Epilogue ~新婚夫婦にピナの葉を~
宴が落ち着いてきた、夜。
星が瞬いている夜空。外れのベンチに座って、それを見上げている者を見つけた。
「……」
テオが両手をぎゅっと握りしめ、夜空を見上げ続けていた。
「――テオ」
そんな最愛の彼に、シャラは声をかけた。
「……シャラ」
「隣、いい?」
シャラが、照明代わりにピナの葉の燭台を持って近づく。
テオが静かにうなずくのを見て、シャラは燭台を目の前にある木のテーブルに置き、隣にゆっくりと座った。
いつだかも、見た光景。
「……さっきのテオ、可愛かったよ」
くすくすと笑いながら、シャラが言った。
「や、やめてよ、さっきの話は」
先ほど、テオがマナヤに交代され目覚めた時。
彼はいつの間にか自宅に居て、なぜか涙を零しそうになっていた。
先ほどまであやうくフェニックスの火炎で殺されそうになっていたシャラが、元気にしているのを見て。テオは彼女に抱き着いてしまい、大泣きしてしまったのだった。
「マナヤさんは、どうなってるの?」
「……僕の中で眠ってるみたい。なんとなく、わかるようになったんだ。……説明するのは、難しいけど」
テオとマナヤが、二重人格の状態にある。
それをテオが知らされてから、テオはなぜか自分の中にいるマナヤの状態が、なんとなくわかるようになったようだ。
「……マナヤさんは、凄い人なんだね」
テオにとっては話に聞いただけの出来事だが、それでも舌を巻かずにはいられない。
あのどうしようもない状況からシャラを救い、うまいこと切り抜けてしまった。その上、最上級モンスターを単独で倒してしまった。
今、テオの元にもそのフロストドラゴンがある。マナヤの功績で手に入れたそれを、テオも自分で使えてしまう。そのことに、何ともいえない罪悪感と虚無感を感じている様子が見られる。
「そうだね。マナヤさんには、感謝しないと」
同じ夜空を見上げながら、シャラがそう呟く。
その言葉にテオが唇を引き結んだ。
「……結局」
「ん?」
「結局、マナヤさんに頼らないと……シャラを、助けられなかった」
そう言ってテオは、ぎゅっと両こぶしを握り締めた。
「だからっ……シャラはやっぱり、僕といちゃダメだ。僕なんかの傍にいたら、君まで――」
「ねえ、テオ」
突然シャラが上を向いたまま、目を閉じて明るい声で語りだした。
「私が、頑張れたのはね。……テオが『テオ』だったから、なんだよ」
「僕が……僕、だったから……?」
「うん。……両親がいなくなった私を、テオが助けてくれた。私のそばにいてくれた。悲しさを、忘れさせてくれた」
「……」
「だからね、私は頑張れたんだよ。いつかテオに恩返しするんだって。いつか、今度は私が、テオを支えてあげるんだって。いつか、私がテオを守ってあげるんだって、ね」
シャラが目を開きテオを見ると、彼は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「だから、私がマナヤさんに、一番感謝してるのはね。……テオを、助けてくれたことなんだよ」
「……僕、を?」
「この村を救ってくれたことより、私を助けてくれたことより。テオを、助けてくれたこと。テオが、この村で堂々と暮らしていけるようにしてくれたこと。……私は、それに一番感謝してるの」
シャラが、テオの顔を横から覗き込む。
「……買いかぶりだよシャラ、僕はそんなに強くない。マナヤさんみたいに……優秀じゃないんだ」
「――そのマナヤさんが、召喚師の人達に言ってたの」
「え?」
「『なら、優秀になれ』」
「!」
テオはきっと、忘れているのだろう。
他の召喚師達と同じように。召喚師になってしまって、努力をしても報われないと、諦めてしまっていたのだろう。
