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Epilogue ~手紙~



『――父さん、母さんへ。



 マナヤが僕から分離して、もう一年だね。

 父さんと母さんがそっちに行っちゃってから、もう二年経っちゃうことになるんだ。時間が経つのって、本当に早いよ。


 二人に伝えたいことが、いっぱいあるんだ。



 まず。

 あれからこの村は、というかこの国は大きく変わったんだよ。


 この村のみんなが考え出した、あの防衛機構。あれが、村と村、村と駐屯地を繋ぐ街道の各地に配備されるようになったんだ。

 野良モンスターをそっちに引き付けておくことで、モンスターが溜まる前に処理することができる。モンスターが入り込まなくなったから、厳重な警護をつけなくても街道を安全に通れるようになったんだって。


 だから今じゃ、防衛機構が整備された街道を使って行商をする人も出てきたよ。通行料を取られるらしいんだけど、個人で商品を仕入れたり、遠く離れた村に物々交換で売りつけたりできる。だから、各地の特産品が売り切れになった時にも王都で高値で取引されるんだってさ。

 セメイト村にも時々、行商の人が来るようになったんだ。


 これも全部召喚師がFEL-9(フェルナイン)を使えるからこそできることだから、召喚師が引っ張りだこになったんだよね。

 各村から、防衛要員として召喚師が定期的に雇われるようになった。それを引き受けた召喚師は特別報酬が出るから、家族を喜ばせてやれるって張り切っている人達もいる。



 そのこともあって、今年は『成人の儀』で召喚師を選ぶ子たちも増えたんだ。


 もちろん、デルガド聖国で〝世界を救った英雄のクラス〟っていう箔がついたっていうのも理由の一つだと思う。サンダードラゴンやワイアームに乗って、空を自由に駆け回る。そんな姿を見た子どもたちが、みんなこぞって〝いつか自分も空を飛びたい〟って目を輝かせるようになったんだって聞いた。


 だから今、セメイト村はすごく賑やかになってる。

 召喚師候補生を教育指導するのを引き受ける村になったからね。今年は一気に希望者が増えたから、また村と施設を拡張したんだよ。


 ジュダさんやカルさんたちをはじめ、僕達十三人のセメイト村所属召喚師は、今じゃ大陸でもトップクラスの召喚師指導員ってことになってるんだって。なんだか大げさで落ち着かないけど、ジュダさん達はすっごく教え慣れてるみたいだからね。今も、誇りを持って戦術指導と『討論』を召喚師候補生に教えてる。


 候補生の中には、まだ自信が持てなくておどおどしてる子もいるんだ。でもね、そんな子たちに召喚師の役割と凄さを教えたら、どんどん目が明るくなっていくのがわかるんだよ。そういうのを見てると、なんだか手のかかる弟や妹を持ったみたいで、ちょっとくすぐったい。


 でもね。

 候補生のみんなが安心できる一番の要因。

 それはやっぱり、今でも変わらないこのセメイト村の気質にあると思うんだ。


 父さんと母さんも、スレシス村のことは知ってるよね?

 あの村と違って、セメイト村は昔からみんなが優しかった。召喚師も過度に蔑まれたり、怖れられすぎたりすることもない。だから、召喚師が活躍できるってわかって、みんな暖かく迎え入れてくれるようになった。


 きっとそれが、この村の一番の魅力なんだ。

 村が拡張されても……この魅力は、今でも変わらない。


 そんな村だから、みんな召喚師候補生が来ても嫌な顔をしない。

 召喚師と他「クラス」の連携練習にだって喜んで付き合うし、村のみんながにこやかに召喚師に接してくれる。嫌な目で見られることを恐れてた候補生の子たちも、そういうのを見て安心できるんだと思う。


 この村には、召喚師のみんなの理想が詰まってるんだ。

 だから僕は、やっぱりこの村が一番好きなんだよ。きっと……父さんと母さんも、そうだったんだよね。



 それから、さっき話に出たスレシス村のことだけど。

 野良モンスターが増えて大変だったのは、父さんと母さんがそっちに行っちゃってから半年くらいの間だけだったんだってさ。僕とマナヤが指導した、召喚師のみんなが頑張ってくれた。効率のいい戦い方を教えたから、モンスターが群れてきてもうまいこと対処できたんだって。


 そして今じゃ、この村のみんなやアシュリーさんが編み出した、召喚師との連携を学んでもっと安定したって聞いたよ。

 その代わりに、スレシス村の災害救助術がすごく役に立ってる。建築士のサポートをうまくやったり、建築士がいない場所でも救出に参加したりするテクニックが広まって、召喚師が〝戦い以外でも役に立つ〟ことが証明されたんだ。



