41話 夫婦の連携
翌朝、マナヤと交代したテオは自宅で、マナヤが書いた教本を見つめていた。
「マナヤさんが、これを……?」
寝不足が解消されて幾分かすっきりとした頭で、朝食の席についている。
「ああ、マナヤ君が言っていたんだ。テオに優先的に使う権利を与えておいた、とね」
「テオに直接教えることはできないから、そういう形でテオに伝えたいんですって」
テオの両親がマナヤからの伝言を伝えた。
テオを寝不足へと追い込んだのはマナヤの責任だが、テオのためにやったことであること、彼にサプライズプレゼントを贈ろうというマナヤの考え。それを聞いて、二人はあまり強くマナヤを責めることができなかった。
マナヤ自身も充分に反省している様子を見せていたし、寝不足の原因もこれではっきりした。テオの両親も、内心安堵したものだ。
「そっか……」
テオは感慨深く微笑みながら、ぱらぱらと本を開く。
「だからって、テオの体で無茶しすぎなんだよ、マナヤさんは……」
と、まだ膨れているのはシャラだ。
「あ、あの、マナヤさんと何かあったのシャラ?」
「……別に、何も」
「え、でも――」
「やめておきなさい、テオ」
「そうよテオ。あんまり深入りしないの」
やや不機嫌なシャラを心配するテオだったが、両親にも咎められて追及は避けることにした。
何があったかはわからないが、それを知ったらきっとシャラに迷惑がかかるのだろう。なんとなくそう理解したテオは、本に目を戻す。
「でも今後、テオが寝てる間は、マナヤさんが勝手に交代するのは禁止。それは、ちゃんと伝えておいてね、テオ」
「う、うん」
ふくれっ面のままのシャラがそう言うのに合わせて、テオは曖昧に頷いた。
一応、テオが強く記憶に残しておけば、マナヤと交代した時に間接的に伝えることができる。テオからマナヤへの一方通行ではあるが。
(あれ、これって)
と、テオがぱらぱらとページを捲っているうちに、ある項目を見つけて手を止めた。
「シャラ、ちょっとこれ見て」
「……何? マナヤさんが書いたものなんて、別に……」
「い、いや、ちゃんと見て。これ、シャラにも関係があることだと思う」
「……」
しぶしぶとテオの方に向きなおり、教本の記述に目を通すシャラ。読み進めるうちに、不機嫌そうだったシャラの表情が変わっていった。
「……テオ、これって」
「うん。錬金装飾を使った召喚師の戦い方」
シャラが真剣になって、ぱらぱらと自らページを捲り読み進めていく。
その章には、錬金装飾の使用を前提とした戦術が、図解も交えて細かく記載されていた。錬金装飾ごとの細かい効果と、それをモンスターや補助魔法とどのように絡めて使用するか。そして、それに合わせた錬金術師との連携なども記されていた。
ただ、錬金術師との連携に関しては、『現時点では憶測であり、実戦を重ねればより洗練できる余地がある』とも記載されていた。
マナヤが元の世界でやっていた”遊戯”では、錬金装飾は存在するが錬金術師が居たわけではないそうだ。なので、そこに記載されている戦術は、あくまでマナヤがこの世界に来てから思いついたものなのだろう。
その章の最後は、この文章で締めくくられていた。
『召喚師と最も相性の良いクラスは、”錬金術師”であろう。錬金術師の助け無くば、召喚師は全力を発揮できない。だからこそ、召喚師と錬金術師で信頼し合い、助け合うことが重要になってくるだろう。筆者のよく知る錬金術師は、それを最前線で実践できる素質があると信じている』
「……マナヤさん」
はにかむような表情で、シャラがぽつりと呟いた。
その最後の一文が誰のことを指しているのかは、明らかだ。召喚師への教本という割に、ずいぶんと身内贔屓が過ぎる文章にも見える。けれど、テオもシャラもその一文から、彼の信頼を感じとった。
「……テオ、私もこの本、一緒に読んでいいかな」
「もちろんだよ。シャラとも色々、確認し合いたいこともあるしね」
「で、でもマナヤさんのあの件は、別問題なんだからねっ」
そう言って笑い合ったり、またふくれっ面になったりする二人の様子を、テオの両親が微笑ましげに見守っていた。
***
数日後の午後。
テオは自分の『間引き』の当番日、シャラを伴って参加していた。
「――シャラ、二十一番!」
「【キャスティング】!」
テオが頭上の木の枝を見上げながら張り上げた声に答え、シャラが『キャスティング』の魔法で錬金装飾を投擲する。
『キャスティング』は錬金術師専用の魔法だ。錬金装飾を遠隔操作することで、他者に瞬時に脱着させたり交換させたりすることができる。
――【跳躍の宝玉】!
