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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第一章 召喚師の降臨と錬金術師の献身
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5話 目覚めた英雄

「う……」


 頬をかすかに撫ぜる風と、運ばれてきた土の匂いで意識が浮上する。

 見慣れているような、見慣れないような不思議な亜麻色の天井。テオの記憶ではよく見ていたが、マナヤにとっては初めての天井だ。


「ここは……テオの寝室か?」


 体を起こすと、額から何かが数枚剥がれてひらひらと毛布の上に落ちた。

 半透明のバジルのような葉っぱだ。凍らせてでもいたのか、触るとうっすら冷たい。氷嚢の代わりのようなものだろうか。

 その時、扉の付いていない自室の外側から人が入ってくる音がした。


「テオ! 気が付いたのね!」


 顔を出したのは、長い茶髪の女性……テオの母、サマーだ。


「あ、ええっと……」


 混乱と動揺、先の葉などの見慣れぬ数々の代物の登場でしどろもどろになる。


「テオ! 目が覚めたのか!?」

「テオ!」


 すると自室の外から聞き覚えのある二人の声が聞こえてきた。

 すぐに金髪の二人組も入ってきた。テオの父親スコットと、もう一人の少女。

 赤茶色のブレザーのような服の下に、ペプラムという奴だろうか、下半分がフリルのようになっている白のインナーを着て、ベージュのハーフパンツを穿いている、金髪セミロングの女の子。

 テオの幼馴染の少女……シャラだ。


「テオ! 良かった、酷い傷だったし意識も無かったから心配してたんだぞ!」

「テオ、良かった……本当にっ、良かったぁ……!」


 スコットがマナヤの髪に触れながら安堵の声で、シャラは泣きじゃくりながら寝具の端に手を掛けしゃがみこむ。


「ああ、その……」

「無理はするな。すまんな、治療が遅くなったから、お前の体に負担がかかってるはずだ」


 スコットから聞くところによると、スタンピードを抑え込んだとはいえ重傷者も多く、白魔導師の手が足りなかったらしい。

 村にいた白魔導師たちは、死なない程度の応急処置だけで癒して回らなければ間に合わなかったという。その後、スタンピードの救難信号で駆け付けた騎士隊の白魔導師達のおかげで治療が進み、ようやく重傷者の完治ができたとのことだ。


「いや、仕方ねぇだろ……死者は出たのか?」

「……重傷者は多いが、お前のおかげで死人は居ない。ヴァルキリーまで出たんだってな。死人ゼロなんて奇跡だぞ」


 マナヤの口調に訝りながらも、スコットはしっかりと答えてくれた。


 ――そうか、誰も死にはしなかったのか。


 テオの最後の記憶から思い起こす。小さな男の子が死に、テオの両親が死に、……幼馴染までが死に。

 恐らくもっと遡って記憶を読んだり、あるいはテオの知らないところでも大量の死人が出ていたであろう、あの記憶を。


(あんな未来を変えられたなら、まあ悪くねぇな)


 ふう、と小さくため息をつく。


「あれから、何日経った?」


 こういう時は自分は衰弱しきって数日間目覚めないというパターンもあることに思い至り、そう尋ねてみる。複雑な表情をしながらも、自嘲するような声でスコットが答える。


「一晩眠ってただけだ。もう昼過ぎにはなってしまったが、何日も寝込んでたわけじゃないから、安心しろ」

「……テオ?」


 と、やや泣き声が混じったシャラの声が聞こえた。

 首だけで彼女の方を見ると、目尻に涙を残しながらも戸惑った表情を見せている。


「……聞きたいことがあるの、テオ」


 テオの母、サマーも顔を引き締めて問いかけてきた。


「俺の正体、のことか?」


 マナヤがそう口にした瞬間、全員がハッと息を呑む。……シャラに至っては、絶望的な表情までして。


「やっぱり、あなたは……」

「テオ……じゃない……?」


 サマーが戸惑いながら、シャラが体を小さく震わせながら問いかけてくる。


「――スコットさん? サマーさん? 居るかしら?」


 そこへ突然、はきはきした女性の声が聞こえてきた。聞き覚えがある……女剣士、アシュリーのものだ。


「ああ、アシュリーさんか……」


 後ろ髪を引かれるような様子ながら、父スコットが応対に出る。

 程なくしてひょい、と赤髪のサイドテールを揺らしながら、アシュリーが部屋を覗き込んできた。


「あら、目が覚めたのね。えーっと、テオ、っていうんだって?」


 マナヤと目が合うと、ニカッと晴れやかな笑顔を見せた。

 その底抜けに明るい笑顔に、こんな表情もできたのか、とマナヤは少し驚く。

 アシュリーはズカズカと無遠慮に部屋に踏み込んできた。


「お前、仮にも怪我人の部屋だぞ」

「……? だから何よ? 目も覚めてるのに、見舞いに来ちゃいけないっての?」

「いやだから、プライバシーってもんをだな……」


 ――重傷者だった者が居る部屋に、許可も求めずに入ってくるヤツがあるか。


 などと思ったマナヤだったが、アシュリーは全く悪びれる風でも無く、家族やシャラも止めようとする様子もない。正直なところ、ここを『自分の部屋』と呼んで良いものかとも少し後ろめたいマナヤは、追及を諦めた。


