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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第二章 救世の心構えと召喚師の真実
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47話 実績稼ぎ

 マーカス駐屯地での、三日目。

 マナヤはようやく教本の写本が終わり、燐光に包まれる右手をぷらぷらとさせながら騎士団長に提出した。


「ああ、ご苦労だった」


 執事らしき人物にアポを取って貰い、例の長テーブルがあった部屋に入室すると、黒魔導師ディロンと白魔導師テナイア、そして件の騎士団長ジークが待っていた。ディロンにとりあえず、写本した教本を渡す。


「……マナヤさん? その手は、どうしたのですか?」


 その時、キラキラと燐光を放っているマナヤの手に気づいたテナイアが眉をひそめ、訊ねてくる。


「ああ、シャラに『治療の香水』と『鎮痛の聖衣』を借りたんですよ」


 と、マナヤが自分を両腕を掲げた。両手首にそれぞれブレスレット状の錬金装飾(れんきんそうしょく)が装着されている。腱鞘炎で痛む手をどうにかするために、シャラに頼み込んで使わせてもらったのだ。

 『治療の香水』は常時少しずつ傷を癒す錬金装飾(れんきんそうしょく)。『鎮痛の聖衣』は痛覚を緩和させる錬金装飾(れんきんそうしょく)だ。

 それを聞いてテナイアが、困ったように苦笑する。


「よろしければ今、治療しましょうか?」

「いえ、もうほぼ治ってるんで大丈夫です。ほら」


 と、マナヤは二つの錬金装飾(れんきんそうしょく)を外し、右手を開いたり閉じたりしてみせた。その様子を尻目に、本にさらっと目を通した騎士団長が口を開く。


「セメイト村で起こった事象については、大まかに事情聴取を終えた。後ほど他の者にも通達するが、現時点ではお前たちに問題があるわけではないと判断する」

「問題があるわけではない……?」

「君も察しはついているだろうが、我々はそもそも、マナヤ……いや、『テオ』が召喚師解放同盟のスパイではないかと疑っていた。完全に疑いが晴れたわけではないがな」


 話を聞くと、これまでと全く違いすぎる戦い方をするマナヤが突如現れたことが、あまりにタイミングが良すぎると考えていたらしい。

 騎士団の者から信頼を勝ち取り、その上で内部から騎士団を撹乱する、あるいは騎士団内部の情報を流すために送り込んできたのではないか、と。


「……質問をしても?」

「許可する」

「この程度のことで、その嫌疑が晴れたんスか?」

「先に言った通り、完全に疑いが晴れたわけではない。ただ、仮に君が召喚師解放同盟の一員だとすれば、もはや君が工作員であろうとなかろうと些細な事項だということだ」

「些細な事項? それってどういう――」


 と、そこへ部屋の扉がノックされた。伝令が来たとのことだ。


「失礼致します。スレシス村から、召喚師の欠員が出たとの報告が来ました」

「召喚師の欠員? またか?」


 報告を聞いたディロンが、眉をひそめる。テナイアもそれを聞いて考え込んだ。


「スレシス村といえば、かなり大規模の村でモンスターの討伐も安定していたはずですが……また、召喚師の欠員が出たのですか?」

「そのようです。『間引き』の最中に、過失での事故死と聞いています」

「過失での事故……」


 その報告を聞いて、騎士団長、ディロン、テナイアが目を見合わせる。やがて、騎士団長が伝令の男と、その隣に控えていた文官らしき男に命じた。


「わかった。この駐屯地に駐留している召喚士隊から一人、一時的に派遣しよう。それから王都に通達を送れ。今年、スレシス村から成人の儀を受ける者達の中から、召喚師のクラスを受ける者を一人、見繕ってもらわねばならん」

「はっ」


 そういって、伝令の男と文官が退室しようとする前に。


「待って下さい。よろしければ、自分がその村に向かいましょうか?」

「何?」


 突然のマナヤの提案に、騎士団長が片眉を吊り上げた。ディロンとテナイアも怪訝な顔をする。


「聞いた限り、どこかの村で召喚師が一人減って、必要人数を割ったんでしょう? なら、俺――自分が行って穴埋めして、ついでにその村で召喚師の戦い方を指導してやりますよ」


