54話 召喚師指導の方針
その日の夕刻。
テオは、マナヤの教本を頼りにして指導内容を纏めようとしていた。指導内容を箇条書きにしたものを一つ一つカード状にし、パラパラと無造作に並べてみる。
どのような内容を、どの順番で指導するか。マナヤがやっていたのと同じ順番にするべきか。それともこの村の状況を考え、内容を組み替えるか。何を優先的に覚えさせ、何を後回しにするべきか。
カードにした箇条書きを、あれこれと並べ替えたりしながら、机に向かってテオは考え込んでいた。
その時、入り口の方から誰かが入ってくる気配がした。
「テオ、お疲れさま」
「あ、シャラ」
入ってきたのは、まだ少し目を腫らしたシャラだ。その両手いっぱいに多数の錬金装飾を抱えている。
「どうしたの、その錬金装飾」
「マナヤさんに頼まれてたの。一通りの錬金装飾を、自分でも持ち歩いておきたいって。だから、作っておいたんだ」
「マナヤさんに?」
首を傾げながら、シャラが机に広げてくれた錬金装飾を確認するテオ。
シャラの言葉の通り、全種類の錬金装飾が揃っていた。けれどもいくつか、複数個重複して用意されているものがある。
「マナヤさんのリクエストだったんだよ。特に『魔力の御守』と『最期の魔石』は、沢山欲しいって」
シャラがベッドに腰掛けながら、不安そうな顔でテオに告げる。その言葉にテオも困惑した。
『魔力の御守』は、わかる。装着した瞬間、そこに充填されているマナを全て装着者に与えてマナ回復してくれる錬金装飾だからだ。緊急的にマナが必要となる状況は多い。テオもそれは、実戦を経験してよく実感していた。
けれども、よりにもよって『最期の魔石』ときた。
この錬金装飾は、ある特定の条件下でなければ効果が発動しない。その条件が条件だけに、複数個欲しいと聞かされてシャラも戸惑ったのだろう。
「テオは、何をしてたの?」
「あ、うん。明日からの指導、何を優先的に教えるべきか迷ってて」
一番最初に教えるのは、モンスターのステータス表。これは、変わらない。モンスターの能力を細かく知っておくことは状況問わず何よりも最優先に行うべきことだ。これを頭に入れておくだけでも、戦いの先読みの精度がまるで違う。
しかし、問題はその次だ。
セメイト村では補助魔法の性能について教えていた。この世界の召喚師達には軽視されているが、モンスターを細かく扱うには補助魔法は非常に重要だ。下手をすれば、モンスター同士の相性を合わせるよりもずっと重要な事項でもある。
けれども、下手な補助魔法の運用は逆に致命的になる。補助魔法は三十秒しか効果が持たないので、使う種類とタイミングを間違えるとマナの無駄遣いになってしまうからだ。
だからこそ補助魔法の運用法は、じっくりと教えてからでなければならない。中途半端に補助魔法を使うようになると、却って迷惑をかけることもあり得る。
セメイト村の時は、全てをじっくりとマナヤが詰め込んでから、ようやくセメイト村所属の召喚師が実戦を経験する段となった。その間の『間引き』を騎士隊の召喚師が代行してくれたからできたことだ。
けれども、ここスレシス村では状況が違う。召喚師に指導する間、代理で『間引き』に行ってくれる召喚師が居ない。補助魔法の知識が中途半端な状態で『間引き』に駆り出されてしまう召喚師が出てくる可能性もある。そうなると逆に足を引っ張ることが予想されるので、できれば避けたい。
(スレシス村の召喚師に真っ先に教えることができて、一番効果がある内容は……)
テオも、自分から指導する側になるのは初めてだ。こんなことなら、せっかく来てもらったのだからカル達に指導内容を統括して貰えば良かった、などと考えてしまう。
ただ、セメイト村の召喚師達は既に指導の方の実力もついているのだ。だからテオも、自分自身の力で頑張ってみたかった。この村の召喚師に啖呵を切った手前、というのもある。とはいえ、自分の我侭のせいで中途半端な教え方になってしまうのも本末転倒だ。
「――テオ、シャラ、居る?」
すると、部屋の入り口から新たに来客の声が。アシュリーだ。
「あ、アシュリーさん、どうぞ」
「こんばんは、アシュリーさん。どうでしたか?」
「お邪魔しまーす。あ、シャラも居たのね。ちょうどいいわ」
ひょこ、とアシュリーが部屋の様子を覗き込んできていた。
入ってくる彼女にテオが椅子を勧めて、アシュリーが剣を鞘ごと腰から外して立てかけ、座る。
「単刀直入にいくわよ。別に、召喚師は扱き使われてはいなかったわね」
呆れ顔をしているアシュリーの言葉に、テオとシャラが、ひとまず安堵の表情を浮かべる。
アシュリーは今日の昼過ぎ、ようやくスレシス村の村長に許可が下りて、『間引き』に同行させてもらっていた。
この村の『剣士』達に実力が足りていない事、そのクセして召喚師だけが妙に死亡率が高いこと。これらの状況から、アシュリーが間引きの様子を探ってくれていたのだ。
