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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第二章 救世の心構えと召喚師の真実
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43話 駐屯地への道中

 十日後。

 テオは両親とシャラ、アシュリーを伴い、騎士隊の馬車に揺られていた。

 三台の馬車が一列になって等速で進んでいた。テオらが乗っているのは最後尾の馬車。前二台にはモンスターの襲撃に警戒するための兵や、今回の要件を伝えてきた要人が乗っていた。騎馬に乗った騎士も何名か並走している。


 馬車の席はそこそこやわらかいクッションが敷かれており、多少揺れるが快適だ。初夏が近づいている今の季節では暑い、という点を除けば。


「すみません、空調を少し調整しますね」

「ああ、ありがとうシャラちゃん」


 シャラが馬車の天井から吊り下がっているランタンのような道具に触れ、マナを送り込んで調整した。汗をかき始めていたスコットが礼を言う。


 このランタンのようなものは生活用の錬金装飾(れんきんそうしょく)の一種。冷風や温風を流すことができて、空調という形で使用されている。セメイト村でも各家庭に設置されているものだ。これから暑い季節になってくるので、今後セメイト村でもマナ充填の仕事が増えるだろう。


 今、彼らの住むこの国『コリンス王国』の王国直属騎士団から事情聴取を受けるため、騎士隊の駐屯地へと向かっている。




 さかのぼること三日前。テオの家に来客があった。


 黒魔導師特有の黒いローブを羽織った、二十代後半と思しき黒い短髪の男性。

 その黒ローブは金の縁取りが随所に見られ、胸元と背には家紋らしい紋様が縫いつけられている。

 黒魔導師、ディロン。かつて、セメイト村でスタンピードが起こった際に、騎士隊の駐屯地から駆けつけてきた中の一人だ。


 同様に黒いローブを纏っている二人の部下を連れて、テオらの家を訪れてきた。


『以前のスタンピードの件で、テオ……ひいてはマナヤに、マーカス駐屯地まで同行願いたい』


 などと突然淡々と伝えられ、テオ一家とシャラは顔色を変えたものだ。


 何かの嫌疑があって連行されるわけではない。

 三カ月前にセメイト村を襲ったスタンピード収束の功労者であり、召喚師の新たな戦術を確立・教導した者として、ここコリンス王国の王国直属騎士団がマナヤに詳しい事情を聴き取りたいとのことだった。


 シャラとアシュリーが同行しているのは、二カ月ほど前に起こった事件の聞き取りのため。

 滅んだ開拓村の跡地に潜んでいるかもしれないモンスターの群れを討伐するため、大軍を率いて進軍した日のこと。『フェニックス』を含むモンスターの大軍がセメイト村近隣に現れた。それを対処したのがマナヤ、シャラ、そしてアシュリーの三名だった。その当日の話を詳しく聞きたいらしい。


 そしてテオの両親は『人質』として同行することになった。突然『マナヤ』という、別世界からやってきたと名乗る人格がテオに宿ったことに不信感が拭えないため、と説明された。


『人質とは言うが、あくまで形式的なものだ。何も後ろ暗い所がないならば危害を加えるつもりはない。……これは私情だが、私個人は、君たちを信用するに値する者たちであると判断している。反社会的な企みがないならば、皆安全に返す。それはこの王国直属騎士団、黒魔導師隊副隊長、ディロン・ブラムスの名に懸けて約束しよう』


 ディロンと部下たちを除く全員が、当時の彼の言葉に目を剥いた。

 駐屯していた騎士隊の隊長よりも身分が高い人間のように見えてはいた。しかし、まさか王国直属騎士団の黒魔導師隊の者……しかも、副隊長。それほどの高位の者が、このような場所に出向いてきていたとは。


 なんにせよ、テオが連れていかれる以上は自分達もついて行った方が安心できる。そう言って、テオの両親も同行することになったのだ。



 ***



「……で、こんな時にもマナヤはまだ寝てるの?」


 同じ馬車に揺られているアシュリーが、窓の外からテオに視線を移してため息を吐いた。


「す、すみません、あれからずっと眠ったきりで……」

「ま、教本をずっと書いたりしてたそうだから、疲れてるんでしょうけど。事情聴取を受ける時くらい、ちゃんと起きてくるんでしょうね?」

「僕に聞かれても……」


 頬を掻きながら、テオが困惑に顔をゆがめる。

 マナヤの教本で勉強したとはいえ、テオはマナヤが実際にどのような形でセメイト村で指導していたのか、具体的には知らない。もし騎士団の者と事情聴取の時になってもマナヤが出てこなかったら、テオは代わりに答えられる自信がない。


