30話 召喚師の再臨
「【ナイト・ゴーント】召喚ッ! 【時流加速】!」
その声と共に、中級の飛行モンスター『ナイト・ゴーント』が召喚される。
出てきたナイト・ゴーントは、凄まじいスピードでフェニックスへと突撃していき、爪で斬り裂いた。
「――!」
その瞬間、ビクッとフェニックスが痙攣し、一瞬その動きが止まる。
「くっ……!」
僅かな時間だけフェニックスの動きが止まっている間に、アシュリーがフェニックスとシャラの間に割り込む。
アシュリーに火炎弾が直撃するが、『吸炎の宝珠』で無傷。爆炎も幸い、シャラを巻き込むことはなかった。
「ま……間に合った?」
絶対に庇うのが間に合わないタイミングだと思ったのに、と言いたげな表情で、炎を振り払ったアシュリーが呟く。
「――いいタイミングだアシュリー! 諦めずに飛び込んできてくれてありがとよ!」
するとアシュリーとシャラの耳に、自信に満ちた言葉が届いた。
「そ、その口ぶり、まさか――」
「――マナヤさん!?」
「おう! 英雄は遅れて現れる、ってな」
驚く二人の目の前で、マナヤが不敵な笑みを浮かべてみせる。
「……『英雄』を名乗るんなら、最初っから現れときなさい!」
泣き笑いのような顔をして、アシュリーが言い放った。
マナヤは、へっ、と鼻を鳴らす。
「違ぇねえ。……アシュリー! 地上の敵を引き付けながら、しばらく回避に徹してろ!」
「なんとか、できるのね!?」
「当然だ!」
「……さすが!」
それを聞いたアシュリーはニッと笑い、地上の敵陣に突撃していく。マナヤはそれを横目に、自分達とすれ違うように飛んでいったナイト・ゴーントとフェニックスを見上げた。
ナイト・ゴーントのような飛行モンスターは、召喚した直後に限り、前方に敵がいれば自動的に高速で攻撃しに行く。つまり『召喚師の飛び道具』のような感覚で使えるのだ。
特にナイト・ゴーントの攻撃には、生物モンスターを怯ませる効果がある。先ほどはそれを使って、一瞬でフェニックスを怯ませた。
ゲームの対人戦でも、よく利用したテクニック。
しかし、今回はそれだけでは間に合わなかった。
そこでマナヤは、召喚直後に補助魔法『時流加速』も使用した。
この魔法は、『三十秒間、対象モンスターの全行動速度を二倍にする』効果がある。これによって、ただでさえ飛行速度の速いナイト・ゴーントを更に加速し強引に間に合わせて、シャラを救ったのだった。
マナヤはナイト・ゴーントとフェニックスのドッグファイトを見て舌打ちする。時流加速は消費が重く、中級モンスター一体分ものマナを要する。現在、彼のマナはほぼゼロだ。
「シャラ!」
「は、はい……っ!」
マナヤに突然呼びかけられたシャラは、火傷で痛む体を押して上体を起こそうとする。
「そんな状態で悪ぃが、『魔力の御守』はあるか!?」
「あり、ます……っ!」
「よこせ! こいつと交換だ!」
そう言って、マナヤは自分の左手首にはまった錬金装飾を掲げた。
「……でも!?」
「早くしろ!」
――二重の意味で早くしろ!
「っ……」
シャラは必死に目的の錬金装飾を探し当て、マナが空になったそれにマナを充填する。
「……【キャスティング】!」
それを、弱った体でなんとかマナヤに投げつけた。
――【魔力の御守】!
