34話 召喚師の実力 2
「おい、お前ら!」
「えっ!?」
「て、テオ君!?」
マナヤが森の中に入り、そこでフロストドラゴンを見据えていた召喚師達に声をかけた。
「よくやってるじゃねーか。ちゃんと俺の教えを、活かしてるみてーだな?」
ニッ、と笑ってマナヤが彼らに言い放つ。
「そ、その物言い、まさか……」
「マナヤさん!?」
「戻ってきたんですか!」
「マナヤさん!」
その一角に集まっていた召喚師たちが、一気にどよめく。
「あ、あの、マナヤさん!」
その中から一人の若めの召喚師が進み出た。……カルだ。
「その、マナヤさん、あの時は、すみま――」
「あー、その話は後だ。今はそれどころじゃねーだろ」
彼が謝罪しようとするのを、マナヤが手のひらを突き出して遮る。
「お前ら、よく持ちこたえたな。さすがは俺の弟子達だ」
そう言ってマナヤは彼らを見渡す。その口ぶりに、召喚師達が泣き笑いのような表情になって、目を輝かせた。
だが次の瞬間、マナヤの眉がつり上がる。
「けどお前ら、いつまでフロストドラゴンで遊んでるつもりだ? 同士討ちったって、雑魚はもう大した数残っちゃいねーだろ。せっかくの最上級モンスター、倒せる時にさっさと倒せねーで、どうすんだ?」
飴の後の急激なムチに、召喚師達が縮こまる。
そう、取り巻きの野良モンスターはもうだいぶ数が減っている。ここまで来たら、もうさっさとフロストドラゴンを処理して安全を確保した方が良い。フロストドラゴンのブレスに怯えながらの『封印』は難しいからだ。おそらく、既に何体か封印が間に合わず、瘴気として拡散してしまっているだろう。
「俺は、教えたはずだぞ? こういう、攻撃させたら厄介な生物モンスターに出会ったら、どうするべきかってのを」
「そ、そうは言いますけど、マナヤさん……」
緑髪の女召喚師、ジェシカが戸惑いがちに口を開いた。
「その、それを教えてもらった時のマナヤさんの様子が、こう……」
「……」
――そういやそうだった。
マナヤが、つり上がった眉を急速に戻し、頭を抱えた。
そう、その方法を教えた時というのが、他でもない。癇癪を起こしたあの日のマナヤが、カルと口論になったあの戦術だ。
「す、すみません! マナヤさんの言葉を疑ったわけじゃ、ないんですけど、その」
「アレ、もし失敗したら、マナを大量に無駄遣いすることになるし……」
「そ、それに跳躍爆風で良い地点に着地させられるか、わかりませんし……」
皆が口々に言い訳する。カルは、またあの日の再現になりやしないかとオロオロしている。
(あん時の俺のやらかしは、ここにも影響が出てきちまうのか)
だがしかし。確かに長射程のフロストドラゴンが相手だと、まだ付け焼き刃状態の彼らがあの戦術を使うのは、少し荷が重いかもしれない。先にフロストドラゴンにブレスを吐かれたら、アウトだ。
「――わかった。だったら、魅せてやるよ」
「え?」
そう言い放って背を向けたマナヤに、一同が目を見開く。
「言葉で信じられねぇなら、その目でしっかり確かめな。生物モンスターの、ハメ殺しのやり方をな!」
マナヤは、召喚師としての戦いに関してだけは誰にも負けるつもりは無いし、『やらかす』気も毛頭ない。
彼らに頭だけ振り向きながら、不敵な笑みを浮かべた。
***
マナヤは、森の中から出てきて再び進撃部隊と合流した。そして、もう少しフロストドラゴンに近づいた位置まで彼一人で進み出る。
後方にはマナヤのヴァルキリーが控えており、そのさらに後ろにノーラン隊長や他の部隊の一部、そしてアシュリーにシャラも待機していた。
「いかにヴァルキリーとはいえ、最上級モンスターのフロストドラゴンに太刀打ちできるのかね?」
自分一人でやる、と言い切ったマナヤに、半信半疑で問いかけるノーラン隊長。
「いえ、ヴァルキリーは使いませんよ」
「な、何だと?」