 戦い以外と言えば、ブライアーウッド王国でもそうだね。

 召喚獣を使った運河での運送業がいよいよ本格的になって、商人の人たちはみんなこぞって使うようになったんだって。そりゃ、馬車に厳重に護衛をつけて数日がかりで街道を進むより、早くて護衛も最小限でいい召喚獣の運河を使うよね。

 その運送通行料が王家の収入源になったから、僕達にすごく感謝してたって聞いてる。


 あと、そのブライアーウッド王国に移り住んだパトリシアさんのことも。

 住んでる領に仕えてる騎士さん、オウリックさんって人と正式に結婚したって報告があったんだ。オウリックさんは家族に紹介するのをためらってたらしいんだけど……パトリシアさんが〝邪神の器〟の戦いで起こったスタンピードの功労者だったから、家族は諸手を上げて賛同してくれたんだってさ。


 家族ができて嬉しい、ってパトリシアさんが手紙に書いてたよ。……きっとあの人なら、いいお嫁さんに、いいお母さんになれると思う。



 そのパトリシアさんと気が合うらしい、コリィ君のこともあったね。

 この国の東海岸沿いにある、トゥーラス地区の十一番開拓村は、召喚師の海上戦の最前線になったんだ。あ、戦場になったって意味じゃなくて、海の上で戦う召喚師の戦術に一番詳しい村になったんだって。時々、海沿いにある他の村々の召喚師騎士さんたちも、勉強しに出向してくるんだって聞いた。


 その関係でコリィ君、パトリシアさんとよく手紙でやりとりしてるんだってさ。

 水上戦術の談義をするんだって。どっちも水上でモンスターを操ることを専門にしてるから、お互いに色々学ぶことがあるらしいよ。


 もしかしたらオウリックさんがパトリシアさんとの結婚を急いだのも、その辺りにあるんじゃないかなって思う時もあるんだ。コリィ君がパトリシアさんと仲が良くなったから、焦って求婚しちゃったんじゃないかな? 相手はオウリックさんより十歳近く歳下の男の子で、しかも手紙越しなのにね。

 だいたいコリィ君は、別にパトリシアさんにそういう気があるわけじゃないと思うんだよ。前に手紙で、同じ開拓村の女の子と親しくなってきたって聞いたから。



 そして最後に、デルガド聖国のこと。

 初夏の頃に、第二回デルガンピックが開催されたんだ。


 事前に全世界にデルガンピックの競技を伝達して、大陸中から出場挑戦者を募ってたんだよ。それでみんな、こぞって参加してた。

 まあ、開催地がデルガド聖国だったことと、バルハイス村の人たちが既に経験者だったから。あの村出身の人達が、軒並み上位をかっさらっていっちゃったんだ。


 でもそれが、他の出場者に火をつけたみたいでね。戦術訓練を兼ねることもできるからって、競技を訓練内容に織り込む騎士さん達まで出てきたんだ。きっと、来年の第三回デルガンピックはもっと接戦になるんじゃないかな?

 まあ……この村で戦術指導に追われてたアシュリーさんは、結局また出場できなくて悔しがってたけど。



 ……そうそう。

 今年、一番おめでたいことがあったんだ。


 ディロンさんとテナイアさんに、子どもが生まれたんだよ。


 今までずっと子どもができなかったのに、〝邪神の器〟を倒したあの戦いの後、そう経たないうちに懐妊したんだ。ちょっと前に、無事に出産した。

 それで生まれたのが、綺麗な白いふわふわした髪をした男の子。

 ディロンさんもテナイアさんも、本当に幸せそうに生まれた子を可愛がってた。結婚七年目にしてようやく、だったらしいからね。きっと、喜びもひとしおだったんじゃないかな。


 もしかしたら……神様が二人に、あの子を恵んでくれたのかもしれないね。あの戦いで世界を、僕達を守ってくれた、お礼として。


 その子の名前を、マナヤにつけて欲しいって二人からお願いされたんだ。それで、マナヤが散々悩んだ末に、やっと決めた。


 子どもの名前は、〝ユキヤ〟。


 フミヤさんとマナヤと似たような名前で、綺麗な白い髪の毛が「雪」を思わせるから、ニホンゴで雪を意味する言葉を入れたんだって言ってた。

 あと、知ってる? 〝ユキ〟って、マナヤの世界では「幸せ」を意味する言葉でもあるんだって。きっとマナヤは、これからの新しい時代を担うその子に、幸せを謳歌して欲しいって願いも込めてるんだろうね。


