254話 蘇った家族愛
「――あっ! 見ろ、瘴気のないサンダードラゴンだ!」
「『邪神の器』を倒した英雄達の帰還だ!」
襲撃してきたモンスターが、ほぼ綺麗さっぱりなくなったバルハイス村。
南側の防壁で待ち構えていた騎士や村人らが歓声を上げ始めていた。大峡谷の奥から、青い飛竜がこちらへと飛んでくるのを見つけたのだ。
「【キャスティング】」
竜が村の頭上を通り過ぎようとした時、女性の声が。
ほぼ同時に、六人の人影が飛竜の背から跳び降りてくる。
――【妖精の羽衣】!
最初に降りてきたのは、肩から鞄をかけた金髪セミロングの少女だ。ふわりと、防壁の上でホバーするように柔らかく着地する。
続いて降りてきたのは、赤いサイドテールをぱたぱたと靡かせた女性剣士。
さらに黒い短髪を横に流し、全身黒ローブを纏った黒魔導師。
対照的にプラチナブロンドの長髪をふわりと広げた、白ローブの白魔導師。
最期に、緑ローブをまとった二人の瓜二つの少年。
どちらもローブの端と、ややウェーブがかった自身の金髪とを押さえながら降りてきた。直後、片方は柔らかくにこりと、もう片方はニッを歯を見せて満面の笑顔を見せあう。
――わぁっと、防壁上と村の中で最大級の歓声が上がった。
「やったんですね、皆さん!」
「峡谷の奥で解決の救難信号が上がったので、全てが終わったのがわかりましたよ!」
「よく無事に帰ってきてくれました!!」
群がってきた騎士達や村人らにもみくちゃにされながら、やや困った笑顔で応対していく六人。
「――マナヤさんっ!」
と、人ごみをかき分けて三人の男女が姿を現す。
「おっ、カルにジェシカにオルランさんじゃねーか。無事だったんだな!」
「これはこっちの台詞ですよマナヤさんっ! 私達、ずっと心配してたんですからね!」
「あなたがたのことですから、大丈夫だろうとは思っておりましたが。肝を冷やしてはいたのですからね」
涙目になって感極まっているジェシカと、苦笑しつつも目が潤みかけているオルランが駆け寄ってくる。
その後ろから、カルも赤らんだ目でマナヤ達の前に進み出た。
「……よかった、マナヤさん。それにみんなも、見たとこ全員無事に――」
と、人数を数えていたカルの顔と動きが硬直する。彼の視線は、テオの姿を捉えてフリーズしていた。
「……へ? あれ?」
「えっ? テオ、君? えっ、だって」
「……待て。人数が一人多いぞ。なぜマナヤさんらしき人と、テオ君らしき人が別々にいるのだ?」
ジェシカとオルランもテオに目をやって狼狽。おたおたしながら、テオとマナヤへ交互に指さし疑問符を顔に浮かべている。
それを見ていたシャラとアシュリーが、ぷっと噴き出す。ディロンとテナイアも顔を見合わせて微笑んでいた。
「あー、話すと長くなるんだが……」
「えっと。簡単に言うと、マナヤは自分自身の体を手に入れたんです」
ニヤニヤと思わせぶりな笑みを浮かべるマナヤの脇で、テオが進み出て軽くそう説明。
カルたちのみならず、周囲の一同も硬直した。先ほどまでの歓声が嘘なほど、静けさに包まれる。
「――ええええええええ!?」
一泊置いて、今度は驚愕の絶叫が村全体を揺らした。
***
夕刻。
「お待たせしました、皆さん!」
石を積み上げて造られた小屋の扉が思いっきり開かれ、底抜けに明るい声が飛び込んでくる。
ちょうど食事中だったマナヤ達四人は、ギョッとしてそちらへ振り返った。
「へっ!? ら、ランシック、様?」
その姿を見て、慌てて口の中のものを呑み込んだマナヤ。
「ランシック・ヴェルノン! ようやく参上いたしました! 皆さんなにごともなさそうで何より!」
「ランシック様、仮にも重症者が休んでいる施設です。騒がしくするのは控えるべきかと。――失礼いたします」