テオの右手首に装着された、玉を抱えた兎のようなチャームのついたブレスレット。直後、テオは目線の先にある太い木の枝目掛けて跳び上がった。
跳躍力を強化する効果を持つ、この錬金装飾の恩恵だ。
「【砲機WH-33L】召喚、【待て】!」
高い木の枝にうまく着地したテオはその場で、一抱えほどの大きさの小型戦車のような『機甲系』の中級モンスターを召喚する。
砲撃を放つことができるこのモンスターは、眼下にいる野良モンスターに向かって砲塔を向けた。
「【電撃獣与】」
その瞬間、テオがその砲機WH-33Lに補助魔法『電撃獣与』をかけた。三十秒間、モンスターの攻撃に”電撃”の攻撃力と『感電』効果を追加することができる魔法だ。
『感電』効果を受けた敵モンスターは、一瞬動きが止まる。そのため、敵モンスターの攻撃を抑えて前線で戦っている仲間のサポートができる。
樹上から砲機WH-33Lが放った砲撃が、野良の『大いなる種族』を撃ち抜いた。イス・ビートルは、人間の頭より少し大きいくらいの巨大な黄色い甲虫型モンスター。非常にすばしっこい上、物理法則を無視するような動きで的確に頭突き攻撃を仕掛けてくる厄介なモンスターだ。
そのイス・ビートルの動きが、『感電』効果により一瞬止まる。
「――ナイス! 【シフト・スマッシュ】」
イス・ビートルに狙われていたアシュリーがこの隙に、手にしている剣を斧型のオーラで覆った。刃による斬撃を打撃に変換するその『技能』により、アシュリーが振り降ろした剣でイス・ビートルの甲殻がひしゃげて潰れ、溶けるように虚空に消えていく。地面には、モンスターの身体を構成していた『瘴気』が固まってできた紋章のようなもの、『瘴気紋』が残った。
「【封印】」
テオが冷静に、残ったその瘴気紋に『封印』の魔法を使う。
倒したイス・ビートルの黒い瘴気紋がふわりと空中に浮かび上がり、金色に変化した後にキラキラと粒子状に分解し、テオの手のひらへと吸い込まれていった。
倒したモンスターの瘴気紋は、こうやって召喚師が封印しなければならない。さもなくば、時間経過で瘴気として拡散し、数日から数週間ほどの時間をかけてまたモンスターとして再発生してしまうからだ。
今日のこの『間引き』で、結構なモンスターの大軍に遭遇してしまったのも、恐らく封印を怠ったためだ。
以前、このセメイト村南方から発生した大量のモンスターが一斉に押し寄せてきたスタンピードや、その後に更に南にあった旧開拓村に結集していた大量の野良モンスター等の封印がいくつか間に合わなかった。そのため、二カ月以上経った今でも、ときおり今日のようにそれなりの群れを発見することがある。
「テオ君、奥に『ストラングラーヴァイン』が居るぞ!」
『間引き』に同行していた弓術士の男性が、樹上のテオに警告する。
弓術士は長射程の攻撃を得意とする『クラス』で、その性質上索敵能力も高い。そのため、厄介なモンスターをすぐに発見することができる。
「『ストラングラーヴァイン』ですか! 危険度は低いですが、できれば封印したいですね」
テオが応答しながら、マナヤから貰った教本に書いてあった内容を思い出す。
