスターへ視点変更すること。マナヤは当然のようにやっていたが、この世界の者達には心情的にキツい。何しろ、常日頃から人間を襲うモンスターの視界でものを見るのだ。いくら召喚モンスターとはいえ、気分の良いものではない。


 そしてティナは、額に汗を浮かべながら精神を集中した。

 すると猫機FEL-9(フェルナイン)が野良ケンタウロスがいると言う方向へと走っていく。

 召喚モンスターは、『待て』命令状態の時には、そのモンスター視点時に移動先を指定できる。それを利用し、ケンタウロスの射程圏内へとわざと突っ込ませたのだ。敵に狙われやすい猫機FEL-9でそれを行うことで、敵を釣ってくることができる。


「……【戻れ】!」


 しばし後、ティナは猫機FEL-9(フェルナイン)に命令を下す。そして彼女は『間引き』隊よりも十数歩ほど右斜め前へと出た。

 猫機FEL-9が飛び出してくる。ティナは思わずぎゅ、と目を強く瞑ってしまうが、猫機FEL-9はティナの周囲をぐるぐると周り始めた。


 続いて森の奥からティナへと矢が飛んでくる。敵ケンタウロスのものだ。

 しかしその矢は、ティナに命中する前にかくんと急に軌道を変え、左方向へと逸れていく。そのまま近くにあった木の幹に突き立った。

 猫機FEL-9(フェルナイン)にかかっていた、竜巻防御(ゲイル・ガード)の効果だ。

 敵ケンタウロスが放った攻撃から猫機FEL-9を守っていたのみならず、その状態のまま猫機FEL-9にティナの周囲を回らせることで、ティナごと矢から守ることができる。

 頃合いを見計らい、テオが隣に居るディロンに顔を向け、首を縦に振る。それに頷き返したディロンが、『間引き』隊の者達に声をかけた。


「そろそろ来る! 後衛の皆、準備は良いな!」


 その掛け声に合わせ、弓術士達と黒魔導師達が身構えた。


 がさがさと茂みから音が鳴り、下半身が馬、上半身が人間のモンスターが姿を現す。『伝承系』の中級モンスター『ケンタウロス』だ。

 飛び出してきたケンタウロスは矢を弓につがえ、ティナ――の周りを回っている猫機FEL-9(フェルナイン)――に矢を射かけるが、その矢は側面へと逸れていく。


「【フレイムスピア】!」

「【マッシヴアロー】!」


 黒魔導師達が一斉に炎の槍を放つ魔法を、弓術士達がオーラの篭った火力重視の矢を放つ技能を使う。

 それらはケンタウロスに集中砲火され、一気にそれを弱らせた。ケンタウロスは、射撃モンスターとしては頑丈なので簡単には死なない。

 もっとも、戦士達の腕前のせいでもある。魔法や技能の威力も命中精度も、セメイト村の戦士達より低い。


「――ティナ!」


 今度はテオがティナへと合図を飛ばす。青い顔をしていたティナだったが、テオの声にはっと我を取り戻したように顔を上げる。


「い、【行け】ぇ!!」


 なかば金切り声に近い勢いで、ティナ自身の周りを回っている猫機FEL-9(フェルナイン)に命令する。

 猫機FEL-9は方向転換し、ケンタウロスへと突撃していった。至近距離に飛び込み、小さくパンチのような攻撃をケンタウロスに繰り出し始める。

 猫機FEL-9は、下級モンスターとしては耐久力はそれなりだが、攻撃力は非常に乏しい。突撃させたのは攻撃力に期待してのことではない。


「今だ! 前衛!」


 そのタイミングで、ディロンが指示を飛ばす。

 剣士達と建築士達が、一気に突撃した。剣士達は各々の武器でケンタウロスに斬りかかり、建築士達は中距離で地面に手を当て、ケンタウロスの足元から岩石の槍を突き出させる。

 そんな状況下でも、ケンタウロスはしつこく猫機FEL-9(フェルナイン)に矢を射かけ続けていた。猫機FEL-9の体に、数本の矢が突き立っている。

 竜巻防御(ゲイル・ガード)の効果は至近距離では意味がない。だが、敵に狙われやすい猫機FEL-9が隣接していることで、ケンタウロスは他の人間たちが接近してきても全く意に介さない。