当然ながら入ってきたのは、ヴェルノン侯爵家の長子ランシック・ヴェルノンだ。彼の後に続いて、騎士服姿のレヴィラもツッコミを入れながら入室してくる。
隣室で寝具に横たわっているテナイアの食事を手伝っていたディロンが、急ぎ足でやってきた。
「失礼ランシック様、出迎えも――」
「いえディロン殿、貴方はお気になさらずテナイア殿の看護を。……本当によく頑張ってくださいました、皆さん」
が、ランシックは手のひらで制すと柔らかい笑顔でこちらを労ってくる。
昨日この村に帰ってきたあと、六人は疲労困憊だったこともあってすぐ休むことになった。
一番状態が悪かったのは、意外にもテナイアだった。
彼女は自身への『増幅魔法』使いすぎで、体に相当な負担をかけていたらしい。椅子に腰かけた途端、気が抜けたのか立ち上がれなくなってしまったほどだ。
白魔導師の聖騎士にも体調を確認してもらい、しばらく安静にしていれば良くなるだろうとのこと。「ずっとやせ我慢をしていたのか、無茶をする」とディロンが落ち着かぬ表情で彼女に付き添っていたのが印象深い。
それで一同は、テナイアが回復するまでこの村に留まることになったのである。
「――皆様、本当に誰一人欠けることなく帰還されて何よりでした。……それから、私を救って頂いたことにも感謝を」
ランシックに続き、レヴィラも仄かに微笑みながら感謝の意を伝えてきた。彼女が理由なく聖騎士を殺したという嫌疑を晴らした件だろう。
「い、いえ、顔を上げてください! レヴィラさんを救いたい気持ちは皆一緒でしたから」
シャラが立ち上がり、深々と頭を下げているレヴィラを宥めようとしている。
「いえいえ、本当に全員一緒に生還してくださって良かった! こうやって四人と……おや?」
ランシックが笑いながら、テーブルの前で食事を摂っていた四人を見渡し、マナヤに目を止める。首を傾げているその様は、どこか芝居がかっていた。
「……ふむ。そちらがテオくんとマナヤくんでしょうから、こちらはきっとマオくんとテナカくんですかね!」
「そっちがテオで俺がマナヤです!! マオとテナカって誰ッスか!」
マナヤを真正面に見つめながら素っ頓狂なことを言うランシックに、思わず突っ込んでしまう。
「いやいや、なにせ元から〝替わり芸〟をお持ちのお二人でしたからね! なんなら二重人格ごと増える〝増やし芸〟の一つや二つ編み出したって不思議ではなさそうでしたし! 羨ましい妬ましい!」
「増やし芸って何!? つーか、ランシック様は驚いてないんスか!?」
「村の方々から先にお聞きしましてね! いやあ勿体ない、どうせならワタシもネタバレを食らわずに初見で驚きたかった!」
カラカラと笑いながら言うランシックに、マナヤは何か妙に脱力してしまう。くすくすとアシュリーやテオ、シャラが笑っている。
しかしそこへ、開きっぱなしの入り口から重厚な声が。
「――ランシック。そろそろ余にも、挨拶をさせてはもらえぬのか?」
「これは失礼いたしました聖王陛下。どうぞ」
にわかにランシックが姿勢を正して、額に人差し指を当てるデルガド聖国流の一礼を。流れるようにレヴィラもその後に続く。
入り口から、豪奢な衣装を纏った若者が入室してきた。
四角い布を隙間を空けて縫い合わせてある、この国特有の頃も。その布一枚一枚に金色の刺繍が施されており、隙間にも色とりどりの毛が飾られている。正式な〝聖王〟の衣装だ。
その彼の両脇と後ろを守るように、四人の聖騎士も付き従っている。
「……ラジェーヴでん……いえ、聖王陛下」
殿下と言いかけて、マナヤはすぐに修正する。
ラサムが……ラジェーヴが暫定的に聖王の立場を得たことは、当然知っている。聖王という立場の人間が、その日のうちにこの村まで駆けつけてくるとは思わなかった。いくら『邪神の器』を倒したからとはいえ。