左手首へとはまったその青い石から光が弾け、マナを回復させる。
元々マナヤの左手首にはまっていた錬金装飾は、『魔力の御守』と引き換えにするようにシャラの元へと飛んでいき、そして彼女の右手首に装着される。
――【治療の香水】
「う……」
その『治療の香水』から発された燐光が、シャラの全身を覆っていき、火傷を少しずつ癒していく。
「【火炎防御】!」
回復したマナを使い、マナヤは即ナイト・ゴーントに火炎防御を使う。三十秒間、対象への火炎攻撃を反射する能力を与える補助魔法だ。
(これで、シャラはなんとかなるだろ)
シャラが治癒の燐光に包まれる様子を横目で確認し、マナヤはほぉっと密かにため息を吐いた。
直後、爆音が響いてマナヤは空に目を戻す。フェニックスがマナヤのナイト・ゴーントに攻撃を放ったが、その火炎弾を跳ね返されフェニックス自身に炸裂していた。
――ギリギリセーフだったか。
フェニックスに炎は効かないが、火炎防御がついたナイト・ゴーントにももう、火炎攻撃は効かない。これでフェニックスを一方的に攻撃し続けることができる。
ふと、そこでマナヤはアシュリーに声を張り上げた。
「アシュリー! そろそろ楽になるぞ!」
「え!? 楽って、どういう……」
アシュリーが戸惑った瞬間、周囲で一気にヴォンという鈍い音が響き渡った。かと思うと次々と魔紋が浮かび上がり、五体のスカルガードが復活する。
「これって――」
「テオの置き土産だ!」
倒されたスカルガードは、三十秒後に復活する。マナヤは倒された時間から見て、そろそろ復活するだろうと踏んでいた。だからアシュリーにはしばらく「回避に専念」を命じたのだ。
「こいつらを囮にして、凌げ! ただ、ジャックランタンが出てきたら、優先的に潰せ!」
「わかったわ! ……それとマナヤ、ごめんね!」
「あ!?」
「あたし、あんたの気持ち、考えてなかった! だからっ……」
「ああ、俺も後でお前に話がある! だからよ――」
そこでマナヤは、全力でニヒルな笑みをアシュリーに向けてみせる。
「後でいくらでも聞いてやるから、今は手ェ貸せやァ!」
「――了解っ!」
それにアシュリーも喜びを露わにした笑みを返し、行動に移る。
それを見届けたマナヤは、フェニックスとナイト・ゴーントの戦いを一瞬確認した後、シャラへと向き直る。
「シャラ、次だ! 『増幅の書物』と『伸長の眼鏡』!」
「は、はい……っ!」
続いてマナヤは指示を出す。傷が少し癒えて余裕ができてきたシャラは、すぐに二つの錬金装飾を探し当て、その両方にマナを込める。
「【キャスティング】」
マナヤに投げつけたのは、本のようなチャームがついたものと、単眼鏡のようなチャームがついたもの。
――【増幅の書物】!
――【伸長の眼鏡】!
それぞれが、マナヤの右足首と胸元に装着される。
(ははっ、こりゃあいい。こんな形で『アイテム』があったとはな!)
『アイテム』。
ゲーム『サモナーズ・コロセウム』にもあった要素だ。
モンスター、補助魔法の他に、『アイテム』も手札に組み込むことができた。言わば『召喚師の装備品』に近く、この世界の錬金装飾そのものだった。
ただしゲームでは、最大12枚の手札内に組み込まねばならない。つまり、アイテムをたくさん装備すると手札が減ってしまい、やれることが少なくなる、という仕様になっていた。
ところがこの世界では、錬金装飾を装備したところで使えるモンスターや補助魔法に制限はかからない。
一応、錬金装飾を装備できるのは両手両足と胸元の計五か所にそれぞれ一つずつ。すなわち五個までしか装備できないという別の制約がある。しかし、元々マナヤはゲームでもアイテムを六つ以上装備したことなど、ない。おまけに、錬金術師が居れば戦闘中でも自在に錬金装飾の交換ができる。
すなわち、マナヤにとっては――
「チートモード加速だ! 負ける気がしねぇな!」
高らかに宣言し、ナイト・ゴーントに手を向ける。フェニックスとのドッグファイトで、かなりマナヤの位置から遠く離れてしまったが――
「【火炎防御】」
そろそろ魔法の効果が切れる頃とみて、掛け直した。
『伸長の眼鏡』、技能や魔法の射程を伸ばす錬金装飾の効果だ。補助魔法の射程も伸ばせるので、本来射程外にいる現在のナイト・ゴーントにも火炎防御が届く。
(これでしばらく、時間とマナが稼げる)
さらに、魔法の効果を高める錬金装飾『増幅の書物』の効果により、補助魔法の持続時間が三十秒から四十五秒に伸びていた。そのため、今回の火炎防御は先ほどよりも長続きするはずだ。魔法をかけ直す頻度が減り、その分マナを他のことに使うことができる。
「よし、やるか……【精神獣与】!」
マナヤは、ナイト・ゴーントに『三十秒間、精神攻撃力と”混乱”付加能力を付与する』魔法、『精神獣与』をかける。
その状態で、ナイト・ゴーントが敵フェニックスに一発、攻撃したのを確認すると。
「――【ナイト・ゴーント】、【戻れ】」
すぐにナイト・ゴーントを『戻れ』命令に切り替えた。フェニックスから離れ、マナヤの元へと向かってくるナイト・ゴーント。
「【強制隠密】」