「というか、ちょっと一旦マナヤに替わってみてくれない? 眠ったまんまでもいいから」

「え……」

「どうしたの?」


 その提案に顔を曇らせたテオを見て、アシュリーは首を傾げる。


「……どうやって、替わればいいんでしょう?」

「は?」


 テオのその問いに、アシュリーの目が点になった。シャラや、テオの両親も驚いた顔をしている。


「え、まさかあんた、替われないの?」

「ぼ、僕から替わったことは無いです」


 実際、マナヤはいつも勝手に出てきていた。だから、テオの方から意識的にマナヤと交替することは、できたことがない。


 一度、シャラが危険に晒された時に、必死に心の中で懇願した結果マナヤが出てきてくれたことはある。だがあれも、マナヤが進んで出てきてくれたといった感覚だった。実質、テオが自らの意思でマナヤに替われたことはない。


「テオ、試したこともないの?」

「……試そうとしたことはあるけど、出来たことは無いんだ」


 シャラの問いにも、そうしどろもどろ答えるしかない。

 心の中で頑張ってマナヤに呼び掛けようとしてみたことはある。だが一切効果が無かった。替わりたい、という意思がマナヤに伝わっているかすら怪しい。


「マナヤは、自分の意識を『沈める』みたいなこと、言ってたけど……」

「沈める、ですか……」


 アシュリーの提案に、テオが目を閉じてなんとか意識を『沈め』ようと試みてみた。だが、まるでイメージが湧かない。

 シャラの危機があったあの時、確かに自分が『沈んでいく』ような感覚はあったのを覚えている。けれど、”自ら沈んでいく”というのはまったく取っ掛かりが掴めない。

 それとも、マナヤが起きていないと交替できないのだろうか。


 ――と、突然。


「ぐあっ!」


 御者席から悲鳴のような声がした。ガタンガタンと、人が転げ落ちる音と衝撃が伝わる。馬の嘶く声と共に三台の馬車が一斉に停車した。


「なに!?」


 真っ先に反応したアシュリーが、持ち込んでいた剣の柄に手をかけ窓越しに外を見渡す。


「――今一瞬、東に敵意を感じたわ!」


 サマーがそう言って、右窓へと視線を向ける。

 サマーは過去に左腕を失ったものの、クラスは弓術士。片腕では弓を引けないため戦力とはならないが、弓術士のクラスが持っている常時発動の索敵能力だけは未だ健在だ。


 全員が顔を見合わせ、すぐに馬車から飛び出して身構えた。見ると、前三台の馬車からも騎士たちが降りて周囲を警戒している。


「サマーさん! 気配はまだ東にありますか!?」


 その方角を向いて剣を構えつつも、アシュリーはサマーの『一瞬』という言葉に引っ掛かりを覚えて訊ねた。


 一瞬気配を感じた、ということは、今は感じていないということか。だとすると、何の襲撃を受けたにせよ既に敵モンスターは射程圏外だということになる。


「……本当に、感知できる限界の距離だったの。御者さんの悲鳴が聞こえた、その一瞬だけ」


 サマーの返答にその場にいる全員が訝しむ。

 弓術士の索敵距離は、どの射撃モンスターの攻撃射程よりも長い。攻撃を受けたということは、とっくに弓術士の感知範囲内に入っていなければおかしいのだ。


 サマーの索敵能力が衰えている、というわけでもなさそうだ。テオが見やると、前方に居る騎士隊に含まれる弓術士も周囲を見渡しながら首を傾げていた。


「――ぐっ!」


 騎士隊の黒魔導師が突然呻いて片膝をついた。すぐに視線を向けると、その黒魔導師の身体から霧散する黒いエネルギーの残滓が見て取れた。


「四大精霊! 『ノーム』だ!」


 その様子を見咎めたであろう、前方の騎士たちの誰かがそう叫んだ。

 全員に緊張が走る。


 四大精霊というのは、『精霊系』モンスターの特定の上級モンスター四種を指す総称だ。火炎を司る『サラマンダー』、冷気を司る『ウンディーネ』、電撃を司る『シルフ』、闇撃を司る『ノーム』の四種。今回は黒いエネルギー、つまり闇撃で攻撃してきたので『ノーム』なのだろう。

 この四大精霊の厄介な点は全モンスター中最長の攻撃射程と、そのわかりにくい攻撃方法にある。四大精霊の攻撃は『発生型』で、攻撃を飛ばしてきているわけではなく攻撃を対象の居場所に直接発生させている。つまりどの位置から攻撃してきているかわからないし、回避することも不可能だ。


「【ケンタウロス】召喚!」


 テオは即座に、四大精霊と同率で最長の攻撃射程を誇る中級モンスター『ケンタウロス』を召喚した。

 ノームが攻撃してきているのであれば、ケンタウロスならば反撃することが可能なはずだ。


 しかしテオのその期待は裏切られる。召喚されたケンタウロスは、その場で棒立ちのまま攻撃しようとしない。しかも、ノームの攻撃がそのケンタウロスに命中した。


(えっ? ど、どうして!?)


