3話 答え合わせ
サモナーズ・コロセウム。
彼……『マナヤ』が住んでいた現代地球で、プレイヤーが「召喚師」となって3Dマップをリアルタイムで歩き回りながら召喚獣を召喚し、敵の召喚師と戦う据え置き機用ゲームだ。十数年前も旧世代据え置き機で同じゲームが出ていたのだが、その時はドマイナーすぎて全く飛ばず鳴かず。ネット対戦が確立した近年、最新機種でリメイクされ爆発的に人気になった。
単純に見えて奥深く、召喚師がリアルタイムで自由度の高い行動を行える。開発も想定して居なかったと思われる裏技的な対人戦用戦術が次々と編み出され、ネット対戦での評判がうなぎ登りに上がっていったのだった。
地球でマナヤは兄である河間史也と狂ったように対人戦をこなし、兄ともども上級者と呼んで差し支えないランカーとなっていたのだ。
対戦開始時に「Combat Commence!」と表示されることから、マナヤの中ではそれが開始の掛け声のようになっている。
***
「まず召喚、【猫機FEL-9】!」
マナヤはまず、下級モンスター『猫機FEL-9』を召喚する。青い猫型のロボット――といっても腹にポケットがついている某ネコ型ロボットではなく、本物の猫に近いサイズと体型だが――がマナヤの目の前に出現した。ゲームの通りだ。
なぜファンタジー世界にロボットが、などとマナヤはツッコまない。そういうゲームだったので仕方がないと割り切っていた。
猫機FEL-9が召喚された瞬間、南門から進行してきているモンスター達がピクリと反応する。
「【戻れ】!」
即、マナヤは【戻れ】命令を下す。思い起こされるのは、テオが通った学園で教官が言っていたこと。
『召喚したモンスターには、必ず直ぐに【行け】の命令を下しなさい。戦闘中は、【待て】や【戻れ】の命令は必要ありません』
――違う。史也兄ちゃんはこう言っていた。
『【行け】【待て】【戻れ】の三つの命令は、状況で使い分けるのが基本だぞ。要らない命令なんて無いんだ』
実は、召喚師の至近距離で『戻れ』の命令を下されたモンスターは、召喚師の周りを反時計回りにぐるぐる周り続けるようになる。
「よし!」
マナヤは自分の周りを周る猫機FEL-9を引き連れ、モンスターの大軍に特攻していった……かと思うと寸前で右に曲がり、そのまま走り抜けていく。
するとモンスター達の半数ほどが、マナヤ……いや、正確には猫機FEL-9に反応し、そちらへと殺到する。
「き、君っ! 一体何を!」
「釣ったこいつらは、俺が引き受けます! そっちは頼んだッスよ!」
「お、おいっ!?」
少し引いた位置で攻撃していた弓術士の一人が、かなり大量のモンスターを釣ったマナヤに驚愕して話しかけてくる。だが、とりあえずそちらはそちらで頑張ってもらわないと困る。
猫機FEL-9は下級モンスターだが、『敵モンスターの標的になりやすい』という能力を持っている。そのため、敵モンスターの注意を向ける『囮』役に持ってこいなのだ。
迫りくる敵の中から、まずはコボルド、ケンタウロス、レン・スパイダーなどの射撃型モンスター達が、矢や白い塊などの射撃で攻撃を放ってきた。
だが、マナヤは不規則に蛇行するように移動し続ける。それに合わせて猫機FEL-9も複雑に動き回る。
その動きを捉えきれず、敵の射撃攻撃は外れて地面を穿った。
(これぞ、誰が呼んだか『猫バリア』戦法!)
これが猫機FEL-9に『戻れ』と指示している理由だった。
敵モンスターの攻撃は、全て猫機FEL-9に集中する。しかし、高速で周り続ける猫機FEL-9をピンポイントで狙うのは難しくなる。その上で召喚師も不規則に動き続ければ、猫機FEL-9の動きはより複雑になり、さらに当てづらくなる。
ゲームでも速攻を凌ぐためによく使われていた手だ。
――おっと、今のうちに。
「【砲機WH-33L】召喚、二体!」
余裕がある間に、マナヤはまだたっぷり残っているMPで中級モンスター『砲機WH-33L』を二体召喚する。
砲機WH-33Lは、一抱え程度の大きさの戦車のようなロボットモンスターだ。見た目通り砲弾を発射して攻撃する。
だがこれをこのままにしておくのは勿体ない。マナヤは右拳で地面を殴りつけて叫ぶ。
「【跳躍爆風】!」
突然、砲機WH-33Lの一体が派手な破裂音を立てて、一気に上方へ吹き飛んだ。
補助魔法『跳躍爆風』。効果は『自分のモンスターを前方へ大ジャンプさせる』というだけの単純なもの。マナ消費も、一秒あれば回復するようなごく微量だ。
(よしっ、飛距離もゲーム通りか!)