「それどころか、本当に封印しかしてないって感じよ」
「それじゃあ、召喚師がモンスターの攻撃の矢面に立ってるってわけじゃないんですね」
シャラが一安心、と言わんばかりに笑顔を浮かべる。しかしアシュリーは未だに浮かない顔だ。
「何か、気になることがあるんですか? アシュリーさん」
「それがね、テオ。あいつら……大人数でモンスターをタコ殴りにするだけだったのよ」
「……え?」
アシュリーが何を言っているのかわからず、目を点にするテオ。
気持ちはわかる、と言わんばかりに大きくため息をついたアシュリーが、言葉を続けた。
「まず、『間引き』一組の人数が多すぎるのよ。一組あたり十五人ずつくらい居たんじゃないかしら」
「十五人!?」
テオが目を見開く。
セメイト村では『間引き』は大抵、六人一組で行う。『剣士』『建築士』『弓術士』『黒魔導師』『白魔導師』『召喚師』の六人だ。ただ、各『クラス』が均等に居るわけではないので、場合によっては建築士の代わりにもう一人剣士を入れたり、などの調整は入ることがある。
それをこの村では、十五人一組でやっているというのだ。
「で、モンスターを見つけたら、白魔導師と召喚師を除く全員で、とにかくノーガードで攻撃あるのみ。建築士ですら、壁を張らずに攻撃に回るのよ。もう言葉にならなかったわね」
肩をすくめながら、心底疲れたと言わんばかりにアシュリーが頭を振る。
通常、戦いにおける『建築士』の仕事というのは、岩壁を張ってモンスターの攻撃を防いだり、敵の侵攻方向を狭めたりするというもの。あるいは、弓術士や黒魔導師のために即席の高台を作ることもある。鋭い岩を地面から突き出して攻撃することも可能だが、普通は積極的には攻撃に参加させないものだ。
テオが、慌てる。
「ちょ、ちょっと待って下さい。ノーガードでってことは……」
「ええ。防御や回避なんて考えてないわ。モンスターの攻撃は食らう事前提で、火力に集中させてるの。当然大怪我を負うけど、それは白魔導師に治療させてゴリ押しよ」
「ええ……そんな戦い方で、よく死人が出ませんね」
そんな無策に攻撃一辺倒で戦うような、前のめりが過ぎる戦い方は危険極まりない。そんなことをしたら、一斉にモンスターの総攻撃を受けてしまう。もし一人にそれが集中したとしたら、即死するほどの怪我を負っても不思議ではない。
けれども、アシュリーはそこで頭を抱える。
「そりゃまあ、死人は出ないでしょうよ。四肢欠損する人くらいは、出るかもしれないけど」
「……どうして、ですか?」
「だって、モンスターが一体ずつしか出なかったもの」
テオとシャラが、顔を見合わせた。
「普通『間引き』の時には複数のモンスターに同時に遭遇することが多いはずですけど……」
「問題はそこなのよ。ここ周辺の森、モンスターが少なすぎるわ」
テオの主張に、ふう、と窓の外を見て嘆息するアシュリー。
「これだけの規模の村があるのよ。セメイト村と同等か、もっとたくさんのモンスターが現れてもおかしくないはずなのに」
「村が大きくなったから、モンスターが減ったんじゃないですか?」
と、これまで口を挟まなかったシャラが、アシュリーに問いかけてきた。
「いえ。『村』は基本的に、モンスターが湧きやすい場所に作られるのよ。モンスターをこまめに排除して、『町』や『王都』へのスタンピードを起こしうる可能性を減らすためにね」
森の中に村が作られるのは、そのためだ。言うなれば『村』は、王都、およびその周辺に作られた『町』を守るための、防波堤。
そんな役割を果たしているからこそ、村人は免税されている。自給自足しなければならないので、そうでなければ生活が成り立たないというのもあるが。
「なのにこのスレシス村周辺は、モンスターが湧かなさすぎる。あれだけ回っておいて、一匹ずつ遭遇することが、四回。それだけよ」
「十五人も引き連れて『間引き』をして、たったの四体しか倒してないんですか!?」
さしものテオも呆れた。
通常『間引き』ともなれば、一組が一日でおおよそ十体前後、集中的に湧いていれば二十体以上倒すこともある。それも、セメイト村の場合は一組六名でだ。それだけのモンスターが、村周辺では各方面に常に出現している。
「ええ。少なすぎると思ったけど、同行した人たちが言うには、いつもこんな程度だって。さすがに妙だと思ってディロンさんにも報告してきたわ。さしものあの人も、頭を抱えてたわよ」
「そんなので、逆にどうやって召喚師が犠牲になるんでしょうか?」
シャラの問いに、アシュリーが顎に人差し指を添えて考え込む。
「それなのよね……突然後衛が奇襲を受けたか。もしくは……」
「もしくは……?」
「意図的に召喚師を見殺しにしたか、ね」
シャラのみならず、テオも顔から血の気が引いた。
「……アシュリーさん。後衛が奇襲を受けたからといって、召喚師だけが死ぬことは、ほぼ有り得ないと思います」
「そうね。私もそう思うわ」
「え……ど、どういうことですか?」
