248話 邪神の器 最期
激痛と頭の中の苦痛に、テオは再び地面に沈む。
「テ、テオ逃げてっ!」
〈テオさん! 【レメディミスト】【ライシャスガード】!〉
シャラが同じく、上体だけ身を起こしながら叫んでくる。
テナイアも治癒しつつ結界で援護してくれたが、おそらくそれだけでは『邪神の芯』による攻撃を防ぎきれない。
「【クルーエルスラスター】! ……く!〉
ディロンが衝撃魔法と精神攻撃魔法の同時発動で吹き飛ばそうとしていた。
しかし『邪神の芯』はそれを強引に突っ切り、なおもテオへ迫る。
――ガッ
突然その背後から、何かが『邪神の芯』へ一撃を加えた。
邪神の芯が振り向く。
その視線の先にいたのは、人間大の巨大カマキリ。
先ほどテオが、ドゥルガー召喚直後に追加で召喚していたリーパー・マンティスだ。とはいえ、瘴気バリアに遮られ『邪神の芯』には傷一つついていない。
だがおもむろに鎌の一つを振り上げた『邪神の芯』。
それが一瞬で振り下ろされ、リーパー・マンティスへと一撃。
あっけなく、リーパー・マンティスは真っ二つに斬り裂かれた。
「う、く……!」
テオは何とか身を起こし、手をかざそうとする。
ドゥルガーが『邪神の芯』に追いつき、なんとかそれを抑え込んでくれていた。だが補助魔法の援護なしでは勝ち目がない。テオの仕込みも、まだ効果が出るまでには時間がかかる。
「テオ! 【リベレイション】!」
なんとかシャラが、傷ついた身体で錫杖を振るった。
しかしそれに合わせ――
――ドンッ
再び、『邪神の芯』が全身から衝撃波を放つ。
その衝撃波がシャラのリベレイションを相殺。それは同時に、至近距離にいたドゥルガーの全身甲冑をも砕いていた。
「う、ごけ……!」
なおもテオは、体がうまく動かない。
全身の激痛は治まってきたものの、魂にさらに瘴気が侵入してきているのがわかった。頭の中に鈍痛と圧迫感が渦巻き、体を動かすこともままならない。
――バシュウ
やがて、ドゥルガーが倒され魔紋へと還る。
次なる砕くべき相手を求め、『邪神の芯』はテオへ向き直った。
「……ああああああっ!!」
自身に喝を入れるように、テオが絶叫。
勢いに任せ、苦痛を無視してなんとか立ち上がる。
「――テオ!!」
シャラの悲痛な声。
見上げれば、『邪神の芯』はもう目の前に迫っていた。
六本の鎌がテオへと伸びてくる。
「く――」
なんとか体を動かし、手をかざそうとするテオ。
しかし、間に合わない。
動きがスローモーションになったかのように感じる中、腕を上げるよりも鎌の方が速くテオへと近寄ってくる。
そして、それが到達しそうになる瞬間――
――ドガッ
テオの前に、巨大な金属の塊が割って入った。
(……え?)
樽のような、鈍い銀色の胴体。半球状の頭部。胴体の下から生えている車輪。
テオを守ったのは、待機させていたはずの鎚機SLOG-333だ。金属の全身に六本の鎌が突き立ち、あちこちから火花を上げている。それでもなんとか、『邪神の芯』の攻撃を受け止めきっていた。
(どうし、て……)
テオはまだ、鎚機SLOG-333に命令していない。
先ほど『待て』状態で待機させたまま、『行け』とも『戻れ』とも命じていなかったはず。こちらへやってくることなど、ありえない。
そもそも『行け』や『戻れ』と命じたところで、位置関係から考えれば『邪神の芯』に背後からぶつかるのみのはず。モンスターの挙動の都合上、わざわざテオと『邪神の芯』の間に割って入ってくることなどありえない。
(――!!)
刹那。
全身を鎌に貫かれた鎚機SLOG-333に、誰かの幻影が被る。
背を向けた人影だ。
青い髪で、深緑色のローブを羽織った男。
(ヴァスケスさん!?)
