51話 召喚師差別、剣士の勝負 2
「――いいぜ。いつでも、来いよ」
訓練場に移動した、四人。
表の模擬戦広場。太陽の下でダスティンとアシュリーが、それぞれ木剣を手にして対峙した。
「あら、あんたは攻めて来ないの?」
「俺は、慈悲深いンだよ。テメェに、格の違いってヤツを教えてやらぁ」
「そう。じゃ、遠慮なく――」
アシュリーが身を屈め、飛び込む。同時に、肘と手首のスナップを使って、左から袈裟斬りに木剣を振りぬく。
それに対し、ダスティンが冷静にその方向へ木剣を合わせた。
衝突音。
「――なッ!?」
ダスティンが気づけば、アシュリーが両手で把持した木剣の先端が、彼の左目やや下でぴったりと寸止めされていた。
人間の目というのは、正面から刺し貫くのは意外と難しい。そのため武器で眼球を突く場合、目のやや下を狙うのがセオリーだ。そうすることで頭蓋骨の眼孔を支えにして、剣を安定して眼球に貫き通すことができる。
この場所を狙ったのは相手を気圧し、アシュリーの本気度を示すためだ。
「……ガードが、弱い。どうして受け止める時に、肘を伸ばしてないわけ? 腕を伸ばしきらなきゃ、剛性が保てない。こうやって、簡単にガードを崩されるわよ」
とん、と剣先でダスティンの目の下あたりを軽く触れながら、アシュリーが呆れ顔で講釈する。
さきほどアシュリーは、ガードしようと構えたダスティンの剣を容易く側面へと弾き、そのまま流れるように眼球目掛けて突き出しただけだ。
「ッ……! い、今のはノーカンだ! 今度こそ、テメェに俺の本気を、見せてやるッ!」
「いいわよ? もう少し付き合ってあげる。ま、何度やっても同じでしょうけど」
顔を真っ赤にして激昂するダスティンとは対照的に、アシュリーは涼しい顔だ。再び距離を取る二人。横で見守っていたシャラとケイティが、言葉にもならず口をあんぐりと開けて見入っている。
再び、アシュリーがダスティンへと飛び込む。
「セイッ」
上段から斬りかかったアシュリーの木剣。それを間一髪ダスティンが上段に横に構えた木剣で止める。だがアシュリーは勢いを殺さず――
「――ゲフッ!?」
自身の木剣を下方向へとスライド。がら空きになったダスティンの胴体を薙ぎ、すれ違う。
「腕を伸ばしたはいいけど、どうして真横に剣を構えてるのよ。剣の切っ先は、常に相手に向け続けること。ガードする時にも、切っ先は相手に向けるのを忘れない。剣士の基本でしょうが」
蹲り咳き込むダスティンを見下ろしながら、やれやれと肩をすくめるアシュリー。
「て、メェッ……! 偉そうなこと言ってやがるが、本末転倒だぞ!」
「あら、何がかしら?」
「切っ先が、どうした! 俺たち剣士の相手は、あくまでもモンスターだ! 人間相手の剣が上手いからって、何の自慢にもならねェ!」
威勢よく啖呵を切るダスティンだが、アシュリーが落胆したようにため息を吐く。
「人間相手に限った話じゃないって、どうしてわからないの? だったら、今度はあんたが攻めてきてみなさい。証明してあげるわ」
「へッ……吠え面かくなよオッ!!」
と、不意を打つように突然、一気に距離を詰め、上段から木剣を振り下ろすダスティン。
――ガァンッ
アシュリーはそれを自分の木剣で、切っ先をダスティンに向けたまま左へと受け流した。直後、木剣を前方へとスライドさせ、剣先をダスティンの喉元直前で止める。
「ハ……」
ダスティンは脂汗をかき、身動きがとれなくなった。
「わかった? 上段からまっすぐ真下に振り下ろしてくるのは『ミノタウロス』と同じ動きよ。切っ先を向けたままそれをガードして、そのまま剣を敵に突き出す。それだけで立派なカウンターになるわ」
「ぐ……」