動揺したまま、シャラが二人に尋ねる。
「シャラ。召喚師は、『クラス』を得た瞬間から既に、生命力が高いんだ」
「そういうことよ。そんじゃそこらのモンスターに多少奇襲されたところで、そう簡単に召喚師は死なない。少なくとも、十五人も引き連れての間引きで、召喚師が死んでしまうまで援護が間に合わないなんて、有り得ないわ」
それが、召喚師の特徴だ。訓練しても召喚師自身の身体能力はあまり成長しない代わりに、最初から生命力が非常に高い。暦年の剣士にすらも劣らないような生命力を、なった瞬間から持ち合わせている。
「……アシュリーさん。その話、ディロンさんには――」
「安心して、テオ。意図的に見殺しにした可能性については報告してないけど、あの様子だとディロンさんも察したみたいよ」
「そうですか……」
あとは、ディロンとテナイアに任せるべきだろうか。あの二人なら、なんとかしてくれるかもしれない。
「――わかった。さしあたっての指導の方針が、決まったね」
そう決意を秘めた顔で、テオが机の上のカードを一枚手に取り、上から二番目に置いた。
「どういうこと? テオ」
「単独で、召喚師自身の身を守る手段。モンスターの性能を覚えた後は、それを真っ先に教えるべきだと思う」
シャラの問いかけに、淡々とテオが答える。
どのような形で召喚師の被害が出ているのかは、わからない。だが、こうなるとモンスターを倒すことよりも、まずは召喚師が自衛するために必要な知識を最優先に学ばせていくべきだ。そうすれば後方から奇襲されても、召喚師自身の力で撃退できるようになる。
こく、と全員が頷きあった。
すると、またしても廊下から足音が。
「――テオさん、シャラさん」
テオが入り口に目を向けると、そこには件の白魔導師テナイアが立っていた。その奥にはテオの両親もいる。
「テナイアさん? それに父さんと母さんも……どうしたんですか?」
「テオさんとシャラさんに、お話があります。お父様とお母様を交えて」
と、テナイアが部屋に居るアシュリーを見て、逡巡する様子を見せた。
アシュリーは察したように、鞘を手に取って立ち上がる。
「わかりました。私は席を外しますね。テオ、シャラ、また明日ね」
と言って左胸に手を当ててテナイアに一礼し、部屋を出て行った。
テオの父、スコットがテオとシャラの方を向く。
「すまんな、テオ。召喚師への指導で忙しそうな時に」
「ううん、大丈夫だよ父さん。それで、テナイアさんの話って……?」
「いや、それは今から聞くところだ」
と、一同はテナイアの方を向いた。
――本来、こっちから出向かなきゃいけない立場なのに、テナイアさんの方からこっちに?
テオは恐縮してしまう。この部屋に椅子は二脚しかないので、テオはとりあえず一つをテナイアに勧め、もう一つに自分が座る。両親とシャラにはベッドに腰掛けてもらった。
「――今日は、マナヤさんの件で、テオさんとご両親、そして……できればシャラさんにも協力を仰ぎたいので、同席して頂きました」
「マナヤさんの……」
と、テオが少し困惑する。マナヤの件だとすれば自分と両親はわかるが、なぜシャラも一緒なのだろうか。
するとテナイアは、神妙な顔をして一度目を閉じる。数秒ほどじっとしていた後、意を決したようにゆっくりと目を開いた。
「結論から言いますと、今のマナヤさんは、危険です」
危険、という言葉に一瞬にして場の雰囲気が変わる。
「そ……それは、どういうことでしょうか」
恐る恐る、シャラが問いかけた。それに対しテナイアは安心させるように微笑む。
「ご安心下さい。危険人物として拘束対象になるなどといった、物騒な話ではありません」
「そ、そうですか……では、どうして……?」
「危険というのは、今のマナヤさんの心です。このままでは、マナヤさんが潰れてしまう可能性があります」
その言葉にテオとシャラが思わず顔を見合わせた。
スコットとサマーも同様に、お互いの顔を見合わせる。しかしその二人の場合、動揺ではなく確信のような表情をしていた。そしてスコットが口を開く。
「……やはり、今のマナヤ君は不安定なのですね」
「と、父さん!? どういうこと!?」
「落ち着きなさい、テオ。……テナイア様、お話を聞かせて頂けますか」
椅子から立ち上がり父に問い詰めるテオを、サマーが落ち着かせてテナイアへと話を振った。テナイアは、悲しげな表情でスコットとサマーへと視線を向ける。
「ご両親は、お気付きだったのですね」
「具体的にどう、とわかるわけではありませんが……これでも、人の親ですので」
「テオと同じ顔をした人のことですから、ある程度はわかります」
テオの両親は沈痛な顔をしていた。テオとシャラがわけがわからないといったように、全員の顔を見回す。
テナイアは、そんなテオとシャラの様子を見つめながら、重い口を開いた。
「――『自己犠牲の精神』。今、マナヤさんはそれに囚われてしまっている可能性が高いのです」




