37話 受け入れる世界 MANAYA 2
「……チッ」
弟子達が立ち去った、すぐ後。
俺は、炎包みステーキの一切れを吹き消そうして……そのまま皿に戻した。
(そろそろ退散するか)
まだ空腹は感じてるが、同じ味の繰り返しでもう口に入れる気になれない。
ほとんど全ての料理に共通している、塩気しかない味付けにピナの葉ベースの同じ香辛料。この同じ味はもう、食う気にゃなれない。
……この世界での生活に関しては、『現地人』に任せた方が良さそうだな。
テオと交代するべく、意識を沈めようとした。
「――あの、マナヤさん」
そこへストップをかけてきたのは、聞き慣れた少女の声。
「シャラ?」
振り向くとそこにはやはり、テオの嫁さんのシャラが居た。何か迷うような表情で、俺を見てくる。
……こいつと話すのは、ちょっと気が重いんだが。
「……その、あんまり食べれて、ないんでしょう?」
「……ああ」
「テオの家で、お料理、用意してるんです。よろしければどうですか?」
「わかった。今、テオに代わるからよ」
テオと話がしたくなったんだろうな、こいつは。
俺は、目を閉じてテオと交代しようと――
「ま、待ってください!」
――したら、声を張り上げてシャラが俺を止めてきた。
目を開けると、シャラが意を決したかのような表情で。
「……マナヤさんに、食べてもらいたいんです」
「……」
テオの家に連れられた俺。目の前に並べられた料理を見て、正直ため息をつきたい気分だった。
いつもと変わらぬ、いつも通りのメニュー。
炎包みステーキ。餡かけのかかったエタリア。何かのスープ。そしてサラダ。
これといって変わりない、今まで食べてきたものと同じ料理。
だが目の前にはテオの両親とシャラも居て、真剣な顔で俺を見つめてくる。
……さすがに、逃げるわけにゃいかねーか。
観念した俺はナイフとフォークを手に取り、まずは炎包みステーキを大きめの一口に切り分けた。
ふっ、と炎を吹き消して、口に入れる。いつも通りの味を、咀嚼している時。
(……熱い……いや、辛い?)
……舌の上に、ピリッとした熱さを感じたような気がして。
ピナの葉のおかげで、熱くないのがこのステーキの売りだったはずだと。
しかしそれをよく味わってみると、それが『辛味』であることに気づいた。
今までの炎包みステーキに、辛味なんて無かったはず。
塩の味とステーキ肉の旨み、そしてピナの葉の香り。それ以外の味は、無かったはずなのに。
このステーキは、辛味がある。
ちょうど良い塩梅の、唐辛子のような辛味が感じられる。ちょっとしたピリ辛ステーキになって、実に俺好みの味だ。
思わずもう一切れ切り分けて、再び口に入れる。
塩味だけじゃなく、辛味も感じる。ただそれだけで、こんなにも旨く感じるもんなのか。
食欲を誘うピナの葉の風味が辛味ともマッチして、今までとの格差も強調される。次々と食べ進めたくなってしまった。
(もしかして)
ふと思い至り、スプーンでエタリアも掬い取り口に入れてみる。
(……甘じょっぱい)
今までは塩味と香辛料の風味しか感じなかったエタリア。
それに明らかな、甘みが足されていた。
甘味と塩味、そしてエタリアと香辛料の独特の香りが絡まり合う。この豊かな味わい……例えるなら、エビチリ、か?
