45話 騎士団長との面会
ディロンとの話を終えた後、マナヤ達は馬車に乗り込みなおし、再び駐屯地へと向かった。
そしてその道中、マナヤのケンタウロスをも並走させていた。マナヤが目を閉じてケンタウロスを操作し、時々狩人眼光をかけ直して長射程を維持する。
先ほどのような、狩人眼光付きの敵モンスターが襲撃してきても、すぐに反応できるようにするためだ。
もっともそのために、マナヤは常時目を閉じてケンタウロスを操作し続け、さらに四十五秒ごとに狩人眼光をかけ直すという作業を繰り返さなくてはいけないのだが。
そんなこともあって、ようやくマーカス駐屯地へとたどり着いた時には、マナヤはかなり疲弊していた。
***
日が落ちる寸前ほどの、黄昏時。
「おお……木製の建物が多いな」
マーカス駐屯地に着いて開口一番、マナヤはため息を吐きながらそう呟いた。
この世界には『建築士』という岩を操る『クラス』がある。そのため、セメイト村にも石造の建築物しかなかった。それも、屋根部分が半球のドーム状になっているものだ。
だが、この駐屯地は木造建築が多い。元の世界でも良く見るような、三角屋根の建物だ。
どうやらこの世界では、石造よりも木造のほうが高級住宅扱いされているらしい。建築士の能力によりパパっと建てられる石造建築より、職人の手によって地道に作られる木造建築の方が繊細さと趣がある、ということなのだろうか。
ただ正確に言うと、木造なのは二階から上だけだ。一階部分だけは、石造になっている。
そして何故か一階に比べ、二階の方が少し大きい。一階と二階の境目部分から、木製の梁が何本も壁から外に突き出ていて、そこに二階部分の壁が乗っている。つまり、一階よりも二階の方が少し広くなるように作られていた。
いわゆる『Jettying』と呼ばれている構造だ。
「なんか、ちょっとアンバランスに見えるんだが」
石造にしろ木造にしろ、普通は一階と二階は同じ広さか、むしろ下階の方が広くなるように造るものではないのか。そういう印象を抱いているマナヤには、上階ほど大きく作られているこの木造建築が、微妙に不安定そうに見えた。
「木造建築を建てるなら、そうするしかないのさ」
と、マナヤの言葉を聞きとがめたらしいスコットが説明した。
「そうするしかない……って、どういうことだ?」
「木造の建物を建てる場合、二階の床を梁で支える必要があるだろう? だが、そうすると木製の梁は、床の中央部分で下向きに曲がってしまうんだ」
「……あー」
確かに、家の中央に柱でも立てない限りは、重量で床の中央が下向きに歪んでしまうのだろう。
「でも、それと二階がデカいのは何の関係があるんだ?」
「ほら、梁が一階の壁から外に突き出しているだろう? ああやってわざと外に突き出して、その突き出た部分に二階の壁を乗せる。そうすることで、梁の両端を下向きに押さえつけて、中央が歪まないようにバランスを取っているんだ」
――なるほど、逆テコの原理みたいなもんか。
外に突き出た梁の両端に、二階の壁という『釣り合い重り』を乗せることで、梁の中央が下に歪まないように支えている構造というわけだ。
「さすがは建築士、ってとこか。スコットさん」
「普段は石の建物しか作らないが、木造も作り方だけは学んだからな」
だが、それならば日本の木造建築は、一体どうしているのだろうか。
などという他愛もない話をしながら、ディロンに誘導されていく。
駐屯地の中央にある、四階建てらしいひときわ大きく立派な木造建築へと案内された。基本的に壁が白く塗装されている他の木造建築と違い、この建物は青紫の塗装がされている。屋根部分にも植物や果物を象ったと思しき装飾が付けてあった。
建物の周囲は、セメイト村と同様に畑と牧場が広がっていた。村の中央が農地となっているというのは、ここでも変わらないらしい。
石造の一階部分は、倉庫のようになっているらしい。だが地面が盛られ、木製の二階部分に着けられた、豪奢な扉付きのエントランスに直接入れるようになっている。
その扉の両脇に立っていた騎士に促され、マナヤ達はその建物内へと入っていった。
***
マナヤ達は、横長のテーブルが置かれた部屋に通された。
その対面の席には赤茶色の短髪、同色の口髭を生やした壮年の男性が座っている。
紺色の詰襟のような制服を着ていた。襟や裾には赤と黄色のストライプが入っており、胸元には家紋のように見える紋章が縫いこまれている。
この人物が件の騎士団長だろうか。入室する際に、ディロンが左胸に手を当てて一礼するというこの世界での礼を取ったため、それに倣った。
騎士団長の左隣には、見覚えのある女性が座っていた。
白いローブにプラチナブロンドの長髪。セメイト村のスタンピードの時にディロンと共にやってきた白魔導師、テナイアという名だったはず。