 マナヤとしては、丁度いい話ではあった。

 セメイト村の召喚師達はもうかなり上達している。その上、今はマナヤが残した召喚師用の教本も置いてある。もうあの村に、マナヤ自身の出番はほとんどあるまいと考えていた。

 それならば、いっそ新しい村に向かって、教えがいのある弟子を増やすのも悪くない。どうせ、召喚師の戦い方をこの世界に布教しなくてはならないのだ。


 そんなマナヤの言い草に、その場に居るマナヤ以外の全員が顔を見合わせた。



 ***



 次の日の、朝。本来ならば、セメイト村へと帰還するはずだった日。


「あんたもお人よしよね。わざわざ他の村のことにまで、首を突っ込むなんて」


 と、呆れ顔で肩をすくめたのは、アシュリーだ。


「なんだよ。アシュリーだって知ってるだろ、俺の使命の事を」

「そりゃそうだけど、そんなのあの教本に任せておけばいいじゃない。騎士隊の人たちに委ねれば、確実に広めてくれるわよ? きっと」


 マナヤとアシュリーは、互いの荷物を手にそう言い合う。

 ちらり、とマナヤが視線を動かした先には。


「うーん……村の錬金術師さん達、私が抜けて大丈夫かな」

「ちょっとした休暇とでも思えば良いさ、シャラちゃん。うちの村には、ユーリアさんという新人も来たんだしな」

「まあ錬金術師は貴重でしょうから、スレシス村に行ってもシャラちゃんは仕事があるかもしれないけれどね」


 テオの両親とシャラも、馬車に乗り込む準備をしていた。

 セメイト村へ向かう馬車ではない。スレシス村へと向かう馬車だ。




 結局マナヤの提案が通って、マナヤはスレシス村へと向かうことになった。

 もっとも、問題が無かったわけではない。


『スレシス村から成人の儀を受けた、新しい召喚師が帰還してくるまで。その約一年間、あなたもスレシス村に滞在し続けなければいけないのですよ? マナヤさんは、それでよろしいのですか?』

『それに、あなたはテオさんの身体を使っているのでしょう。テオさんの意思はどうするのですか? テオさんの両親や、シャラさん、アシュリーさんの意見は?』


 などと、テナイアに粛々とした様子で諭された。

 だが、騎士団長が訝りながらもマナヤの提案を許可した。ただし任期は一年ではなく、最長()()()とされた。


『我々としても、君が”どちら側”なのか調べる意味でも、君が新たな村で召喚師達をどのように指導するのか興味がある』


 マナヤが召喚師解放同盟と繋がっていないかどうか、何か企んでいないかの判断材料として使うつもりのようだ。

 そして他の面子にも聞いた結果、全員がスレシス村へと行くということになったのだ。現在テオとだけはコミュニケーションが取れない。なので『テオと替わった時に説明できるように』とテオの両親やシャラもついてくることになった。




「嫌なら、別にお前は来なくてもよかったんだぞ? アシュリー」

「ふーん、あたしだけ除け者にしようっての?」

「そ、そうは言ってねぇけどよ」

「ならいいじゃない。あたし達が抜ける分は、ここの騎士隊の人が代役でセメイト村に行ってくれるっていうんだし」


 それに丁度いい機会だし、などとニカッとしながらマナヤに詰め寄るアシュリー。


「――実の所、セメイト村に行きたいと志願してくる騎士隊の召喚師は、多い。君たちの村が召喚師に対して柔らかく接してくれる、というのが魅力的なのだろう」


 同行することになるディロンが歩み寄り、会話に入ってきた。彼の隣にテナイアもついてくる。

 この二人はマナヤの監視役としてついてくるらしい。わざわざ手間を増やしてしまったようで、マナヤは今さら申し訳なくなる。


「えーと……なんかすんません、ディロンさん、テナイアさん」

「事ここに至っては仕方があるまい。それに、君の扱いに関して微妙な所にあったのも事実だ」

「微妙な所?」

「君の知識をこの国に広めるにあたり、まだ君の信頼性と実績が足りないということだ。ゆえにスレシス村の件が無くとも、我々二人は君の監視にあたるという手筈になっていた」

