50話 召喚師差別、剣士の勝負 1
マナヤが講堂で召喚師達相手に口論していたころ。
王都学園の錬金術師科でシャラと同輩だったケイティが、シャラとアシュリーにスレシス村の中を案内していた。
「ほら、あそこがシャナ鳥の飼育場よ」
「わ……すごい、本物のシャナ鳥、初めて見た」
ケイティが指さす先を見てシャラが感嘆する。牧草地のような場所が岩製の柵に囲われ、その中で二足歩行の鳥が何十頭も飼われていた。
シャナ鳥は、全高としては人間の腰の高さほど。青と黄色を基調とした羽根で体を覆われ、鳥としては脚が太く短い。胴体もずんぐりむっくりとしており、しかし頭は人間の顔ほどの大きさがあった。嘴もやたらと太く長く突き出ている。
なかなかの大きさではあるが、非常におとなしい性格の鳥だ。
シャラが、シャナ鳥の色合いを見てあることに気づいた。
「あっ、もしかして、その服って……」
「あ、気づいた? そうよ、シャナ鳥の羽根から作られてるの。今着てるこれは私が作ったんだ」
と、ケイティがふわりとその場で一回転する。彼女の体に巻き付けるように着込まれた布が、ふわりと舞った。青い布地に金色の花の刺繍が、陽光にきらきらと瞬く。
「ケイティが作ったの!? すごい……」
「えへへ、私のデザインが正式採用されてね。他の錬金術師の人たちにも教えてるんだ。今度、シャラにも教えてあげるよ」
「ほんと!? ありがとう!」
そんな様子を尻目に、アシュリーはシャナ鳥の鳥舎を仰ぎ見て、首を傾げた。
「ねえ、ケイティ。シャナ鳥が多い割に、あの鳥舎小さすぎない?」
「あぁ、あれは地下にずっと広い空間があるの。夜に眠らせる時とか竜巻の時なんかは、シャナ鳥を全部地下室に入れておくのよ」
このスレシス村は、南東に位置する山脈からの風が吹き込むことで竜巻が発生することがある。特に夏場の今の時期に多い。そのため、鳥舎に限らずこの村は全ての家屋に地下室が設けられている。
もし竜巻がやってきたときには、みな地下室へと避難する。石造建築で頑丈とはいえ、竜巻で壊れないとは限らないからだ。
「あーそっか。だから、この村じゃネルガ芋が採られてるのね」
と、アシュリーが先ほど通り過ぎた、大きな木が規則的に植えられた栽培地の方を振り返る。
ネルガ芋は、草ではなく木の根っこに実る芋だ。芋を掘ったそばから短期間ですぐにまた新しい芋が生るので、年がら年中収穫ができる。大きく丈夫な木であるため竜巻にも耐えられる。芋も地下にできるわけだから竜巻の影響を受けにくいのだろう。
「――あ、そうだ! ケイティ」
「どしたの? シャラ」
「ケイティ、言ってたよね。同じ村の幼馴染で妹みたいな子が居るって。たしか……ティナちゃん、だったっけ?」
その名を聞いて、ケイティはビクッと体を震わせ、俯いてしまう。
「ケイティ?」
「……ごめん、シャラ。ティナの名前は、もう聞きたくない」
心配そうにケイティを覗き込むシャラだが、ケイティの顔色が優れない。
「ご、ごめんなさい。もしかして、モンスターに――」
「違うわ。……あの子は、生きてる」
「え? じゃあどうして……仲が良いって、私にも紹介したいって、言ってたのに」
ケイティが、俯いたまま唇を噛んだ。
「……ティナは去年、『召喚師』になっちゃったの」
「え……」
「この村じゃ召喚師が死ぬなんて、よくあることよ。だから……ティナが選ばれた」
自ら召喚師なりたがる者など、ほとんど居ない。
だから召喚師の欠員が出た場合には、その村で成人の儀を受ける者の中から国が選出し召喚師になるよう命じられる。テオもそういう経緯で召喚師になったのだ。
「ま、まさかケイティ、ティナちゃんが召喚師になっちゃったからって――」
「――仕方ないでしょ!?」
キッ、と涙を湛えた目でケイティがシャラを睨む。
「モンスターを操る『クラス』なのよ!? 私のお父さんとお母さんを殺して、私の村を滅ぼしたモンスターを! そんな召喚師と、どうやって仲良くしろっていうの! シャラだって私と同じならわかるでしょ!?」
「ケ、ケイティ……」
その剣幕に押されるシャラ。しかし傍から聞いていたアシュリーが首を傾げる。
「ちょっと待って。村が滅ぼされたって、ケイティはこの村出身じゃないの?」
「……ケイティとティナちゃんは、開拓村出身だったんだそうです」
アシュリーの疑問に、シャラが答えた。
ケイティは元々、ここスレシス村の出身ではないとシャラは聞いていた。
彼女の本来の故郷は開拓村だった。七年前、モンスター襲撃によって壊滅してしまったのだという。ケイティはその時、両親を失っている。
ケイティと同郷で、同じくそのモンスター襲撃で家族を失ったティナと一緒に、大きくて安定しているこのスレシス村に移り住んだのだそうだ。
本来、モンスター襲撃で故郷を失った人間は騎士隊預かりとなり、新たに開拓村を作る際の人員に回される。
しかしこの時はケイティとティナという、成人前の子供二人しか生き残りが居なかった。そのため新たな開拓村を作る際の戦力としては計上できない。ゆえに、安定しているこの村に直接回されたのだろう。
「――おう、ここに居やがったか。探したぜ?」
と、そこへ聞き覚えのある乱暴な声が聞こえてきた。
「……だ、ダスティン」
涙目のままケイティが呟く。