続けて二体目の砲機WH-33Lも同じ魔法で跳ばし、二体ともまだ健在な防壁のてっぺんに綺麗に着地した。マナヤのコントロールのなせる技だ。
「【待て】」
そしてマナヤは、その二体の砲機WH-33Lに『待て』の命令を下す。
これで、砲機WH-33Lはその場に待機し、射程圏に入った敵を勝手に攻撃する固定砲台となってくれる。
『遠距離攻撃モンスターを呼んだら、なるべく召喚師はその傍を離れないように。いざという時に後衛である我々召喚師の盾にもなります』
――違う。兄ちゃんはこうも言っていた。
『遠距離攻撃モンスターは、出したらなるべく高台に乗せるのが基本だ。敵の攻撃が届かない場所から一方的に射撃し続けられるからな』
そう、ゲームでは射撃モンスターというのは高台に配置してナンボだった。しかも高所から撃ち抜く物理攻撃は、高度に応じて威力が向上する。防壁のてっぺんに配置された砲機WH-33Lの攻撃は、通常の数倍の威力となってモンスターを撃ち抜いていた。
(砲機WH-33Lの射程範囲内で、俺が敵をノーダメージで引き付け続ける!)
ゲームでの定番戦術だ。
マナヤは猫機FEL-9を引き連れたまま、敵陣全体の周囲をグルグルと大きく回るように走り続けた。
モンスターが砲機WH-33Lに撃ち抜かれ続けたことで、徐々にモンスターが死に始めた。死んだモンスターは地面に倒れこんだ後、溶けるように体が消える。後には地面に黒い瘴気で描かれた紋様が残った。
『瘴気紋』だ。
「【封印】ッ」
マナヤは、すでに何体か倒れ始めているモンスター達の瘴気紋に対し、『封印』の魔法を使う。
モンスターの黒い瘴気紋がふわりと浮かび上がり、金色に変化。そして粉々に分解され、突き出したマナヤの手の中へと吸い込まれていく。
大地から少しずつ湧き出している『瘴気』。この世界のモンスターは、瘴気が固まって形成されたものらしい。
倒れたモンスターに含まれる瘴気は、『瘴気紋』という形で一定時間、地面に残るようになる。しかし時間が経つと瘴気紋は瘴気として拡散してしまう。
拡散してしまった瘴気は、数日から数週間程度の時間を経て再び固まりモンスターとして再生成される。つまり瘴気紋を残しておく限り、モンスターは増える一方で一向に減らない。
それを唯一解決できるのが、召喚師だけが使える魔法『封印』だ。
封印を瘴気紋にかけることで瘴気は浄化され、残った魔素が召喚師の持つ『封印空間』へと送られる。召喚師が召喚しているモンスターは、その封印空間から引き出したもの。瘴気の無い魔素によって作り出された模造品なのだという。
つまり、倒したモンスターを封印で封じ込め、再発生を防ぐのが召喚師の主な役割。……この世界においては、召喚師はそういうものであると考えられているらしい。
マナヤは走り回りながら、他にもいくつか残っている瘴気紋を封印で消して回った。
――と、ここで。
「――【封印】!」
マナヤとは別の者が、マナヤの近くにあった瘴気紋に封印を使ってきた。見やると、おかっぱ緑髪の女性が瘴気紋があった場所に手を向けており、キラキラと魔素が吸い込まれていくのが見えた。
どうやら彼女も召喚師らしい。
「そこの召喚師!」
「え、えっ!?」
突然その女性召喚師に声をかけたマナヤに、戸惑う声が返ってくる。
「封印はあんたに任せた! 頼んだぞ!」
「え、あ、戦いのお手伝い、とかは……?」
「猫の手は要らねぇ!」
