246話 邪神の器 無限
(え……?)
テオもシャラも、思わずお互いの目を見つめ合った。
頭の中に、波紋のようなものが広がる。
それと全く同じ波紋を、シャラも感じているのがわかる。
波紋を通して、シャラと自分が完全に一体になっているかのような、不思議な感覚。
(シャラの気持ちが、わかる)
これまでのような、表情や雰囲気だけではない。
シャラがどのように感じているのか、どのような思いで行動しようとしているのか。それが、自身の心と完璧に重なっているのがわかる。
(シャラの想いが、伝わってくる)
自分と全く同じ想いを抱いていたこと。
嫌われたくなくて、遠慮していたこと。
強く反発してしまったのを、強く後悔していたこと。
お互いを失いたくないという気持ちを抱いていたこと。
(何も、怖がることはなかったんだ)
今までずっと、同じだったことがわかった。
何も遠慮する必要などないことがわかった。
ならば……
〈テオ!? シャラ!〉
〈お二人とも! その光は、まさか……!〉
ディロンとテナイアが驚愕する声。
気づけば、自身とシャラの体が虹色の燐光に包まれている。
(なんでか、わかる)
この力は一体何なのか。
この力を解放するために、どうすればいいのか。
頭ではなく、直観でわかった。
「――【共鳴】!」
シャラと声を重ね、叫び合う。
瞬間、全身の虹色のオーラが、眩く輝いた。
「【無限重複】!!」
二人の体から、虹色の光の柱が立ち昇る。
テオの体にまとわりついてきていた、瘴気の煙が弾き飛ばされた。
シャラと手を繋ぎ、立ち上がる。
見れば、『邪神の芯』が最後に残ったシャドウサーペントを切り刻んでいる。二人はすぐさまそちらへ身構えた。
「あ、ぐ……っ」
「テオ!」
だが、全身を襲う激痛に思わず呻くテオ。
慌ててシャラが自分を支えてくれる。
(僕の体に入った瘴気は、消えてない)
やはり、一度肉体に入り込んだ瘴気は祓えないらしい。
ビシビシと、腕に根を張るように瘴気の痕が昇っていく。
けれど、シャラはやるべきことが直観でわかったようだ。
すぐさま鞄から一掴みほどの錬金装飾を取り出す。
「【キャスティング】」
それらが全て、テオの左腕に向かった。
――【治療の香水】!
――【治療の香水】!
――【治療の香水】!
――【治療の香水】!
――【治療の香水】!
――【治療の香水】!
六つもの『治療の香水』。
それらが、テオの左肘から左肩にかけて連なるように装着される。
直後、全身を包み込む治癒の燐光。
「……!」
一気に体が楽になった。腕から伸びる黒い血管状の紋様が、動きを止めている。
計七つの『治療の香水』が重複した、高い持続治癒効果。それによって瘴気の侵食を相殺し続け、食い止めているのだろう。
(同じ種類の錬金装飾は、二つ以上は着けられないはずなのに)
だが、今の自分達ならばそれができる。
それこそが、この共鳴の能力だ。
(でも、どうして僕とシャラが共鳴を)
マナヤと魂を共有しているテオは、シャラとの『共鳴』には覚醒できない。そうテナイアとディロンから聞いた。
にも関わらず、今こうやってその力を使うことができている。
(……まさ、か)
後方にあるアシュリーの亡骸を、ちらりと見やる。
(アシュリーさんが、居なくなったから……?)
マナヤの魂の番は、アシュリーだ。
そのアシュリーが欠けたことで、テオの魂に番の空きができたから。だから、改めてシャラと『共鳴』を発動することができたのだろうか。
……アシュリーの死が、皮肉にも二人の『共鳴』を。
思わず唇を噛むテオ。
「……シャラ、行こう!」
「うん!」
テオとシャラは頷き合い、倒すべき敵を改めて睨みつけた。
ちょうどシャドウサーペントが殺され、『邪神の芯』がこちらへ向き直るところだ。
「【キャスティング】」
シャラがまたしても一掴みほどの錬金装飾を。
それらが光の筋となり、テオとシャラ二人の全身に絡みついた。
――【俊足の連環】!
――【俊足の連環】!
――【俊足の連環】!
――【俊足の連環】!
――【俊足の連環】!
大量の、脚を速くする|れんきんそうしょく》。
それが全身のありとあらゆる箇所に装着される。
周囲の動きが、どこかスローモーションになったかのような感覚。
そんな中、『邪神の芯』が大きく跳躍して向かってくる。
(見える!)
先ほどまで、まるで目で動きを追うことができなかった『邪神の芯』。
その動きが、今のテオとシャラなら見切ることができる。『俊足の連環』を複数同時装備した恩恵だ。
「【鎚機SLOG-333】召喚!」
手をかざしたテオは、銀の巨体を召喚。
現れた鎚機SLOG-333に向かって、『邪神の芯』が突進してきた。
「【時流加速】【時流加速】【時流加速】!」
そしてそれに、時流加速を重ね掛けする。
三回もの加速魔法を受けた鎚機SLOG-333は、『邪神の芯』にも劣らぬ動きで一瞬で突撃。
相手の六本の鎌よりも早く、三つの鉄槌を展開した。
「【電撃獣与】【精神獣与】【電撃獣与】【精神獣与】」
電撃獣与と精神獣与の同時使用によるコンボ、それを二巡して重ね掛けした。
膨大な黒い稲妻を纏った三つの鉄槌。
それが、飛び込んでくる相手へカウンターのように炸裂した。
瘴気バリアに守られているはずの『邪神の芯』が吹き飛ばされる。剥がしきることはできなかったものの、それでもごっそりと瘴気バリアを削れたようだ。
(これが、無限重複の効果!)
