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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第二章 救世の心構えと召喚師の真実
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40話 寝不足の裏

 その日の夜遅く。

 テオは昨日と同じく、シャラの隣で眠りについていたが。


(……ん)


 突然、彼の目がぱちりと開かれ、ゆっくりと体を起こす。

 普段穏やかな表情をしている彼は今、やや目つきが鋭くなり、普段の柔和は顔かたちは心なしか険しくなっていた。


(っと、シャラを起こさねぇようにしねーと)


 隣で、()()()()()はだけたシャラが眠っているのを見て取った彼は、なるべく揺らさないように静かに寝具を降りる。


「……ふぁ」


 ――テオのヤツ、もうちょっとちゃんと寝りゃいいのにな。


 小さくあくびした彼は、眠気が収まらずしぱしぱする目を数回瞬きしながら、心の中で独りごちる。


 そう、今の彼こそが、テオのもう一つの人格である『マナヤ』だ。


(さて、とりあえず今日で完成させられそうだな)


 静かに自室の机に向かって座り、引き出しの中から一冊のノートを取り出す。

 ライターに似た着火の魔道具を使い、ピナという木の葉を使った燭台に火を灯した。ロウソクのような縦に伸びた金属の棒の先端に、ピナの葉を突き刺すことができるようになっている燭台だ。


 マナヤはノートの後ろの方を開き、ペンを手に取った。

 この世界のペンは地球のボールペンのように、インクをいちいちつけ直ししなくても長時間書き続けることができる。マナを充填することで使用できる魔道具のようなものの一つだ。


(随分長引いちまったが、今日でやっと完成か。出来上がるとなると、達成感があるモンだな)


 ページの右端に箇条書きにされている、このページに書く内容のメモ。そのメモを頼りに、マナヤは筆を進めていった。



 ***



「……よっしゃ!」


 日が登り、そろそろ村人たちも目を覚ます頃。

 マナヤはようやく全てのページを書き切り、小さくガッツポーズを取ってノートを閉じ、上にかざす。


(せっかくだから、今日一日くらいはテオの体を使わせてもらうか)


 ここ数週間ほど、昼間はテオにずっと体を使わせていたのだから、たまには良いだろう。

 マナヤは、まだ寝息を立てているシャラを起こさないように静かに椅子を引いて立ち上がり、居間へと向かった。



「ん? 今日は早いなテオ……いや、マナヤ君、か?」

「――え? マナヤさん?」


 居間に入ると、テオの両親が彼の表情を見て、マナヤであると見抜いた。


 全く同じ顔かたちをしているはずなのに、よくまあ一目で気付くものだと、マナヤは感心する。さすがはテオの親……というほどでもなく、マナヤとテオは表情の作り方が随分と違うらしい。村人も、すぐに判別がつく人が多い。


「久しぶりだな、スコットさん、サマーさん」


 マナヤにとっては他人のようなものだが、テオの記憶に引きずられてか、マナヤは二人に対してもタメ口に近い口調で話していた。


「今まで一体、どうしていたんだ?」

「全然顔を見せてくれないから、心配してたのよ」


 スコットとサマーが、マナヤを歓迎しながらも心配そうに問いかける。

 二人にとってもマナヤは、引きこもってしまった息子を救い、セメイト村を襲った度重なる襲撃から村を救った存在だ。今となっては、二人にとってもマナヤは家族の一員のようなものだ。


「おう、聞いてくれ! やっとな、コレが完成したんだ!」


 パン、と先のノートを机の上に叩きつける勢いで置く。

 それを覗き込んだスコットとサマーは、眉をひそめた。


「”召喚師戦術攻略本”……なんだ、これは?」

「俺が思い出せる限りの、”遊戯(ゲーム)”での戦術全てを書き切ったんだよ! これで、今後の召喚師への指導もかなり捗るようになるぜ!」


 眠気も手伝ってか、妙なテンションでテオの両親に力説するマナヤ。

 マナヤがこの三週間、表に出なかったのはこれを書くためだった。テオが眠っている夜中、彼の体を使って密かにこの本をコツコツと書き続けていたのだった。


「まだこの村の召喚師達にも教えてねぇ裏技やら、モンスターや補助魔法の変則的な使い方、それからまだ伝えてねぇ討論のお題に、それの模範解答や応用の効きやすい解答なんかも、全部載せてある! これから世界に召喚師のすばらしさを伝えるなら『教本』は絶対必要だろ! いやーこの三週間、手が腱鞘炎になるかと思った」


