52話 新たな説得材料
目を覚ましたら、突然覚えのない場所に居る。さすがのテオも、そろそろ慣れてきていた。
けれど、今回は今までとは少し違っていた。
(新しい村……そこの召喚師さん達の、説得失敗かぁ)
テオが目を覚ましたら、見覚えのない村の中に居た。そして、振り向くとディロンとテナイアが奇妙な顔で自分を見つめ返してきていた。
話を聴くと、ここはセメイト村よりもずっと大きな『スレシス村』という場所。マナヤはそこの召喚師指導を買って出たのだという。
だが、そこの召喚師達とは話が合わず、指導を受け入れなかったのだそうだ。
今、テオはディロンとテナイアに案内され、孤児院に併設された宿舎にいた。談話室の椅子に座っているテオがため息を吐く。
マナヤが眠ってテオが表に出てきた時。今までは大抵、何かの問題が解決していた。おそらくは、マナヤの手によって。
けれども、マナヤが問題を残したままテオと交替したのは今回が初めてだ。
「――あら、戻ってたのマナヤ……じゃ、ない? テオ?」
「え? テオ?」
そこへ談話室に入ってきたのはアシュリーとシャラ。表情の柔らかいテオになっているのを見て、二人が驚いている。
「あ、二人とも! 良かった、二人もこっちに来てたんだ」
「あー……そこからなのね」
「お義父さんとお義母さんもこっちに来てるけど、テオは知ってる?」
「え? 父さんと母さんも?」
テオはディロンとテナイアから聞いた話しか知らない。差し当たってスレシス村の召喚師の話しか聞いていなかったので、誰が同行しているかは知らなかった。
「で、なんでテオが出てきたの? マナヤが指導するんじゃなかったっけ?」
と、アシュリーがこてんと首を傾げる。
「その……実は」
***
「ええぇ……それで、相談もせずに交替しちゃったのね。自分一人で抱え込んで」
テオと同じ机に座って話を聞いたアシュリーが、頬杖をつきながらため息を吐く。
「す、すみません」
「テオが謝ることじゃないでしょ。まったく、まさかホントに不貞寝するとはね……」
せっかく試したいこともあったのに、とアシュリーがぶつくさと呟く。呆れたような顔だ。テオが苦笑して頬を掻く。
けれど、自分の隣に座っているシャラの表情が優れないことに気づいた。
「……どうしたの? シャラ」
「あ、そ、その……」
シャラが言いよどむ。
何かあったことは明白だ。正面に座っているアシュリーが、シャラに顔を向けた。
「シャラ、せっかくだからテオに全部、吐き出しちゃいなさい。抱え込んだって良い事はないわよ。マナヤの状況見たって、わかるでしょ?」
「アシュリーさん?」
「テオ、シャラの口から聞いてあげて。あたしが口出しをすることじゃないと思う」
と言って、アシュリーは目を閉じてしまう。
「シャラ?」
「……うん。実は、ね……」
「そっか……同郷の子が、『召喚師』に」
シャラの涙ながらの説明を聞いて、テオは彼女の肩を抱く。
シャラが悲しい時には、こうやってお互いの体温を感じ合う。今までもずっと、やってきたことだ。
「モンスターに、近づきたくない気持ちは、私にだって、わかるよ。でも……だからって、こんなの……」
目元をテオの服にうずめ、しゃくりあげながら吐露するシャラ。
ケイティの気持ちもわかるが、ティナの辛さ、寂しさもわかってあげて欲しい。そんな思いが、テオにも伝わってくる。
「……だったら、なおさらここの召喚師さん達を、なんとかしてあげたいな」
天井を見上げながら、テオが呟く。
セメイト村では、マナヤが召喚師の印象を改善してくれた。だからこそ、召喚師になってしまったテオ自身も、幸せを享受できるようになった。同じように、ティナにも幸福を知って欲しい。テオの同僚でもあるのだから、なおさらだ。
(……あ)
そういえば、テオは『ティナ』という子を見たことがある。たった今、思い出した。王都の学園で、顔を知っている。
学園で会った時には、既に暗い表情をしていた。『召喚師』になってしまった者はほとんどがそうだが、彼女は特別、自分自身を忌まわしく思っている。なんとなく、彼女を見てそう思ったことを、覚えている。