「モンスターは、攻撃を当てる瞬間までは物理法則を無視した動きをしてくることが多い。奴らに一番大きな隙が生まれるのは、攻撃を放ってきた直後、よ。だからガードした瞬間に反撃する。そのためにも切っ先は相手から外さない。これこそ、対モンスター戦の基本じゃないの。学園でも習ったはずの事でしょ?」
すい、と木剣を引いて離れるアシュリー。
「アシュリーさん、凄い……」
シャラが思わず感嘆の声を漏らす。ケイティなどは、口をパクパクさせながらアシュリーとダスティンを代わる代わる見比べていた。
ダスティンがふらふらと後方へとよろめく。
「こっ、このアマ……!」
「まだ続ける? いいわよ。ギャラリーも増えてきたようだし、たっぷりやりましょうか」
と、アシュリーが周囲を見渡した。
訓練場の騒ぎに村人達が気づいたようだ。ひそひそと小声で会話しながら二人の勝負を見守っている。アシュリーへの敬服と、ダスティンへの軽蔑の視線が多いようだった。
これ以上はおそらくダスティンの名誉に関わるだろう。アシュリーがニコ、と笑顔をダスティンに向ける。
「……ッ!!」
ダスティンは木剣を地面に叩きつけるように手放し、ドスドスと大股で訓練場から逃げるように立ち去って行った。
「根性なしねぇ」
アシュリーはダスティンが落としていって木剣を拾い上げる。自分の分も合わせて、訓練場に備え付けられた木剣のラックへと返却した。
そんな彼女に、ケイティがおずおずと近づいていく。
「あ、アシュリーさん、あなた本当に騎士隊じゃないの? ダスティンが、手も足も出ないなんて……」
「故郷のあたしの師匠は、もっと強かったわよ? っていうか、セメイト村の剣士ならだいたいアイツに勝てるんじゃないかしら」
その言葉にケイティが目を剥く。
「うそ……セメイト村って、そんな魔境なの?」
「逆よ。この村の剣士が弱すぎるの」
「え?」
アシュリーが、ダスティンが消えていった方向へと目を向けた。集まっている村人には聞こえない程度の声で、ケイティに問いかける。
「ケイティ。あいつがこの村では『滅茶苦茶強い』剣士ってのは、確かなのね?」
「う、うん、多分」
「この村の”上澄み”でアレなんだとしたら、そうとうヤバいわよ、この村」
無論、悪い意味でだ。アシュリーが頭を掻く。
そもそもこの訓練場自体、あまり使われている形跡がない。木剣はやたら綺麗なものが多いし、今この時間も、日陰のある場所ですら訓練しようとしている剣士が見当たらない。
「あいつがシャラに掴みかかった時の体捌きでも、予想はついてた。あいつはパワーとスピードだけ。剣術は基本すらなっちゃいない。あたしの説教、聞いてたでしょ? 学園で教わったはずのことすら、あいつは身についてないのよ。基礎鍛錬を怠ってる証拠ね」
模擬戦中にわざわざ講釈を垂れたのは、懲らしめるためだけではない。同業者に剣士としての基本を思い出してもらいたかったのだ。
アレが村でも相当の手練れだとすると、『間引き』でのモンスター戦でも大苦戦するはずだ。しかし、この村は『間引き』も安定して行うことができていると聞いている。辻褄が合わない。
「アシュリーさん、ありがとうございました」
ようやく訓練場から観客が退散しはじめた。シャラがはにかみながら近づいてきて、アシュリーに礼を言う。
理由はどうあれ、アシュリーのおかげでシャラはダスティンから距離を取ることができる。
「気にしないで。あの男が、あたしを差し置いてシャラばっかり褒めてたから、妬いちゃっただけよ」
などと、笑顔でウインクしてみせるアシュリー。
「そ、そうだシャラ! 召喚師と結婚したって、本当なの!?」
思い出したように、ケイティが顔を跳ね上げる。
「……本当だよ。ケイティにも話したよね、私の幼馴染のこと」
「え……た、確か、テオって子? え、でもここに来た召喚師って、『マナヤ』って名前だったんじゃ?」