さらにマナヤはナイト・ゴーントに、敵に狙われなくなる魔法『強制隠密』をもかけた。この魔法をかけた対象は、攻撃モーション中でなければ絶対に敵モンスターの標的にならなくなる。
攻撃を辞めて離れていくナイト・ゴーントを無視し、フェニックスはくるりとアシュリーの方を向いた。
「アシュリー! 攻撃が来るが慌てんな!」
「えっ!?」
マナヤの言葉に一瞬戸惑うアシュリー。すると、アシュリーが居るあたりを爆炎が覆った。
「あ、アシュリーさん!?」
「大丈夫だ」
シャラが慌てるが、アシュリーには『吸炎の宝珠』があるので問題ない。
「同士討ちは基本だよなぁ?」
「え?」
マナヤの言い口にシャラが見やると、フェニックスの爆炎はむしろ、アシュリーを追い回している敵陣の真ん中で爆発したように見える。アシュリーも、自身の後方を見て驚いているようだった。
ナイト・ゴーントの攻撃を受けたフェニックスは、精神獣与の効果によって『混乱』状態にされている。
混乱したフェニックスは敵味方を識別できなくなり、アシュリーを追っているモンスター群を狙って攻撃した。
「【ナイト・ゴーント】、【行け】……【戻れ】」
さらにマナヤは、再びナイト・ゴーントに一瞬『行け』命令を下し、フェニックスを一発だけ殴らせたら『戻れ』で帰す。
『混乱』の効果は、十秒間しか持たないからだ。そのため、十秒が経つ前にもう一度ナイト・ゴーントに攻撃させ、『混乱』状態を維持する。フェニックスはナイト・ゴーントの攻撃で怯み、その体勢を立て直したころにはナイト・ゴーントは退避し攻撃対象から外れている。
「まさか、フェニックスが味方になるなんてね」
アシュリーがモンスターを引き付けて逃げ回りつつ、後ろでフェニックスの爆炎が敵を焼いてくれているのを見て、苦笑するように言った。
「そいつを倒しゃ、本当に味方になるがな!」
「そうだったわね!」
うまくフェニックスを倒して封印すれば、マナヤはフェニックスを召喚できるようになるからだ。
「【ナイト・ゴーント】、【行け】……【戻れ】、【火炎防御】」
そろそろ火炎防御が切れる頃なので、掛け直しながらフェニックスの『混乱』状態の維持にもつとめる。
「――チッ!」
「えっ!?」
しかし、フェニックスの挙動を見たマナヤが舌打ちし、シャラが瞠目する。フェニックスが、マナヤとシャラの居る方向へと向いたからだ。
『混乱』はあくまでも『敵味方無差別に攻撃する』効果であり、『味方だけ』を攻撃するようになるわけではない。だから、敵を狙ってくることもある。
「シャラ!」
「マナヤさん!?」
するとマナヤは、浮かんだまま滑るようにシャラのすぐ目の前へと移動し、立ちふさがった。慌てたのはシャラだ。フェニックスが二人に火炎弾を放とうとする。
「【コボルド】召喚! 【火炎防御】!」
その瞬間、マナヤはすぐに下級モンスター『コボルド』を目の前に召喚し、即座にそれに炎攻撃を反射する魔法『火炎防御』をかけた。
火炎弾が二人に……いや、二人の前にいるコボルドへと命中する。
――パンッ
しかし、火炎弾は乾いた音を立てて火炎防御の効果により反射された。自分の放った火炎弾に当たって爆炎に包まれるフェニックス。
マナヤは、フェニックスがこちらに攻撃してくる可能性も考慮していた。そのため、瞬時にコボルドと火炎防御を出せるだけのマナを常に確保した状態で戦っていたのだ。
「【精神獣与】、【強制隠密】――【ナイト・ゴーント】、【行け】!」
改めて、精神獣与、強制隠密の効果が切れたナイト・ゴーントに魔法をかけ直し、再び突撃させる。
「ま、マナヤ、さん……その」
シャラが戸惑いがちに、マナヤを見上げる。
「……礼ならテオに言え。あいつに頼まれたんだよ。お前を助けろってな」
「テオに? そ、そうだ、テオはどうなったんです!?」
ずっと気になっていたテオの状況がどうなっているのか、今さらながら訊ねるシャラ。マナヤは、自身の額を親指でつつく。
「安心しろ、テオはまだちゃんとここに居るぜ。後で交代してやるよ」
「……交代?」
「ああ。どうやら俺とテオは、”二重人格”な状態になってるみてーだな」
そうこうしている間に、フェニックスの爆炎が敵モンスター達の大部分を焼き尽くしていた。残っているのは、火炎攻撃に耐性があるモンスター達だけだ。そのおかげで、アシュリーもだいぶ楽ができるようになっていた。
「よし、そろそろ絞めるか! 【ナイト・ゴーント】、【行け】!」
そんな敵陣を見て、さらにこれ以上敵が増えそうにないのも確認したマナヤ。ナイト・ゴーントでフェニックスを仕留めにかかる。
「アシュリーさん……!」
シャラは、ずっと敵を引き付けていたアシュリーを気遣っていた。回避に徹していたとはいえ、何発か攻撃を貰ってしまっているようで、今のアシュリーはあちこち傷ついている。
灰色のジャケットもあちこち破れ、その下から金属光沢が覗いていた。どうやらあのジャケットは、ブリガンダインのように内側に小さな金属板がいくつも張り付けてあるタイプの鎧だったらしい。
「――【キャスティング】」
意を決し、シャラがアシュリーに投擲した。
――【治療の香水】!
