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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第一章 召喚師の降臨と錬金術師の献身
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4話 スタンピード収束

 背中からぱっと赤い血が舞う。

 衝撃で崩れ落ち、地に手を着いてしまうマナヤ。


 救われた男の子が、絶望したような表情でマナヤを見下ろす。

 さらにミノタウロスが再度、無慈悲にマナヤに斧を振り上げた。


 ……が、マナヤは口の端から血を垂らしながらニヤリ、と(わら)う。


「【エルダー・ワン】召喚ッ!」


 振り向くや否や、マナヤは迫りくるミノタウロスの斧の前に手を突き出した。

 召喚の紋章が発生し、甲高い音と共に()()()()()()がミノタウロスの斧を受け止める。


(『紋章防壁』テクニック! 召喚時に発生する紋章に当たり判定があることを利用し、敵の攻撃を受け止める『盾』にする!)


 召喚師が使う召喚魔法は高度な『空間魔法』の一種なので、紋章そのものが恐ろしく頑丈に作られている。そのため召喚時に発生する紋章は、発生からモンスター出現までの一瞬の間だけ、盾として使うことができた。


 紋章の中から『古のもの(エルダー・ワン)』が出現する。ヒトデのような五本足に背中から一対の翼竜のような翼が生え、ヒダの多い、人間より一回り大きな水色の全身からヌメヌメと粘液がテカっている、気持ちの悪い異形の()()()()()()()


 マナヤは本来、時間的には中級モンスター召喚に必要なマナは足りないはずだった。だがそれを補ったのは、マナヤが受けたミノタウロスの一撃だ。


(『ドMP』戦法、現実でやると無茶苦茶痛ぇ……ッ!)


 通称『ドMP』システム。召喚師は自身がHPダメージを受けると、ダメージ量とピンチ度に応じてMPが回復する。いわゆる『ピンチをチャンスに変える』システムだ。

 それを利用し、召喚師自身がわざとダメージを受けることでMPを溜め、通常よりも早い段階で大量のMPを確保する。そういう戦術が対人戦で流行っていた。


(クソッ……でも、この程度の痛みが、何だ……ッ!)


 平和な現代でのうのうと生きてきただけのマナヤ。本来、自分が攻撃の身代わりになったり、こんな大怪我をしてまともに動くことができるようなメンタルはしていないはずだった。

 ……しかし。


『……逃げろ、テオ……生き……ろ……』

『お願い、テオ……シャラ、ちゃんを……おねが……い……』

 テオの記憶から、スコットとサマーの最後の姿が蘇る。


「”父さん”と”母さん”の痛みは……」


『テオ……せめ、て……あなただけは……生き……て……』

 続いて、シャラがテオを庇って倒れた時の姿も蘇る。


「シャラって(むすめ)の、痛みは……」


 何よりも、彼らの死を前にしたテオの心の痛みは。



「……こんなもんじゃねェッ!!」



 踏みとどまるように、ダァンとマナヤは足を踏み鳴らした。


「お、おにいちゃん……?」


 ミノタウロスが斧で、エルダー・ワンが頭突きでぶつかり合っている。その最中、マナヤが庇った男の子が心配げにマナヤを見やる。


「よお、がきんちょ……ほら、今のうちに逃げな」

「お、おにいちゃんは……?」

「心配すんな。知ってるか? 召喚師ってのはな、頑丈なんだ」


 完全にマナヤの虚勢だったが、事実ではあった。

 召喚師というクラスは他のクラスと違い、いくら体を鍛えても身体能力・戦闘能力が一切伸びない。

 その代わりに、クラスを()()()()()()で異常なマナ回復能力と、そして『高い生命力』を得る。

 他のクラスだと成長する余地もあるのだが、少なくともクラスを授かった直後で比べれば、召喚師というのは図抜けてタフなクラスなのだ。


「――そこの二人っ!」


 その時、女性の声が聞こえたかと思うと、赤髪でサイドテールの女剣士が降ってきた。赤いタンクトップの上に、灰色に近い白のショート丈ジャケット、同色のショートパンツを着ている。

