35話 召喚師解放同盟の失態
マナヤ達が、フロストドラゴンを倒したころ。
召喚師解放同盟のヴァスケスは、森の中、少し離れた場所に潜んで様子を見ていた。
「……あれは、一体どういうことだ」
と、彼の傍らに居る巨漢がその深緑色のフードをはぎ取り、怒りを抑えた声でヴァスケスに問いかけた。フードの下から現れたのは、灰色に近い銀髪を短く逆立たせた青い瞳の壮年の男性。
「まさか、リーパー・マンティス単独でフロストドラゴンを……」
それに応答するヴァスケスも、青い前髪に隠れた碧の瞳を覗かせながら慄いていた。
下級モンスターを使って最上級モンスターを一方的に倒すなど。一体どういうカラクリを使ったのか、フロストドラゴンは身じろぎ一つできずになぶられ続けた。あまつさえ、あれほどの短時間で頑丈なフロストドラゴンを倒してしまった。
「――何故だ! なぜあの村の連中は、これほどのことができる!」
ガツンと木の幹を怒り任せに殴りつける、銀髪の男。
彼の名はトルーマン。召喚師解放同盟の創立者でありリーダー。
「そもそもあの村の召喚師達はどうなっているのでしょうか。フロストドラゴンを抑え込むのみならず、その攻撃を利用して他のモンスター達を処理していましたが……」
ヴァスケスも前を見据えて顔をしかめる。視線の先にいる、あの召喚師一人が異常なだけならばまだ良かった。だが以前の『間引き』を観察した時といい、この村の召喚師は皆、妙に手際が良すぎる。
まさか跳躍爆風を使って召喚モンスターを囮にし、同士討ちを誘うなど。そのような方法でフロストドラゴンの攻撃を逆に利用されてしまうことは想定していなかった。だが、同士討ちによって敵の攻撃を利用するというのは、合理的ではある。
しかも、セメイト村を攻め滅ぼした後にはこちらでトドメを刺し、封印して戦力に加えるはずだったフロストドラゴンを、あちらに奪われてしまった。
トルーマンは、それとは別の理由で憤っている様子を見せている。
「この村の召喚師達は、なぜこうも他『クラス』の連中とつるんでいられる? 召喚師が人間扱いされていなかったことを、忘れたのか!」
召喚師が他の村人に疎まれており、ゆえに召喚師も村人たちを疎んでいる。だからこそ、召喚師解放同盟は仲間を増やすことができていた。しかし、この村の召喚師達。あの仲良しこよしぶりを見る限りでは、到底こちら側についてくれそうにない。
「それにヴァスケス! セメイト村を急襲する部隊は、一体どうなった!?」
今度は、トルーマンの怒りがヴァスケスの方にも飛び火した。
先ほど、村の方角から緑色や黄緑色の救難信号は上がったことは確認していた。だが村に上級モンスター込みの群れを送り込むことに成功したなら、せめて準スタンピード級を示す『橙色』の救難信号が上がっていなければおかしい。あまつさえ、その後には『解決』を示す紫の信号も上がっていた。
「せめてセメイト村を直接叩くことだけでもできていれば、まだ手の打ちようはあったのだ。だというのに、この体たらくはなんだ!」
鬼の形相でトルーマンが睨みつけてくる。ヴァスケスには、弁解の余地が無かった。
「……申し訳ありません。警戒中の連中に見つかったため取り急ぎ群れを二手に分け、上級モンスターを含んだ本隊をセメイト村の方向へ誘導させましたが……」
「その本隊も処理されたのか?」
「はい。誘導を担当した者の報告では……たった三名で全て処理された、と」
「三名……だと?」
「……はい。剣士、召喚師、錬金術師の三名であったそうです」
トルーマンが眉を吊り上げた。フェニックスを含むモンスターの群れを、たった三人で全て処理するなど考えられない。それも範囲攻撃を得意とする『黒魔導師』抜きで。
だが視線の先にいるこの召喚師のように、フロストドラゴンを下級モンスターで倒してしまうような者が居るのも事実。腕利きが他にも居ないとは言い切れない。
「あの地は窪地だったはずだ。それならば、広範囲に地滑りを起こさせて連中を生き埋めにしてやることも、できたはずだ!」
「はい。ですのでそのようにしたと、誘導した者から報告を受けております」
元々の予定では、あの窪地を利用して大量のモンスターをそこに誘導して溜めておくはずだった。その後、北側の斜面を一部爆破することで地滑りを起こし、セメイト村方面へ出られる『出口』を作る。さすれば、高密度に溜まったモンスター達を一気にセメイト村へなだれ込ませることができる。そういう計画だった。
その野良モンスター達が処理されてしまった時点で、誘導を担当していた者が決断を下した。北側の斜面一か所だけを爆破し『出口』とするため、小規模の地滑りを起こすだけのはずだった計画。それを三か所爆破することで広範囲に崖崩れを発生させ、連中を生き埋めにする計画に切り替えるという決断を。
