42話 【共鳴】と疑惑
「おつかれさま、テオ」
「おつかれ、シャラ」
モンスターを一掃し、封印を終えて石壁から降りてきたテオを、笑顔のシャラが迎えてきた。危ないので、フロストドラゴンは既に送還してある。
シャラは、テオと息の合った戦い方をすることができて、ご機嫌だ。
「あ、あんた達、いつの間にそんなコンビネーションができるようになったの……?」
驚いている他のメンツを代表して、アシュリーが二人に尋ねてくる。
「マナヤさんの教本のおかげですよ。シャラと僕がうまく連携するための戦術が載っていたんです」
「あの本を参考にして、テオと一緒に練習したんですよ」
ご機嫌の新婚夫婦が、そう笑顔で答えた。
今までは、シャラは召喚師であるテオとうまく連携することができなかった。
メジャーな五大クラスである、【剣士】【弓術士】【建築士】【黒魔導師】【白魔導師】との連携については、シャラも学園にて学ばされていた。だからこそ、初めて剣士のアシュリーと共闘した時も、錬金装飾による適確なサポートができていた。
けれども、『召喚師』との連携は全く教わらなかった。これまで召喚師が疎まれていた弊害だ。そのため、テオと初めて共闘した時のシャラは、テオをどうサポートして良いかわからなかった。
そこに、マナヤの教本という絶好の参考書がやってきた。
錬金装飾を組み込んだ、召喚師の戦い方が細かく記されていた。同時に、錬金術師の『キャスティング』や『衝撃の錫杖』を駆使した、召喚師との連携なども。
それを参考にテオとシャラは二人で相談し合い、時に実戦を模して練習しながら、連携の練度を高めていた。
錬金装飾を番号で呼んでいたのも、その一環だ。
マナヤが、錬金装飾それぞれに番号を振り分けて記載していた。その記載に則って番号で呼び掛けた方が、緊急時に咄嗟に交換するのには都合が良いだろう、と記されていたのだ。
それに従い、テオとシャラは実戦を想定しながら、番号からすぐに対応する錬金装飾が頭に出てくるよう暗記と反復練習をしていた。
元々勤勉な性格のテオとシャラのこと、すぐにそれを身に着けたのだ。
「……へぇ」
そんな二人の様子を、アシュリーが感嘆しながら見つめる。
「凄いじゃないか。君たち二人なら、あの伝説の『共鳴』にも目覚められるんじゃないのか」
弓術士の男が、素直に感心しながら二人へそう告げる。
「い、いえ、さすがにそれは難しいですよ。使い手がこの世に何人も居ない、伝説の力なんでしょう?」
テオが恐縮しながら返答する。
【共鳴】。この世界の人間に与えられる、『クラス』とは別のもう一つの力だ。
ただしクラスと違い、この力は誰にでも与えられるものではない。心を真に通じわせることができた二人の人間の間でのみ覚醒することができる、奇跡の力と言われている。
『共鳴』は、覚醒した二人が同時に使用することで発動する。どのような効果を発揮するかは、覚醒した人それぞれによって異なるのだそうだ。一説には、クラスの力だけでは太刀打ちできない困難な状況を乗り越えるため、神が与える奇跡であるらしい。
他の面子もテオとシャラの動きを称賛する中、テオはふと気になって、アシュリーに声をかけた。
「アシュリーさん」
「ん? どうしたの、テオ」
振り向いたアシュリーの顔を、テオが覗き込む。
「その、アシュリーさん。何か、焦ってますか?」
「――えっ?」
思いがけないテオの言葉に、アシュリーが挙動不審になる。
「な、何言ってるの。あたしは大丈夫よ」
「そう、ですか……?」
「し、しつこいわね。ほら、そろそろいい時間だし、帰還するわよ」
誤魔化すようにアシュリーが視線を逸らし、セメイト村の方向を見やる。
確かに日もかなり傾いてきている。そろそろ帰還しないと、暗くなってしまうだろう。
――アシュリーさん、大丈夫かな。
テオはそんなアシュリーの横顔に、不安を覚えた。
テオは昔から、人の感情を読むことが得意だった。その人が必死に隠そうとしている感情を、テオは何故か感じとれてしまう。
かつてはそのおかげで、両親が亡くなって独りで泣こうとしているシャラを助けることができた。
