44話 テロリスト召喚師
「シャラ! 『伸長の眼鏡』を寄こせ!」
既に状況を把握していたマナヤが、下にいるシャラに向かって呼び掛けた。
「えっ、マナヤさん!?」
「マナヤ!?」
「早くしろ!」
突然出てきたマナヤにシャラとアシュリーが思わず彼を見上げるが、マナヤはノームが居ると思しき地点を見据えながらさらに催促する。
「は、はい、二番ですね! 【キャスティング】」
すぐさま『伸長の眼鏡』を取り出し、マナヤへ投げつけるシャラ。
二番、というシャラの言葉にマナヤは一瞬頬が緩むが、自分の右手首に錬金装飾が装着されたのを確認し、表情を引き締める。
(やっぱり、こういう時のために自分でも錬金装飾をいくつか持ち歩いた方が良いな)
シャラが常に傍に居ないと錬金装飾の恩恵を受けられないというのは、状況次第では面倒だ。特にこういう緊急事態では、自分の手で着けた方が早いことも多い。
「【狼機K-9】召喚! 【跳躍爆風】、二連!」
マナヤはすぐさま思考を切り替え、緑色の狼を象ったロボットモンスター狼機K-9を召喚、即座にそれに跳躍爆風を二連射した。
破裂音と共に狼機K-9が跳んでいったかと思うと、空中でさらにもう一度ジャンプし、加速して一気に目的の地点へと飛び込んでいく。
モンスターを前方へと大ジャンプさせる補助魔法『跳躍爆風』はマナ消費がごく少なく、効果も一瞬で終了するのである程度連射が効く。
とはいえ、本来なら一発放った時点で補助魔法の射程外へ跳んでいってしまう。しかし、『伸長の眼鏡』で補助魔法の射程が伸びた今のマナヤならば二連射することが可能だ。
(視点変更……何!?)
すぐさま目を閉じ、跳んでいった狼機K-9に視点を移して状況を確認するマナヤ。
狼機K-9の視界を通して、立派な口髭を生やした小人のようなノームの姿を確認する。が、次の瞬間マナヤは目を瞑ったままでありながら瞠目した。
敵のノームが、『裂けた空間』に呑まれるように消えていく様が見えたのだ。
そのエフェクトをマナヤは良く知っていた。召喚師が召喚モンスターを封印空間へと送り返す時に使う、『送還』の魔法だ。
「【行け】!」
ならば、近くに敵召喚師が居るかもしれない。マナヤは狼機K-9に命令を下す。
すると、狼機K-9は左前方へと突撃していった。藪の中を抜け、その向かう先に居たのは――
(ゲンブだと? しかも、瘴気がない)
そこに居たのはマナヤが予想していた相手ではなく、『伝承系』の中級モンスター『ゲンブ』。リクガメのような姿をしたモンスターだ。堅い甲羅を背負っており、そのため爪による斬撃攻撃を行う狼機K-9の攻撃は通用しない。
だが何より、そのゲンブは瘴気を纏っていない。野良のモンスターならば、例外なく黒いオーラのような瘴気を纏っているはずだ。
一旦マナヤは、岩柱の上にいる自分自身に視点を戻す。
「【グルーン・スラッグ】召喚!」
そして、人間より二回りほど大きい巨大なナメクジ『グルーン・スラッグ』を召喚、即座にその上にヒラリと飛び乗った。
(うげ)
ゲームと違いぶよぶよヌメヌメとした感触が伝わり、思わず吐き気を催してしまいそうになる。が、ぐっと堪えてさらに魔法の準備をした。
「【跳躍爆風】二連! ――【反重力床】」
グルーン・スラッグに乗ったまま、先ほどのように跳躍爆風を二連射してゲンブの場所へと跳んでいく。
落下する前に、モンスターを地面から十数センチほど浮遊させる補助魔法『反重力床』を使用。クッション代わりにして柔らかく着地した。
ゲンブと狼機K-9が戦っている場所に辿りついたマナヤ。
「【行け】! 【応急修理】」
すぐに地面に降りてから、グルーン・スラッグを突撃させる。そして傷ついている狼機K-9に『応急修理』の魔法を使った。機械のモンスターを回復する魔法だ。
狼機K-9の体の継ぎ目から蒸気が噴出し、ゲンブの嘴を受けて凹んだ金属の身体が修復されていく。
(狼機K-9はゲンブと相性が悪いが、グルーン・スラッグがいれば!)