テオとシャラ、アシュリーも席を立ち、跪いて額に人差し指を当てようとした。
しかしラジェーヴはそれを手のひらで制す。
「良い。そなたらは我が国が認定した『聖者』であり、かの『邪神の器』を滅した大英雄でもあるのだ。楽にせよ」
「そういう、わけにも……」
「面を上げよマナヤ」
礼のポーズをとったまま応答するマナヤに、ラジェーヴは一層語気を強めて言い放つ。以前にもまして、ラジェーヴは王族の風格を身に着けているようだ。
雰囲気に押されて顔を上げ、マナヤは軽く目を見開いた。
彼が、とても寂しそうな顔をしていたからだ。少しばかり、『ラサム』だった時の雰囲気が見え隠れしている。
「我が国を救ってくれた英雄殿がお疲れの時にまで、堅苦しい思いはさせたくはない。余がこの場に来たのも、そなたらを労いたかったがゆえだ。楽にせよ。――ディロン・ブラムスとテナイア・ヘレンブランドも同様だ」
と、ラジェーヴは隣室の入り口へ顔を向ける。
いつの間にかそこに、ディロンとテナイアが跪いていた。ディロンに支えられてはいるが、テナイアはまだ辛そうだ。
おずおずと、マナヤが立ち上がる。それに伴い、ディロンとテナイア含め全員が腰を上げた。
顔を上げたテオとマナヤを交互に見やって、ラジェーヴは堪えきれぬといった様子で苦笑。
「本当に、分離したのだな。そうやってそなたら二名が横に並んでいるとは、不思議な光景だ。……そして、祝福しよう。マナヤ・サマースコット」
「……へ? えっと、祝福、とは?」
「そなたがそなたとして生きられることに、だ」
柔らかい笑顔を見せるラジェーヴ。
彼の表情を見て、マナヤはじんと胸の奥が熱くなるのを感じた。改めて、自分自身の体を持てたことの喜びがこみ上げてくる。
ラジェーヴは表情を引き締め、ディロンと彼に寄りかかっているテナイアの方へ目をやる。
「そなたらも、遠慮せずにそちらの寝室で休まれるがよい。テナイア殿はまだ体調が優れぬのであろう」
「……感謝いたします、聖王陛下」
「いや。そなたらもよく戦ってくれた。今はゆるりと休まれよ。回復した後、改めて礼を述べさせていただきに来る」
ディロンとテナイアが一礼。
そしてディロンに支えられながら、テナイアは寝具のある隣室の奥へと消えていった。
「そして、こちらの聖者四名。テオ・サマースコット、シャラ・サマースコット、マナヤ・サマースコット、アシュリー」
改めてラジェーヴは、机の前に残ったマナヤ達四人に向き直る。
「我が国を……ひいては、この世界を守ってくれたこと。デルガド聖国を代表し、感謝の意を表したい。そなたらの名は、我が聖国の歴史に未来永劫語り継がれることとなろう」
ラジェーヴの周囲にいる聖騎士四名が、額に人差し指を当てて頭を垂れてくる。
狼狽えるマナヤ達四名だが、何か言う前にラジェーヴがさらに畳みかけてきた。
「ならびに、我が母である前聖王の悪政を暴く手伝いをしてくれたことにも、感謝を述べたい。そなたらのおかげで、我がデルガド聖国は正しき道へと戻ることができよう」
「……質問しても?」
「無論だマナヤ。許可を得る必要はない。それで?」
「前聖王陛下の処遇は?」
それを訊ねると、顔を引き締めたラジェーヴ。
「聖城のもっとも厳重な部屋に幽閉している。あの部屋へ向かうには、警備の厳重な余の執務室を通らねばならん。脱出することも、何者かが侵入することも最も困難な部屋だ。今後、あの者は生涯をあの部屋で過ごすことになろう」
要するに、終身刑だ。
あまり後味は良くないが、親子が殺し合わずに済んだだけまだ良かったのだろう。
「それは……良かった」