 初子が生まれたから、二人は少し前に村で祝言を挙げたんだ。

 テナイアさんの花嫁衣装、すごく綺麗だったんだよ。ディロンさんも、荘厳な雰囲気で決めててね。父さんと母さんにも見せてあげたかったな。


 その時すごく驚いたのは、ラサムさんが……デルガド聖国の聖王陛下が、その祝言に出席してきたことかな。

 この日を空けるために、がんばって大量の執務を前倒しで片付けたんだってさ。それで三日間徹夜したからか、すごく眠そうにしてた。でも、なんだかそれ以上に晴やかな顔でディロンさん達を祝ってたよ。

 それに、帰りしなにピナの葉とかセメイト村の特産なんかを、いっぱい貰っていったんだ。デルガド聖国の国民に少しでも多く流通させて、一人でも多く豊かな生活をさせたいんだってさ。帰国の時にも、僕に「サンダードラゴンを使って荷物ごと送迎して欲しい」って依頼してきて。さすがにちゃっかりしてるな、って思っちゃったよ。


 祝言には、ディロンさんとテナイアさんの家族もやってきたんだ。孫が生まれることを諦めてさえいたらしいから、二人のご両親たちもすっごく喜んでたよ。

 二人もきっと、孫の顔を見せることができて安心したんじゃないかな。子が生まれなくてお互いの家に迷惑をかけてること、ディロンさんとテナイアさんも心を痛めてたみたいだから。


 二人は今、シャラの元の家に住んでもらってる。

 人が住んでる方が家が傷まないし、お隣さんになるから何かあった時にすぐ駆け付けられてちょうどいいんだってさ。シャラも、ディロンさんとテナイアさんが家を守ってくれるなら、って安心して任せてた。


 ディロンさんは、自分の子に〝殺しのビジョン〟が見えることを怖がってたみたいなんだけど。結局、ユキヤくんを殺すビジョンは見えなかったんだって。あの時のディロンさんの、安心と幸せをかみしめてた表情は……今でも、忘れられない。


 きっとディロンさんとテナイアさんなら、良いお父さんとお母さんになれるだろうね。二人とも、面倒見がすごく良かったし。



 僕達も……いつか、僕とシャラの間に子どもが生まれるかもしれない。マナヤとアシュリーさんの間にも。

 もしそうなったら、僕達も、良い父親と母親になれるのかな?

 父さんと母さんに追いつくことが、できるかな?


 召喚師になっちゃった時には、諦めてた。

 シャラをお嫁さんにすることも。当然、僕が子どもを持ったりすることも。


 でも、今は誰も諦めない。召喚師の誰一人、絶望なんてしてない。

 だから。もし僕達に子どもが生まれたら……そんな強い心を、子ども達にも教えてあげたいな。




 父さん、母さん。

 僕、これからまた出かけるんだ。


 ここコリンス王国と、デルガド聖国の国境南側にある小国の一つ。

 そこの南端の村あたりで、大規模スタンピードの予兆があったんだ。ディロンさんとテナイアさんが、定期的にやってる「千里眼」での監察で気付いたんだって。

 あの国は、まだ召喚師の信頼性に疑いを持ってるらしいよ。たぶん、だから封印がおろそかになってモンスターが溜まっちゃったんだと思う。


 それで急遽、僕達が向かうことになった。

 それが、僕達の使命だから。

 モンスターに苦しむ人たちを救って、召喚師の印象を書き換えることが。



 ……大丈夫。

 すぐに終わらせて、またうちに帰ってくるよ。


 だって。

 僕が、僕達が帰ってくる場所は、この村しかないんだから。

 父さんと母さんが守ってきた、この家しかないんだからね!



 だから……


 どうか、今まで通り。

 あの空の向こうで、僕達を見守っていてください。




 ――二人の名に最大級の敬意を込めて――


 ――――テオ・()()()()()()()