「昨日は大活躍だったわね、英雄サン?」

「英雄?」

「そりゃ、どう見たって昨日の最大の功労者はあんたでしょ」


 こてん、と首を傾げるような仕草でアシュリーが続ける。


「たった一人でスタンピードの半分くらいを抑え込んで、ヴァルキリーまで倒してたでしょ? しかも召喚師のクセに、まさかその体を張って子供を庇って、怪我してまで守り抜くなんてやるじゃない。見直したわよ?」

「ええっ!?」


 子供を庇って怪我して、というアシュリーの言葉に一番驚いたのは、シャラだ。


「あれ? あんた、確か錬金術師の……」

「は、はい、シャラです」

「そうそう、まだここに居たんだ……あー、もしかしてあたし、お邪魔だった?」


 シャラとマナヤを交互に見てムフフ、と下卑た笑いを見せながらアシュリーが問いかける。


「い、いえ……」


 シャラがちらり、とマナヤの方を横目で見ながら、戸惑いがちに答えた。その手が震えている。


「――スコットさん!」


 またしても会話の腰を折るように、表から男の声が聞こえてくる。父スコットがハッとした表情で表に応対に出る。


「ああ、ゼルさん、申し訳ない。息子が目を覚ましたもので」

「テオ君が? ああ、ではちょうど良かったかもしれません」

「何かありましたか?」

「騎士隊の隊長殿が、彼に事情を聴きたい、と」


 表のそんな様子にくすっ、とアシュリーがこちらを見て苦笑する。


「ありゃ、これはやっぱり大ごとになるかもね?」


 


 ***




「ノーラン隊長、ですか……はい、息子は意識を取り戻しました」

「そうか。済まないがスコット殿、本人に事情を聴きたい」


 さして時間を置かずに訪れたかと思えば、またしても了解を得ようともせずに声の持ち主が入室してきた。

 現れたのは恐らく三十代半ばほどの、物々しくも華やかな鎧を纏った、濃い茶色の短髪の男。腰に剣を差しているいることからも、剣士であることが伺える。

 その後ろに二人ついてきた。帯びている装備が異なり、別々のクラスの者であるのがわかる。

 黒い短髪を横に流した、落ち着いた表情の黒ローブの男。そして、青髪に緑色のローブのくたびれた中年の男。


 テオの家族やシャラ、アシュリー全員が左胸に掌を当てて、わずかに頭を垂れる。この世界における礼のようなものだろう。


「テオ君、だったね」

「えーと、とりあえずは、はい」


 中々名乗るタイミングが見つからない、などと焦りと安堵が混じった複雑な感情のまま、とりあえずマナヤはそう答える。


「まず――」


 騎士隊の隊長ノーランが言うには、スタンピードの救難信号を受けて駆け付けたものの、到着してみて真偽を疑っていたそうだ。既に収まっていたうえ、死者を弔っている様子が全くなかったからだ。

 南門の防壁が大きく破損していたので建築士を送りはしたが、スタンピードにしては家屋や畑への被害が極端に少なく、住民の様子も落ち着いている。聞けばこともあろうに「ある一人の召喚師のおかげで凌げた」などと言い出す始末。


「してテオ君、君がスタンピードの功労者であると聞いているが、真実か?」

「はい」


 そこに関してはもう知れ渡ってもいるようだし、嘘ではないのでマナヤは素直に肯定する。

 ちなみにマナヤは騎士隊の者が来ると聞いて、さすがに寝具からは降りて椅子に座っている。


「……あー、信用できないなら証拠を出せるッスよ」

「証拠?」

「【ヴァルキリー】召喚」


 マナヤは彼らの目の前にヴァルキリーを召喚してみせる。

 部屋の真ん中に紋章が発生し、槍を構えた神々しい戦乙女が出現した。


「うおっ!?」

「な!?」

「ちょ……!」

「いやああああああああああッッ!!」


 が、その途端にその場が騒然となり全員が一気に身構えた。

 シャラに至っては、悲鳴を上げて部屋の隅まで後ずさりし両手で頭を抱えてへたりこんでしまう。


「ば、馬鹿者! 屋内で急に上級モンスターなど召喚する者があるか!!」

「あ、す、すんません……【送還(バウンス)】」


 隊長に怒鳴られ、マナヤは自分のモンスターを封印空間へと送り返す魔法、『送還(バウンス)』を使ってヴァルキリーを消し去る。

 全員がほうっとため息を吐く中、シャラだけは未だにガタガタと激しく震えながら、怯え切った表情でこちらを見つめてくる。完全に恐慌状態だ。


「そちらのお嬢さんは……」

「すみません、その子は両親をモンスターに……」


 尋常でないシャラの様子を気遣うノーラン隊長にスコットがそう告げると、隊長はやはり、と納得したかのようにかぶりを振る。


 ――ああ、そういうことか。


 マナヤはようやく、テオがシャラのことを避け続けていた理由を悟った。

 ……テオの記憶によれば、シャラは過去に()()()()()()()()()()()()()()()。そのことがトラウマとなっており、モンスターに対して異常な恐怖感を覚えてしまうのだろう。にもかかわらず何の因果かテオは、そのモンスターを操る『召喚師』になってしまった。