 テオの記憶の中にもあった、セメイト村でも腕利きの女剣士アシュリーだろう。


「そこのモンスターは私が引き受けるわ!」

「待て! ここは俺で大丈夫だ、それよりこのがきんちょを安全な所へ!」

「な……でも、あんた!?」

「早くしろ! がきんちょだって『召喚師』風情に連れられたくないだろ!」


 アシュリーは男の子に視線を向けつつも、マナヤの背中の傷にも気づいて一瞬迷った。モンスターは放っておけないが子供は避難させなければならない。だがこの背中の傷では、とてもマナヤに男の子一人を抱えて逃げることはできそうにない。


「……っ、すぐに戻るから! そこの子、しっかり捕まってて!」


 アシュリーは納刀すると男の子を抱え、跳ぶように走り出す。


(よし……!)


 それを見届けたマナヤは振り返る。


「【秩序獣与ブレスド・ブースト】ッ!!」


 回復したマナでエルダー・ワンに『三十秒間、対象モンスターの攻撃に神聖属性を付与し、与ダメージ量を増大させる』魔法、『秩序獣与ブレスド・ブースト』をかけた。

 聖なる光がエルダーワンを包み込む。神聖属性はミノタウロスの弱点だ。


「仕留めた!」


 強化された攻撃により、エルダー・ワンが敵ミノタウロスを撃破した。

 エルダー・ワンとミノタウロスが当たった場合、元からエルダー・ワンが勝てる。それでもわざわざ秩序獣与ブレスド・ブーストで火力を強化したのは――


 ――ドシュウッ


 弱っていたエルダー・ワンの胴体を、槍が一撃で貫いた。

 翼を広げながら倒れこみ、消滅するマナヤのエルダー・ワン。その後ろから姿を現したのは……


「――」


 身の丈ほどもある長い槍を構え、白銀の鎧に赤いマントを羽織り、地面から十数センチ浮かんだ状態でこちらを見返す、戦乙女。

 美しい顔をしており姿かたちもほとんど人間の女騎士のようだが、禍々しい真っ黒な瘴気を纏っている。完全に白目を剥いたその瞳には全く理性を感じさせない。


 上級モンスター、『ヴァルキリー』。


「……お早いお着きで」


 マナヤは先ほど防壁の上から砲機WH-33L(ホイイル)の視界を通し、このヴァルキリーが来るのを知っていた。だからこそミノタウロスの処理と男の子の避難を急いだのだ。

 上級モンスターというのは滅多に現れるものではないが、当然その強さは計り知れない。特にこのヴァルキリーは攻撃力、耐久力、移動性能、どれを取っても一級品だ。

 ぜひとも封印して手に入れたいモンスターではあるのだが……


(この場所は、まずいな)


 ここは完全に防壁に配置した砲機WH-33L(ホイイル)の射程圏外。せめて援護射撃の一つでも無いと、攻・防・速の全てが強いヴァルキリーを相手にはできない。しかも今のマナヤにはほとんどマナが残っていない。足が速いヴァルキリー相手に、この至近距離から走って逃げるのも無理だ。


(――『MP(マナ)』が()ェなら!)


「……『ドMP』で、稼ぎゃいいだろぉぉぉぉぉッ!」


 『召喚師の頑丈さ』に賭けに出る。

 マナヤは雄たけびを上げながら、捨て身でヴァルキリーに突撃していった。

 ヴァルキリーが冷徹に槍を振りかぶり……風を切ってマナヤに突き出す。


「がハッ……!」


 槍を腹にモロに食らい、先のミノタウロスの斧とは段違いな衝撃が走り抜ける。突き飛ばされて地を舐めるマナヤ。流血こそしているが、貫通はしていない。そして……


(マナの補充……ありがとよ!)