「えっ!?」
自分の右手首に装着された『治療の香水』を見て、アシュリーが思わずシャラを見る。
「シャラ! あんた、まだ……」
「大丈夫ですっ!」
まだ火傷が治りきっていないシャラだが、気丈にアシュリーを見つめ返す。
「受け取っとけ、アシュリー! 今お前がやられたら、総崩れだ! 【電撃獣与】」
上空のナイト・ゴーントに電撃攻撃力を付加する電撃獣与をかけながら、マナヤも叫ぶ。
「よしッ! 【封印】!」
電撃をまとった爪を受けて、フェニックスがとうとう倒れた。すかさず封印するマナヤ。フェニックス、入手完了だ。
マナヤが辺りを見渡す。もう残っている敵はヘルハウンド一体、牛機VID-60二体、ヴォルメレオン二体、エルダー・ワン二体だの計七体だけ。いずれも耐火持ちで炎が効かない連中だ。
「【ゲルトード】召喚! 【行け】!」
ヘルハウンド以外は全て『打撃攻撃』の使い手、かつ鈍重な敵であることを見て取ったマナヤは、打撃に強い『ゲルトード』を召喚し、突撃させた。
さらに、ちょうどそのタイミングで何体かのスカルガードも復活してくる。
「【強制誘引】」
それを確認したマナヤが、ゲルトードに『強制誘引』を使った。三十秒間、敵モンスターに狙われやすくなる魔法だ。猫機FEL-9の能力を一時的に与えるようなものである。
これにより、スカルガードと交戦中のものを除く、ほとんどの敵がマナヤのゲルトードの方へと向かった。
「えっ……」
今までずっと敵から追いかけられ、撃たれていたアシュリーが、急に敵に狙われなくなって困惑する。
「アシュリー、そこのヘルハウンドを処理しろ!」
「……セイッ! 【スワローフラップ】」
アシュリーがすぐさまヘルハウンドへ斬りつけ、即座に『スワローフラップ』で追撃して仕留めきる。
打撃を無効化できるゲルトードの弱点は、斬撃。爪で攻撃してくるヘルハウンドを処理したことで、ゲルトードが死ぬことはまず無くなった。
「【跳躍爆風】! 【電撃獣与】!」
マナヤは更に、シャラを守るために出したコボルドを跳躍爆風で木の枝の上へ跳ばし、電撃獣与もかけて火力を強化した。
ゲルトードに敵モンスターが群がりタコ殴りにされるが、ほとんどダメージを受けない。群がったモンスターをコボルドが木の上から射抜く。ナイト・ゴーントも電撃を纏った爪で空中から攻撃している。
ちらりと、マナヤは自陣を確認した。現在、スカルガード五体、ナイト・ゴーント一体、コボルド一体、そしてゲルトード一体の計八体。召喚数上限だ。
「スカルガードは、少し減らすか。【送還】」
今後、また奇襲を受けて咄嗟に召喚する必要が出てくるかもしれない。マナヤは下級モンスターであるスカルガードを一体送還し、召喚枠を一つ空けた。
「よし、もう消化試合だろ! 【封印】」
もう、奇襲にさえ気を付ければどうということはない。マナヤは倒したモンスターの封印に専念することにした。