 大好きな幼馴染に今このような、怯え切った目で自分が見られるようになることをテオは恐れていたのだ。だから目も合わせないようにしていたのではないか。

 自分自身はシャラにそこまで思う所のないマナヤですら、このような目で見られるのは心が痛む。シャラに惚れていたであろうテオの、自身が召喚師になってしまったことへの心中は察して余りある。


 そして同時に、召喚師がやたらと恐れられ憎まれている理由も察する。

 この世界には、シャラのように肉親や友人、近しい人などをモンスターに殺されている者が少なくないのだろう。そのためモンスターは人類の不俱戴天の仇であり、そんなモンスターを召喚して戦う召喚師は、モンスターに近い存在と認識されているのだ。

 だがモンスター再発生を封じる封印(コンファインメント)は召喚師にしかできない。だから召喚師が排斥されたり、表立って迫害されたりはしていないのだろう。心情は別として、だが。


 しかし、召喚師の実力まで侮られているのは納得がいかないマナヤだ。


「ノーラン殿、よろしいか?」

「ディロン殿? いかがなされましたか?」


 ここで後ろに控えていた黒髪黒ローブの、黒魔導師らしき男がノーラン隊長に話しかける。ノーラン隊長は謙った態度で応えてみせた。意外にも隊長よりもこの黒魔導師風の男の方が位が高いようだ。


「彼が上級モンスターを取得しているのは確認された。となれば、取得に至った方法、スタンピードを抑えた方法の信憑性も確認したい」

「そうですな。召喚師長、頼む」


 隊長が緑ローブの中年に命じると、彼はおどおどとしながらも頷いた。

 さらにそこへ、全身白いローブを纏った、長くストレートなプラチナブロンドの髪を持つ二十代と思しき女性が入室して、マナヤへと視線を向ける。


「ディロン、この方が?」

「テナイアか……そうだ」


 入ってきた女性は黒魔導師らしき男に問いかける。”テナイア”と呼ばれたその女性は、マナヤの方を向くと穏やかにほほ笑んだ。


「白魔導師のテナイア・ヘレンブランドと申します。一緒にお話を聞かせて頂いても?」




 ***




「ありえません、そんな……!」


 その後、頼りなさげな中年の召喚師長が汗を流して慄く。

 マナヤは今、スタンピードが発生してからの自分の戦いを、思い出せる限り細かく彼に伝えていた。猫機FEL-9(フェルナイン)に『戻れ』命令で自分自身を囮に使ったこと、数を召喚するのではなく補助魔法を主体にして戦っていたこと、ヴァルキリー相手には、地形の状況と自ら攻撃を食らってマナを溜める方法を利用したなど。

 あまりにも型破りすぎる、とその召喚師長は震えるように語った。

 確かにテオの記憶にある学園の教官とは全く方針が異なっていた。この世界の人間には、『盾とするモンスターの召喚よりも、召喚師が自ら攻撃を食らってでもマナを溜めることを優先する』などという戦術が信じがたいようだ。同席したテナイアという白魔導師も驚きに目を瞬いている。

 シャラはやや俯きながら、ぎゅっと唇を結んでいた。


 そんな彼らの様子を尻目に、今度は”ディロン”と名乗った黒魔導師がマナヤに問いかける。


「テオ君は、そのような戦い方をどこで教わった?」

「……その質問に答えるには、突拍子もない話をしないといけませんが」


 そう答えると、テオの両親とシャラがピクリと反応したのが見えた。おそらくマナヤの正体に関わることであると勘づいたのだろう。

 ディロンに促され、仕方がなくマナヤは重い口を開いた。


「俺は、テオじゃありません」

「何?」


 ディロンが眉を顰め、ちらりとテオの両親を見やる。だがスコットもサマーも、食い入るようにマナヤを見つめている。

 シャラは完全に青褪めた顔をしていた。


「俺の本当の名前は”マナヤ”といいます」

「マナヤ君……か。では君は、一体何者だ? 何故テオ君の名を騙った?」


 ふと恐ろしくなり、いったんテオの記憶を探った。『”悪魔憑き”として処刑される』というような事例は、少なくともテオの記憶の限りでは存在しないようだ。マナヤは覚悟を決める。


「結論から言いますと、俺は異世界から来ました」

「異世界、だと?」

「はい。この世界とは全く違う別世界。モンスターというものはゲームという”遊戯”の中にしか存在しない、そんな世界です」


 この世界の人間に「異世界」という概念が通じるかはわからない。『モンスターが存在しない世界』というものが理解されるかどうかも怪しい。

 こちらで生きている人間にとって、モンスターというものは当たり前のように存在するものだからだ。


「俺は、そのゲームを通じてモンスターを操る戦い方を覚えました」

「……遊戯で戦い方を覚えたというのか?」

「はい。そして、神様に言われてこの世界に”転生”してきたんです」

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