ちらりとケイティを軽く一瞥してから、シャラに視線を戻した青髪の剣士。ニヤニヤしながら、シャラとアシュリーに無遠慮に近づく。
「聞いたぞ? テメェら、騎士隊じゃねえらしいな。どっか別の村の村人だと? この俺をだましやがって」
「……騙したつもりはありません。ですが、誤解させてしまったのであれば、謝罪します」
警戒した目でダスティンを見つめながらも、凛とした態度で答えるシャラ。
だがダスティンは近づきながらも両掌をシャラの方へと向け、呆れ顔になった。
「おいおい、落ち着けよ。俺は別にテメェらの謝罪が欲しいわけじゃねえ。そんなことでイチイチ目くじら立てるほど、狭量じゃねェからな」
「……よく言うわよ」
ボソ、と小声でケイティが呟く声が聞こえた。ダスティンが再びケイティの方を睨む。
「テメェにゃ話してねェよ、引っ込んでな。俺はそこの嬢ちゃんに話があんだよ」
「……話とは、何でしょうか」
なおも近づいてくるダスティンから一歩下がるシャラ。しかしダスティンは、さらに一歩踏み込んできて――
「――えっ」
シャラの片手を取り、それを自身の両手で包み込んできた。
「……お前、『錬金術師』らしいな? しかも上玉で、ケイティと違って控え目ときたもんだ。そういう女は、嫌いじゃねェぜ?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、シャラに顔を近づけてくる。
”相手の手を、自身の両手のひらで包み込む”。
この世界においては、それは『求婚』を意味する。
「……申し訳ありませんが」
しかしシャラは、彼の手を一つずつゆっくりと自分の手から剥がした。
「私は、もう結婚している身です。ですから、応じられません」
怯えを必死に隠して、ダスティンの目を正面から睨み返した。だがダスティンは笑みを崩さずにくつくつと嗤う。
「ああ、そうらしいな? あろうことか、あン時の召喚師の嫁になったんだって? 村長補佐から聞いたぜ」
「な――」
彼の言葉に、ケイティが信じられぬ者を見る目でシャラに顔を向ける。
ダスティンはなおもシャラに詰め寄って続けた。
「一体何の弱みを握られたか知らねェが、召喚師なんざと結婚して不本意だろ? 俺は、お前をその地獄から救ってやろうって言ってンだよ」
しかしシャラは、それがどうしたと言わんばかりの精一杯の目でダスティンを睨み返した。
「彼との結婚は、私自身が望んだことです。彼のお嫁さんになれたことは、私にとって不本意でもなんでもありません。今の私は彼と共にいられて、これ以上ないくらい幸せなんです。ですから、あなたにとやかく言われる筋合いはありません」
ふふっ、とアシュリーが笑い声を漏らす音が聞こえた。
ダスティンが舌打ちし、乱暴にシャラの腕を掴む。
「……仮にも錬金術師が、召喚師なんざに洗脳されやがって。おら、来い! テメェの目を覚まさせてやらぁ!」
「は、離してっ……!」
「ちょ、ちょっとダスティン! あんたいい加減にしなさいっ!」
嫌がるシャラの声に我に返ったように、ダスティンを引きはがそうと駆け寄るケイティ。
――そこへ。
「――ぐェッ!?」
ダスティンの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
アシュリーが鞘に納めたままの剣で、シャラの腕をつかんでいるダスティンの腕を素早く絡め取ってシャラから引きはがし、ダスティンを身体ごと投げ飛ばしたのだ。
「……嫌がる女を無理やり連れていくのが、この村の流儀なのかしら? だとしたら、とんだ野蛮人ね?」
「こっ、このアマぁッ……!」
小馬鹿にするような目で、アシュリーが彼を見下ろす。ダスティンは片腕を抑えながらも、なんとか上体を起こそうとしていた。
「そんなに暴れ足りないなら、あんた、あたしと勝負しない?」
「あ!?」
「ここに来る途中に、剣士の訓練場があったわね。そこであたしと模擬戦するのよ。あたしが一本取れたら、あんたは二度とシャラには近づかない。どう?」
ようやく起き上がったダスティンに、アシュリーは自信たっぷりの笑みで納刀された剣を横向きに突き出す。
「……ハッ、そんな勝負を引き受けて、俺になんの得があるってんだよ」
「もしあんたがあたしから一本取れたら、あたしを好きにしていいわよ」
「――ヘェ?」
「アシュリーさん!?」
アシュリーの提案に、ダスティンは今度はアシュリーの健康的な肢体を舐めるように眺めまわす。シャラが顔色を変えてアシュリーに振り返った。
「……いいぜ。相手してやるよ。その約束、忘れんじゃねえぞ」
「当然。あたしは物覚えがいい方なのよ。あんたとは違って、ね」
「……テメェ……ッ」
ギリ、と歯ぎしりするダスティンを余裕の表情で見つめ返すアシュリー。
だがそこで、ケイティが慌ててアシュリーの肩に手を当てる。
「ちょ、ちょっと、まずいわよ! えっと、アシュリーさん、だったよね」
「ええ。まずいって、何が?」
アシュリーは、何の気なしに問い返す。
「ダスティンはクズだけど、剣士としては滅茶苦茶強いのよ! そんな、安請け合いして……!」
「……滅茶苦茶強い、ね……」
アシュリーが横目で、ダスティンの全身を見渡す。
「大丈夫よ、ケイティ。あたしの『目』を、信じて」
「……目?」
ケイティが目をぱちくりさせる。そんな彼女に、アシュリーは笑顔でウインクした。