……自分自身が、頑張るという気持ちを。
「だから、私も優秀になりたい。今日みたいに、迷惑をかけないように。……テオが優秀になりたいっていうなら、私も手伝いたい」
シャラの言葉にテオが再び、拳を握りしめる。
「……僕の、あの日の、スタンピードの記憶」
「……うん」
「シャラは……僕を、庇って……死んだ」
「うん」
「だから……今日、シャラが来たとき、怖かった。……また、君が……っ」
握りしめたテオの拳がブルブルと震える。そしてテーブルの上に置いてあるピナの葉の燭台を見て。
「……僕はまるで、ピナの木だ」
「ピナの木?」
「……あのスタンピードの記憶でも、そうだった。ピナの木が、燃えていて……近づく者をみんな、傷つける」
一度火が付くと、ずっと燃え続けるピナの葉。
燃えているピナの木は、凄まじい熱を回りに撒き散らしていた。
近づいたら、自分も燃えてしまいそうになるほど。
ゆえに、誰も近づくことが、できないほど。
「シャラを死なせた、僕みたいに……。近づくだけで、シャラの心を、つけてしまいそうな……『召喚師』みたいに」
モンスターに両親を殺された、シャラの心の傷。それを、開かせてしまうのではないかと。
「……でもね、テオ」
シャラは、目の前にある燭台を手に取った。
ふっ、と炎を吹き消す。
「ほら。火を消したピナの葉は、誰も傷つけないよ。熱が出た人を、冷ましてくれる。火傷だって、治してくれる」
左手で火が消えて急に冷たくなったピナの葉を摘み取り、掲げた。
半透明になった葉が、月の出た夜空に映えている。
「ピナの葉は、私達の生活に欠かせない。……テオも、召喚師も、きっとそうなんだよ」
「……シャラ」
ふわ、とシャラは、右手をテオの頬に添えた。
「テオ。テオは、親が居なくなった私の心をずっと支えてくれた。なのに、私は……ずっと、テオに甘えてばっかりで、テオの役には立てなかった」
「そんなことはっ――」
「聞いて、テオ。私ね、今日、初めてテオと一緒に、戦えたよ。テオの背中に、追いつけたんだよ」
沈黙。
「私は、テオの背中に守られるんじゃなくて、ちゃんとテオの隣を歩きたいの。これからも、ちゃんと横に立ちたい」
テオの瞳を覗き込み、自身の目が潤むのを感じつつも、彼に語り続けた。
「テオが頑張りたいときは、私が肩を貸したい。テオが辛い時は、私に寄りかかって欲しい。テオが嬉しい時は、一番にそれを隣で感じたいの。……テオがあの日、私を救い出してくれたのと、同じように」
シャラの両親が亡くなって、シャラが家で泣いていた時。
彼女を救い出して、寄りかからせてくれたテオのように。
悲しさも、嬉しさも、分かち合ってくれたように。
「だから……だからね」
涙声になるのを感じながらも……
今度こそ届け、と願いを込めて、言葉を紡いだ。
あの日、シャラ自身を救ってくれた、あの言葉を思い出しながら。
――ひとりで、泣かないで――
「独りで、抱え込まないで」
――ぼくが、そばにいるから――
「そばに、居させてください」
ぽろりと、テオの瞳から涙が零れ落ちた。
そのまま涙は止まることを知らず。
テオの頬に、淡々と流れ続けた。
「……そう、だったね……」
テオが、自分の頬に添えられたシャラの手に、自分の手を重ねる。
「傍に居るって……約束したもんね……」
その手の暖かさを感じて。
「ごめんね、シャラ……ありがとう」
お互いの額を、こつん、とくっつけ合った。
シャラの左手から、ピナの葉が零れ落ちる。
二人の影の横に、ふわりと舞い降りた。
月明りを受ける、ピナの葉。
テオが自身に例えた、その半透明の葉が――
――きらきらと、美しく瞬いていた。
一章はここまでです。
次話は、二章の下書きを書き終えるまでしばらくお待ちください。