戸惑う女性召喚師をマナヤは一蹴する。現状では正直、下手に手出しして状況をややこしくして欲しくないのも事実だったからだ。それよりも、無駄にマナを消費する封印を任せることができる方がありがたい。マナを攻撃に使えるようになる。
召喚師は、この世界に存在する『クラス』の中でも飛びぬけてマナの回復力が高い。十秒もあれば封印一回分、下級モンスター一体分のマナを回復することができる。二十秒あれば、中級モンスター一体分のマナすら確保できる。
十秒か二十秒につき一体、戦力を追加することができる。この継戦力こそが召喚師の持ち味だ。封印にかまけていると、その継戦力が活かせなくなる。
もっとも、マナヤはただ召喚獣を増やすだけの戦いをするつもりはない。
「さて、そろそろ本気で行きますかね! FEL-9、【行け】!」
マナヤは立ち止まり、猫機FEL-9を【戻れ】から【行け】命令に切り替える。猫ロボットが方向転換し、向かってくるモンスター集団へと特攻していった。
敵が一斉に猫機FEL-9に群がっていった、その瞬間。
「【次元固化】」
猫機FEL-9へ向かった攻撃が、全て弾かれる。その代わりに猫機FEL-9自身も、時間が止まったかのようにピタッとその場で停止してしまった。
マナヤが猫機FEL-9に補助魔法『次元固化』をかけたためだ。三十秒間、『対象モンスターを”無敵化”する代わりに、攻撃も移動もできなくなる』という効果を与える魔法。この魔法も跳躍爆風同様、マナはほとんど消費しない。
するとモンスターの群れは、猫機FEL-9を素通りしてマナヤの方へと突撃していった。
次元固化は無敵化するがために敵モンスターから狙われなくなってしまう。そのため、『モンスターは肉壁』と認識されているこの世界では、役立たず魔法扱いされていた。
しかし――
「【自爆指令】!」
マナヤは、猫機FEL-9に新たな補助魔法をかけた。猫機FEL-9の機械の身体が、バチバチと見るからに危険そうな火花を放ち始める。
「【猫機FEL-9】召喚、【跳躍爆風】!」
さらにマナヤは新たにもう一体の猫機FEL-9を出し、即座にそれを跳躍爆風で敵モンスターの群れの中へと放り込んだ。
モンスター群はまた方向転換し、飛び込んできた猫機FEL-9に群がった。モンスター達にタコ殴りにされ、あっさり破壊されてしまう。
猫機FEL-9は囮としては優秀だが、攻撃力は最低で耐久力も大した事はない。あの集団相手に真っ向勝負では秒殺だろう。だが、マナヤに必要だったのはその一瞬の時間だけだ。
――大爆発。
「うお!?」
「えっ!?」
「何だ!?」
少し離れた場所で戦っていた衛兵たちが、思わずそちらを振り向く。
モンスターの群れの中で先ほどの『自爆指令』の効果がやっと発動し、最初の猫機FEL-9が自爆したのだ。
この補助魔法は、自分の機械モンスター……すなわちロボットのモンスターに対してのみ使用できる魔法。機械モンスターの動力を暴走させ、五秒後に自爆させることができる。
破壊力は壮絶だが、爆発するまでの五秒間の間にその機械モンスターが破壊されてしまうと爆発しない。味方を巻き込むと危険というのも相まって、この魔法もまたこの世界ではあまり使われていなかった。
だが、次元固化で無敵化させた上で自爆指令をかければ、確実に自爆させることができるというわけだ。
もうもうとした煙が晴れてくると、大量の瘴気紋が地面に残っているのが見えてくる。残っていた群れの大半を道連れにすることができたようだ。残っているモンスターは、火炎に耐性を持つものたち。自爆指令の爆発は火炎属性なので、火が効かないならば倒せない。
(視点変更!)