『精霊系』の中級モンスター、『ストラングラーヴァイン』。蔓が絡みついた小さめの木のような見た目をしているため、知識の無い人間がモンスターと気づかずに無警戒に近寄ってしまい、被害に遭うことがある。
とはいえその場から動くことができず、しかも触手による近接攻撃しかできないモンスターだ。遠距離攻撃できる弓術士や黒魔導師が居れば敵ではない。
そしてストラングラーヴァインは、動けないぶん性能は高い。上手く手に入れることができれば、野良モンスターとの闘いで非常に役に立つ。
「いえ、今はマズいわ! まだ奥からも出てくるみたいよ!」
アシュリーが油断なく剣を正眼に構えながら、前方を見据える。
彼女の視線の先から、蠢くように数体のモンスターが現れた。いくつか、あまり見慣れないモンスターが混じっている。その中には――
「あれは……『月桂の蛞蝓』か。セリア、壁を張れ!」
「わかりました!」
見慣れないモンスターを判別した黒魔導師が、アシュリーと並んでいるセリアという女性に命じた。セリアはすぐに地面に手を着き、前方を人間の身長同等の高さを持つ石壁を前方広範囲に発生させる。
セリアは『建築士』というクラスの者だ。建築士は家や防壁などの建築物を造るのみならず、このように戦闘でも一時的に壁を張ることで防御を担当できる。
「グルーン・スラッグって、確か『鎧殺し』って言われている……」
「ああ、隣接するのは危険だ」
後方に控えていた白魔導師の女性の言葉に、モンスターを判別した黒魔導師が返答する。
グルーン・スラッグは、人間より二回り大きい巨大ナメクジのような中級モンスターだ。
あまり頻繁には見られないモンスターだが、強酸による攻撃で防具を溶かしてしまう能力を持っている。それを危惧して、とりあえず前衛が接敵するのを避けるために、建築士であるセリアに壁を張るよう命じたのだ。
「なら、グルーン・スラッグだけでも真っ先に倒した方がいいな。『いつもの』頼む!」
と、弓術士の男が矢をつがえながら言い放つ。
それに反応したのは、黒魔導師と白魔導師だ。
「【スペルアンプ】」
「【インスティル・ファイア】」
白魔導師が魔法増幅の呪文を黒魔導師に、それを受けた黒魔導師が弓術士に炎の付与魔法をかけた。
弓術士の矢が、通常の付与魔法よりも強力になった強烈な青い炎を纏う。
「――【プランジショット】!」
弓術士が上方に放った炎の矢が石壁を越え、弧を描いてグルーン・スラッグを射抜き、その体を内側から燃やしていく。そのヌメヌメとした体がぐずぐずと溶け瘴気紋へと変わった。
「残りを一気に、消し飛ばします! 僕の合図で炎の広域魔法を放って下さい!」
テオが、範囲魔法の準備をしていた黒魔導師を呼び止め、物騒なことを言い放った。シャラ以外の面子がぎょっとした視線を向ける。
「シャラ! 三番と――」
「――十一番だね! 【キャスティング】」
ただ一人冷静なシャラがすぐにテオの作戦を察した。すぐさま二つの錬金装飾を鞄から取り出し、テオに投擲する。
鱗のようなチャームがついたブレスレットと、木の葉のようなチャームがついたブレスレットだ。
――【竜神の逆鱗】!
――【森林の守手】!