マナヤは冷静に、グルーン・スラッグがゲンブに攻撃する様を見届ける。グルーン・スラッグの前面から無数に生えた短い触手が、ゲンブの甲羅にまとわりつき、その全体に強酸を浴びせている。
強酸を受けたゲンブの甲羅が、シュウシュウと音を立てて溶け始めた。『鎧殺し』の異名の元だ。
甲羅が溶けた部分に、狼機K-9の爪が一閃され、ゲンブにダメージが通る。
「【強制誘引】」
さらにマナヤは、グルーン・スラッグに向かって『敵モンスターに狙われやすくなる』という効果を与える魔法、『強制誘引』をかける。
これによりゲンブが狼機K-9にそっぽを向き、グルーン・スラッグへと攻撃対象を変更した。
グルーン・スラッグは、そのぶよぶよとした肉体で衝撃を吸収する。ゲンブの嘴による攻撃は”打撃”なので、グルーン・スラッグの肉体ならばほぼ無効化できる。これで、ほぼノーダメージで一方的にゲンブを倒すことができるだろう。
だがマナヤは周囲に注意を払う。もし敵も『召喚師』であるなら、この隙に何か奇襲を仕掛けてきてもおかしくない。対人戦ならばマナヤの十八番だ。
(……来ねぇ、か)
だが、何事もなくゲンブは倒れた。マナヤは残った魔紋にすぐさま【封印】をかける。
召喚師によって呼び出されたモンスターが倒れた場合、瘴気紋の代わりに金色の『魔紋』を残す。敵の魔紋に『封印』をかけることで、その敵モンスターを奪うことができた。
もっともゲンブは間引きなどでも良く見る、ありふれたモンスターだ。この程度のモンスターを奪ったところで、敵の戦力ダウンにはならないだろう。
――あの召喚師は、もう逃げたってことか?
できればマナヤも、あの『ノーム』を奪い取ってやりたかった。この世界では上級モンスターはなかなか出現しない。敵対してきたならば、奪い取ることにも戸惑いは無かった。
「警戒だけは、しておくか。【送還】、【ケンタウロス】召喚、【狩人眼光】」
足の遅いグルーン・スラッグを送還し、新たにケンタウロスを召喚して、その射程を伸ばしておく。
ケンタウロスの背にひらりと跨り、警戒しながらマナヤは馬車のあったところまで戻ることにした。
***
馬車が停車したところまで戻ったマナヤは、たむろしていた騎士達に指示を飛ばしていたディロンに、状況を説明した。
「敵は召喚師、だと?」
「ええ。ノームが野良じゃ考えられない長射程で攻撃してきた。狩人眼光をかけてた証拠です。竜巻防御をかけていた様子もあった。どれも召喚師が呼んだモンスターじゃなけりゃ、できないことです」
「……」
「それに、その場には瘴気を纏ってないゲンブまで居た。召喚師がいたのは間違いないでしょう」
「……そうか」
それを聞いても、ディロンは思いのほか冷静だ。それに、マナヤの今の言葉を聞いていた他の騎士もさほど動揺した様子がない。一方で、テオの両親やシャラ、アシュリーは驚きに目を見開いている。
眉を顰め、ディロンに訊ねてみる。
「もしかして、知ってたんですか? 召喚師が関わっていること」
ディロンだけならばポーカーフェイスでもおかしくはなかった。だが他の騎士達も落ち着いているとなると、話は別だ。
「ああ。おそらく、『召喚師解放同盟』の仕業だろう」
「召喚師解放同盟……?」
その名前自体にはマナヤにも聞き覚えがある。元の世界でではない。この世界へと転生した後だ。
「――思い出した。確か俺がこの世界に来たばっかりの時、ディロンさんが言ってましたね」
「そうだ。……事ここにきて、これ以上黙する理由もあるまい。元より、この件では君にも協力を要請する予定だったのだからな」
ディロンは小さくため息を吐き、改めてマナヤに向き直る。
「『召喚師解放同盟』は、文字通り召喚師達が結集し、その立場を回復せんと活動している組織だ」
「……へえ?」
それだけ聞くと割と真っ当な団体のようだと、マナヤは感じた。
「君も知っての通り、モンスターの封印ができる唯一のクラスである【召喚師】は、この世界にとっても必要不可欠だ。だが同時に、モンスターによって近しい者が殺されるという事例も多発している。そのため、召喚師ごと嫌っている人間が多い」
「……」
マナヤがちらりと、後方にいるシャラに一瞬視線を向ける。
シャラも両親をモンスターに殺され、かつてはモンスターに怖れを抱いていた一人だった。召喚師であるテオを嫌う、とまでは行かなかったようだが。
「世界に必要なはずの『召喚師』が嫌われ、避けられる。家族にも見放される者が多いと聞く。召喚師解放同盟は、そのような召喚師の扱いに不満を抱く者達を集め、召喚師以外を排斥せんと画策している」
「……いいですね。そういう発想は、嫌いじゃないですよ」
「ちょっと、マナヤ!?」
召喚師解放同盟の在り方に賛同しだすマナヤに、後ろで聞いていたアシュリーが非難がましい声をあげた。