 『ドMP』によりマナが回復。マナヤは賭けに勝った。


「召喚! 【猫機FEL-9(フェルナイン)】!」


 中級モンスター召喚にはまだ少し足りなかったため、マナヤはすぐさま猫機FEL-9(フェルナイン)を新たに召喚する。そしてマナヤは自身の立ち位置を少し調整した。

 ヴァルキリーがマナヤの猫機FEL-9に向け槍を振りかぶる。


「そこだッ! 【跳躍爆風(バーストホッパー)】!!」


 そのタイミングを見極め、マナヤは跳躍爆風(バーストホッパー)を使用。破裂音を立てて猫機FEL-9(フェルナイン)を前方へ吹き飛ばす。

 すると……ヴァルキリーも()()()()()()()()()


(『ホッパーキャリー』成功!)


 ヴァルキリーは『攻撃モーション中は執拗(しつよう)に敵を追いかけ続ける』という性質を持つ。常に浮遊しているため、たとえ攻撃対象が吹き飛んでいこうが、飛んででもしつこく追いかけて槍で貫いてしまうのだ。

 この性質を悪用し、敵ヴァルキリーに狙われたモンスターを跳躍爆風(バーストホッパー)で吹き飛ばす。そうすると敵ヴァルキリーが追いかけて一緒に飛んで行ってしまう。

 プレイヤー間では『ホッパーキャリー』などと呼ばれていた現象で、ヴァルキリー相手に時間稼ぎをする際などに使われていた。


 ――これで、ちったあ時間を稼げるか!


 ヴァルキリーを吹き飛ばしたことで、とりあえずは安全を確保できた。人気(ひとけ)の無い方向へ飛ばしたので、多分他の人間に矛先が変わることもないはず。

 恐らく猫機FEL-9(フェルナイン)はすぐに倒される。そうなったらまたすぐこちらに戻ってくるだろう。モンスターは基本的に『一番近い敵』を狙うようになっている。


(視点変更!)


 マナヤは再び視点を砲機WH-33L(ホイイル)に移す。ちょうどヴァルキリーが猫機FEL-9(フェルナイン)を破壊し、マナヤの方向へと戻っていくのが見えた。


(……あそこがいい)


 そのままマナヤは()()()()()()()を見やる。その場所の周囲も確認し、人気(ひとけ)が無い、背の高い石造りの家が乱立している場所に当たりをつける。

 視点を戻したマナヤは腹の痛みと口の中に広がる鉄の味を無視して、すぐにその場所へと移動を開始した。


 ヴァルキリーが追いかけてくるが、マナヤは四角い石造りの家の周囲を回るようにして逃げ続ける。


(まるで鬼ごっこだな……くそ、早く溜まれ……!)


 焦りを感じながらも、冷静さを保つよう自分に言い聞かせてマナの回復を待つ。


 これはこの世界の人間も知っていることだが、モンスター達は『曲がり角を曲がる時に減速する』という習性がある。そのためモンスターに襲われて時間稼ぎをするなら『曲がり角を曲がり続ける』というのがセオリーだった。村が曲がり角を多くするように作られているのも、そのためだ。

 ヴァルキリーは普段は『地面から少し浮ける』という程度で、自由に空を飛べるわけではない。だから一度距離を取れば、家屋を使った時間稼ぎもできる。

 ただ、ヴァルキリーは移動速度が異常に速い。壁越しで位置が確認できない状態で逃げ続けるというのは、普通は困難極まる。


(視点変更! ……よし、こっちだ!)


 だが、定期的に砲機WH-33L(ホイイル)に一瞬視点を移せばヴァルキリーの位置が見える。互いの正確な位置を確認できれば、曲がり角を使って鬼ごっこのごとく逃げ続けることもできた。

 マナヤがモンスターの挙動をよく知っているからこそ、ではあるが。


(……二十五秒!)