それぞれが右手首と左手首に装着された。先ほどまでテオの右手首に装着されていた『跳躍の宝玉』は、入れ替わるようにシャラの元へと飛んでいき、ぱしっとシャラがそれを受け取る。
「シャラ! 何体かが近すぎるから、お願い!」
「わかった!」
テオの呼びかけに、シャラが進み出た。
石壁越しに手にした錫杖を構える。錬金術師専用の武器型錬金装飾、『衝撃の錫杖』だ。
「――【リベレイション】!」
そう唱えて、石壁に向かって錫杖を振りぬく。
その途端、石壁の向こう側に居るモンスター達が皆、一斉に後方へと吹き飛ばされた。
シャラが手にした『衝撃の錫杖』は、叩きつけることで一気に敵を後方を吹き飛ばすという効果がある。
先ほどシャラが使った『リベレイション』は、『衝撃の錫杖』で使える錬金術師の魔法だ。『衝撃の錫杖』に込められたマナを全て解放して、障害物を無視し広範囲の敵を大きく吹き飛ばすことができる。シャラがつい最近、やっと使えるようになった魔法。
マナを使い切った『衝撃の錫杖』が、一気に縮んで握りこぶしに収まる程度の長さの金属棒へと変化した。
シャラはそれを鞄にしまい、すぐにもう一本同じような金属棒を取り出す。それを構えると、新たにフルサイズの錫杖へと変形した。マナが既に充填されているもう一本の『衝撃の錫杖』と交換したのだ。
(よし)
目を閉じたテオは、前方以外からは野良モンスターの気配を感じないことを確認する。
錬金装飾『森林の守手』の効果だ。これを装備している間、弓術士には距離でやや劣るが、周囲にいる敵の気配を察知することができるようになる。
テオがこれから召喚するモンスターは攻撃範囲が広すぎる。突然側面や後方からマトが現れでもしたら、仲間が巻き添えになりかねない。
「皆さん、下がってください! 召喚――」
樹上から先ほど建築士のセリアが建てた石壁の上へと跳び移ると、そこでテオはモンスターの群れに向かって手をかざす。
「――【フロストドラゴン】!」
テオの手のひらから巨大な紋章が中空に浮かび上がった。その中から、紋章とほぼ同じ大きさの白い竜が現れる。
青白い装甲に包まれ、背から結晶状の一対の翼が生えた首長竜。最上級モンスター、フロストドラゴンだ。
最上級モンスターの召喚には、当然ながら召喚師のマナを大量に消費する。
しかし先ほどシャラから受け取った『竜神の逆鱗』には、ドラゴン型モンスター召喚のマナ消費量を軽減できる効果がある。そのためフロストドラゴンを召喚してなお、テオはマナが余っていた。
「【行け】!」
別方向からモンスターが湧いてきていないことを再度確認したテオは、フロストドラゴンに命令を下す。
フロストドラゴンは長い首の先にある妙に小さい頭をもたげ、その口から猛烈な氷のブレスを放った。
鋭い刃状の氷塊を無数に含んだ吹雪が、前方から襲ってくるモンスター達を一網打尽にする。
(……まだ残ってるか。でも、あれなら)
あの強烈なブレス一発でほぼ壊滅させることができたが、何体かの野良モンスターが生き残っていた。冷気が無効で、かつ斬撃にも多少の耐性を持つ機械モンスター達だ。
だが冷気が効かないということは、逆属性の炎には弱いということ。
「【キャスティング】」
ここでシャラが、本のようなチャームがついた錬金装飾を黒魔導師に投擲した。
――【増幅の書物】!
「よし!」
左手首にはまった『増幅の書物』に気づいた黒魔導師が、シャラを一瞥して笑顔を向ける。
この錬金装飾には、呪文の効果を増大させる効果がある。
「今です!」
「【ブラストナパーム】!」
テオの合図に合わせ、黒魔導師が呪文を唱えた。
敵陣の真ん中で、突如爆発が発生した。爆炎が機械モンスター達を嘗め尽くし、その体を粒子状に霧散させていく。
「【キャスティング】」
さらにシャラが、テオに言われるまでもなく錬金装飾を投擲した。単眼鏡のようなチャームがついたものだ。
――【伸長の眼鏡】!
魔法の射程距離を伸ばすことができる錬金装飾。それがテオの右手首にはまった『竜神の逆鱗』と入れ替わるように装着された。
「ありがとうシャラ! 【封印】」
シャラに礼を言ったテオは、そのまま前方に向き直り瘴気紋の封印を始めた。フロストドラゴン召喚時に着けていた『竜神の逆鱗』のおかげで、まだテオには封印のためのマナが余っている。
そして『伸長の眼鏡』の効果で、テオはこの位置からでも瘴気紋の封印が可能だ。
周囲からは新たなモンスターが湧いてくる気配がない。
何か現れたらすぐにフロストドラゴンを送還できるように構えながらも、テオは前方に残る瘴気紋を次々と封印していった。