――モンスターに、自分の故郷を滅ぼされたからだったんだ。
ズキ、とテオの心にも棘が刺さったように感じた。
テオにも、故郷のセメイト村を滅ぼされた記憶がある。マナヤのおかげで”無かったこと”になったが。
自分の故郷を滅ぼしたモンスターを、自分が扱わなければならない苦しさ。苦しくても、モンスターを使って戦うことを学ばなければならない。その感情はテオも良く知っている。
それは――自分の身を斬るような、痛みだ。
「ただ、それだけの問題じゃ、ないんだよね。肝心のケイティさんがティナさんを避けている」
しかしテオは、自分とティナの違いをも指摘する。涙を拭いながらシャラも頷いた。
テオの場合、自身が召喚師になったとしても両親やシャラは自分と接触してくれようとしていた。けれどもティナの場合、彼女が戻るべき場所であるケイティは、彼女を拒絶している。
ティナだけではなく、ケイティの心もなんとかしなければ解決にならない。
「そもそも、この村よ」
これまで黙っていたアシュリーが、神妙な顔で口を挟んできた。
「前までのセメイト村だって、言っちゃなんだけどココよりはずっとマシだったわ。召喚師を疎んじる人は多かったけど、自らちょっかいをかけるような奴は一人も居なかったもの」
「この村は、違うんですか?」
「ダスティンとかいう剣士の態度よ。自分からマナヤに突っかかっていってた。召喚師を見下して馬鹿にすることを、楽しんでたのよ」
かつてのセメイト村でも召喚師を避けようとする人ばかりだった。しかし、自ら召喚師に食って掛かろうとする村人は、あの村には居なかった。封印のために召喚師が必要、ということもあるだろうが。
おそらく、この村では直接モンスターに殺された人間が少ないのだろう。だから、モンスターそのものを怖れる感覚が少ない。
アシュリーが頬杖を解き、気分を改めるように顔を上げた。
「ま、でも今はとりあえず、召喚師達に指導を受けてもらう気になってもらわないとね。手を付けられるところから、つけていきましょ」
「……はい、そうですね」
テオも頷く。まずは自分のできるところから少しずつ。一歩一歩、進めていくしかない。
「ただ、さ」
「何ですか? アシュリーさん」
「テオ、あんたが頭を悩ませる必要は無いのよ? 召喚師達の件に関しては、マナヤが引き受けた仕事なんだから。あいつも自分で言ってたんでしょう? あいつ一人でやりたいって」
「そうはいきませんよ。シャラからこんな話を聞いて、僕だけ何もせずになんていられません」
テオはまっすぐアシュリーを見返す。
「それに……今度は、僕の番だと思うんです」
「あんたの番?」
「はい。今まではマナヤさんが、召喚師を引っ張ってきてくれてました。僕はそれを、享受するだけだったんです」
マナヤがセメイト村を救ってくれたからこそ、テオは家族と、シャラと、顔を合わせる気になった。マナヤが召喚師達のイメージを払拭してくれたからこそ、テオは人間らしく生活できるようになった。
「だから……今度は、僕がマナヤさんを手伝う番だと思うんです」
「テオ……」
テオに寄りかかっていたシャラが、彼の顔を見上げる。アシュリーがニッと笑みを浮かべた。
「なるほどね。ま、あんたがそれで良いなら、いいんじゃないかしら。それなら切り替えていきましょうか」
「はい。とにかく、召喚師さん達のやる気を出す方法ですね」
しかし、どうしたものか。テオは考え込む。
「……テオ。テオは、マナヤさんが来る前までは、何を望んでた?」
「シャラ?」
身を起こしたシャラが、テオに問いかけてくる。
「召喚師さん達はきっと、テオみたいに、諦めちゃってるんだと思う」
「……うん、そうだね」
「だから、テオには何か、心当たりがない? テオだったら、何をして欲しかったか」
「……そうか」
自分であれば、何をされたらやる気を出せたか。
確かにそれは、実際に召喚師であった自分にしか、わからないだろう。
