46話 英雄の素養
マナヤ達がマーカス駐屯地に着いた、次の日の夕方。
駐屯地の訓練場で、アシュリーが一人で『技能』の鍛錬をしていた。
訓練を怠ると体が鈍るので、使わせてもらう許可をもらってきたのだ。日がかなり傾いて暗くなってきているが、明かりの魔道具のおかげで訓練場はそれなりに明るい。
「――【ライジング……くっ」
上空へと勢いよく跳び上がり空中の敵を斬る技能、『ライジング・アサルト』。それがそのまま発動してしまいそうになって、アシュリーは技能発動をキャンセルする。
彼女が練習しようとしているのは『技能の同時発動』。
アシュリーの剣士の師匠である、セメイト村の『ヴィダ』という女剣士。彼女が使っていた奥義、『ライジング・ラクシャーサ』の再現練習だった。
ライジング・ラクシャーサという技は、元々『剣士』に備わっている技能ではない。
本来、『クラス』に備わっている技能は一つずつしか発動することはできない。だがヴィダは複数の『技能』を同時発動し、それを重ね合わせて強力な一つの技として解き放つ使い方を得意としていた。
ライジング・ラクシャーサとはヴィダがそう名付けただけに過ぎない。複数の技を重ねる際の『儀式』のようなものだ、とヴィダは言っていた。
ライジング・ラクシャーサは、『ライジング・アサルト』『スワローフラップ』『ラクシャーサ』の三つを同時発動する必殺技。
上方にしか跳び上がれない『ライジング・アサルト』に、慣性や物理法則を捻じ曲げて攻撃できる『スワローフラップ』の効果を重ね、任意の方向へと高速で飛びこめるようにする。
そこへ、威力増幅効果による広範囲高威力の衝撃波を放つ『ラクシャーサ』をも乗せる。
一気に敵に向かって急加速し、その速度と火力をラクシャーサに上乗せし、絶大な威力の衝撃波を発生させるのが『ライジング・ラクシャーサ』だ。
しかし『技能』を複数同時に重ねて発動する、というのがそもそも難しい。本来、クラスに備わった『技能』とはそういうものでは無いからだ。
さしあたりアシュリーは、ライジング・アサルトとスワローフラップを重ねるところから始めようとしていた。
これだけでも、前方に急加速して一気に敵の懐に飛び込む高速の飛び込み斬り、という形で優秀な技になり得る。
だがどうしても、ライジング・アサルトの時点でそのまま発動してしまいそうになる。スワローフラップを重ねるのが間に合わない。これではただ、『技能』を一つずつ連続発動するのと何も変わりない。
ふとアシュリーは、自分に近づいてくる何者かの気配を感じた。
「随分と、熱心だな」
「……ありがとうございます」
アシュリーが振り向いた先に居たのは、黒魔導師ディロンだった。
左胸に手を当て一礼するアシュリー。それをディロンが掌を向けて止めた。
「畏まる必要はない。鍛錬に励む者の邪魔をするために来たのではない」
「……はい」
アシュリーは正面に向き直り、再び剣を構える。
再び自分のマナを集め、技能の発動に備えようとした。
「――複数の『技能』の同時発動だな」
「っ!」
ディロンが言い当て、アシュリーが弾けるように振り返る。
「その技術を、知っているのですか!?」
「ああ。私も使うことがある技術だからな。……このようなものだろう」
と言ってディロンは的のある方向に手をかざし、マナを通す。
「【プラズマキャノン】」
すると彼の掌の先に、電撃を纏った巨大な氷の矢じりが現れた。回転衝角のようにゆっくりと回りながら、バチバチと放電している。
「それって……」
「ああ。技能ではなく魔法の同時発動だがな。『プラズマハープーン』と『ヘイルキャノン』を合成したものだ」
ディロンが手のひらを閉じると、氷の矢じりが霧散する。
「簡単な技術でないのは確かだが、誰にでも習得できる可能性がある。少なくとも私の師からは、そう教えられた」
「……!」
ディロンの言葉にアシュリーが目を見開く。
この同時発動についてヴィダからもアドバイスを貰ったことは幾度もある。しかしアシュリーは一度も発動することができなかった。
もしかしたら生まれついての素養のようなものが必要なのではないか。だとしたら、自分はどうあがいても使うことはできないのではないか。アシュリーは、そんな疑念に囚われ始めていた。
だがディロンの言い草では、自分にも使うことができる可能性があるということになる。
「どのように発動させれば良いのですか?」
「私の場合は、複数の魔法を発動する際、事前にマナを自分の中で混合させるようなイメージで使っている。だが発動する際のコツについては個人差があるらしい。なので、どの程度参考になるかはわからないな」
ヴィダからは『複数の技能を、自分の腕に”重ね掛け”するイメージで使っている』と聞いていた。
「まあ、君が焦る必要はない。じっくりと時間をかけて練習することだ」
「……あまり、のんびりはしていられないんです」
「何故だ?」
ディロンの問いにアシュリーは唇を噛んだ。
「……あの時『あの技』が使えていれば、私自身の手でシャラを助けられたかもしれない」
アシュリーは今日、セメイト村近隣でフェニックスを含むモンスターの大軍との遭遇戦をした時のことを、事情聴取で話していた。
その当時のことを改めて思い出してしまった。
突然上空から上級モンスター『フェニックス』が現れ、シャラが瀕死になりかかった。その状況下で、フェニックスがさらにシャラに追撃しようとしていた。
その瞬間にテオの中のマナヤが目覚めて、事なきを得たのだが。