そのテオが今、平然としようとしているアシュリーの表情に、『焦り』を見て取っていた。
***
その日の晩。
夕食を食べ終えたテオは、自室の机に向かって座り、マナヤの教本を自分用に写本していた。
来週には、マナヤが直接書いた教本を、召喚師用の集会場に常備しておかなければならない。それまでに、写し終えなければ。
それに、自分の手で写本すると、同時に内容も頭に入ってくる。自身の勉強にもなるので、テオは張り切っていた。
「テオ、お疲れさま」
「ありがとう、シャラ」
お茶を出してくれたシャラに礼を言う。
「ごめんね、シャラだって忙しいのに」
「大丈夫だよ。今は、ユーリアちゃんも居るから」
にこり、と屈託なくシャラが笑う。
ユーリアというのは、去年に成人の儀を受けるため王都へと向かい、先月戻ってきた女の子だ。
彼女も、シャラと同じ『錬金術師』のクラスを受けたらしい。これで、セメイト村の錬金術師は五人になった。そのため、シャラの普段の仕事である『生活用の錬金装飾マナ充填』の仕事は大分楽になったのだ。
戦闘用の錬金装飾を扱うことができるようになり、ユーリアのおかげでマナにも余裕ができたシャラ。彼女は全種の戦闘用錬金装飾を複数個ずつ錬成し、それら全てに事前にマナを充填しておくことを、日課にしていた。
これで、かつてのように戦闘中にシャラのマナが枯渇するということも、ほとんど無くなるだろう。既にマナが籠っている錬金装飾を戦闘中に交換したりするだけで済むからだ。
「それにテオ、覚えてる? 私が錬金術師の勉強してた時、テオだって私を手伝ってくれたじゃない」
テオのベッドに腰掛けたシャラが、懐かしむように天井を見上げながら、呟く。
まだテオが召喚師になる前、シャラが錬金術師になって戻ってきた頃。あの頃のシャラはまだまだ勉強することがあったため、机にかじりつきになっていた。
そんなシャラに、差し入れをしたりシャラの家周りの手伝いをしたのは、テオだ。
「でも、シャラは普段から母さんの料理のお手伝いとか、してるじゃないか」
「私は、錬金術師だもん。調味料の扱いなら、私が専門家なんだからね」
と、シャラがわずかに胸を張り、そして二人とも噴き出すようにクスクスと笑った。
「……そういえば。こないだ南の開拓村に、また騎士隊の人たちが行ってたね。今度は村の開発が順調に進んでるって聞いたけど」
「うん。私もちょっと前に錬金術師の仕事で行ったけど、大分完成してきてたよ」
二カ月と少し前、フロストドラゴンがたむろしていた、ここから南に位置する開拓村。
いつの間にか滅んでいたその開拓村の跡地は、復興が順調に進んでいるようだ。
開拓村に送られた人員は、騎士隊の者が半分、滅亡した村からの移民が半分となっている。
南の開拓村が一度滅んだように、この世界ではモンスターの襲撃で故郷が滅び、行き場が無くなった人が少なくない。そういった者達は一旦騎士団預かりとなり、人数が足りない村や、あらたに興された開拓村などへと移住することになっている。
とはいえ、開拓村に移住する民は苦労することになる。
なにしろ開拓村が作られる場所というのは、モンスターの発生が多い地区になることがほとんど。だからこそ開拓村が作られる際は、ある程度安定するまではそれなりの数の騎士達が常駐する。
常駐する騎士は、開拓村が安定してきたら駐屯地に帰還するか、あるいはそのまま開拓村の住民になることもあるそうだ。
(復興した開拓村にも新しく召喚師が配備されるだろうけど、冷遇されずに済むといいな)
などと考えながらテオが机に向き直り、写本を続ける。
しかし、細かな記述を書き写しながらふと、テオは疑問に思った。
「……マナヤさんって、異世界の遊戯で、この召喚師の戦い方を学んだんだよね」
「うん、そう言ってたよ」
テオは、教本に改めて目を通す。
必要な箇所にはわかりやすい図解まで並べられて、召喚師の仕様を事細かに記された本。
「どうしてマナヤさんの異世界に、僕達召喚師の戦い方が伝わってるんだろう?」
異世界というくらいだから、この世界との交流なんて無いはず。
