49話 くじかれる出鼻
マナヤ達は、孤児院に併設された宿舎のような建物に滞在することになった。
四部屋を使わせてもらい、ディロンとテナイア、スコットとサマー、アシュリーとシャラ、そしてマナヤ。この組み合わせで一部屋ずつという部屋割になった。
マナヤがテオに切り替わった場合、シャラはテオと同室になる予定だ。
一旦荷物も運び終わって、共同食堂でマナヤ達は夕食を頂くことになった。
「あ、これってネルガ芋よね? 久しぶりに食べるわ」
アシュリーが献立の一つを見て、目を輝かせている。
マナヤ達の目の前に並んでいる食事は、何かの肉を煮込んだものと、卵焼きのようなもの、生野菜サラダ。見慣れた細かい穀物”エタリア”。
そして、アシュリーの言う芋料理だ。1.5センチほどの厚さで輪切りにされた芋らしきものを、鉄板で焼いてあるようだ。
「ん? アシュリー、お前これ知ってんのか?」
「知ってるも何も――あ、そっか。あんたは知らないのよね。王都の学園に通ってた時に、時々食事で出てきたのよ」
成人の儀の後、『クラス』の戦い方を教育する学園に通っていた時の話をしているのだろう。テオならば知っていたのかもしれない。だがマナヤは、思い出を覗き見するのに気が引けるので、最近テオの記憶はあまり見ていなかった。
隣に座っているアシュリーが嬉々として、その芋料理を真っ先にパクついている。せっかくなのでマナヤもその芋料理にフォークを突き刺し、噛り付いてみた。
(――ん!?)
芋というからホクホクしているのかと思いきや、まるで生大根のようなシャクシャクとした食感に驚く。だが不思議なことに、これでもしっかりと火は通っているようだ。
咀嚼する度に、じゅわっとあふれ出るジューシーな汁。肉汁のような脂感は無いが、野菜とは思えぬほど濃厚な味がする汁で、適度な塩味と合わさって美味だ。軽快な食感も心地よい。
アシュリーが気に入るのも納得だ。欲を言えばバター醤油で食べたい、とマナヤは感じた。
だがマナヤ自身は、むしろ卵焼きのようなものが気になっていた。セメイト村では、卵料理を食べた記憶が無いからだ。
(ああ、こりゃオムレツだな)
黄色い塊を早速口に入れると、やや塩味が薄いが思った通りの味。日本でよく食べていた甘い卵焼きではないが、しっかりとオムレツの味だ。
だが、塩味は薄いのに地球の卵と比べても濃厚な気がした。色合いが鮮やかなことも考えると、黄身の割合が多いのだろうか。
「ここスレシス村は、ネルガとシャナ鳥が特産だって、ケイティが言ってたね。これがこの村の郷土料理なのかな」
マナヤの向かいに座っているシャラが呟く。彼女は肉の煮込み料理らしいものを、ナイフとフォークで食していた。
「シャナ鳥?」
「マナヤさんが今食べた卵と、この煮込み料理の肉が確か、そうです。繁殖力の高い、二足歩行の鳥なんだって」
早速マナヤも煮込みを口に入れる。確かにこの繊維を感じる食感は、鶏胸肉の煮込みのようだ。
煮込みの味付けには、何か細長い香草のようなものが使われている。セメイト村で出てきたピナの葉とは、まるで別物の香り。
「……こうやって食べてると、ピナの香辛料が恋しくなるな」
と、セメイト村の料理にもだいぶ食べ慣れてきたマナヤが呟き、自分のその言葉に思わず苦笑した。
なんだかんだいって、自分もだいぶこの世界に馴染んできたということか。
「あー、いいわね。このネルガ芋もきっと、ピナの葉と相性良いわよ」
「私はちょっと、この煮込みに入ってる香草も気になるなぁ。ピナの葉と合わせたら、どうなるんだろう」
アシュリーとシャラも、それぞれピナの葉との相性に思いを馳せている。結局のところ、セメイト村の民にとってはピナの香辛料がソウルフードなわけだ。
マナヤは、久しぶりに食べる鶏肉と卵に舌鼓を打っていた。
ちなみにセメイト村での主な食肉は、『ギル』という名のアナグマのような家畜である。鶏肉が出てくることもあったが、それは『間引き』を兼ねた採集時に弓術士が野鳥を狩ってきた時だけのもの。
ふと、サマーが少し心配そうに話しかけてくる。
「マナヤさん、ここの料理は口に合うかしら?」
「ああ。卵を食べるのは久しぶりだし、他の料理も初めての味だからな。今んとこ美味しく頂けてるよ」