 目の下に(くま)を作りながらも晴やかな表情でそう語るマナヤに、テオの両親は困惑して互いの顔を見合わせた。


「いや、まあ、マナヤ君、こういうものが必要なのはわかるが……」

「もしかしてマナヤさん、ここ三週間も夜中の間、ずっと……?」


 そして、やや非難したそうな目でマナヤを見つめてくる。


「ん? どうしたんだ二人とも? ――ぎえッ!?」


 訝しむマナヤだが、突然背後から強烈な寒気を感じ、思わず跳び上がる。


 ギギギギ、とゆっくりと首を回して頭だけ後ろを振り向くと。



「……マナヤ、さん……?」



 起床したのであろうシャラがカーディガンを羽織り、テオの両親も初めて見るような怒りの形相で、マナヤを睨んでいた。


「よ、よお、シャラ……」

「もしかして、テオがずっと寝不足だったのって……?」


 マナヤは、シャラの背後にドス黒いオーラを幻視した。


「い、いやその、すまん。俺が起きてる間はテオも眠ってるわけだから、休みは取れてるモンだとばっかり……」

「……でも、疲れが溜まってるのはマナヤさんだって、実感してたはずですよね……?」


 なんのことはない。結局テオの寝不足は、テオが体を休めるはずの時間をマナヤが使っていたせいだった。


「ほら、あれだ。俺の都合でテオの鍛錬をジャマするわけにゃいかねーだろ? な?」

「……」

「お、落ち着けよ。それにほら、な、なんだ。新婚のお前らの邪魔をするわけにもいかねーし――」

「――ま、まさかマナヤさん!?」

「ち、ちげーよ! テオが拒否ってるから記憶を覗いてねーし、覗けねえよ!」

「で、でも、夜中に起きだしてたってことは、わ、私のっ……」


 今度はシャラの顔が赤く染まり始める。

 シャラはテオの嫁であり、同じ寝具で寝ていたということは、すなわち寝ていた時のシャラの恰好は……


「お、落ち着け! 大丈夫だ! ()()()()()()()()()から、俺はお前にゃ欲情してねえ!」


 ……言ってしまってから、色々と失言に気づくマナヤ。



「――さいてーっ!!」



 シャラが恨みがましい目でマナヤを睨んでから顔を背け、寝室へと駆け込んでいった。



 ***



「……マナヤ? あたし達の世界には『セクハラ』って概念があるんだけど?」


 召喚師の集会場へと向かう道すがら、鉢合わせた赤毛のサイドテールを垂らした女性が、ジト目でマナヤを睨んでいた。


「言うな……俺の世界にも、その概念はあったからよ」

「じゃあなんで言ったのよ!?」

「あ、あん時ぁ焦ってたから、つい口を滑らせちまったんだよ!」

「だからって限度があるでしょ!? それに、なんでいきなりあたしにバラしちゃうワケ!? ちょっとはテオとシャラの気持ちも考えてあげなさいよ!」

「……正直すまん」

「あたしに謝っても意味ないでしょーが!!」


 赤毛の女剣士、アシュリーの言う事がもっともすぎて、マナヤは色々やらかしてしまったと心底反省する。なんとなく愚痴りたくなってしまっただけだったのだが、世の中には墓場まで持っていった方が良い事もある。