「フロストドラゴンを倒すのは、コイツ一匹で充分です!」
叫ぶように宣言すると、マナヤは手のひらを前に突き出す。
「召喚! 【リーパー・マンティス】!」
マナヤの目の前に人間大の召喚の紋章が発生し、その中から一体のモンスターが現れる。カマキリを人間サイズまで巨大化したような、異形のモンスター。
「な……下級モンスターだと!?」
「下級モンスター一匹で、フロストドラゴンを!?」
「無茶だ!」
「相手は最上級モンスターだぞ!?」
マナヤの後ろに居る戦士達が、どよめく。
そう、死神の蟷螂は攻撃力こそ高いものの、耐久力が紙なのですぐに死んでしまう、虚弱体質な下級モンスターだった。そのため、この世界の召喚師にはほとんど使われていない。
どよめく彼らに振り返りもせず、マナヤは堂々と言い放った。
「下級モンスターには、下級モンスターなりの使い方ってヤツがあるんですよ。今、魅せてやりましょう!」
そして、リーパー・マンティスに手をかざす。
「【時流加速】」
瞬間、リーパー・マンティスの背後に時計を模した魔法陣が浮かび上がった。その時計の針が、進む方向へと加速していきながら、リーパー・マンティスの中に吸い込まれる。
「――からの、【電撃獣与】!」
さらに、リーパー・マンティスの両腕の鎌がバチバチと電撃を纏った。
「モンスターに、二つの補助魔法を?」
ノーラン隊長が驚愕の声を上げる。
彼にとっては、モンスターに補助魔法を一つ使う光景すら珍しいのだ。そんなマナは召喚に費やすべき、というのが召喚師の常識。そういう認識だった。
「よぉし、いいかお前らよく見てろォッ! 【行け】!」
恐らく森の中で様子をうかがっている召喚師達に言っているのであろう、そう高らかに叫び、マナヤはリーパー・マンティスに命令を下した。途端、土煙を巻き上げ、弾けるようにリーパー・マンティスが飛び出す。
「速いッ!?」
そのとんでもない走行スピードにノーラン隊長が目を剥く。
「――【跳躍爆風】!」
絶妙な距離でマナヤは右拳で地面を殴りつけ、跳躍爆風を使う。バシュ、という破裂音と共にリーパー・マンティスが跳んでいった。
とんでもない速さで走っていたリーパー・マンティス自体の速度も乗って、猛烈なスピードで空を翔ける。
それに気づいたフロストドラゴンが首をもたげ、ブレスを吐こうとする。だがその前にリーパー・マンティスがピッタリとフロストドラゴンの懐に着地し――
――ジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキ……
凄まじい連続音を立てて、フロストドラゴンの脚を滅多斬りにする。
「【フロストドラゴン】の動きが、止まった!?」
ノーラン隊長の目が驚愕に染まる。紙耐久なリーパー・マンティスなどブレス一発でお陀仏だと思っていたのに、一向にフロストドラゴンが攻撃しようとしない。いや、身動きすら取れていない。
鎌の攻撃を受ける度に、フロストドラゴンの体が硬直し、痙攣し続けている。
「これが『帯電蟷螂ハメ』だ!」
フロストドラゴンへと走り寄りながら、マナヤが高らかに叫んだ。
下級モンスターであるリーパー・マンティスだが、その連撃速度は全モンスター中でも最速。そこへ、マナヤは補助魔法『時流加速』と『電撃獣与』をかけた。
攻撃を当てる度に敵の動きを一瞬止めることができる『感電』効果が、連撃速度の速いリーパー・マンティスにかかった。その攻撃速度が時流加速によりさらに加速した。これにより何が起きるか。
『感電』の硬直時間よりも、鎌の連撃速度の方が早くなる。
つまり――絶えず敵を『感電』させ続けることができるのだ。
一度捕まればもはや死ぬまで一歩も動けず、攻撃も何もできない。連撃速度トップのリーパー・マンティスでのみ可能な、凶悪なハメ技。『サモナーズ・コロセウム』では『帯電蟷螂ハメ』と呼ばれており、対人戦ではこれに召喚師が捕まれば、その時点で終わりだとすら言われていた。