テオがおぼろげに思い出せる『マナヤの記憶』らしきものでも、文字から言葉から、家具などの形・色も全く違っていた。
にも関わらず、召喚師やモンスターの性能情報が一致している。
そもそもマナヤの世界には、『モンスター』すら実在しないというのに。
「……昔、逆にこっちの世界から、マナヤさんの世界に行った人が居る、とか?」
ふとした思いつきを、シャラが語った。
確かに実際、異世界からこちらの世界へと転生してきたマナヤという実例がある。なら、逆にこの世界からマナヤの世界へ転生した人間が居ても、おかしくないかもしれない。
けれど、テオはすぐに思い直して頭を振る。
「いや、でもマナヤさんのこの教本、情報が細かすぎるんだ。こんなにモンスターの能力を数値化できるほど細かくわかってるなら、どうしてこの世界にはそれが伝わってないんだろう?」
「え?」
「だってマナヤさんの世界に、召喚師とモンスターのことが伝わったとしてだよ? 最初にそれをマナヤさんの世界に伝えた人が、こんなにたくさんの情報を持ってたってことになる」
それほど召喚師とモンスターの能力について細かく知っている人間が、かつてこの世界に存在したことになる。そしてその人物が、マナヤの世界へと転生した。
ならその人物は、この世界に居た間になぜ、その情報をこっちの世界に残していなかったのか。
テオとシャラ、二人して考え込んでしまう。ふと、シャラが何かに気づいたように顔を上げた。
「――マナヤさん、転生してくる時に、神様と話をしたって言ってた」
「……そうなの?」
「うん。だから、最初にマナヤさんの世界に転生した人が、神様から教えてもらってたら?」
「召喚師やモンスターの能力を、か……」
この世界からマナヤの世界へ転生した人間が、神様から『召喚師やモンスターの能力』についての情報を教わる。そして、その人物がマナヤの世界で召喚師やモンスターのことを伝え、それがマナヤの世界に『遊戯』として残った。
そう考えば、一応の辻褄は合う。
(でも……なんか、迂遠だなぁ)
最初から神様が、この世界の人間に召喚師やモンスターのことを教えてくれれば、それで済んだのではないか。
ただ、この世界の神が人間に言葉を伝えることなどできるのか。
――そもそも、他の世界から人を連れてくるなんて、良いことなのかな?
ふと、テオはそれを疑問に思った。
マナヤも、テオに宿ってしばらくのうちは、この世界の在り方に戸惑っていたようだ。
実際マナヤが転生してきた後、テオに交代したのは、マナヤがこの世界に嫌気がさしたからだという。
それは結構、酷いことなのではないか。
住み慣れた世界から無理やり離されて、故郷に戻ることもできずに、見知らぬ世界で生きていかなければいけないなんて。
(それとも……用が済んだら、帰ってしまう?)
ぞくり、とテオは鳥肌が立った。
もしかするとマナヤは、用が済んだら居なくなってしまうのではないか。
テオにとっては、二重人格が治るというだけだ。けれども、彼はシャラを救ってくれた恩人でもある。用済みだからといって居なくなってしまうというのは、テオとしても少し悲しい。
それに――
(――アシュリーさん)
テオが直接見たことはないが、アシュリーはマナヤと仲が良いのだという。
だとすると、マナヤが居なくなってしまったら、アシュリーはどうなるのだろうか。
「――テオ? どうしたの?」
「っ、ご、ごめんシャラ、なんでもないよ」
シャラに呼び掛けられ、思考の海から引き戻された。
「大丈夫? もう根を詰めずに、休んだら?」
「もうちょっとだけ進めるよ。もうちょっと写したら、キリが良いところまで終わるからさ」
テオは気を取り直して、写本に取り掛かった。
自分が今からあれこれ考えていても仕方がない。いずれにせよ、自分にできることは限られている。そう、テオは自分に言い聞かせた。
(でも、そう考えるとマナヤさんも可哀そうだ)
改めて、テオはそう思った。
故郷から引きはがされ、馴染みのない世界に連れてこられ、帰ることができない。
自分ならば、そんな境遇には耐えられないだろう。
ズキ、とテオの心が痛んだ。