 ぐらり、とケンタウロスの身体がよろめき、そして四本脚が崩れ落ちるように倒れた。その肉体が粒子状に消え、地面には瘴気紋が残る。


「……ティナ、封印」

「あっ、は、はい! 【封印(コンファインメント)】」


 茫然としていたティナにテオが声をかける。慌てて思い出したように、ティナが瘴気紋を封印した。

 テオが周囲を見渡す。『間引き』隊の皆が、拍子抜けしたような表情でお互いの顔を見合わせていた。


「――ご覧の通りです。『召喚師』の助けがあれば、皆さんが痛みを我慢することなく敵を倒すことも可能です」


 テオの解説に対し、皆は口をへの字に曲げている。納得はしているが何か腑に落ちない、そんな表情に見えた。


 傷を負う事なくケンタウロスを安全に倒すことができたことに、困惑しているのだろう。今までは頑丈なケンタウロスを倒す度に矢を何度も食らってしまっていた。

 ケンタウロスは長射程、高耐久、おまけに脚も速いというモンスターだ。一度付け狙われれば、どんなに火力を集中させようが必ず何度かは攻撃を貰ってしまう。遠距離から安全に攻めようにも、脚力で一気に距離を詰められてしまう。負傷は避けられない相手だった。


 今回テオがティナにやらせたのは、猫機FEL-9(フェルナイン)を『囮』として使うという、単純かつ基本的な戦い方だ。野良モンスターを発見したら囮である猫機FEL-9で釣ってくる。そして敵が囮をしつこく付け狙っている間に、他の者達に攻撃を担当させる。敵モンスターは猫機FEL-9しか狙わないので、味方が怪我を負うことがない。


 ノーガードで敵と戦っている、というこの村の戦士達に合致する戦い方。これが、テオが選んだこの村における召喚師の戦い方だ。囮を用意してやることで、皆が大怪我をするリスクを減らすことができる。

 敵に狙われやすい猫機FEL-9(フェルナイン)を常に出してある状態になるため、召喚師への危険を減らすこともできる。不意の奇襲攻撃もほとんど猫機FEL-9の方に行くからだ。


「……」


 一方、ティナは茫然としながらも顔が紅潮してきていた。

 自分が戦いに貢献できたという実感が、ようやく湧いてきたのだろう。それがただの攻撃肩代わり役であったとしても。


「ちっ、召喚師ごときが出しゃばりやがって……」

「怪我しないから、何だってんだ。傷跡は戦士の勲章だぜ」


 とはいえ、何人かは未だにテオやティナを見下している様子だ。どうあっても召喚師をバカにし続けたいのだろう。


「よし。……次は、どちらへ向かう?」

「あ、ええと、次はここから西へ」


 ディロンが皆を一通り見回した後、このチームのリーダーに次の目的地を問う。

 移動を再開しつつ、ティナはやや興奮気味にテオへと小声で話しかけてきた。


「ま、マナヤさん! 私、やりました!」

「うん、おつかれさま。よく頑張ったね」

「次も、やるんですよね! 私、まだまだいけますよ!」

「あはは……次からは、召喚モンスターへの治癒魔法も意識してみよう。途中で猫機FEL-9(フェルナイン)が倒されちゃっても、困るからね」

「……ち、治癒ですか」


 高揚した気分が冷めやまないのか、やや危ない眼になりかかっているティナ。今はまだ、そうしないとモンスターを操る事実に心が耐えられないのだろう。

 テオはそんな彼女を少し心配しつつも、冷静にアドバイスを送った。



 ***



「ディロンさん、今日はありがとうございました」

「構わない。これが私の仕事でもある」


 『間引き』から帰還後。風が強くなってきたスレシス村中心部。

 ティナを宿舎まで送り届けてから、孤児院前まで戻ってきたテオはディロンに礼を言った。

 テオはフードを深く被っている。ディロンが同行しているので滅多なことはないだろうが、村人の悪意の視線を少しでもやわらげようという対処だ。


 ディロンがわざわざ『間引き』についてきたのは、それが『新しい戦術を召喚師が試す』ことの許可をもらう条件だったからだ。

 当初、召喚師の戦い方を変えたいから協力して欲しい、と『間引き』の際に提案した時、反発された。曰く『召喚師風情が余計なことをするな』と。

 そこへディロンが提案してきたのだ。『間引き』に騎士隊の者が同行し、召喚師達を監視すると。

 ディロンとテナイア、そして他二名の騎士隊が手分けし、新戦術を試す『間引き』隊に同行することになった。元々彼ら騎士隊は、指導を受ける召喚師達を監視するという名目で一時的に駐在していた。『召喚師をわざわざ監視してくれるなら行幸』と、彼らの駐在を認めていた手前、同行を強く断ることができなかったのだろう。