――なら、これも。
そう思い、今度はスープもすくって口に入れる。
(……すっぱい)
塩気ベースだったはずのスープ。
こちらには酸味が足されていた。どことなくフルーティな感じもする酸味。トマトスープの味わいに似ている。
(……これも)
サラダを食べれば、酸味と辛味を感じる。
今までは酸っぱいドレッシングのようなものだけだったのに。このピリッとした辛さと酸味……まるで、ピクルス。
「……お口に、合いました?」
シャラがおずおずと訊いてくる。
日本で食べていた料理とは、まだまだ比べ物にならない。
出汁を使ってないから、味にはまだ深みが足りない。醤油のようなコクも感じられない。
まだまだ、味の薄っぺらい料理ではあったけれども。
「うまい」
苦笑するような形で、破顔してしまった。
味が少し混ざるだけで、これほどまでに変わるものか。新鮮な味わいになって、でもどことなく馴染みのある味で。
気づけば、ガツガツと料理を頬張っていた。
「おかわり、いりますか?」
「頼む」
即答だった。
シャラが空になった皿を取って、台所で料理を足している。俺はもう何も考えずに、ただ目の前に並べられた料理を貪り続けた。
「……ふぅ」
満腹になった腹をさすって、息を吐いた。
この世界に来て、食でこんなに満たされたのはいつぶりだろうか。
「悪ぃ、スコットさん、サマーさん。わざわざ味付け、変えてくれたんだな」
そう、テオの両親に向き直って感謝する。
「お礼なら、シャラちゃんに言うといい」
「……え」
「シャラちゃんが作ってくれたのよ、この料理」
スコットさんとサマーさんに言われて、俺は思わずシャラの方を見る。
もしかして、とは思っていた。
なぜ、シャラが呼びに来たのか。
なぜ、シャラが味の感想を聞きたがったのか。
「……アシュリーさんから、聞いたんです。マナヤさんが、味が混ざってるものが食べたいと、言っていたって」
やや恥じらいながら、シャラがそう言った。
……アシュリーが。
確かに、あいつの前でそんな話をした。
「私は錬金術師ですから、いろんな調味料も作れるんです。だから、色々な組み合わせで味を混ぜてみて、調整してみました」
……シャラ、が?
テオでなく、俺に?
「どう、して……?」
「――マナヤさん」
俯き気味だったシャラが、凛とした表情で俺をまっすぐ見てきた。
「今まで、あなたを避け続けていて、本当にごめんなさい」
――こんなに、含みのない目で俺を見てきたのは。
初めて、かもしれない。
「お、おい……」
「それから……お礼を言うのが遅れて、ごめんなさい」
シャラが表情を緩めた。
「この村を……私達を……何より、テオを、助けてくださって。ありがとうございました」
――こいつは一番、俺を疎んでいたはずなのに。
「あなたが、居なかったら……私達は、死んじゃってました」
――テオが居なくなった原因とすら、思っていたはずなのに。
「何より……テオが堂々と出てこれる環境を、作ってくれて」
――そのこいつが、礼を?
「本当に……本当に、ありがとうございました……!」
そう言ってシャラは、少し恥ずかしそうにしながらも。
初めて、俺に。
はにかむような心からの笑顔を、向けてきた。
「マナヤ君、私達からも礼を言わせてくれ。……テオが、私達とまた笑い合えるようになったのは、君のおかげだ」
「テオの願いを叶えてくれて……テオを、返してくれて……その上、マナヤさんも一緒に戻ってきてくれて、ありがとう」
テオの両親まで、俺に。
……二人だって、テオが居なくなったと思って、悲しんでいたのに。
俺を最初、疎んでいたのに。
『俺は……この世界に、「拒絶」されてるんじゃないか?』
――あの日、俺が抱いた疑念。
けれど。
『――この世界にはまだ、あなたが必要なんです!』
テオの、あの懇願が無ければ……
俺は目覚める気など、無かった。
この世界に疎まれていると思っていた、俺が。
少し。
本当に、少しだけ。
世界に、受け入れられた、気がした。
……ちくしょう。
この程度の、ことで……
なんで、目頭が熱くなってきやがるんだよ……!
見ろよ。
テオの両親も、シャラも、俺を見て困惑してんじゃねーか。
こういう時は、そうだな……
引っ込んじまおう。
この新婚夫婦にも、水入らずの時間を与えてやんねーとな。
熱いものが零れそうになる目を、閉じて。
「――ありがと、な。シャラ」
意識を、深く沈めた。
……なんとなく。
今日は、よく眠れそうだ。
次回、一章最終回。