もっとも、塩と香辛料の味ばかりなのは相変わらずだ。なので、連日食べ続けるとなるとどうなるかわからない。
ちなみに、マナヤが出てくる日はシャラが色々と味の混ざった料理を作ってくれることがある。ただ、どうやらこの世界の人間には馴染みのない味わいだそうだ。不味いわけではないらしいが、首を捻る味なのだという。
「……しっかし、村の連中は露骨な態度だったな」
マナヤが早くも卵焼きを食べ終わりながらも、文句を言い始める。
先ほど村長にこの孤児院まで案内される道中。マナヤは散々、冷ややかな視線や、小馬鹿にしたような表情に晒され続けることになった。ディロンやテナイアが同行していなければ、先ほどのダスティンという男のようにちょっかいをかけてきていたかもしれない。
そんなマナヤに、アシュリーは心底不思議そうな顔で話しかけてきた。
「それだったら、その緑ローブを脱げば良かったじゃないの」
「誰が脱ぐかよ。召喚師は俺の誇りだっつの」
召喚師は、それとわかりやすいように緑ローブを羽織ることを義務付けられている。なんならそれも差別では、とマナヤも思わなくはないが、どうせ脱ぐつもりなど無かった。マナヤにとって召喚師とは最強の象徴だ。召喚師であることを隠してコソコソするようなマネは、性に合わない。それに、いずれ召喚師は最強であると世界に知らしめるつもりなのだ。
「まったく、変なとこで意固地よねあんた」
ネルガ芋を美味しそうにパクつきながら、呆れ顔でマナヤを揶揄うアシュリー。
マナヤも、アシュリーが揶揄っているのをわかっていてスルーしている。アシュリーのそれには、ここの村人ほどの嫌味ったらしさが無いからだ。
「けどよ、この村の召喚師達にはキツいんじゃねーのか。あいつらも普段はローブを脱いでるのか?」
あれだけの嫌味な視線を常に向けられるのであれば、この村の召喚師はさぞ生活しにくいのではないか、とマナヤは危惧する。それならば、義務を怠ってでもローブを脱いで生活する召喚師も居そうだ。
だが、マナヤのその意見にシャラが待ったをかけた。
「えっと、マナヤさん。ローブを脱いでも、多分わかっちゃうと思います」
「あ?」
「召喚師は、その……みんな独特の表情をしてますから」
「……あー」
マナヤは、セメイト村所属召喚師達のかつての表情を思い出した。マナヤが指導するまでは、暗くじめじめした表情をしていた彼ら。テオの記憶の限りでも、召喚師が学園で一年間学ぶと皆してそのような表情になってしまうようだ。
今の学園の教え方が、召喚師に悪影響を及ぼしすぎている。そちらも早急にどうにかする必要がありそうだ。マナヤはエタリアを口に入れながら考える。
「それで、マナヤ君。この村の召喚師を招集したということは、明日から指導を開始するのかい?」
「ああ、ちょうど手元に例の教本もあるからな」
スコットの問いかけに、マナヤがエタリアを飲み込みながら答える。
マナヤは先ほどディロンを通して、明日にはこの村にいくつかある講堂に召喚師達を集めるように指示してもらった。セメイト村のような召喚師用の集会場というものは存在しないらしい。
この村には召喚師が六十人以上いるとのこと。それだけの人数を一同に集める施設となると、『集会場』レベルでは効かないのだろう。
どのように指導するべきかは、セメイト村ですでに経験済みだ。教本が一冊しかないのが困りものだが、せっかくなのでモンスターのステータス表部分だけでも課題と称して書き写させようか、とマナヤは頭の中で手順を組み立てる。
「セメイト村のように、うまくいけば良いのだけど……」
片腕でも器用に料理を食しているサマーが、心配げにマナヤを見つめる。
「なぁに、一度は通った道だ。どうとでもなるさ」
あくまで楽観的なマナヤが、鶏肉を口いっぱいに頬張った。
***
が、マナヤの甘い考えは翌日、早々に打ち砕かれる。
「なんだと? どういう意味だ!?」
バァン、と講堂の机を勢いよく叩き、一堂に会したスレシス村の召喚師達を睥睨するマナヤ。
彼の目の前に居る召喚師達は、かつてのセメイト村の時と同じ様子だった。全員が異常に暗く、ジメジメとした雰囲気を醸し出している。
だが、セメイト村の時と決定的に違うのは――
「……言葉通りの意味だ。我々は、あんたなんかの指導を受ける義理はない」