ゲームでは、そのあまりの凶悪さから制限がかけられた。時流加速と電撃獣与を併用できるのは、強烈なデメリットを抱えた極一部のアバターのみに限定されたのだ。
だが、この世界ではそんな制限は一切存在しない。全ての召喚師がこの『帯電蟷螂ハメ』を使うことができる。
そしてマナヤは、これでは終わらない。
フロストドラゴンは、その全身を覆う装甲によりリーパー・マンティスの斬撃がほとんど効かない。その上HPも異常に高い。そのため、電撃を加味しても『帯電蟷螂ハメ』で倒すのには時間がかかる。
だが、この世界では――
「チートモードの威力、受けてみろやァ! 【精神獣与】ッ!!」
――ゲームでは実現できない、『夢のコンボ』を使うことができる。
リーパー・マンティスの鎌が黒いエネルギーを宿した。精神獣与は『三十秒間、モンスターの攻撃に精神攻撃力を付与する』効果を持つ魔法だ。この攻撃を当てた場合、敵のHPだけではなく、その敵のMPまで削られる。
生物モンスターは、例外なく皆MPを持っている。モンスターのMPは原則として技能や魔法を使うために消費されるものではない。いわば『精神力』だ。モンスターのMPがゼロになると、そのモンスターは消滅する。
ただ、モンスターのMPは召喚師と同等の速度で自然回復する。そのため、並の精神攻撃でモンスターのMPを削り切るのは難しい。
しかし、電撃獣与と精神獣与にはコンボがあった。
この二つを併用した場合に限り、電撃獣与の電撃攻撃力が全て精神獣与の精神攻撃力に変換され、上乗せされる。『感電』効果が、残留したまま。
つまり、電撃獣与と精神獣与を両方かけることで、『感電』させつつ凄まじい精神攻撃力を発揮するモンスターが完成する。
【時流加速】、【電撃獣与】、【精神獣与】の三つを全て使えるアバターなど、ゲームには存在していなかった。
では、その制約がないこの世界で『帯電蟷螂ハメ』にこれを併用するとどうなるか。
敵モンスターは、一度捕まれば鎌の超高速連撃で金縛りにかかったように全く動けなくなり、しかも凄まじい勢いでMPが減っていき、とんでもない速さで敵モンスターを倒してしまうことができる。
いかにHPが高いフロストドラゴンとはいえ、そのMPはHPほど高くはない。
黒くなった鎌を猛スピードで振るいながら、フロストドラゴンを斬り続けるリーパー・マンティス。
フロストドラゴンは動くことも叶わず、どんどんMPを削られていき――
「なっ、フ、フロストドラゴンが……」
「消えていく!?」
――あっという間にMPをゼロにされ、消滅した。
「――【封印】」
マナヤの、場違いなほど落ち着いた声で放たれる呪文により、フロストドラゴンの瘴気紋がふわりと浮き上がり。
そして、金色になってキラキラとマナヤの掌に吸い込まれていく。
「嘘、だろ」
「最上級モンスターが、本当に下級モンスター一匹で……」
「こんな、あっけなく……」
部隊の者たちが、信じられぬモノを見る目でマナヤを見つめる。
ノーラン隊長やシャラ、アシュリーは、もはや言葉すら見つからない。
(そうだ、これだよ)
振り返り、そんな驚愕の一色に染まった彼らの表情を見たマナヤ。
(その顔が、俺はずっと、見たかったんだ)
異世界の常識を、一気に覆す爽快感。
(使命だの、神の都合だの、関係ねぇ)
異世界の人間に、驚愕の表情を作らせる愉悦。
(これが、史也兄ちゃんの召喚師論の、強さだ)
元の世界の知識で、尊敬する兄の教えで、この世界を染め上げる。
それこそが、強制的にこの世界に連れてこられた自分の。
「――見たかッ! これが、『召喚師』の実力だァッ!!」
――それが、俺なりの、この世界への復讐だ!
歓声が、辺りを包み込んだ。