 ***



「――テオ、書けた?」


 寝室でようやく手紙を書き終えると、シャラが部屋に入ってきて問いかけてくる。

 彼女は去年より少しだけ髪が伸びて、肩の少し下へかかるくらいになっていた。


「うん、ちょうど書き終わったところだよ。シャラ」


 テオは、シャラから受け取った封筒に折った手紙を入れ、しっかり封をした。

 シャラは既に自分の手紙を書き終え、同じような封筒を大事そうに手に抱えている。


「おせーぞ、テオ」


 と、そこへ寝室の入り口からひょいと顔を覗かせたのは、マナヤだ。

 彼も自分の手に持った封筒をひらひらさせている。


「俺もアシュリーも、ずっと待ってたんだぜ。お前が一番最後だかんな」

「ご、ごめんごめん」


 シャラを伴い、パタパタと軽く駆け足で寝室から出る。


 居間には、棚に向かって立っているアシュリーの姿が。

 彼女のトレードマークでもあるサイドテールの結び目には、花と蝶を象った髪飾りがキラリと光っている。


 そんなアシュリーは顔だけこちらに振り向き、手の封筒をひらひらと振った。


「揃ったわね! ――でもマナヤ、あんただって滅茶苦茶時間かけてたじゃないの。知ってるのよ?」

「な、なんのことだよアシュリー」

「二日も前から、夜中に机に向かってうんうん唸ってたじゃない。文面、あたし達よりずっと前に考えはじめて、長いこと悩んでたんでしょ?」

「てってめっ、起きてたんなら言えよ!」

「イヤよ。あんたに気づかれたら揶揄(からか)えないもの」


 焦ったように赤面して怒り出すマナヤを、アシュリーは笑顔で軽くかわす。


「あははは。……それじゃ、みんな」


 苦笑したテオは、すっと手にした封筒を掲げる。


「うん」

「おう」

「ええ」


 シャラ、マナヤ、アシュリーも順番に頷き、各々の封筒を顔の高さへ掲げた。

 そしてそれらを、目の前にある棚の上に置く。その棚には花瓶に刺した花と、小さな筒が二本置いてあった。


 ……テオの両親、スコットとサマーの遺髪が入った小筒だ。


 その遺髪の前に、各々が書いた手紙を置く。

 そして自身の両手を胸元で握り、顔を伏せて目を閉じた。

 しばらく沈黙し、両親に祈りを捧げる四人。


「……よっし! んじゃ、出発するとするか!」


 いち早く沈黙を破ったマナヤが、手のひらに自身の正拳を叩きつけて気合を入れる。


「そうね。早いとこ出発しちゃいましょ」

「いつ大規模スタンピードが起こるか、わかりませんからね。なるべく早く駆けつけてあげましょう」


 アシュリーも歯を見せて笑い、シャラは凛とした表情で頷く。

 そして三人とも、ぞろぞろと家の出口へと向かった。


「……」


 ちらりと、テオはもう一度棚の方を見やる。

 二人の遺髪が入った筒を見つめ、小さく唇に弧を描いた。


「――おいテオ! 何やってんだ、おいてくぞ!」

「あ、うん! 今行く!」


 マナヤに急かされ、ぱたぱたと出口へ駆けるテオ。


 けれども、最後に玄関の扉を閉める直前。

 もう一度だけ、家の中へと視線を向ける。



(父さん、母さん。……行ってきます)



 心の中だけで呟き、静かに玄関の扉を閉めた。



 ***



 一気に静かになった、テオの家の中。

 カタカタと、風に揺らされガラス張りの窓が音を立てる。



 が、突然その窓がバンッと大きな音を立て勝手に開かれた。



 開いたとたん、つむじ風のようなものが居間の中へと入り込んでくる。

 竜巻のように強烈な風ではなく、むしろ穏やかで優しい。


 そのつむじ風が、棚の上に置かれた手紙を浮かびあげる。

 風に巻き込まれ、四通の手紙がくるくると回りながらつむじ風に吸い込まれた。

 そのように手紙が宙を舞うほどの風だというのに、不思議と手紙以外の部屋の調度品などは微かに揺れるくらいしかしていない。


 やがて、つむじ風は手紙を巻き込んだまま窓へと向かい……

 そして手紙ごと外へと飛び出していった。

 勝手に開いたはずの窓が、またしても勝手に閉じられる。今度は、比較的静かに。



 手紙を吸い込んでいたつむじ風は、宙に舞い上がる。

 まるで、嬉しさに空でダンスを踊るかのように。


 そして、手紙を抱えたつむじ風は……

 上へ上へと、手紙をくるくる回しながら昇っていく。


 そのまま――

 陽光が差し込む青空の奥へと、手紙ごと吸い込まれていった。



……次回。グランドフィナーレ。

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[良い点] パトちゃん結婚おめでとう! コリィくんナイスキューピット! ディロンテナイア初子おめでとう! 今回登場しなかったランシック! レヴィラ! 15人がんばれ! [一言] マジで最後3話ぜん…
2023/08/06 18:45 退会済み
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