あの時マナヤが目覚めなければ、フェニックスの追撃にアシュリーは間に合わなかっただろう。
だがもし、アシュリーが『ライジング・ラクシャーサ』を使うことができていれば。
せめて、ライジング・アサルトとスワローフラップ同時発動による、前方への高速飛び込み斬りだけでも使えていれば。
マナヤに頼るまでもなくフェニックスからシャラを容易く救えていただろう。
「……それに、私は戦闘力でマナヤに遠く及びません。これじゃあ私が目指す”英雄”には、私はなれない」
さらにアシュリーの心に影を落としているのが、あの後にあったフロストドラゴン事変だ。
マナヤと共に、アシュリーとシャラもあの時現場に駆け付けた。
だが結局フロストドラゴンと取り巻きを処理したのは、マナヤと召喚師達だ。自分は勢いづいて同行してきながら、フロストドラゴン相手に何の役にも立たなかった。
加えて、最近のシャラはテオとのコンビネーションに磨きがかかってきていた。
マナヤのみならず、テオも召喚師として一気に上達してきている。シャラもそんなテオと息を合わせ、目覚ましい活躍をし始めていた。
――自分だけが、凡人のままだ。
アシュリーはそんな印象を抱き、自己嫌悪に陥って焦り始めていた。
「”英雄”、か」
そんな彼女の言葉に、ディロンがぽつりと声を漏らす。
「一つ問いたい。君はマナヤの『何』が、彼を”英雄”たらしめていると思う?」
「それは……強さ、です。たった一人でも、人々を救い出せるだけの、強さ」
突然何を言い出すのかと困惑しながら、アシュリーはやや俯きながら応える。
「一騎当千の強さを持っているというのも、確かに”英雄”の素養ではある。だが私は、マナヤの”英雄”としての形はそこではないと考えている」
「え?」
アシュリーが顔を上げた。
「マナヤがこの駐屯地に呼ばれた理由を、君は覚えているか?」
「召喚師の戦い方を……あっ」
――そうか。
「その通りだ。彼を”英雄”たらしめているのは、むしろ他の召喚師達に戦い方を教授しているところにある」
「……」
「一騎当千の力を持つ戦士。それは確かに、英雄たりえるだろう。だがそれは、その『たった一人』が居ない場所では人が救われないことになる」
「そう、ですね……」
「だがもし、多くの人を鍛えることができる人物が居たとすれば。鍛えられた者達があちらこちらで目覚ましく戦い、多くの人を救うことができれば。……彼らを鍛えた人物もまた、”英雄”と呼んで差し支えないのではないか?」
実際にマナヤはセメイト村の召喚師達を、最上級モンスター『フロストドラゴン』の足止めができるくらいには育て上げていた。そしてマナヤ一人で、一対一ならばフロストドラゴンを単独で仕留めることにも成功している。
もしそれほどの力を、もっと他の召喚師達にも教えることができるとすれば。
「”英雄”の形は一つではない。自分自身が強力な力を身に付けた者も、人を強く鍛え上げることができる素養を持つ者も、人々を教え導く知恵を広める者も、それぞれが”英雄”としての形だ。……アシュリー、君はどんな”英雄”を目指している?」
「……わかり、ません」
――自分は、どんな英雄になりたいのだろう。
今まで、自分自身が強くなることにばかり拘って……
自分自身の手で、直接人を救うことに拘ってばかりで、深く考えていなかった。
ただただ、”英雄になりたい”とだけ。
立派な英雄だったと聞いている、見たこともない自分の父親。その名に恥じない戦士になりたい。
「――確かにマナヤは召喚師として強く、召喚師に戦い方を教える素養も備えている」
「……はい」
考え込んでいたアシュリーに突然、再びディロンが話しかけてくる。
「だが、それは『召喚師』に関することだけだ」
「……でもマナヤは、あの教本で『錬金術師』との連携も考えているそうですよ」
以前アシュリーもシャラからそう聞かされた。
その言葉にディロンも頷く。
「そうだ。召喚師だけが強いのであれば、考え方は召喚師解放同盟とさして変わらん」
「……」
「つまり今のマナヤに足りないのは、錬金術師に限らず……他の『クラス』との連携であると考えられる」
「……あっ」
ディロンの言わんとしていることが、なんとなくアシュリーにもわかった。
「君はマナヤと共に戦い、彼の戦い方にもある程度精通していると聞いている」
「私が、彼との連携を磨きあげることが、できたら……」
剣士と召喚師の連携。それを真っ先に確立し、それを人々に伝え広める第一人者。
それも、”英雄”となり得る。
アシュリーの心に光明が差した。
「ありがとうございます、ディロンさん。方向性が見えてきた気がします」
ディロンが満足そうに頷く。
「でも……どうしてそれを、私に?」
「召喚師が人々に忌避されないためには、他クラスとも連携できる素地が必要だ。マナヤの戦い方を良く知る剣士である君がそれを開拓して貰えるのであれば、我々にとっても好都合ということだ」
「……なるほど」
自分は体よく利用されたということか。そう、アシュリーが苦笑する。
だが、悪い気はしなかった。
おかげで先ほどまで感じていた焦りが和らぎ、進むべき明確な道筋がはっきりとしたからだ。
「――あとは、そうだな。これからの時代を担う若人に、手を差し伸べたくなった老婆心、とでも思ってくれ」
そう言ってディロンは背を向け、立ち去って行った。
(マナヤとの連携、か)
日が完全に沈みゆく中。
アシュリーは愛用の剣を頭上に掲げる。その刀身が明かりの魔道具に照らされ暗い空に浮かび上がるのを、笑顔で見上げた。