 ケンタウロスがノームの攻撃を受けているということは、ケンタウロスもノームを攻撃できる距離のはずだ。


「【行け】!」


 テオがケンタウロスに『行け』命令を下しても、ケンタウロスは攻撃せずに東の方を向いて、森の中へと突撃していった。


「な……なんだこれ? ケンタウロスの射程範囲外なの?」


 そんなはずはない、とテオはマナヤの教本を思い出しながら必死に考える。ノームとケンタウロスの攻撃射程は、間違いなく同じだったはずだ。


「【戻れ】! 【狩人眼光(マークスマンズアイ)】、【行け】!」


 テオは一旦ケンタウロスを呼び戻し、補助魔法『狩人眼光(マークスマンズアイ)』をかける。モンスターの攻撃射程を伸ばすことができる魔法だ。


 すると今度はケンタウロスはその場に立ち止まり、東の方角へ向かって矢を放ち始めた。


 ――まさか、これって!


 テオが息を呑む。攻撃射程を伸ばす狩人眼光(マークスマンズアイ)をかけて、やっと互いに攻撃が届くようになった。それは、つまり……


(いや、今はそれよりも)


 首を振ってケンタウロスの様子に集中する。ケンタウロスは()()()()()()()()()()()という、普段は行わない妙な挙動をとっていた。


(マナヤさんの教本で読んだ。この挙動を取る時、その射撃モンスターの攻撃は、当たってない!)


 ということは攻撃射程を伸ばしたケンタウロスの攻撃すら、敵に命中してないということになる。

 考えられる可能性は、二つ。森の中に攻撃しているので、敵に届く前に木々に遮られているのか、あるいは……


「……そうだ! 父さん、僕とケンタウロスの足元を高く持ち上げて!」


 テオが自分のケンタウロスの元へと駆け寄りながら、スコットへそう呼び掛ける。


「て、テオ!? 何のつもりだ!?」

「早く!」

「わ、わかった! しっかり捕まっていろ!」


 わけがわからないながらも、スコットはテオの言う通りに地面に手を当てて集中する。

 轟音を立ててテオの足元が揺れ、一気に岩柱が立ち昇った。そのてっぺんに乗っているケンタウロスとテオも空高く持ち上げられる。


 周囲一面の森の様子が見渡せるほどの高さ。

 テオは風に髪を靡かせながら、ケンタウロスが執拗に攻撃していた方向を見据える。


 ケンタウロスがテオの隣で、再び矢を放つ。

 その矢が、森奥のある地点へと落下していくのが見えた。


(多分あそこに敵のノームが……えっ!?)


 しかし、テオの目が驚愕に開かれた。

 放たれた矢が木々の中に消えるその直前、矢が急にかくっと左に急カーブしたのが見えたのだ。


 テオは、召喚師としてその現象に見覚えがあった。召喚モンスターに『軽い射撃攻撃の軌道を逸らす』という能力を与える補助魔法、『竜巻防御(ゲイル・ガード)』の効果だ。


(じゃあやっぱりこれは……召喚モンスター!?)


 野良モンスターに補助魔法をかけることはできない。召喚師が補助魔法をかけられるのは、自分の召喚モンスターに限られる。


 異常な長射程で攻撃してくるノーム、という時点で妙だった。ノームにも狩人眼光(マークスマンズアイ)がかかっているでもない限り、ケンタウロスの射程外から一方的に攻撃することなど不可能だ。


(でも、どうしよう)


 ケンタウロスの矢が逸らされたということは、ノームにダメージは入っていない。ならば、この状況下でどうノームを処理すれば良いのか。


 マナヤの教本には、四大精霊への対処法も書かれていた。四大精霊は、敵が至近距離に近づいてきた時には攻撃を辞め、後退するという習性があるらしい。つまり、近接攻撃モンスターを送り込んでやるのが安全確実だ。

 だが下手に近接攻撃モンスターをあんな遠くまで走らせても、移動中にノームの攻撃で倒されてしまうかもしれない。跳躍爆風(バーストホッパー)で一気に跳ばして送り込もうにも、あれだけ離れていると跳躍爆風(バーストホッパー)の飛距離が足りない。


(フロストドラゴンを使えば……いや、でも)


 長射程広範囲攻撃ができるフロストドラゴンならば……とテオは思うが、この森はセメイト村周辺の森と比べても、木々が所狭しと生えている。これだけ木が多いとフロストドラゴンの巨体では木々を縫って移動できないし、氷ブレスも防がれてしまって届きにくくなるだろう。


 どうしたものか、テオが逡巡していると。



 ――何やってんだ! 替われ!



 突然、頭の中で声が聞こえた。


 そして、テオの意識は急速に、()()()()()()

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