自分と同じような道に進まずに済んだことに、マナヤは思わず笑顔を浮かべてしまう。ラジェーヴも同じような笑顔でマナヤを見つめ返した。
そんな中……
「……」
「……?」
テオが妙にそわそわしている様子に気づく。
マナヤが疑わし気にそちらへ目を向けると、『大丈夫』と言わんばかりに両手を振るテオ。追求しようとしたが、その前にラジェーヴが話題を変えた。
「さて、余はそろそろ暇を。そなたらと話をしたいという者達で、あとが閊えているのでな。――通せ」
ラジェーヴが背後へ目くばせすると、後ろの聖騎士が頷いて入り口の扉を開いた。
「あ……」
アシュリーが思わず声を漏らしていた。
開いた扉の向こうに待ち構えていたのは、四組の壮年の男女。
(ディロンとテナイアの両親……)
いつだかセメイト村でディロンたちと口論をしていた、あの二人の両親たちだ。
こちらと目が合うと、両親達四人は少々申し訳なさそうに眉を下げる。
(なんでこいつらが、ここに?)
コリンス王国に居るはずのこの四人が、なぜこの場に来ているのか訝しむマナヤ。しかし……
「――それでは、余はこれで失礼する」
と、ラジェーヴはさっさと衣を翻して部屋をあとにする。入り口あたりに立っていた四人は、デルガド聖国式で一礼し道を空けた。
ランシックとレヴィラも、ラジェーヴの後に続いて退室しようとする。
「あっあの、ランシック様!」
そこへテオが急に声を上げた。呼び止められたランシックが優雅に振り返る。
「その。陛下のこと、よろしくお願いします」
「――はい、承りました。テオくん」
意味深な笑みを浮かべ、ランシックは頷いて退室していった。
「テオ、どういうこと?」
「……大丈夫。気にしないであげて」
「?」
シャラが不思議そうに小声で問いかけるが、テオはテオで曖昧に微笑んで見せるばかり。シャラはますますわからなくなって首を傾げてしまう。
「――救世主どの」
入り口の扉が閉まった後、両親達四人を代表してディロンの父親が進み出てきた。
戸惑い気味に顔を見合わせるマナヤ達の前で、彼は胸に右手を当て深々と頭を下げてきた。
「かつてセメイト村で、救世主どのらを蔑む発言をしてしまったこと、心よりお詫び申し上げる」
その言葉を合図に、ディロンの母が、そしてテナイアの両親も同じ動作で頭を垂れた。
(なんだこいつら、調子のいいこと言いやがって)
思わず胸にしこりを覚えるマナヤ。
かつてこの者達は、マナヤ達を護衛してくれているディロンとテナイアを『子どもの護衛などという閑職に追いやられた』『子どものために命を投げ出そうとしている』などと言って連れ戻そうとしていた。あまつさえ、マナヤ達が大事にしているセメイト村を小馬鹿にするような発言もしていたのだ。
マナヤ達が成果を挙げたから。まさに世界を救った英雄になったから、今さら手のひらを返そうとしている。そのことに内心腹がカッカとしてきてしまった。
文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた時。
「マナヤ」
突然マナヤの両肩に、左右から同時に手が置かれる。
振り返ると、右からテオが、左からアシュリーが自分の肩を掴んでいた。どちらもマナヤの怒りを察したようだ。
「気持ちはわかるけど、抑えなさい」
「落ち着いて。この人たち、本当に自分のことを恥じてるみたいだから」
アシュリーが小声で、続いてテオも両親四人のことを気にしながらそう囁く。アシュリーの顔を見た時点で、怒りが引っ込んでいくのがわかった。小さくため息をついて、一歩下がる。
代わりにテオが前に進み出て、目の前で首を垂れる四人に優しく語りかけた。
「僕達のことなら、お気になさらず。わかって頂けたなら、それで十分です」
「し、しかし」