「何が指導だよ、偉そうに。俺たちが苦労して訓練して、一体何になるってんだ」
「あたし達は今まで通り、他の連中についていけばそれでいいんだよ。余計な波風を立てるのは、ごめんだね」
そう、誰一人としてマナヤのことを信用しようとしていないという事だ。
青筋を立てながらもマナヤはなんとか気持ちを落ち着けようと深呼吸し、そして。
「――お前らは知らないだろうが、俺は故郷の村を襲ったスタンピードを収めてる。召喚師だって、戦い方次第で剣士にも劣らねぇ戦いができるんだ。それを教えてやるって言ってんだよ」
しかしそんなマナヤの言葉も、スレシス村の召喚師達には何の効果も発揮しない。
「スタンピードなんて、この村には起こりませんよ。モンスターの襲撃すら起こらないんです」
「今までの『間引き』だけで、充分なんだ。それだけこの村は今のままで安定してるんだよ」
「モンスターの性能を覚えろなんて、今さら意味ないじゃないですか」
「むしろ他の連中からモンスターと仲良くしてるなんて言われたら、どうしてくれるんだ」
「余計なことをすれば、出しゃばるなと言われるだけであるしな……」
口々に、今のままで何も問題ないと言い張る。
マナヤは机の上に置いた自分の拳をわなわなとさせながら、横で立って見ているディロンやテナイアの方をちらりと見て。
「……言っとくがお前らの意見は、関係ねぇ。この指導は騎士隊の方からも許可をもらっていることなんだ。文句があるなら、そっちに言ってもらおうか」
セメイト村の時にも抜いた、伝家の宝刀。だが――
「……何が騎士隊だよ。俺たちがこんな目に遭ってるのに、なにもしてくれないじゃないか」
「権力に物を言わせて、無理やり言うこと聞かせようっていうの? 他『クラス』の連中と何も変わらないじゃない」
「そっちの騎士隊の人たちは召喚師ですらないじゃないか」
「召喚師ではない者に、我々の心持などわかるまいよ」
何の躊躇もなく、ディロンやテナイアの前で堂々と文句を言い始める始末。
「おまッ……お前ら、そんなんで良いってのか!? そんな簡単に可能性を諦めちまうのか!? 他の『クラス』の奴らを見返してやろうとは思わねぇのかよ!」
陰鬱な方向にばかり考える彼らに業を煮やして、大声で叫ぶマナヤ。しかし。
「別に、あんな連中に評価されたいとも思わないしなぁ……」
「そうよ。私達をあんなにこき下ろす連中に、なんで楽させてやらないといけないわけ?」
「ちょっとやそっと見返してやったところで、逆に後でもっと罵倒されるだけじゃないか」
――なんなんだ、こいつら! せっかく人が助けてやろうって言ってんのに!
「お前らっ、いい加減に――」
「……あなたこそ、いい加減にして下さいっ!!」
怒鳴ろうとしたマナヤを遮るように、女の子の声が講堂に響き渡った。
赤毛をポニーテールに束ねている、十六、七歳ほどの女の子。まだ、召喚師になって間もないのだろう。
目に涙を称えながら、マナヤを睨みつけるように言い放った。
「どうしてそんな風に、勝手な希望を与えようとするんですか! どうして、諦めさせてくれないんですかっ!!」
慟哭のようにそう叫ぶ声に、講堂がしんと静まり返る。
「ライアンさんもっ……私が去年、召喚師になって、あなたと同じように言ってました! 諦めるなって! 召喚師だってっ、やればできる、はずだって! でも、結局何もっ、変わらなかった!」
嗚咽をあげながらも、勢いのままに声を張り上げ続ける。
「そんなライアンさんもっ、先週間引きに出かけてから、帰ってこなかった! 逃げ出した臆病者だってっ、召喚師はしょせんっ、そんな程度だってっ……村の人にっ、笑われてっ……!!」
そこまで言い放ってから、蹲って泣き崩れてしまう。
「……そうだよ。余計なことをしたから、ライアンだって……」
「私達は、何もせずにいた方が良いのよ。じゃないと、また嘲笑の的よ」
「戦い方なんて教えてもらっても、うれしくもなんともない。ありがた迷惑だよ」
「そうよ! ティナちゃんの気持ちを……あたし達の気持ちも、考えてよ!」
ざわめきながらマナヤを非難する視線で見始める召喚師達。もはや彼らは、聞く耳を持ちそうもなかった。
ギリ、とマナヤが歯ぎしりをする。
「……そうか。なら、勝手にしろ」
マナヤは件の教本を小脇に抱え、一顧だにせず講堂を出て行った。
