249話 大峡谷 召喚師達の決着
バルハイス村。
「【ストラングラーヴァイン】召喚、【強制隠密】、【行け】!」
カルが手をかざした先から、蔦が複雑に絡みついた樹木のようなモンスターを召喚。即、それに強制隠密をかけて『敵モンスターに狙われない』ようにする。
(これで、六体!)
カルは、今しがた召喚したストラングラーヴァインの左を見やる。
そこには、同じ樹木状のモンスターがずらりと並んでいた。今召喚したものを合わせて、計六体。
全てカルが召喚したものだ。六体のストラングラーヴァインが隙間なく横一直線に並べられ、壁のようなものを作り上げている。
(視点変更!)
カルが目を閉じ、目の前にある樹木状モンスターへ視点を移す。
すると、そのストラングラーヴァインが何もない虚空に狙いを定めているのがわかった。
(そこにいやがるのか、スター・ヴァンパイアが!)
モンスター視点に切り替えた召喚師は、そのモンスターが『狙っている先』を知ることができる。
人間と違い、モンスターは透明化した敵モンスターの位置を第六感のようなもので認識することが可能だ。モンスター視点に切り替えれば、錬金装飾に頼らずとも透明モンスターを発見することは難しくない。
もっとも、戦闘中にいちいち視点を変更しなければならず忙しくはなるが。
「――【時流加速】」
と、前方の離れた位置で立っている、黒い瘴気に覆われた聖騎士召喚師が呪文を。
途端、スター・ヴァンパイアがいた虚空に時計盤のような魔法陣が出現した。敵が自らのスター・ヴァンパイアを倍速化させているのだ。
(甘いな! スター・ヴァンパイアが通るだろう道は、もう見切った!)
しかしカルは慌てない。
いくら敵が召喚獣を加速させようが、もう彼はモンスターの挙動を知り尽くしている。あの地点からどういう軌道でスター・ヴァンパイアが迫ってくるのか、簡単に予測できる。
「【戻れ】」
カルは自身の全召喚獣にそう命じ、視点変更を解除して目を開いた。
少し立ち位置を変え、ストラングラーヴァイン六体でできた壁の裏に隠れる。
(俺のストラングラーヴァインは、強制隠密がかかった上に『戻れ』状態になった。敵モンスターの標的にされることはない!)
カルはこうやって、このストラングラーヴァインを『障害物』のように使っている。有利な地形を自ら作り出す作戦だ。
スター・ヴァンパイアは浮遊しているが、能動的に空を飛ぶことはできない。ゆえに、ストラングラーヴァインの壁の上を飛び越えることはできない。
一番端に配置したストラングラーヴァインに手をかざし、敵を待ち構える。
「……今だ! 【野生之力】、【行け】!」
タイミングを見計らい、最端のストラングラーヴァインに魔法をかけた。
緑色の閃光がその樹木状モンスターを取り巻く。
直後、ストラングラーヴァインが閃光に包まれた蔦を振るった。
その隣にいるもう一体のストラングラーヴァインも同時に。
虚空を薙ぎ払った蔦二本は、透明なスター・ヴァンパイアを同時に打ち据えた。
――猛烈な轟音、そして震える周囲の空気。
一瞬でスター・ヴァンパイアは倒され、魔紋が残った。
「見たか! 【封印】!」
ガッツポーズを取りつつも、カルはすぐさまその魔紋を封印した。
紋章が宙に浮かび上がり、粒子となってカルの手のひらへ吸い込まれていく。
野生之力は、自身が出した生物モンスターのHP合計に比例して対象モンスターの攻撃力を強化する。
生命力の高いストラングラーヴァインを六体も使い壁を作っていたカルは、野生の力で対象モンスターの一撃の威力を数倍に高めることができる状態となっていた。
その野生之力を、スター・ヴァンパイアの通り道にいるストラングラーヴァインにかける。そしてスター・ヴァンパイアがその個体とその隣の個体両方に隣接した瞬間を狙い、『行け』命令を下したのだ。
野生之力で数倍になったストラングラーヴァインの攻撃だが、一撃でスター・ヴァンパイアを倒すには少しだけ威力が足りない。
だがその僅かに足りないダメージを、隣のストラングラーヴァインも攻撃に参加させることで補ったのだ。それで敵スター・ヴァンパイアは一撃でHPをゼロにされ倒されてしまった。
マナヤに教わった、ワイルド・ワンショットと呼ばれている戦法。それをカルなりに応用したのである。
「――【ヴァルキリー】召喚、【電撃獣与】」
