28話 初めての共闘
斜面から転げ落ちたテオは、窮地に陥っていた。
「ぐっ……【スカルガード】召喚! 【行け】っ!」
落ちた時に捻った足首の痛みに耐えながら、六体目のスカルガードを召喚するテオ。
彼は斜面から落ちた先で、野良モンスターの群れと遭遇していた。先ほどのチームが戦っていた群れ以外にも、斜面の下に別の群れがいたようだ。
この場から移動しようにも、捻った足のせいでまともに動けない。
そのため、テオは復活するスカルガードを主にした下級モンスター達を召喚し続けながら、その場しのぎをしていた。
(僕のヴァルキリーはまだ、こっちに来ない……)
テオはヴァルキリーを【行け】命令のままにしていた。
『行け』命令は、一番近い敵を狙って自動的に突撃する命令だ。敵の群れが全滅したら、一定範囲内に居る別の敵を攻撃しに行く。
もしヴァルキリーが先ほどのチームと戦っていた群れを全滅させているなら、野良モンスターのいるこの場所まで自動的にやってくるはずだ。
だが、いまだヴァルキリーが来る気配はない。ということは、上ではまだ戦いが続いているということ。
【戻れ】でヴァルキリーをこちらに招き寄せることもできた。
しかしその場合、上で戦っている敵モンスターを放置することになる。もしかしたらヴァルキリーをこちらに戻したことで、上のチームが窮地に陥ってしまうかもしれない。
(僕のせいで人が死ぬのは、もう嫌だ!)
記憶の中で起こったスタンピード。
自分のせいで、死んでしまったシャラ。
テオは、自分のせいで人を死なせてしまうようなことは、もうしたくなかった。
「あっ!」
敵のナイト・クラブがその銀の甲羅に覆われた巨躯で、テオの最後のスカルガードの攻撃を弾いていた。そして巨大な鋏でスカルガードを叩き斬ってしまう。
テオのスカルガードが消滅し、地面に金色の紋章を残した。召喚師が呼び出したモンスターが死ぬと、瘴気紋ではなく金色の魔紋を残す。
「【ガルウルフ】召喚! 【行け】っ!」
仕方なく、テオは今度は下級モンスター『ガルウルフ』を召喚する。
復活こそできないが、ガルウルフはスカルガードと同等の攻撃力を持ち、耐久力もスカルガードよりはマシだ。今この場を凌ぐだけなら、他のスカルガードが復活してくるまでガルウルフに囮になってもらうしかない。
灰色の狼が、敵の巨大な蟹型の中級モンスター『ナイト・クラブ』へと突撃していく。
(よし、復活してきた)
その時、鈍い音と共に魔紋の一つが空中に浮かび上がり、中からスカルガードが復活する。ほぼ同時にさらに二体分のスカルガードが復活してきた。
これならなんとかなるかもしれない、とテオは周囲を見渡して状況を確認しようとする。
「がふッ!」
その時突然、テオの横から人型の金属の塊が躍り出て、テオを回し蹴りで蹴り飛ばした。
中級モンスター『蹴機POLE-8』。高速で動き回りながら、敵を蹴って攻撃してくる、厄介なモンスターだ。
「げほっ! げほっ!」
激しくせき込みながら、なんとか体を起こそうとするテオ。だが、無慈悲に蹴機POLE-8がマナヤへと走り寄る。
「――テオーーーッ!」
と、その時。
背後の斜面の上から、最愛の人の声が聞こえてきた。
人影が凄いスピードで、斜面から滑り降りてきたかと思うと。
「やああああああっ!!」
手にした金色の錫杖を、テオに襲い掛かろうとしていた蹴機POLE-8へと叩きつける。瞬間、鈍い破裂音と共にその機械人形が吹き飛び、背後に居たモンスターの群れへと激突した。
「……しゃ、シャラ!?」
セミロングの金髪を揺らして、テオの前方にふわりと舞い降りた。どういう方法か、彼女は地面から少し浮き上がっている。肩で息をするシャラを、テオが見上げた。
「テオ、大丈夫!? ……えいっ!」
テオを心配そうに見下ろすも、すぐ近くに迫ってきたナイト・クラブへと錫杖を突き出すシャラ。
錫杖から衝撃波のようなものが発され、それを受けた巨ガニが後方へ吹き飛ぶ。
――シャラは、モンスターが怖くて戦場に来れないはずじゃ!?
「シャラ! どうして、ここに!」
「……テオ、動けないの?」
慌てるテオに対し、シャラは冷静にテオが足を捻ってしまっていることを確認する。
「……今は、これしかない」
シャラが、自分の左足首にはまったブレスレットを外した。すとん、とシャラの足が地に着く。
「【キャスティング】」
そして、それをテオへと投げつけた。誘導されるように、そのブレスレットはテオの左足首へと装着される。
――【妖精の羽衣】!