目を剥くテオ。
直後、ある考えが脳裏をよぎる。
この鎚機SLOG-333は、マナヤがヴァスケスとの一騎討ちの最中に奪ったもの。すなわち、ヴァスケスがずっと使い込んでいたと思われる個体だ。
まさか。
これを使い込んでいたヴァスケスの思念が、鎚機SLOG-333の中に残っていたというのか。
その残留思念とでも呼ぶべきものが、勝手に鎚機SLOG-333を動かしたのか。テオが命じてもいないのに勝手に動き、召喚獣ではありえぬ挙動でテオを庇ったのか。
(ヴァスケスさん、あなたが僕を助けて――)
ふと、その幻影が振り向く。
長い前髪で、目元が隠れて見えない。
しかしその口元が、心なしか弧を描いていたように見えた。
――バシュウ
直後、幻影が消え去り鎚機SLOG-333も魔紋へ還る。
「……っ! 【ドゥルガー】召喚っ!!」
奥歯を噛みしめたテオは、魂を冒される苦痛に耐えながら腕をかざす。
力を振り絞って二体目のドゥルガーを召喚。ヴァスケスが譲ってくれた方の個体だ。
「【時流加速】! 【行け】!」
さらに残ったマナで、ドゥルガーを加速。
突撃命令を受けたドゥルガーが、『邪神の芯』より疾く動く。
無数の剣を『邪神の芯』へと、あらゆる角度から振り下ろした。
対する『邪神の芯』は、それを迎撃するでもない。
全身を取り巻く瘴気バリアに任せ、自身はドゥルガーを仕留めるべく鎌をかざした。
――パキィィィンッ
瞬間。
乾いた音と共に、その瘴気バリアが一瞬にして全て砕け散る。
背後に背負っていた無数の瘴気の触手も掻き消えた。
今や、『邪神の芯』は完全に丸腰だ。
そのまま『邪神の芯』は、ドゥルガーの無数の剣撃で全身を切り刻まれる。
振り下ろした鎌は全て断ち斬られ、赤い血が舞った。
(やった!)
苦痛に顔をしかめつつも、テオは作戦成功を悟る。
ずっと気になっていたのだ。『邪神の芯』から噴き出した、あの赤い血が。
シェラドは、『邪神の器』とは邪神がこの地上に顕現するために作られたものだと言っていた。それはすなわち、この地上で生きていくために最適な身体を作っていたということだ。
この、元々は〝生物〟あふれる地上で。
だからこそ、赤い血を持っているのではないか。
青色や緑色の体液を持つ、スター・ヴァンパイア等の『亜空』の肉体とは違う。もちろん、機械モンスターの無機質な身体とも違う。
この『邪神の芯』は、『生物』であるがために赤い血を持っているのではないか。
(もしそうなら、十三告死が効くって信じてた!)
そう、テオが用意していた切り札は、十三告死。
あの時テオは、一体目のドゥルガー召喚直後にリーパー・マンティスを追加で召喚。そして密かにそれに十三告死をかけておいたのだ。
十三告死は、生物の召喚獣に特殊な病魔を植え付ける魔法。感染後、十三秒でマナを一瞬でゼロにしてしまうという効果を発揮する病魔だ。そしてこれは、他の生物に接触感染する。
そんなリーパー・マンティスを切り裂いた『邪神の芯』は、斬撃で直接斬ってしまった。斬撃で攻撃する瞬間だけは、瘴気のバリアは張られていない。だからこそ、攻撃の時だけは直接〝接触〟したことになる。
結果、『邪神の芯』は十三告死に感染してしまった。
あとは十三秒待つだけ。それだけで、『邪神の芯』のマナが完全に枯渇する。
マナを削るという『精神攻撃』で剥げる瘴気バリアであれば、同じくマナをゼロにする効果で瘴気バリアを消し去ってしまえる。
「――シャラっ!」
「【シフトディフェンサー】!」
――【安定の海錨】!
――【安定の海錨】!
――【安定の海錨】!
――【安定の海錨】!
――【安定の海錨】!
――【安定の海錨】!
「【リベレイション】っ!!」
六つもの『安定の海錨』を、『衝撃の錫杖』に装着したシャラ。
その錫杖が振り抜かれ、『邪神の芯』は不可視のエネルギーで完全に動きを止められてしまった。
「一気に決めるよ、シャラ!」
「うん! 【キャスティング】」
さらにシャラは、こちらの意図を察して錬金装飾をいくつも投擲。
――【増幅の書物】!
――【増幅の書物】!
――【増幅の書物】!
――【増幅の書物】!
――【増幅の書物】!
――【増幅の書物】!
――【増幅の書物】!