「それよりも、ディロンさんとテナイアさんとお話をしてあげてください。あのお二人は、僕たちを最後まで守ってくださいました」
「……」
テオがそう伝えたところで、両親四人は頭を上げながらも居たたまれない様子で顔を見合わせていた。
こちらに引け目を感じているというのもあるだろうが、何より自身らの息子や娘への罪悪感が強いのだろう。だから、こうやって訪れたはいいが面と向かって話をするのを恐れているのだ。
「僕達がこんなことを言うのも、生意気だと思われるかもしれません。でも……親と子は、仲直りするべきだと思うんです」
「……テオ殿」
「もう、話すらできなくなってしまうことだってあるんですから。僕達と両親がそうであるように」
その言葉に、両親たちは息を呑んだ。
「ディロンさんとテナイアさんは、そちらの寝室にいらっしゃいます。あとは、家族だけでお話してください」
「……痛み入る。申し訳ないが、そうさせてもらおう」
テオが指さした部屋の入口に向かって、四人はおずおずと歩き始めた。そんな引け腰の様子に、マナヤもすっかり毒気を抜かれてしまう。
「――ひとこと、いいですかね?」
そこへマナヤが口を挟んだ。
テオら三人がぎょっとする中、彼はしかし三人を安心させるように目くばせする。そして足を止めた両親たちにもう一度向き直った。
「納得しきったわけではないんですがね。あなたがたが誠意をもって謝罪をしに来たことは、わかりました。その上で、これだけ言っておきたいことがあります」
「……それは?」
「あの二人は、俺達の知る限り一番素晴らしい大人です。そんなお二人を育てたのは、あなたがただ。その点には心から感謝してます」
両親達四人が、目を見開いた。驚きの表情で、穴が空くほどマナヤの顔を見つめ返してくる。
これはマナヤの本心だった。
自分がまたしても死んでしまった時、ディロンは自らの命をもって自分を救ってくれようとした。テナイアも、夫を失ってしまうのを承知の上で蘇生魔法を使おうとしていた。
だからこそ……
「そんなあのお二人の仲を、親であるあなたがたも認めてほしい。あなたがたからも二人に幸せを与えてあげて欲しい。それだけです」
あの二人にも、ちゃんと報われてほしかった。
ディロンとテナイアの母親達が、目に涙を浮かべているのが見える。気まずくなったマナヤは顔を背けた。少し、らしくなかったかもしれない。
両親達四人が、ディロンとテナイアの寝室へと入っていく。
「――さ、あたし達もそろそろ休みましょっか」
そこへ、アシュリーがマナヤの手を取り明るく告げる。
「そうだね。さすがに、僕ももうヘトヘトだし」
「私も。あっ、お皿洗わないと――」
「ううん、大丈夫じゃないかな。テナイアさんのぶんの料理も残しておいてあげないと」
テオとシャラも、気分を変えるように会話を交わし始める。そんな彼らの様子を見つめて、マナヤはさらに照れ臭くなってしまいガリガリと頭を掻いた。
「ほらマナヤ、こっち」
「わかった、わかったって」
ニコニコしながら手を引っ張ってくるアシュリーに、マナヤは諦めて従った。
***
「――父上、母上」
「お父様……お母様」
ディロンとテナイアの寝室では、親子らが向かい合っていた。
まだ寝具に横たわったままのテナイアと、その傍らに屈んでいるディロン。そんな二人の前に、両親らが落ち着かぬ様子で進み出てくる。
「……大事ないか、テナイア」
「はい、しばらく休めば良くなります。お父様」
「そうか」
口火を切ったのはテナイアの父親だったが、すぐに会話が終わってしまう。居心地の悪い沈黙が両者の間に漂うも、今度はディロンの父親が面と向かって切り出した。
「ディロン。テナイアくん。……すまなかった」
「父上。それは、何に対する謝罪でしょう」