錬金装飾と同様、召喚師の補助魔法も本来は重ねがけできない。同一の補助魔法を二重、三重にかけることはできないのだ。その補助魔法が持続時間切れになるのを待たない限り。
だがその制限を取っ払うのが、無限重複の効果だ。
この『共鳴』発動中は、本来重複させることができない技能や魔法、錬金装飾などを無制限に重複使用することが可能となる。『治療の香水』や『俊足の連環』を大量に同時装備できるのもこの効果のおかげだ。
改めて、空中へ吹き飛ばされた『邪神の芯』へ視線を戻す。
天井に張り付いているそれが、体をバネのように引き絞っているのがわかった。
「シャラ!」
「うん! 【キャスティング】」
もはや、番号で合図する必要もない。
すぐにシャラは意図を察し、またしても大量の錬金装飾を投げてくる。
――【跳躍の宝玉】!
――【跳躍の宝玉】!
――【跳躍の宝玉】!
――【跳躍の宝玉】!
二人の右肘あたりにまとまって装着される大量の『跳躍の宝玉』。
直後、テオは鎚機SLOG-333に手をかざした。
「【跳躍爆風】!」
破裂音と共に、鎚機SLOG-333が跳躍。
天井に張り付いている『邪神の芯』へと突撃していく。
が、『邪神の芯』は少し体の位置を入れ替えた。
天井を斜めに蹴り、垂直の壁へと張り付き直す。
鎚機SLOG-333が跳んだ場所には、もはや『邪神の芯』はいない。
壁に張り付いた『邪神の芯』が、狙いを定めなおした。
空中で無防備な鎚機SLOG-333を撃墜するつもりだ。
「やあっ!」
が、そこへシャラも大きく跳躍していた。
あの『邪神の芯』にも負けないほどのジャンプ力。大量の『跳躍の宝玉』を装備した恩恵だ。
そして跳んだ鎚機SLOG-333に追いつくと、その背後で錫杖を振りかぶる。
「【キャスティング】」
――【安定の海錨】!
自身の左足首に、『治療の香水』と並べるように装着された錬金装飾。
それによって空中で安定性を確保した。
その瞬間、『邪神の芯』が壁を蹴る。
狙いは、同じ高度へ跳んできたシャラだ。
「ええいっ!」
しかしシャラは、すぐ錫杖で鎚機SLOG-333を斜め下に叩いた。
鎚機SLOG-333の巨体が弾かれ、今まさに跳躍してきた『邪神の芯』へ。
そして一瞬で三つの鉄槌を展開。
真上から『邪神の芯』を地面へ叩きつけるように殴りつけていた。
「――【跳躍爆風】!」
その頃には、テオもシャラと同じ高さへと跳び上がっていた。
そして眼下の鎚機SLOG-333に向かって、空中で跳躍爆風を。
空中で使用することで、地上へ向かって跳躍させたのだ。
一気に下方向に加速した鎚機SLOG-333。
落下していく『邪神の芯』に追いつき、すれ違い様にまたしても殴りつける。
憐れ、邪神の芯はこの大広間の隅に叩きつけられた。
頑丈そうな建造物に風穴を開けん勢いで突っ込み、轟音と土煙を。
「よしっ――」
「――テオ、危ない!」
空中でガッツポーズを取ったテオだが、シャラから鋭い警告が飛ぶ。
次の瞬間、煙の中から『邪神の芯』が飛び出した。
テオに向かって一直線に突っ込んでくる。
「しまっ……」
「【キャスティング】!」
――【防刃の帷子】!
――【防刃の帷子】!
――【防刃の帷子】!
――【防刃の帷子】!
――【防刃の帷子】!
――【防刃の帷子】!
大量の『防刃の帷子』がテオの左腕へ。
直後、膨大な量の金属ベルトが出現した。
テオを守るように取り巻いて、球状に固まる。
突撃してきた『邪神の芯』が振るう六本の鎌。
それらが全て、大量に重なった金属ベルトの球にからめとられた。
が。
(な――)
さらに強い威圧感が『邪神の芯』から放たれる。
テオを球状に囲って守っている金属ベルトが砕け散った。
「くぅっ!」
悪寒に思わず身をよじるが、胸元が焼けつくような感覚。
六つもの『防刃の帷子』をなおも貫通した『邪神の芯』の鎌だ。
それが勢いを失いきらぬまま、テオの胸元を切り裂いていた。
地面へ吹き飛ばされ、轟音と共に叩きつけられるテオ。
「テオっ!」
「だ、いじょう――あ、ぐっ!?」
心配するシャラに声をかけようとした。
しかしその時、全身の激痛が甦る。
――テオの両腕に走っている瘴気の痕が、再び侵攻を始めた。