その更に左隣には、緑ローブを着た初老の男性が座っていた。やや濃い色の肌に、灰色の髪と長い口髭を生やしている。
入室したディロンは、騎士団長の右隣に移動していった。
マナヤ達は、執事のような人物にぞれぞれの席に案内された。同席したディロン含めて全員が着席したところで、騎士団長と思しき人物が咳払いをし、話し始める。
「コリンス王国直属騎士団団長、ジーク・スヴァルタスだ。テオとマナヤ、両親のスコットにサマー、シャラ、アシュリーの五名だな?」
「はい」
六人分の名前を呼ばれたが、実際には五名だ。テオとマナヤが二重人格だからだが。
事情聴取という話だったが、個別に話をするのではなく、一堂に集まって話を聞かれるとは思わなかった。
「テオは、お前か? それとも、マナヤか?」
「えー……今は、マナヤです」
「ふむ。二重人格の、異世界から転生してきた方か?」
「はい」
ジーク騎士団長が頷き、左隣の二人の方へと視線を向ける。
「こちらに居るのは、王国直属騎士団召喚士隊隊長、グレゴリー・ソルバイト。同じく白魔導師隊副隊長、テナイア・ヘレンブランド。そしてこちらが同じく黒魔導師隊副隊長、ディロン・ブラムスだ。今回の事情聴取に同席してもらう」
どうやら緑ローブの初老の男性は、召喚士隊の隊長であるらしい。
召喚師の話をするのだから、召喚士隊の者が出てくるのは考えてみれば当たり前の事だろう。
見覚えのあるテナイアも、白魔導師隊の副隊長だったようだ。ディロンも黒魔導師隊の副隊長だったのだから、ある意味バランスが取れた二人だったということだろう。
そうしてマナヤ達は、セメイト村のスタンピードの話、その後の召喚師指導の話、そしてフロストドラゴン事変の話を詳しく説明することになった。
「ふむ。報告でも聞いていたが、やはりただの野良モンスター襲撃とは思えんな」
「……やっぱり、あのスタンピードやらフロストドラゴンやらも、『召喚師解放同盟』の仕業なんですか」
口髭を撫でながら考え込む騎士団長に、マナヤが尋ねてみる。
マナヤもずっと、引っ掛かっていた。そして召喚師解放同盟の話を聞いて、もしかしたらと予想していた。
騎士団長が横のディロンへと顔を向ける。
「どうなのだ、ディロン?」
「野良モンスターを人為的に誘導した、明確な痕跡が見つかりました。ほぼ、間違いないでしょう」
彼の返答はマナヤの考えていた通りだった。シャラがはっと息を呑む音が聞こえる。
人為的にモンスターを誘導していた痕跡については、以前マナヤもディロンから聞かされていた。
モンスターを人為的に一か所に集め、スタンピードをわざと発生させる。そうすることで、村を壊滅状態に追い込もうとしたのか。
「……何故あいつらは、召喚モンスターで直接攻め込んでこないんです?」
そこで疑問になるのが、その点だ。
確かに召喚モンスターは、『敵意を抱いた・抱かれた相手』にしか攻撃できない。
だが逆に言えば、村人に『敵意』を抱くことさえできれば召喚モンスターで攻撃できるということでもある。実際先ほどは馬車で移動中、召喚モンスターで襲われた。
「連中も当初は、そうやって直接村を襲っていた。だがそのたびに我々騎士団が征伐隊を送っていたので慎重になったのだろう」
マナヤの問いに答えたのは、ディロンだった。
騎士団は戦闘のプロだ。当然、モンスターとの戦闘においても圧倒的な力を発揮する。
何より騎士団は、数が違う。いくら召喚師が一人で最大八体のモンスターを同時に操れても、召喚師解放同盟の当初の数はそこまで多くなかった。数に押し込まれ、召喚師解放同盟は明らかに不利だったのだ。
そのため召喚師解放同盟は、スタンピードの自然発生を装って村を襲う作戦に切り替えたのだという。
野良モンスターと村人や騎士隊を戦わせ、その結果に応じて更なる進軍か撤退かを決める。例え召喚師解放同盟側が不利になっても、騎士団が野良モンスターを相手にしている間に撤退を済ませることができるというわけだ。
「スタンピードでの騎士団出動の際にも、ある程度周辺の調査はこれまでも行ってきていた。だが、モンスターを人為的に誘導したという明確な痕跡が見つかったのは、今回が初めてだな」
騎士団長が言葉を継いだ。
「……今まで痕跡、見つかってなかったんスか?」
「騎士団が野良モンスターを処理している間、もしくはそこから立て直している間に、召喚師解放同盟が痕跡を消し去っていたのだろう」
そのマナヤの問いかけに答えたのは、またしてもディロンだ。彼はこうも続けた。
「だが今回、君というイレギュラーが居た。君の指導した召喚師達の活躍もあり、フロストドラゴンを含む野良モンスターの群れも最小限の被害で処理できて、周辺捜査もいち早く行うことができた。ゆえに連中も、痕跡を消し去る時間的余裕が無かったのだろう」