それを見ても無表情な敵召喚師が、今度は戦乙女を召喚した。
「また上級モンスターか! ったく、モンスターの質に差がありすぎるだろ!」
愚痴るカルだが、内心はそこまで慌てていない。
実際問題、カルは相手と違いさして上級モンスターを持っていない。最上級モンスターとしてワイアームを持っているが、それは先ほどの敵スター・ヴァンパイアに撃墜されてしまった。他にカルが持っている上級モンスターといえば、スレシス村の戦いで手に入れた四大精霊くらいだ。
しかしそんなことは関係ない。この布陣ならばヴァルキリーにも十分対処できる。カルにはその確信があった。
「――【行け】」
「【戻れ】!」
敵召喚師がヴァルキリーを突撃させるが、対照的にカルはストラングラーヴァイン達に撤退命令を。
ストラングラーヴァインは動けないのだが、『戻れ』と命じておけば勝手に攻撃することも敵に攻撃されることもない。強制隠密がまだ効いているからだ。
電撃を帯びた槍を構えた戦乙女。
そのヴァルキリーは、蔦の壁左端からカルのいる側へ回り込んで来ようとする。
「そこだ! 【野生之力】【行け】!!」
左端のストラングラーヴァインにヴァルキリーが接触した瞬間、カルがそちらに野生之力を。そして先ほど同様、強化された個体とその隣のストラングラーヴァインが同時に蔦をヴァルキリーに振るう。
轟音と共に、またしても一撃でヴァルキリーは沈んだ。
「よし! 【封印】!」
残った魔紋をすぐに封印するカル。
ヴァルキリーが出ても余裕だったのはこのためだ。六体いるストラングラーヴァイン、そのどれか一体に『野生之力』をかけるだけで、大抵の上級モンスターを一撃必殺できる。中級モンスターまでしか使えなくても、上級モンスターの群れを処理できる戦術だ。
ヴァルキリーを援護するために近づいてきていた敵召喚師が、たたらを踏む。
「ここで決めるしかないっ! 【ピクシー】召喚、【時流加速】【行け】!」
好機とみたカルは、宙に浮かぶ小さな妖精のようなモンスターを召喚。
時流加速をもかけて命令を下した。
虫のような四枚の翅を羽ばたかせ、異常な速度で相手へと肉薄していくピクシー。
精霊系の中級モンスター『ピクシー』の攻撃方法は、精神攻撃。音波を発し、それを近距離で聴いた者のマナを削るというものだ。
狙うは、瘴気を纏った聖騎士召喚師。
「――【砲機WH-33L】召喚、【行け】」
対する敵将間師は、無表情で小さな戦車を召喚。
人間の胴体程度の大きさであるその小型戦車モンスターは、砲塔をピクシーへと向けた。
機甲系の中級モンスター『砲機WH-33L』。
マナを持たない機械モンスターであり、ピクシーが放つ精神攻撃が効かない。ピクシーにとっては、最悪の相手だ。
「そう来るだろうと思ったよ! 【衝撃転送】!」
が、カルはニヤリと笑い、ピクシーに補助魔法をかける。
橙色の光がピクシーを、そしてカル自身の身体をも覆った。
砲機WH-33Lの攻撃が、ピクシーを撃ち抜く。
「ぐっ」
が、よろめいたのはカルの方だった。ピクシーには傷一つついていない。
(WH-33L程度なら、俺が食らってもそう効かないぜ!)
と、痛みに顔を歪めつつもほくそ笑むカル。
衝撃転送は、対象モンスターへの攻撃を召喚師自身に転送する魔法だ。モンスターを守るために召喚師が犠牲になるなど本末転倒だが、重要な召喚獣を倒されぬようにするためにはそれなりに役に立つ。
空を飛べるピクシーは、その耐久力の無さが最大の弱点だ。対空攻撃ができる射撃モンスターの攻撃を受ければ、あっさり倒されてしまう。
だが、砲機WH-33Lは攻撃力自体はさして高くない。なので衝撃転送をかけて召喚師が肩代わりしても大した損害にはならないのだ。
「おまけに、『ドMP』でマナも溜まるしな! 【ガルウルフ】召喚、【行け】!」
カルが次に召喚したのは、灰色の狼。
精霊系の下級モンスター、ガルウルフ。下級モンスターの中ではもっとも攻防のバランスに優れているので、攻撃力の低い中級モンスター程度ならば返り討ちにすることができる。
その灰色狼が地を駆ける。
あっという間に敵の砲機WH-33Lへたどり着き、爪を立て始めた。
「――!」
そんな中、瘴気を纏っている敵将間師が頭を押さえふらつく。
彼の頭上に迫ったカルのピクシーが、音波を発したのだ。
(ピクシーは『判断速度』が最速だからな!)