「ちょっと理由があって、ここじゃ『マナヤ』さんって呼ぶことになってるの」
二重人格のことなどは話せば長くなるので、さしあたりそう説明する。
「それじゃ、シャラの義両親って……」
「うん。私は養子になったんじゃない。あの二人は、テオの両親だよ」
ケイティの顔が、曇った。
「なんでよ……シャラだって、モンスターに実の両親、殺されたんでしょ!?」
「野良のモンスターと、召喚モンスターは別物だよ、ケイティ」
「そんな簡単に割り切れるものじゃないでしょ!? シャラは、怖くないの!? おぞましくないの!?」
「……私だって、最初は怖かったよ」
シャラが思い出すのは、マナヤがやってきた日。
唐突に、家の中でマナヤが『ヴァルキリー』を召喚したのを見て、錯乱してしまった自分。
「だけど、そんなことでテオを諦めたくなかった。そんな感情に……負けたくなかった」
「……負けたく、なかった?」
「うん。私がテオを好きって気持ち。テオの傍に、居たいって気持ちで……モンスターの怖さなんかに、負けたくは、なかったの」
だからこそシャラは、召喚師になったテオを恐れるつもりはなかった。
逆にテオの方が、シャラから距離を取りたがってしまったけれど。
「ケイティ。クラスに、貴賤なんてないんだよ」
「……」
「召喚師になったからって、ティナちゃんはケイティの仇になっちゃうの? 違うでしょう?」
「……そんなの、綺麗事じゃない」
「ケイティ?」
キッ、と虚ろな涙目でシャラを睨んでくる。感情が曇っているようなその視線に、シャラの背筋が凍った。
「どう言い繕ったって、モンスターが私の両親を殺した! 私の村を、滅ぼした! それは変わらないじゃない!」
「ケイティ、だからってティナちゃんのことは――」
「そんなモンスター達と、同じ姿かたちのものを操る召喚師と、一緒に居ろっていうの!? 私には無理! できない!!」
「ケイティ! ティナちゃんなんて、そのモンスターを使わないといけない『クラス』になったんだよ!? 平気でいられると思う!?」
「っ……!」
シャラには、ケイティのその態度がどうしても許せなかった。
召喚師になってしまった自分を責め続け、苦しみ続けたテオのことを思うと。
「ティナちゃんは、自分の村を、家族を滅ぼしたモンスターを操る『クラス』になったんだよ!? 自分の存在が他人を苦しめることがわかっていて、それでも生きていかないといけない! そのティナちゃんの気持ちを、ケイティは考えたことあるの!? 支えてあげたいとは思わなかったの!?」
「――シャラ、その辺にしときなさい」
「アシュリーさん……!」
ポン、とアシュリーが、落ち着かせるようにシャラの肩に手を置く。
「気持ちはわかるけど、ケイティだって辛いのよ。こう言っちゃ何だけど、シャラは両親を失っただけで済んでる。でも、ケイティは故郷の村ごと滅ぼされてるんだから」
「……それは」
ケイティに諭され、シャラも沈痛な面持ちになる。
アシュリーはケイティに視線を戻し、こうも続けた。
「ただね、ケイティ。あたしは孤児だから、家族を失う気持ちはわからない。……でも、あんたにとって、そのティナって子も『家族』みたいなものだったんじゃないの?」
「それ、は……」
「あんたの故郷のことを覚えてるのは、もうその子しか残ってないんでしょう。それでも、ティナって子を見捨てられるっていうなら……あんたにとって、その子は『その程度』の相手だったんでしょうね」
「……」
「――行きましょ、シャラ」
黙してしまったケイティを尻目に、アシュリーがシャラの背中をそっと押す。
俯いたまま動かなくなったケイティを、シャラは何度も振り返りながら、アシュリーと共に歩き去った。