***
「――マナヤ」
マナヤが講堂のあった建物を出てすぐ。後を追いかけてきたらしいディロンがマナヤの背中に声をかけた。
「……期待に応えられず、すみませんね」
背を向けたまま、マナヤはぶっきらぼうに言い放つ。
「仕方があるまい。この村は、君がセメイト村で指導していた時とは状況が違う」
「……どういう事ッスか」
「セメイト村の時は、君自身がスタンピード鎮圧の功労者となった。実際に君が戦う姿を見ている村人も多かった。そこへ更に、君が異世界からこの村を救うために訪れた英雄だと、村人たちに吹聴した。だからこそあの時、君の指導を受け入れさせることができたのだ」
「……」
あの時はセメイト村にてスタンピードが突如発生したが、マナヤの功績で前代未聞の死者ゼロで乗り切ることができた。
駆け付けた騎士隊の者達も、召喚師への指導をしたいとマナヤが通達した際に、村人達が納得しやすいようマナヤの異世界転生の件を広めてくれた。
もっと言えば、スタンピードの原因となったであろう旧開拓村への進軍という命の危険が迫っていた。それが、召喚師達に否応なく力をつけるための説得材料として働いていたのだ。
――あん時の指導は、イージーモードだったのか。
あの成功が自分一人の力によるものでないことに、マナヤは初めて気が付いた。
「……ディロンさんとテナイアさんは、なんで今回、手伝ってくれなかったんスか」
「言ったはずだ。権力で無理やり言う事を聞かせても、人々は納得しない。セメイト村の時は君のスタンピード鎮圧、ならびに旧開拓村に進軍する際の戦力補強という下地があったが、ここには無い」
「それに」
後方から近寄ってくる足音と共に、テナイアの声が届いた。
「この村は召喚師を見下す傾向がより強かったようです。モンスターの被害が比較的多いセメイト村では、召喚師に反感を買えば召喚モンスターをけしかけられるかもしれない、という畏怖もあった。……けれどここは、なまじ安定している村なので危険がない。人死にも極端に少ないようです。なので村人達には、『モンスターを操るクラス』という畏怖よりも、『戦力として無能なクラス』という侮蔑の感情の方が強く出ているのでしょう」
「……つまり?」
「そういった悪意に晒され続けた彼らに私達が直接口を挟めば、より彼らに反感を抱かれることになり、貴方の邪魔になってしまうということです。聞いての通り召喚師でない私達は、むしろ一般の召喚師達からは嫌われる立場なのですよ……情けない話ですが」
マナヤが舌打ちをした。
「これからどうするつもりだ? マナヤ」
ディロンが肩に手を乗せる。マナヤはちらりと、視線だけ後方のディロンへと送った。
「――すみませんが俺はしばらく、テオの中で考えます。時間を貰いますよ」
「マナヤさん?」
その言葉に、テナイアが怪訝な顔をする。
「あいつらの言葉、聞いたでしょう。俺の指導なんて要らないと。ありがた迷惑だと。……正直言って、今の俺は冷静じゃありません。あの言葉のせいで、あいつらに当たり散らしたくてしょうがなくなってる」
「マナヤさん、吐き出したくなれば吐き出しても構いません。私達が相談に――」
「嫌なんですよ!! ……アシュリーと約束したんです。もう、この世界の人間に当たり散らすような真似はしないと。だからまずは、落ち着きたいんです」
「マナヤ」
マナヤとテナイアの会話に、今度はディロンが口を挟んできた。
「君の考えはわかる。だがこれは君一人の問題ではない。確かに我々には、召喚師達をどうこうする力は無い。だからといって、君一人に押し付けてよいことでもない。我々は直接手助けすることはできないが、それは我々にとっても恥ずべきことなのだ。せめて、相談に乗ることくらいはできる」
さわさわと、街路樹の葉が風に揺られる音が耳に届く。
唐突にマナヤが胡坐をかいて座り込んだ。
「俺一人に、やらせてください。これは俺の使命なんです。やっと見つけた、俺の生き甲斐なんですよ」
「マナヤ、しかし……」
「すいませんが、テオに伝言頼みますよ。お前は何も心配するな、俺がなんとかするから……って」
「マナヤさ――」
テナイアが止めるような声も聞かず、マナヤは顔を伏せ目を閉じる。そのまま、意識を沈めてしまった。
 