(僕が、望んでいたのは……)
「……家族と、会いたかった。やっぱり、それだ」
一人きりで生活し、『間引き』の時以外は宿舎に篭りきりだった生活。一番渇望していたのは、家族との団欒だ。
「現状では難しいわね。下手したら召喚師達の家族も、召喚師を見下してる可能性があるわ」
「そ、そんな!」
アシュリーの冷徹な分析に、シャラが思わず大きな声を上げる。
「ここの村人達の様子を見てると否定できないのよ。召喚師達の家族ですら、会おうととしないかもしれない。自分達にも被害が及ぶからね」
召喚師が軽蔑されている現状、家族が近づけば家族達も軽蔑の対象にされてしまうということだ。家族達が直接彼らを軽蔑はしないとしても、家族達自身が巻き添えで差別を受けてしまうことを恐れて近づかないだろう。
自分の両親や、シャラのようにはいかないのだろう。ちらりと、シャラの方を見る。
「……テオ。他にはない?」
丁度その時、シャラが口を開いた。
「テオが初めて、マナヤさんと交替して、帰ってきた時。テオが、家に帰ってきてくれた時」
「……うん」
「あの時テオは、何が嬉しかった? お義父さんやお義母さんと会えた事、以外で」
――あの時……
「……シャラに会えたのが、嬉しかった」
「そ、それ以外で!」
テオの返事に赤面し、思わず目を逸らしながら慌てて付け足すシャラが、かわいい。思わず場違いにそんなことを考えてしまうテオ。
気を取り直してテオは順番に思い出し始めた。テオが家族と再会した日の事を。
(あの時、嬉しかったことは……)
両親が生きていてくれた。両親の声が聞けてうれしかった。両親の体温が感じられたことに安心した。
シャラが、生きていてくれた。久しぶりのシャラとの会話が、体温が、心地よかった。シャラに求婚して、それを受け入れてくれたことが、幸せだった。
その後――
「……あ」
――そうか。まだあったじゃないか。久しぶりに享受できたことが。
「シャラ、ありがとう! 閃いたよ!」
「何か、わかった?」
「うん! ただ、シャラと……母さんの力を借りたい。いいかな?」
「もちろん! それで、どんな方法なの?」
「それは――」
「――わかった! お義母さんにも協力してもらって、調べてみる」
テオの話を聞いたシャラが、やる気に満ちた顔で、ぐっと小さくガッツポーズを取る。それから彼女は、一つ妙案が浮かんだように。
「そうだ! テオ、今の話で私も一つ、思いついたことがあるの」
「なに?」
「多分、人選はテオの方がわかると思うんだけどね……」
ふんふんとシャラの言葉に耳を傾けるテオ。
そんな様子をみながら、アシュリーは苦笑して立ち上がった。
「大丈夫そうね。じゃ、あたしはちょっと出てくるわ」
「アシュリーさん?」
「そっちは任せるわよ、テオ。あたしは調べておきたいことがあるの。ここの『間引き』に参加できないか、交渉してみるわ」
と言って、椅子に立てかけてあった剣を腰に提げる。
テオが首を傾げた。
「間引きに参加、ですか?」
「言ったでしょう? ここの剣士達、相当レベルが低そうだって。それから、ここ最近の死亡者は『召喚師だけ』だって」
「――!! ま、まさか」
スレシス村の者達は、間引きで召喚師を使い捨てている。その可能性をアシュリーは危惧しているのだ。
テオとシャラの背筋が凍る。アシュリーがこくりと頷いた。
「それを確かめるためにも、『間引き』の様子を見てくるわ」
「ありがとうございます、アシュリーさん」
「いいのよテオ。ここの召喚師達の扱い見てたら、さすがに黙ってられないでしょ」
と、不敵な笑みを浮かべたかと思ったら、すぐに自嘲の表情へと変わった。
「……それに、ちょっと前まではあたしも、召喚師を見下してたところもあったからね。あんた達召喚師の最近の頑張りを見てたら、罪滅ぼししたくなってきたっていうのも、あるから」
「……本当に、ありがとうございます」
アシュリーが背を向けたままひらひらと手を振り、部屋から出て行った。