「えっ?」
その瞬間、今度はテオの体がふわりと浮いた。捻った足が宙に浮いていて痛くない。そのまま、足を動かさずとも浮いたまま自由に動けそうだというのが、なんとなくわかった。
「ごめんねテオ、本当は治してあげたかったんだけど……」
そのための錬金装飾である『治療の香水』は、先の白魔導師に装着してしまって、今は無い。
「シャラ、いつの間にそれを……い、いや、それよりも!」
自分には使えない、とシャラが言っていたはずの戦闘用錬金装飾を使っていることに疑問を持つテオ。しかし、今はそれどころではないことをすぐに思い出す。
「シャラ、君がここに来ちゃダメだ! 君まで……!」
テオの脳裏に、自分を庇って死んだシャラの姿が浮かぶ。一番死んで欲しくない人が、ここに来てしまった。自分のせいで。
「あっ危ない、シャラッ!」
後方からやってきた敵のコボルドが、シャラを弓矢で狙っているのが見えた。
しかしシャラは、既にそれに気づいていた。冷静に鞄から素早く、竜巻のような形のチャームが吊り下がった錬金装飾を取り出す。マナを込め、すぐに自分の首にかけた。
――【旋風の護符】!
すると、シャラの周囲を旋風が取り巻いた。コボルドがシャラに放った矢は、その旋風によって左へと勝手に逸れていく。
丁度そのタイミングで、テオのスカルガードが、また数体復活してきた。それによって、シャラへ攻撃しようとしていたモンスターが、標的をスカルガードに変える。
「テオ、動けるよね!?」
周囲を確認し、錫杖――【衝撃の錫杖】を構えながら、テオへと問いかけるシャラ。
「シャラ! ダメだよ、君は戻って! 僕なら大丈夫だから――」
「――いやなのっ!!」
テオの言葉を遮り、シャラが悲鳴のように叫んだ。
「もう、テオや、他の人に守られ続けるだけの自分でいるのは嫌! 一方的に、テオに支えられるだけの自分でいるのは、嫌! 大事な時に何もせずにいるのは、もういやなのっ!!」
涙声になりながら、テオへと必死に言葉を紡ぐ。
「シャ、シャラ……」
「テオはずっと、私を支えてくれた。私にいっぱい、やさしさを、幸せをくれた」
涙を袖でふき取りながらも、シャラは語り続けた。
「だから、私もテオに返したい! 私だって、テオを守りたい! お互いに、支え合いたいの!!」
そして、まだ涙が残っている瞳を、テオに向けた。
「じゃないと、私……テオの、お嫁さんでいる、資格、なくなっちゃうもん」
必死に作った笑顔のその瞳から、ぽろり、と堪えきれなかった涙が零れ落ちる。
(シャラ……)
――だが。
「――なっ」
そんなシャラの側面、スカルガードがまた死んで手薄になった所。一部炎を纏った犬型モンスター、ヘルハウンドが現れ。
シャラへと、飛び掛かる。
「シャラ!!」
テオの脳裏に再び甦る。
スタンピードの日の、シャラの姿が。
自分を庇ったせいで死んだ、最愛の幼馴染の姿が。
(いやだ!)
その時。
テオの脳裏に、別の記憶が浮かび上がる。
『――そこだ! 敵の目の前で、タイミング良く召喚するんだ!』
――!!
それは、テオの中にある、テオが知らないはずの記憶。
テオを食いつぶしてしまいそうに思えた、記憶。
これに従えば……
自分は、別の何かに乗っ取られてしまうのか。
自分は、テオではなくなってしまうのか。
……でも。
(シャラを、守れないのは……)
――もっと嫌だッ!!
「うああああああぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
テオは、滑るように地面の上を翔けて。
シャラの前へと、躍り出て。
その声に、従う。
「【ナイト・クラブ】召喚っ!」
瞬間。
テオの目の前に、紋章が発生。
甲高い音と共に、ヘルハウンドの攻撃を弾いた。
『――ほらな! そうすれば、敵の攻撃を防げるだろう?』
――『紋章防壁』。
召喚時の紋章を、盾として使う技術。
テオが、知らないはずの知識。声に従ってしまったら、自分でなくなってしまうのではないかと、恐れていた記憶。
けれど。
(大丈夫、だっ!)
大丈夫だった。
ずっと、怖かったけれど。
勇気を出して、やってみれば、なんてことはない。
――シャラを、守ることができるなら。
――あのスタンピードの姿を、再現せずに済むなら!
――もう、そんなものは、怖くないっ!