これがカルの狙いだ。
召喚獣は原則として、もっとも近くにいる敵を狙うようになっている。普通ならばピクシーは、敵将間師よりも敵の砲機WH-33Lを優先的に狙うはず。そちらの方がピクシーに近いからだ。
だが、召喚獣は何度か敵に攻撃した後、『攻撃が効いてない』と判断し別の敵を狙うようになる。そう判断を変える速度はモンスターによって異なり、頭の悪いモンスターだと攻撃の効かない敵ににも延々と攻撃し続けてしまう。
しかしピクシーはヴァルキリーと同様、異常なほど『判断速度』が早いモンスターだ。
攻撃する前から『砲機WH-33Lに精神攻撃は効かない』と察した。なので攻撃対象を他の敵……つまり、二番目に近くにいた敵召喚師へと切り替えたのである。
カルは、マナヤによってモンスターの『ステータス』を散々丸暗記させられた。今では、条件反射的に召喚獣の判断速度を思い出せるようになっている。
「【火炎獣与】!」
マナが少しだけ回復したカルは、すぐにガルウルフに魔法をかけていた。
ガルウルフの爪が炎を纏い、敵の砲機WH-33Lを切り裂いた。炎は機械モンスターの弱点であるし、機械モンスターの動きを止める『過熱』という状態異常を引き起こすこともできる。機械モンスターを相手にするのに最適の獣与魔法だ。
「――」
それに対して、敵召喚師は何もできない。頭上のピクシーが音波を放っているせいでマナが削られ、対処するのに必要なマナが回復しないのだ。
ピクシーによる速攻、マナヤから教わった『召喚師同士の戦い』における定番戦術の一つである。
そしてついに、敵の砲機WH-33Lが破壊される。
今、敵召喚師は召喚獣を全て倒され追加で召喚することもできない。完全に丸腰な状態だ。
「よし! 今です、騎士さーん!!」
カルは、自身の後方にある村の防壁に向かって叫んだ。
トドメだけは、『殺し』に慣れた者達に任せろ。貴族令息であるランシックから、そう念を押されていたからだ。
防壁の上でこちらを伺っていたであろう、弓術士の騎士が弓を構えたのが遠目に見える。
「っ!? な、なんだ!?」
が、視線を敵召喚師に戻したカルは状況に気づく。
敵召喚師が苦しそうに倒れ込んでいたのだ。その体に取り巻かれている瘴気が不気味に蠢き、徐々に膨れ上がっていく。
気づけば、カル達のモンスターも攻撃を辞めてカルの方へ振り向いていた。『倒すべき敵はもう居ない』ことを示す挙動だ。
――ブワァッ
突如、敵召喚師の身体から膨大な瘴気が噴き出す。
敵召喚師の身体から全ての瘴気が抜けていったのだ。まるで解放されたかのように、召喚師の聖騎士がその場に崩れ落ちる。
空中へ立ち昇った瘴気。
それは数秒ほど蠢いた後、弾けるように霧散した。
「……あっ! お、おい、大丈夫か!」
しばし茫然としていたカルだが、慌てて先ほどまで戦っていた召喚師の聖騎士に駆け寄る。
カルの召喚獣が反応していない以上、もう彼は敵ではないはず。正気に戻れたのか、と少し期待してカルは聖騎士の体を起こそうとした。
「……」
が、うつ伏せに倒れた聖騎士の上半身を起こしたカルは押し黙る。
聖騎士の身体は、もう冷たくなっていた。
鼓動はまったく伝わってこず、四肢はだらりと垂れ下がっている。もともと理性を全く感じさせなかった眼も、完全に白目を剥いている状態で見開かれていた。
「――か、カルさん!」
「カル!」
と、そこへ二人の人物が駆け寄ってきた。
別の場所で、それぞれ瘴気を纏った聖騎士と戦っていたカルの同胞だ。
「……ジェシカ。オルランさん」
「カルさん! もしかして、その人も……?」
「ああ。……やっぱり、瘴気に冒された時点で既に死んじまってたんだろうな」
緑髪の女性召喚師ジェシカの問いかけに、カルは目を伏せながらそっと聖騎士の身体を横たえた。
「私が戦ってた召喚師の聖騎士さんも、同じでした。突然苦しみ出して、瘴気が抜けていって……」
「ああ、こちらもだ。もしかしたら救うことができたのか、と少し期待したのだがな」
ジェシカが寂しそうに俯き、オルランも顔を伏せながら嘆く。
自分達が殺したわけではない。
だが、先ほどまで生きた人間と同じように動いていた彼らが『既に死んでいた』などと、なかなか受け入れることができなかった。いくら、彼らの目に最初から生気が宿っていなかったとしても。
「――召喚師の方々ー! モンスターの増援が止まりましたー!」
と、そこへ防壁からの大声が届く。
弓術士の騎士が、こちらへ向かって手を振りながら報告してきたのだ。
「……そうか。マナヤさん達、やってくれたんだな」
鼻をすすりながらカルは立ち上がる。
マナヤ達が、『邪神の器』を滅ぼしてくれたのだ。だからこそ、際限なく湧いてでてきていたモンスターの波が途切れた。聖騎士達から瘴気が抜けていったのもきっとそのためだろう。
唇を噛み、カルは背後の二人へ振り向く。
「……落ち込んでても仕方ない! モンスターの増援は止まったんだ、あとは残っているモンスター達を倒そう!」
「……はい!」
「そうだな」
神妙な表情になったジェシカとオルランも、頷いてきた。
ガラガラと、カル達の前方と左右を囲っていた岩の壁が崩れていく。
カル達と瘴気に冒された聖騎士たちとの戦いが他の野良モンスターに邪魔されないよう、今まで建築士が壁で自分達と聖騎士らを隔離してくれていたのだ。
壁が崩れた奥から、野良モンスター達が迫ってくる。
「もうひと踏ん張りだぜ、二人とも!」
カルが吼え、雄々しく野良モンスター達を睨みつけた。