「はぁ……こんなんじゃあ、テオとシャラも苦労するはずだわ」


 訓練用の木剣を降ろして、腰に片手を当て、大きくため息を吐くアシュリー。


「で、あんたはホントにシャラに変なことしてないでしょうね?」

「だからしてねぇよ! なんでそんな疑り深いんだ!?」

「そりゃ、そんな話をあたしにベラベラ話しちゃうくらいだもの。妙なテンションで変な行動とってない? 今のアンタ」

「……うぐ」


 失言を自覚しているマナヤは、返す言葉がない。


「……お前、ホント容赦なくなったなぁ」

「あんたがそう望んだんじゃないの。だからあたしは、手加減しないわよ?」


 と、呆れた表情をしながら大岩に腰掛け、鍛錬での汗をタオルのようなもので拭うアシュリー。

 ……確かに、この世界の文化に馴染みが無いマナヤが何かおかしなことをしたら注意してくれ、とアシュリーに頼んだのは、マナヤ自身だ。


「で、なんで急にそんなモノ書き出したの? テオに相談も無しに」


 といってアシュリーが目を向けたのが、マナヤが手にしている、彼が今朝がた書き上げた召喚師の教本。


「ああ……テオの鍛錬にも良いかってよ」

「テオの鍛錬?」

「俺はあいつとだけは直接話したり、教えたりできねぇからな。なら、こういう形で教えてやるくらいしかないだろ」


 別々の人格扱いとなっているテオとマナヤは、互いに会話することができない。一方が表に出ている間、もう一方の意識は眠っているか、起きているとしても意思疎通らしいことはほとんどできないからだ。


「テオは、俺の依り代でもあるからな。そのテオが俺の教えを直接受けれなくて、俺の弟子達に一歩劣っちまってるのは、可哀そうだろ?」

「……ふーん?」

「なんだよ、反応薄いな?」


 寝不足と教本完成のテンションでハイになっているからか、オーバーアクションでマナヤがアシュリーの顔を覗き込むように近寄る。


「別に? たださ、まあ……」

「あ?」

「テオを気遣うのは、いいわよ。でもさ……」


 と、至近距離にいるマナヤと目を合わせて、真剣な表情でアシュリーが続けた。


「あんた、ここ三週間、誰かと喋った?」

「……いや」

「あんたの人生、それでいいわけ? テオに生活を譲って引きこもって、表に出た時も誰とも話すらしないなんて」

「……」

「前にも言ったけどさ。テオに遠慮ばっかしてないで、あんたはあんた自身の幸せを、ちゃんと見つけなさいよ?」

「……無茶言うな」

「何が無茶よ。師匠のあんたが幸せにならなきゃ、弟子達はあんたに遠慮して幸せになれないじゃない」


 ――そりゃ、こじつけってモンだろ。


 などと内心思ったマナヤだ。

 実際問題、テオと体を共有している現状、マナヤ自身にどのような幸せを掴めというのか。


「……じゃ、俺はとりあえず、その弟子達にコレを渡してくる」

「んー、頑張ってね。……あ、それとマナヤ」

「なんだ?」

「これからは、もっと顔を出しなさいよ? しばらく出てこなくて心配してたんだから」


 と、アシュリーが木剣を再び手に取って、ひらひらともう片方の手を振った。

 彼女もおそらく、先ほどまでやっていた基礎鍛錬を再開するのだろう。アシュリーもここ最近、鍛錬にかなり力を入れているように見えた。


(……でも、やっぱり()()()の俺は、どうかしてたんだな)


 立ち去りながらも、マナヤはかつての自分を思い起こしてそんな感想を漏らした。


 自分の行いを責められるようなことを言われて、”転生”したばかりの頃のマナヤならば、また自暴自棄になっていたかもしれない。だが、今のマナヤはそれを冗談と受け流す余裕があった。


 アシュリーに、もうみっともない真似はしないと誓ったというのもある。マナヤもマナヤなりにこの世界に慣れてきたというのも一因だ。

 だが一番大きいのはやはり、アシュリーにならば色々と気を許せるというところだろう。なんだかんだ、今でもマナヤが一番信頼しているのが彼女で、彼女との気安い関係性が、彼の精神安定に一役買っていた。