「テオ!?」
「シャラ、大丈夫?」
すぐさまシャラを自分の背後に隠すように、手で押しやるテオ。
「て、テオ、私も――」
「話は後だよ、シャラ!」
シャラが言わんとしたことを察し、テオが遮った。
「だから、一つお願いがあるんだ」
「……テオ?」
「もし僕が、僕でなくなったら……」
自分は、まだ弱いけれど。
シャラが、そばに居てくれれば。
シャラが、自分を支えてくれるならば。
「……シャラ、君が、僕を連れ戻して!」
もう、あんな記憶は恐れない。
自分でなくなってしまった自分も、引き戻してくれるなら。
これを乗り越えた先に、最悪を回避する手段があるなら。
「今は一緒に、ここを切り抜けよう!」
――僕は、今度こそ、シャラを守り切ってみせる!
「……うんっ!」
涙を拭き、力強く頷くシャラ。
そこへ、テオのスカルガードがまた一体、倒れる音がした。ハッとそちらを振り向くテオ。
「シャラ! その武器、どのくらい威力があるの!?」
テオはすぐに気を引き締め、シャラに確認を取った。
「ご、ごめんねテオ……これ、敵を吹き飛ばして押しのけるのがメインだから、破壊力はほとんど無いの」
『衝撃の錫杖』は、錬金術師の護身用の武器だ。そのため攻撃力よりも、敵を一旦吹き飛ばして味方を守り、仕切り直すことに重きが置かれている。
「わかった、じゃあ僕がモンスターで攻撃する! シャラはその杖と、錬金装飾で援護をお願い!」
「うん!」
テオが一歩足を踏みしめ、シャラが錫杖を握り直す。
「よし、まず……」
『――モンスターが増えすぎたら、一旦送還してしまった方が良いぞ――』
「【送還】!」
記憶の声に従い、場に出ているスカルガードの一体を送還の魔法で収納した。
テオの場には、魔紋になってしまっているものも含め、スカルガード六体とナイト・クラブが一体。さらにこの場に居ないヴァルキリー一体の計八体。召喚上限数だ。ガルウルフは既に倒されており、場に残っていない。
今、スカルガードを一体送還したことで、計七体。召喚できる枠が一つ空いた。
「あれは!」
見ると、テオのナイト・クラブが敵のミノタウロスと交戦していた。
大斧による打撃攻撃を行うミノタウロスは、ナイト・クラブを覆っている堅い装甲をも貫通してしまう。このままでは、テオのナイト・クラブが危ない。
『――相手の攻撃属性を考えて、相性が良い召喚獣をぶつけるんだ――』
「【ゲルトード】召喚!」
テオは声に従い、大型犬ほどの大きさをした、巨大なカエル型の中級モンスター『ゲルトード』を召喚した。ゲルトードは体が非常に柔軟で、ミノタウロスの斧のような打撃攻撃を受け流しやすい。
「シャラ! そこのミノタウロスを、左に吹き飛ばせる!?」
「わかった!」
それを聞いたシャラがナイト・クラブの傍へと、隠れるように移動する。そして、その背後からミノタウロスの横へ忍び寄って――
「ええいっ!」
側面から『衝撃の錫杖』を叩きつけ、ミノタウロスを左方向へと吹き飛ばす。
『――【戻れ】命令状態を使って、モンスターを誘導するんだ――』
「【ゲルトード】、【戻れ】!」
テオは、ゲルトードのみを指定して『戻れ』命令を下す。自分の周囲を回り始めたゲルトード。
「よし!」
その状態でテオは、敵ミノタウロスが吹き飛ばされた位置まで、滑空するように自ら前進した。ミノタウロスが、ぎょろりとテオの方を向く。
「【行け】!」
そして至近距離でゲルトードに命令を下す。すると、ゲルトードはしっかりとミノタウロスを狙い交戦を始めた。
(……すごい)
かつて、火炎攻撃してくるジャックランタンに対し、耐火を持つヘルハウンドを闇雲に『行け』命令だけでぶつけようとして、全くうまくいかなかったことを思い出す。
この記憶に従えば、自分は本当に強くなれるかもしれない。テオが、希望を持ち始める。
――ザザッ
途端に、今度は右方向の茂みが音を立てた。かと思うと――
「シャラ!」
「えっ?」
先ほどミノタウロスを弾くために前に出てしまったシャラへと、黄色い何かが突進していった。
黄色い甲虫型の中級モンスター、イス・ビートル――!
「危ない!」
テオが動こうとした、その時。
「――五十点よ!」
今度は頭上から、赤い影が疾風のように舞い降りる。
轟音を立てて、イス・ビートルを叩き潰した。
「アシュリーさん!?」
シャラが驚いたように、飛び降りてきた赤毛の女剣士の名を呼んだ。