「ただいま戻りました」

「テナイアか……大事ないか?」

「はい。ディロン、そちらは?」

「あ、カルさん。お疲れ様です」

「ああテオ君、おつかれ」


 別の『間引き』隊に同行していたのであろうテナイアとカルも、孤児院前へと戻ってきた。テナイアは、強めの風でバタバタと激しく靡く自分の長髪を手で押さえている。カルも強風にあおられ、少し鬱陶しそうに目を半眼にしていた。深く被ったフードを押さえるのに必死のようだ。

 今回新戦術を試した四組には、それぞれ経験者であるテオ、ジェシカ、カル、オルランが講師役として同行していた。召喚師達にアドバイスしたり、ミスした際のフォローをするためだ。


「テオ、カル、君たちの感想は?」

「そうですね……やはり、モンスターが少なすぎるように思えます」

「こちらも同意見ですね。一体ずつしかモンスターが出ないし、たった三回しか遭遇しなかったし……」


 ディロンの問いかけに、テオとカルが困惑しながら答える。


 以前にアシュリーから聞いていた通り、スレシス村周辺はモンスター出現頻度があまりにも少なすぎる。アシュリーが同行していたその時だけならまだしも、今回の『間引き』でも概ね同様の出現頻度。


「あの、ディロンさん」

「どうした、テオ」

「やはりこれは、他の村と比べても異常なんですか?」

「明らかにな。もはや村が必要ないレベルだ。これほどまでにモンスター出現が減った例を、少なくとも私は知らない。……村の戦士達の戦力低下も信じがたいものがあったが」


 全員が、考え込んでしまう。以前のセメイト村とは真逆の減少。この村に一体何が起こっているのか。


「あと、気になったんですがね」

「カルさん?」


 ふと、カルが話し始めた。


「『サーヴァント・ラルヴァ』が出てきたんですよ」

「……! カルさん、そういえば僕の方にも『ピクシー』が出てきました」

「そうか……じゃあ、召喚師があまりモンスターを出さないのも」

「はい。その可能性が高くなってきましたね」


 そんなカルとテオの会話に、ディロンが眉を顰めながら加わってくる。


「どういうことだ?」

「ディロンさん。サーヴァント・ラルヴァもピクシーも、攻撃に『混乱』効果があるんです」


 テオが答える。『奉仕幼体サーヴァント・ラルヴァ』と『ピクシー』。どちらも、不快な音波を発することで周囲に精神攻撃を放つ中級モンスターだ。

 それらの攻撃には『混乱』効果が付加されている。その攻撃を食らったモンスターは、敵味方の区別ができなくなってしまうのだ。

 召喚師が呼んだモンスターが『混乱』させられ、仲間を攻撃するという事態が発生した。そのこともあって、召喚師の信頼性というものが大きく下がってしまったのではないか。


「つまり、召喚師が無能と蔑まれている理由に、それも含まれると?」

「ええ。生物のモンスターを使ってたら、召喚モンスターが突然寝返ったように見えるでしょうね。機械や亜空のモンスターを使えば大丈夫でしょうが」


 ディロンの言葉をカルが認めた。それを聞いたディロンが考え込む。


「――ディロン様、テナイア様!」

「む?」


 そこへ二名の騎士隊員が、少し慌てた様子で駆け寄ってきた。後ろからは深く被ったフードを手で押さえたジェシカとオルランがついてくる。他の『間引き』に同行していた四人だ。


「何があった?」

「先ほど、村の者から連絡がありました。竜巻が発生する兆候があると。すぐに地下へ避難するように、とのことです」


 この村は時折、南東に見える山脈を吹き抜けてくる風により竜巻が発生することがある。事前に聞いていたことではあった。

 全員が顔を見合わせる。先ほどから更に強くなってきた強風に、思わず遠くにそびえる山脈を見やった。

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