 なんとか時間稼ぎで、必要分のマナを回復することができた。


「【封印(コンファインメント)】!」


 まずは先ほど封印しそこねていたミノタウロスの瘴気紋を封印する。続けて――


「【ゲンブ】召喚!」


 呼び出したのは、リクガメのような中級モンスター『ゲンブ』だった。見ての通り防御型で、攻撃力や移動性能はほどんど無い代わりやたら堅いのが特徴だ。

 ここでマナヤ、ヒラリと自ら()()()()()()()()()()


(来たな)


 ちょうど、曲がり角からヴァルキリーが姿を現す。もうやることは決まっていた。

 ヴァルキリーが槍を振り上げるのを見計らって――


「【跳躍爆風(バーストホッパー)】ッ!」


 バシュ、とマナヤを乗せたゲンブが、ヴァルキリーをも引き連れて跳んでいく。

 ゲンブなどの一部のモンスターは、召喚師が『上に乗る』ことができる。この状態で跳躍爆風(バーストホッパー)を使用して跳ばすことで、召喚師自身も一緒に跳んでいくことができた。

 跳んでいく先はもちろん、砲機WH-33L(ホイイル)を設置してある防壁の下だ。


「づっ……ぐ」


 ゲンブの着地と共に、乗っていたマナヤが地面に投げ出された。背中と腹、両方の傷から来る激痛に顔を歪める。


 ――くそ、ゲームと違って着地のバランスを取るのは難しいか。


 だが寝転がっている場合ではない。なんとか身を起こし、周囲の状況も見回す。

 先程までマナヤのナイト・クラブが相手していたモンスター群は、あらかた撃破できたようだ。そのナイト・クラブも倒れてしまったが。付きっ切りでやるはずだった補助魔法の援護を打ち切ってしまったので、当然の結果である。


 しかしモンスター群の残りは、周辺の家屋から来た村人の援軍が対処してくれていた。

 最初にマナヤがかなりの大軍を引っ張って分断したため、初期対応していた衛兵の人的被害がほとんど無かったのだろう。そのおかげで援軍が間に合い、もはやスタンピードを逆にこちら側が数で圧倒している。


(なら、これでチェックメイトってわけだ)


 目の前のヴァルキリーさえ仕留めてしまえば、もう問題はない。

 ここは二体の砲機WH-33L(ホイイル)の射程圏内。砲弾がヴァルキリーを蜂の巣にしている。ゲンブがヴァルキリーの攻撃を食い止めてくれている。三対一だ。その上――


「【魔獣治癒(ビーストヒール)】!」


 ヴァルキリーの槍を受け傷ついていたゲンブの甲羅が治癒していく。生物の召喚獣に対してのみ使える治癒魔法だ。死にそうだったゲンブが、ヴァルキリーの次撃を持ちこたえる。


 ――ズドンッ


 最後に放たれた砲機WH-33L(ホイイル)の砲弾が、とうとう鎧に覆われたヴァルキリーの胴体を貫通した。

 ぐらりと体を傾け、倒れこんでいくヴァルキリー。その体が空中に溶けるように消え、地面に瘴気紋が残る。



「――【封印(コンファインメント)】」



 魔法発動と共にヴァルキリーの瘴気紋がふわりと宙に浮き、金色に変色してキラキラとマナヤの手のひらに吸い込まれていく。

 金色の光を全て取り込むと、その手のひらをギュ、と拳に握りしめた。ヴァルキリー、入手完了だ。


「へっ……ざまあ……みやがれ……ッ」


 既にスタンピードはほぼほぼ鎮圧できていた。一番の強敵であったヴァルキリーが沈んだことで、周囲が沸き立っていく。

 日はとっぷりと暮れ、暗い夜空に赤い救難信号の光が映えている。

 視界の端に、その光に溶けこむような赤毛をなびかせる女剣士がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


(ああ……綺麗だな)


 なぜか場違いにそのような感想を抱くマナヤ。


 眼が霞んできた。

 背中と腹についた深い傷を押して動き回ったため、出血もありかなりボロボロの状態だった。

 快勝とは言いがたい。だが、圧倒的に敵に有利な状況から逆転勝利を収めたのだ。ゲーマーとしては上出来ではなかろうか。


(テオ……守り切ってやったぜ……)


 今日の仕事(ゲーム)は終わった。そう見て良いだろう。



 どさり、とマナヤは地面に倒れこみ、その意識を手放した。

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