「あ、テオさん……じゃなくて、マナヤさんですね。えっと、お久しぶりです」

「おう、おはようさん」


 と、時々この道ですれ違う母子と鉢合わせた。

 母親は比較的穏やかに接してくれるが、十歳ほどの娘の方はささっと母の足元に隠れてしまう。


「こ、こらリナ……もう。すみません、この子が」

「いや、気にしないでくれ。……あんただって、俺を恨みたいだろうに」


 母親がマナヤを気遣うが、正直この娘の態度も無理もない、とマナヤは諦めていた。

 この娘は、かつてのモンスター襲撃で父親を失っているのだという。つまりは、この母親の夫でもある人を。マナヤにも普通に接してきてくれているこの母親が、人間ができすぎているのだ。


 マナヤがすぐに、すれ違って立ち去ろうとするが……


「……ねえ、お兄ちゃん」

「あ?」


 突然、リナとかいう娘が複雑そうな表情をして、珍しくマナヤに声をかけてきた。母親の方も、驚いている。


「どうしてお兄ちゃんたちは、そんなにモンスターを信じられるの?」


 ――モンスターを信じる、か……


 今までも、何度か似たような質問を受けたことがある。

 そんな彼女の質問に、マナヤはできるだけ優しい顔を作る努力をしながら、答えた。


「嬢ちゃん。俺たち召喚師はな、モンスターを信じてるわけじゃねーんだ」

「え?」

「俺たちにとって、モンスターは『道具』だ。モンスターを、利用してやってるんだよ」



 ***



「ま、マナヤさん、これは……!」


 召喚師の集会場。マナヤが書いた教本を開いた中年の召喚師ジュダが、わなわなと体を震わせる。


「おう。今までお前らに教えたことはもちろん、まだ教えてない知識や戦術なんかも、全部纏めてある。俺の知識の集大成だ」


 いまだ目の下に隈を残したマナヤが、胸を張った。


「それから後半にゃ、今までのものと、まだ伝えてない討論の『お題』、さらにそれらの模範解答やら変則的な攻略法なんかも載せてあるぞ」

「ま、マナヤさん……!」


 ジュダが感動に打ち震える。他の召喚師達もその内容をおおまかに理解してか、早く読みたいと言わんばかりにそわそわしていた。


「あとその本にも書いといたが、模範解答以外の方法でどう戦うか、ってのも討論してみるといい。新しい視点で考え続けるってのは重要だからな」

「は、はい……ッ!」

「よし、じゃあその本はお前らの好きにしろ。ただ、最初の一週間はテオに優先権をくれてやれ」

「もちろんです!」


 と、マナヤはテオに本を使わせてやることを忘れない。


「あ、それでしたら、今のうちに写本を始めてもいいですか!?」

「お、俺も写本したいです!」


 緑髪のおかっぱ女性のジェシカ、そして二十代前半ほどの、短い茶髪の男性カルが、それぞれ写本を名乗り出る。


「ああ、俺やテオが帰る時には持ち帰らせて貰うが、それ以外の時はこの集会場に置いておくようにする。その間は、写本するなりなんなりすればいい」


 と、ぷらぷらと右手を振りながらマナヤが言い放った。

 正直、マナヤ自身はその本一冊を書くために腱鞘炎になりかかり、自分一人で同じものを何冊も書く気力は無い。彼らが写本を代行してくれるならば、マナヤにとっても好都合だ。いずれ、この教本をこの世界に広めなければならないのだから。


「ま、待ちたまえ! それならば、私が先に使わせてもらいたい!」

「あっズルいですよジュダさん! みんな読みたいのに!」

「そうだぜジュダさん! もうその本は俺たち全員のものだろ!?」


 と、早速教本の奪い合いが始まろうとしている。


「おいお前ら、もっと丁寧に扱え! まだ一冊しかねぇその本が破れでもしたら、もう俺は書かねえからな!?」

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