ありったけの、補助魔法の効果を高める錬金装飾。
それが全てテオの腕に装着され、光を放つ。
「【秩序獣与】【火炎獣与】【電撃獣与】【時流加速】! 【秩序獣与】【火炎獣与】【電撃獣与】【時流加速】っ!!」
マナが保つ限り、ドゥルガーに獣与と加速の補助魔法を重ね掛けし続けるテオ。
獣与魔法は、『増幅の書物』によって攻撃力上昇率も高くなる。通常は十割の攻撃力上昇だが、『増幅の書物』を着けることで十五割の上昇となるのだ。つまるところ、一つ装備する度に獣与魔法の威力上昇量は五割ずつ増えていくことになる。
ではそれを無数に着ければどうなるか。
本来は重複して装着できない『増幅の書物』。テオとシャラの『無限重複』ならば、それをいくつでも無制限に重複装備できるのだ。それが一つ増えるたびに五割ずつ威力が増していく。
しかもテオ自身も『無限重複』の効果で、本来重複できない〝全く同じ獣与魔法〟を重ね掛けすることが可能。
補助魔法を重ねれば重ねるほど、ドゥルガーの火力は際限なく高まっていく。
――ギュルルッ
しかし『邪神の芯』も簡単には倒れない。
持前の高い再生能力で、斬られた部分を即座に再生し続けている。
だからこそ、テオとシャラも止まらない。
「【キャスティング】! 【リベレイション】!」
「【秩序獣与】【火炎獣与】【電撃獣与】【時流加速】!」
シャラが『魔力の御守』でテオのマナを補充。
補充されたマナで、テオはドゥルガーにどんどん獣与魔法を重ねていく。
さらにシャラも、無数の『安定の海錨』が装着されたリベレイションで『邪神の芯』の動きを止め続ける。
〈【スペルアンプ】! 【スペルアンプ】!〉
〈【エーテルアナイアレーション】! 【ギャラクシーバーニング】!〉
テナイアとディロンも援護してくれていた。
増幅魔法に合わせ、精神攻撃魔法と属性攻撃魔法を交互に連打している。『邪神の芯』にマナ回復させないようにすることで、瘴気バリアを張り直させるのを阻害しているのだ。
少しずつ。
本当に少しずつ、ドゥルガーとディロンの攻撃が『邪神の芯』の再生速度を上回り始める。
「【キャスティング】! ……っ、テオ、もう『魔力の御守』が!」
「大丈夫!」
シャラが最後の『魔力の御守』をテオに投擲し、顔を曇らせる。錬金装飾の数には限りがあるのだ。
だが、それはテオも織り込み済み。
「【精神防御】、【リミットブレイク】!」
残った最後のマナで、ドゥルガーに精神防御を。
すぐ目を閉じてドゥルガーに視点変更し、リミットブレイクを発動する。
ドゥルガーの全身から強烈な衝撃波が発された。
至近距離にいる『邪神の芯』、その肉体を砕いていく。
「【リミットブレイク】【リミットブレイク】!」
一転、テオはひたすらドゥルガーのリミットブレイクを連打。
ドゥルガーの剣による攻撃に加え、零距離から浴びせられる衝撃波。
それらを一身に受け、『邪神の芯』の体が崩れる速度が加速する。
ドゥルガーのリミットブレイクは本来、ドゥルガー自身のほぼ全マナを消費するものだ。その威力は、マナ消費量……正確には〝発動する直前のドゥルガーの現在マナ量〟に依存する。
そのためドゥルガーのリミットブレイクは、マナ全快の状態で撃てば極めて高い威力が出る反面、連打しても同じ威力は出ない。一発目でマナをほぼ使い尽くしてしまうためだ。
だが今のドゥルガーには精神防御がかかっている。
その状態では、リミットブレイクで消費するはずのマナが消費されない。つまりドゥルガーのリミットブレイクを最大火力のまま連打し続けることができる。このテクニックはマナヤの教本にも記されていて、聞いた話では遊戯の対人戦でも決着要員として使われていたのだそうだ。
「【リベレイション】! 【リベレイション】!!」
シャラも、錫杖を何度も振るいながら『邪神の芯』を拘束し続けていた。
リベレイションは、『衝撃の錫杖』に篭められたマナを全て解放する。そのため、通常は連打することはできない。
しかしシャラは、リベレイションで錫杖からマナが抜けきったそばから自らのマナを注ぎ込み続けている。そうやってリベレイションの連打を実現していた。
「【リミットブレイク】! 【リミットブレイク】! 【リミットブレイク】! 【リミットブレイク】ぅぅぅぅ!!」
テオもまた、攻撃を高速連打するドゥルガーに合わせリミットブレイクを連射。
ここからは、ドゥルガー自身の火力は少しずつ低下していってしまう。獣与魔法の効果は時間経過で減衰するからだ。ゆえに、ここで『邪神の芯』を倒しきらなければならない。
ドゥルガーの一撃ごとに、再生する『邪神の芯』の体を砕いていく。追加で発生するリミットブレイクの衝撃波が、再生前よりもさらに深く『邪神の芯』の肉体を穿つ。
ディロンとテナイアの魔法攻撃が、さらにそれを押し込む。
もはや『邪神の芯』は、六本ある鎌を再生することすらできなくなった。
腕が徐々に短くなり、脚も数を減らしていく。
胴体が裂け、砕かれ、そして再生する前にさらに深く崩れていく。
なおも続く、刃と衝撃波と魔法の応酬。
カマキリの腹と同じ形状をした、『邪神の芯』の腹もついに再生が追いつかなくなる。
崩れてなくなっていく箇所はさらに上へ上へと広がり、腕が生えていたはずの胴体も消し飛ばされていく。
最後までしぶとく残った頭部。
だがそれも、ドゥルガーの無数の剣撃でバラバラに。
その額から、三つの黒い『核』が零れ落ちた。
宙を舞うそれらが、テオの瞳に映る。
キッと睨みつけ、テオは吼えた。
「――【リミットブレイク】っ!!」
〈【ニウィスリージア】!!〉
ドゥルガーの剣撃。
追加で発生した衝撃波。
そして背後から放たれた黒い氷河。
それらを浴びた、三つの『核』は――
――パリィィ……ン
全て同時に、粉々に砕け散った。