今のうちにマナヤは素早く眼を閉じて、自分の視点を防壁上にいる砲機WH-33Lに移す。
召喚師は自分の召喚モンスターのうちの1体に視点を移し、その視界をのぞき見ることができる。防壁の上に居る砲機WH-33Lなら、全体を把握するのにちょうどいい。
(ん、「アレ」が来たか)
防壁の上からの観察で、普通なら厄介そうなモンスターがこちらにやってくるのを確認したマナヤはすぐに視点変更を解除し、目を開く。次にやることは決まった。
爆発でかなり数を減らしたが、後続のモンスターが続々と到着してくる。マナヤは手のひらを前にかざした。
「【ナイト・クラブ】召喚!」
人間より一回り大きな、巨大な銀色の蟹のような中級モンスター『夜襲の大蟹』を召喚する。
『戦いは質より量です。大軍なら多少の相性は無視して敵を圧倒できますし、仲間や召喚師自身の「盾」が増えて安全を確保できます』
――違うね! 史也兄ちゃんがこう言ってたんだ。
『戦いは量より質だ。強力な一体のモンスターを援護して戦えば、質の高い殲滅力を維持できるんだよ』
ナイト・クラブは攻撃も防御も強い、優秀なモンスターだ。巨大なハサミで敵を斬り裂き、銀色の甲羅は敵の斬撃攻撃を悉くはね返す。
問題は、動きも鈍いので敵の射撃攻撃が厄介ということだが……
「【竜巻防御】」
ナイト・クラブに補助魔法『竜巻防御』を使用する。三十秒間、対象モンスターに旋風を纏わせ『軽い物理射撃攻撃を自動的に逸らす』という効果を与える魔法だ。
『召喚師は召喚獣を「補助魔法」で援護できますが、手駒が増えるわけではありませんので、あまり意味がありません。マナは魔法よりも召喚に費やしなさい』
――全然違うね! 兄ちゃんの言葉を思い出せ!
『召喚師ってのは「魔物使い」じゃない、「魔法使い」なんだ。補助魔法を使い分けることで、変幻自在に戦い続ける。そうすることで、結果的に長期戦でもMPを温存しながら戦えるのさ』
竜巻防御の効果により、敵の射撃攻撃は全て、ナイト・クラブに命中する直前で左右へと勝手に逸れていく。
これで遠距離攻撃モンスターの対処はクリアだ。だいぶ数が減ったモンスター軍団がナイト・クラブと激突するが、その大蟹は堅い甲羅で受け止める。
「【電撃獣与】!」
今度はナイト・クラブのハサミが電撃を纏う。そのハサミの一閃で斬られたモンスターは強烈な電撃をも食らい、バチバチと火花を散らして動きを止める。
電撃獣与。三十秒間、対象モンスターの攻撃に電撃を付与し、与ダメージ量を増大させることができる魔法だ。
――ははっ、こりゃあいい。
内心、マナヤはほくそ笑む。
実はゲーム『サモナーズ・コロセウム』では、こんなに色々なモンスターや補助魔法を同時に使うことはできなかった。
ゲーム内ではモンスター全64種、補助魔法全32種の中から、戦闘前に12枚の”手札”として選び持ち込んだものしか使用できない。その限られた手札枚数で、いかに柔軟に対応できるように組み合わせを考えるかもゲームの醍醐味だったが。
さらに補助魔法は全32種とはいえ、実質的には16種の中からしか選べない。使用するアバターによって使えない魔法というのがあるからだ。
しかし、この世界では手札を選ぶ必要もなく全種使える。アバターによる補助魔法使用制限もない。
つまりは――
(チートモードでプレイしてるようなもんじゃねーか!)
ゲームでは実現できなかった『夢のコンボ』がやりたい放題だ。
惜しむらくは、現時点でマナヤが召喚できるモンスターの種類がさほど多くないという点か。ゲームでいうところの初期モンスターくらいしか持っていない。
と、そこで突然――
「うわああああああっ!」
思わぬ場所から小さな子供の悲鳴が聞こえた。
マナヤがその方向へ視線を向けると、地面に転がった男の子がミノタウロスの前で頭を腕で庇いながら悲鳴を上げている。ミノタウロスから逃げようとして転倒してしまったのか。
(あの顔は!)
テオの記憶から見覚えがあった。燃える村のなか地面に倒れていて、抱き上げたがすでにこと切れていた男の子だ。
囮にしていた猫機FEL-9を切ったのが仇になったか、と自分の凡ミスに舌打ちし、慌ててマナヤは走り出す。
だが今のマナヤのMPは中級モンスターを呼び出せるほどは残っていない。かといって下級モンスターを出してもミノタウロスには勝てない。
子供を救うだけならば下級モンスターを囮にし、その間に逃がすこともできたが……
「ッ……だらああああああああッ!!」
覚悟を決めたマナヤはさらに加速し、風切るミノタウロスの斧の前に――
――自らの身を晒す。
ザシュッ、とどこかで聞いたような音が響いた。