「だって、考えてもみろよ。モンスターを封印するには召喚師が絶対に必要なんだぞ。なんだったら正直、全世界の人間が全員、召喚師になっちまった方が効率が良いくらいだ。召喚師以外のクラスが居なくても戦えるってのは、以前のフロストドラゴンの時にも証明されただろ」
「だからって、あんたねぇ!?」
「ああ、でも錬金術師だけは残して欲しいとこだな。錬金装飾が使えるってのは、召喚師にとっては魅力的だし」
などと、マナヤとアシュリーが言い合い始める。
実際、マナヤ自身も召喚師の強さを知らしめ、この世界の人間達を驚愕させてやりたいと思っていた。なので、召喚師解放同盟はむしろ自分寄りの組織のように聞こえる。
そんな中、ディロンが再びため息を吐いた。
「……そのように考える召喚師は、少なくない。だからこそ、基本的に召喚師解放同盟の存在は伏せられているのだ。そちらに同調して、一般の召喚師達が流れていってしまっては、困るからな」
「そういう組織なら、少なくともそんじゃそこらの召喚師より、よっぽど戦い方や知識も洗練されてそうですね。悪くないんじゃないですか」
マナヤが笑みを浮かべる。
テオの記憶でも見た、この世界における召喚師の戦い方・教育は、酷いものだった。召喚師が下に見られていて、まともに戦術研究がされていなかったためだろう。セメイト村で指導していた当初も、マナヤは召喚師達の練度の低さに呆れていたものだ。
召喚師だけで構成された組織ならば、召喚師の戦術研究にもずっと力を入れているだろう。そちらにならば期待はできそうだ。
「彼らがこれまで、いくつもの村や開拓村を滅ぼしている、と聞いてもか?」
マナヤのみならずアシュリーやシャラ、テオの両親も息を呑んだ。
「……それが、連中のやり口なのだ。召喚師達を『救出する』という名目で、有無を言わさず村の人間たちを襲う。そして村に所属していた召喚師達に強引に加入を強要する。村の召喚師達が加入を拒否すれば、見せしめに処分する。そのような者達に真の意味で召喚師を救うことができると、本当にそう思うか?」
ディロンの言葉に、その場にいる全員の表情が沈んだ。
「……そもそも、国の方で召喚師を優遇できる政策をとることは、できなかったんスか」
頭を抱えるマナヤの言葉に、ディロンが首を振る。
「既にやっている。各村、各町の人口八十人につき必ず一人は召喚師をつける、と法で定めている」
「少なすぎるでしょう。もっと数を増やすべきです」
「現状で、これ以上召喚師の数を増やすわけにはいかないのだ」
「何故です?」
「それだけ、反旗を翻しかねない召喚師の数が増えるからだ」
「な――」
マナヤがディロンに、ぎょっとした表情を向ける。
「村に召喚師がいくら増えた所で、村人が召喚師を忌避する事実は変わらん。村人に反感を抱いた召喚師達が、同士を募って村に復讐する。村に所属する召喚師の数が多ければ多いほど、反感を抱く召喚師の絶対数が増える。戦力が多ければ、村に復讐しようと考える者の割合も高くなる。元々『召喚師解放同盟』も、そういう経緯で結成された組織だったのだ」
「……じゃあ、王都の学園で召喚師に『村人との接触はなるべく避けろ』って教えていたのは……」
「村人との接触を減らせば、それだけ村人の悪意に晒される率も低くなるからな」
マナヤが頭を抱えた。そして、はたと思いついたように。
「だ、だったら、召喚師を差別すること自体を法で禁止すればいいじゃないッスか!」
「権力で無理やり言う事を聞かせても、人々は納得しない。逆に、そのような押さえつけこそが余計に召喚師への反感を買うことになるだろう。無能を優遇すれば、反感を抱く者は必ず出てくる。ましてやそれが、人殺しのモンスターどもを操るクラスともなればな」
「ど、どうして召喚師がそこまで……」
「これまで召喚師の戦力とはその程度のものだったのだ。ただ最寄の敵に突撃するしか能がない、召喚モンスター。そんな烏合の衆を喚ぶだけ喚んで、その陰に隠れているというだけの存在が、『召喚師』だった。君のような戦い方をする者は今まで存在しなかったのだ」
確かに、モンスターは【行け】【待て】【戻れ】の三種類の命令しか下せず、細かな指示を出せるわけではない。モンスターの気分任せな運頼りの戦力を、人間を交えた戦術に組み込むことは、この世界の人間にはできなかったのだろう。故に、『封印以外は役立たず』の烙印が押された。
「だからこそ、わが国の騎士団長は君に期待している」
「国の、騎士団長……?」
「――そうか、君はテオから聞いていないのだな。今、君はこのコリンス王国直属騎士団に召集をかけられ、ここに居る」
「……目的は、俺の知識ッスか」
「そうだ。君の持つその異世界の知識で、召喚師の戦力を安定させられる可能性。召喚師解放同盟とは違う『平和的な方法』で、召喚師の立場を改善できる可能性に期待している」