ディロンはあくまで無表情にそう問いかける。
目を伏せつつ、彼の父親は言葉を続けた。
「お前たちの職務を、見下してしまったこと。セメイト村のことを見下してしまったこと。そして……」
「そして?」
「……あの者達を、『子ども』と見くびってしまっていたことだ」
彼の返答を聞いて、少しだけ考え込んだディロンは再度父親に問いかけた。
「なぜ心変わりしたのか、理由を聞いても?」
「お前たちが我々に見せただろう。セメイト村の素晴らしさを説く、マナヤ殿やシャラ殿らの姿を」
「なんですって?」
「……そのつもりで、見せたのではないのか? 聖王陛下に向けたのであろう、瘴気にまみれた聖騎士を尋問する姿と、その後セメイト村を賛美する映像を我々も受け取ったのだが」
「それを受け取ったのは、どこで?」
「もちろんコリンス王国の王都にある、我々の屋敷だ」
思わずディロンはテナイアと顔を見合わせる。
前聖王を失脚させるため、そういう映像を『千里眼』で聖都へ送りはした。だが、コリンス王国にまで送ったつもりはない。
まさか、無意識に両親にも送ってしまっていたのだろうか。
「――救世主どのらの、覚悟のほどを見せつけられた。どれほどの思いと覚悟を背負って、彼らは『戦って』いるのか」
「……父上」
「だからこそディロン、私達はお前に謝りたかった。そして、テナイアくんにも」
唇を噛んでいる、ディロンの父親。
そこへ、テナイアの父親も一歩進み出てくる。テナイアと目が合った。
「テナイア。ディロンくん。……あの者達は、素晴らしい心根の持ち主だ。君達は、だからこそ彼らを守護していたのだな」
「お父様……」
「お前たちの職務は、尊いものだった。それがわからなかった我々は、愚か者だ。……本当に、すまない」
本当に恥じるように、ディロンの前でコリンス王国式に一礼してくるテナイアの父。
そこへ、テナイアの母親も二人のもとへと寄る。
「ディロンさん。……テナイア。あなたたちが無事で、本当に安心しました」
「義母上」
「お母様」
目に涙を浮かべている彼女に、ディロンとテナイアも戸惑ってしまう。
そこへなおも、声を少し震わせながらテナイアの母親は謝罪の言葉を重ねた。
「それから……貴女たちが離れた方が良いなどと言ってしまって、ごめんなさい」
「義母上、それは」
「ディロンさん。私はさきほど、マナヤさんに諭されたのです。貴方がたにも、親として幸せを与えて欲しいと」
「マナヤが?」
「もう、私は何も口出しをしません。……テナイアのことを、これからもお願いします。ディロンさん」
と、テナイアの母も二人に首を垂れる。
続いて進み出てきたディロンの母親も、すぐにそれに倣った。
「ディロン。テナイアさん。今後私達は、何があろうと貴方たちを後援しましょう」
「……母上」
「子を成せないからと、貴方たちを責めるつもりもないわ。本当にごめんなさい……幸せになってね、二人とも」
慈しむような目で、しかし涙を零しながらもそう伝えるディロンの母。
テナイアが感極まって、しゃくりあげてしまう。ディロンも小さく俯き、何かを堪えるように瞼をゆがめた。
「ディロン。テナイアくん。我々はしばし、この村に滞在することにした」
「……父上。しかし、王都は?」
「元より我々は、お前たちを後援……特にテナイアくんの看護を援助するという名目でこちらに来ている。何も問題はない」
と、揺れる瞳でディロンをまっすぐ見つめ返してきた彼の父親。
ぽん、とディロンの肩に手を置いてくる。
「時間は、たっぷりある。……話を聞かせてくれ。救世主どのらのこと。そんな彼らを守ってきた、お前たちの戦いのことを」
しんみりとした空気が漂う中……
久しぶりに、心が離れた家族がその絆を取り戻していた。