「うむ。我々が一番気になっているのは、それだ。マナヤ、お前はセメイト村の召喚師達によほど良い鍛錬を施したようだな?」
待っていましたとばかりに、騎士団長が食いついた。同じく召喚師隊隊長が興味を示しているように身を乗り出す。
道中にディロンが言っていたように、召喚師解放同盟とは別の手段で召喚師の立場を変える方法、というのが本題なのだろう。
召喚師指導の内容に関して丁度良いものがあったので、マナヤはこの場で見せることにした。
「これは自分が書いた、召喚師の戦術と訓練方法を纏めた教本です」
そう言って例の教本を提出した。
興味深そうに騎士団長がそれをパラパラとめくる間、その本の内容を大まかにマナヤが説明する。
「ほう……最上級モンスター含めて、全モンスターのすべての能力、それらが数値化されているのか」
やはり騎士団長が最初に反応したのは、モンスターのステータス表の項目だった。片眉を吊り上げてそのページを凝視している。
以前セメイト村でもステータス表を出した時、騎士隊の召喚師長が激しく反応していたので、マナヤも予想はしていた。
その説明を聞いてソワソワしだした召喚師隊長に、騎士団長が教本を渡した。
逸る気持ちを抑えるように、初老の召喚師隊長が本を開く。
「自分の戦い方を一番象徴しているのは、四章だと思いますね」
というマナヤの言葉に、召喚師隊長は急くようにパラパラと四章の位置へとページを捲る。
一章にはモンスターや補助魔法の性能を解説しており、二章は補助魔法を主体とした戦い方の解説。三章はモンスターを自分の意のままに操る誘導の仕方や、地形を利用した戦術の説明。
そして四章は、モンスターの挙動や補助魔法の性質を”悪用”する戦い方。いわゆる『裏技』のような戦法を纏めていた。
「『猫バリア』……とな。まさか、モンスターに『戻れ』命令を下すことに、そのような使い道があろうとは……」
召喚師隊長が、項目を一つ一つ熟読しながらブツブツと小声でつぶやき読み進めていく。
「……ふむ。マナヤ、その教本をこちらに提出して貰えぬか?」
やはりというか何というか、騎士団長もこの教本を欲しがったようだ。召喚師隊長もいまだ食い入るように読み進めている。
だが、まだテオのためにもその本は必要なので、今渡すわけにはいかない。この本はマナヤが書いた最初の一冊をテオが苦労して写本した、テオ自身のものだ。マナヤが直接書いたものは、今はセメイト村の召喚師集会場に置いてある。
「あ、ちょっと待って下さい。それはこっちでも必要になるので、新しく写本します」
「なるほど。では、写本はお前に任せよう」
そう言って騎士団長が召喚師隊長に目くばせした。
召喚師隊長は後ろ髪を引かれるような表情をしながら、しぶしぶ教本をマナヤに返却する。
「これから他にも、事情を聴きたいことが出てくるだろう。お前たちには三日ほど、この駐屯地に滞在して貰いたい。無論、寝食はこちらで用意しよう。マナヤはその三日間でその教本を写本して貰いたい」
「わかりました」
「うむ」
騎士団長が机の上に置いた右拳を開き、上向きに翻した。『退出して良し』の合図だ。
マナヤ達は一同に立ち上がり、退出前にいつもの一礼をしてから、扉をくぐって廊下に出た。
そこに待機していた執事らしい人物の案内に従い、建物の外、そして宿へと案内された。
宿とは言うものの、そこはいわゆるホスピタルだった。病院ではなく、教会に併設された『Hospitality』のための施設で、来客が寝泊まりするための施設として開放しているらしい。
「……ちょっと、マナヤ」
と、すぐ後ろを歩くアシュリーが、前方を歩く執事に聞こえないように小声でマナヤに話しかけてくる。
「……なんだ?」
「あんた、大丈夫なの? あんな分厚い本、三日で写本するなんて」
「……」
――写本?
その時、マナヤは自分の軽率な発言にようやく気が付いた。
――俺が、三週間夜なべしてようやく書き切った、あの本を?
テオごと寝不足になってまで、指がかじかんで腱鞘炎になりそうになってまで書いた、あの教本。
テオ自身も写本に一週間かけたというのに。
――それを、たった三日で、写本?
(……コピー機みたいなのは、この世界には無いンですかね!?)
もしそれらしい魔道具やら錬金装飾やらがあるというなら、それはシャラに聞くしかあるまい。
***
「ええっと……ごめんなさい、マナヤさん。そういうものは、聞いたことがないです」
と、シャラの言。
現実は無慈悲である。
結局。
マナヤは自身に割り当てられた部屋に篭って、三日間半ベソで写本を続けるハメになった。
余談:一階より二階のほうがやや大きい建築構造「ジェッティイング(Jettying:張り出し)」は、中世ヨーロッパの建築によくみられるものです。