召喚師には『自爆指令』という魔法がある。機械の召喚モンスターに対してかけることで、その全エネルギーを暴走させ五秒後に自爆させる魔法だ。窪地の爆破はこの魔法を使って行った。
あの規模のモンスター達をたった三人で処理できるような手練れを、生かしておくわけにはいかなかった。あれだけの規模のモンスターが一所に集まっているという不自然さを口封じする目的もあった。
「では、その三名は口封じできたのだな?」
「確認はしておりませんが、おそらくは」
ヴァスケスのその報告を聞いても、トルーマンは苦い顔だ。
結局のところ、セメイト村を急襲する作戦は失敗した。しかもおそらく上級モンスター『フェニックス』も奴らに封印され、その後生き埋めになって失われてしまっただろう。
召喚師解放同盟は今回、成果どころか戦力を増やすことすらできなかったことになる。それも、あれだけの手間暇をかけておきながら。
「――いずれにせよ、この村はもうダメでしょう。あの様子では、召喚師がこちらに加入したがるとはとても思えません」
そう続けるヴァスケスの視線は、集合した召喚師隊の連中が他の者達に労われている様子に向けられた。召喚師達が、他クラスの者達と笑い合っている。
「……ふん。いかに実力があろうと、他『クラス』と馴れ合うような軟弱な者達などこちらから願い下げだ。本来なら、この私自身の手で縊り殺してやりたいほどだ」
と、トルーマンは連中に手のひらを向ける。
「――お待ちください、トルーマン様。敵にこれだけの兵力が居る中、召喚モンスターで仕掛けるのは得策ではありません。フロストドラゴンを無傷で仕留められるような召喚師が、あちらにはついているのですよ」
ヴァスケスが慌ててトルーマンの腕を抑える。
トルーマンの手駒にも最上級モンスターは存在する。だがフロストドラゴンをあっさりと仕留め、今そのフロストドラゴンを手にしている者がいる。その召喚師が操っていると思しきヴァルキリーも控えている。マナ切れで負傷者も多いとはいえ、騎士隊や他の連中も戦力として揃っている。
この状況下で下手に手出しするのは、リスクが大きすぎた。ひとりでも逃せば、今回の件が召喚師の仕業であることを国に確定されてしまう。
ただでさえ、『そう』と知られた同胞達の分隊が国の騎士団による徹底的な捜索により、追撃で殺される事が多かったのだ。ここ三年ほどは騎士団に妙に手加減をされているような印象を受けるが、油断はできない。
さらに、こうなった以上は野良モンスターを呼び集めた痕跡を消し去ることも困難になる。この場の安全が確保されてしまった現状、こちらが痕跡を消し去る前に騎士隊による調査の手が入るだろう。
トルーマンが舌打ちし、掌を引っ込める。
「わかっている。……それにしても、あの召喚師は何者だ」
彼の青い目は、件のフロストドラゴンを仕留めた召喚師の少年に向いている。
「あれが、村の連中が話していた『マナヤ』と思われます。あのヴァルキリーを見る限りでも明らかでしょう」
ややウェーブがかった短い金髪の少年を見据えて、ヴァスケスは苦々しげに語る。
(……しかし、あの者……)
容姿は、セメイト村を襲おうとした時に見た、あの未熟な少年に瓜二つだ。
しかしその雰囲気はまるで違う。自信無さげな表情をした、モンスターの扱いも拙いあの少年。それに対しこの『マナヤ』という者は、モンスターの扱いはもとより、明らかに表情に覇気がある。先ほど勝鬨をあげた姿など、あの気弱そうな少年の面影すらも感じない。
そもそもあの少年は誘導隊によって生き埋めにされたはず。この場に居るはずがない。
「……奴について、早急に調べろ。あのような召喚師に好き勝手されては、こちらの計画が狂わされる」
トルーマンがフードを被りなおしてそう命じてきた。
たしかに、あの『マナヤ』なる召喚師が元凶で、セメイト村の召喚師達を育て上げ、村人達に歓迎される状況を作り上げたというのであれば。彼の存在は脅威そのものだ。
召喚師が排斥されているからこそ、召喚師解放同盟は勢力を高めることができる。あのような者に、誇り高き召喚師達を下賤な他クラスの価値観に染めさせるわけにはいかない。
「――了解しました」
ヴァスケスもフードを被りなおす。
森の中へと退散しようとして……ふと、心に引っ掛かりを覚えた。
(召喚師達が、他『クラス』の者達と笑い合っている……)
――召喚師は、召喚師としか通じ合えないのではなかったのか?
召喚師が人間らしく生きる道は、召喚師だけが生き残る世界にしか存在しないのではなかっただろうか。
もし、他クラスの者達とも共存できるのであれば……
(いや、惑わされるな)
余計な考えが頭に浮かぶのを、振り払う。
この世界の人間たちが我々にした仕打ちを忘れるな。もはや我々は、人間ではないのだから。そう自分に言い聞かせながら、ヴァスケスはトルーマンの後を追い、深奥の闇に姿を消した。