「……まだ足りないっスか」

「それもスレシス村で召喚師の指導に成功すれば、一つ『材料』ができるだろう。この駐屯地を本来統括しているノーラン騎士隊長のように、いまだ君に疑念を抱く者は少なくない」

「そういえば、ノーラン隊長は居ないんですか? 全然見かけませんでしたけど」


 今度はアシュリーが会話に入ってくる。

 三カ月前、セメイト村でスタンピードが発生した時に駆けつけた騎士隊の隊長が、ノーランだった。


「彼は虐殺事件の被害状況を確認しに、ある開拓村へと向かっている」

「虐殺事件……こっちの世界にもあるんスね」


 マナヤの真横までたどり着いたディロンが、馬車の方を向いたまま視線だけマナヤに向ける。


「……ああ。愚かな真似をする者は、召喚師解放同盟だけではないということだ」

「でも隊長もディロンさんも居なくなって、この駐屯地は大丈夫なんです?」

「副隊長が健在だ。騎士団長はもとより、私とテナイアも『召喚師解放同盟』絡みでここに出向しているだけで、本来この駐屯地を統括する立場ではない」


 そう言ってディロンは立ち止まり、体ごとマナヤの方を向く。


「それよりもマナヤ、君はもう少し自分の立場を考えてもらいたい。王国直属騎士団団長の指示に横やりを入れるなど、本来であれば今の君の身分で許されることではない」

「す、すみません」

「――それでは皆さん、そろそろ出発しましょう」


 そんな様子を横目に、テナイアが一同に呼び掛けた。

 それを合図にしたかのように、ディロンがテナイアの持つ荷物をスッと手に取り、馬車の荷台へと持っていく。


「……あの、もしかしてテナイアさんとディロンさんは、ご夫婦なのですか?」


 ごく自然にディロンがテナイアの荷物を持っていく様子を見て、シャラがおずおずとテナイアに問いかけた。


「よくわかりましたね。その通りです。五年ほど前に婚姻しました」

「でも、お二人は家名が……あっ、も、申し訳ありません」

「構いませんよ。こればかりは、神からの贈り物ですからね」


 自らの失言に気づいたように慌てて謝罪するシャラだが、テナイアはおおらかに微笑んでいる。


(……なんだ? どういうことだ?)


 首を傾げるマナヤに、アシュリーが小声で耳打ちしてきた。


「今度は何にひっかかってるのよ?」

「いや、シャラはなんで謝ってるんだ?」

「……二人に、子供が生まれてないってことよ」


 呆れ顔でアシュリーが答える。


 この世界では、『告白する』のと同じくらい軽い感覚で『結婚』している。

 その代わり、祝言を挙げることができるのは『初子が生まれてから』に限る。家名持ちの夫婦も、子が生まれない限り家名を変えることが許されないのだ。だからディロンとテナイアは、結婚していながら別々の家名を名乗っている。


(元の世界の感覚でいうと、初子が生まれることがイコール結婚、みたいなもんなのか)


 五年間結婚しているにも関わらず子をなしていない、と遠まわしに指摘する形になってしまったのをシャラは謝ったのだ。

 相変わらず、異世界はわからない。と、マナヤは心の中で独り言ちる。


「――マナヤ」

「は、はいッ?」


 と、戻ってきたディロンがマナヤに声をかけてきた。

 先ほどまでアシュリーとしていた会話が会話だけに、無礼を働いたかと少しどもってしまうマナヤ。


「出発する前に、一つ。今後も召喚師解放同盟が襲ってくる可能性は少なくないと見る」

「……はあ」

「ゆえに、今のうちに君の意見を聞いておきたい」

「何のです?」

「仮に、敵の召喚師と戦うことになった場合。……我々は、どのように戦えば良いと考える?」


 ――召喚師の俺に、召喚師の対処法を教えてくれってか。


 自分で自分の弱点を晒すようで、一瞬危機感を覚える。

 だがここであえてその情報を開示して、ディロンからの信頼を稼ぐのもありかもしれない。まだそこまで付き合いは長くないが、この男は味方につけるべき相手だろう、とマナヤは考えていた。


「……そうですね、例えば――」

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