245話 邪神の器 犠牲
「【リベレイション】! アシュリーさんっ!」
シャラが錫杖を振りかぶり、『邪神の芯』が吹き飛ばされる。
アシュリーの胴に突き刺さっていた鎌が引き抜かれ、鮮血が迸った。
〈ッ、【クルーエルスラスター】! テナイア!〉
〈【スペルアンプ】【ディスタントヒール】! っ……【スペルアンプ】【スペルアンプ】【ディスタントヒール】! アシュリーさん!〉
ディロンが『邪神の芯』に追撃して引き離し、さらにテナイアが必死に治癒魔法を使い続けている声が響く。
〈シャラ、今のうちに奴を拘束しろ! 早く!〉
「は、はい! 【シフトディフェンサー】【リベレイション】!」
――【増幅の書物】!
――【安定の海錨】!
ディロンの指示で、慌ててシャラが新たな錫杖に錬金装飾を。
そして放たれた衝撃波は、より強固に『邪神の芯』を拘束している。『増幅の書物』がついたことにより、先ほどよりも拘束力が上がっているのだ。
〈シャラ、君はその魔法を撃ち続けろ! 奴に行動させるな! 【クルーエルスラスター】!〉
〈【スペルアンプ】【スペルアンプ】【ディスタントヒール】! く、ぅ……っ、【スペルアンプ】【スペルアンプ】【ディスタントヒール】!!〉
「【リベレイション】! アシュリーさん……っ!」
ディロンが、テナイアが、シャラが。
三人が全力で『邪神の芯』を抑え込みアシュリーを治癒しているのが聴こえる。
だがマナヤは、『邪神の芯』どころではなかった。
「お、おいアシュリー……アシュリー!」
倒れ込みそうになっている彼女の体を抱き留める。
腹から背中まで風穴を開けられ、血が溢れ続けていた。テナイアの強化された治癒魔法が使われ続けているようだが、全く塞がる気配がない。
「アシュリー! しっかりしろ、アシュリー!!」
「……う、ぐ……マナ、ヤ……無事……?」
苦しそうに口を開いたアシュリー。
自身がこのような状態だというのに、マナヤの心配をしている。
「ッ、ああ! 俺は大丈夫だ! それよりお前が……ッ」
「そ、か……よかっ、た……けほっ」
口から血を零しながら、なぜかアシュリーは満足そうに微笑む。
腹部の傷は、深いなどというものではなかった。鎌に貫かれた傷は、臍の下から胸の中央近くまで到達している。おそらく脊髄もやられているだろう。
「テナイアさんッ! 早く、早く治癒を!」
〈やって、おります……! 【スペルアンプ】【スペルアンプ】【スペルアンプ】【ディスタントヒール】……く、ぅ……〉
虚空を見上げテナイアに催促する。
が、テナイアも苦しそうにしながら大幅に増幅された治癒魔法をかけ続けている。アシュリーの傷口にも眩い光が何度も覆っていたが、傷が塞がる気配がない。
「お、おい、嘘だろ……!」
治癒魔法が効かない状態に、マナヤも覚えがあった。
致命傷に近い傷は、治癒魔法による回復よりも生命力が失われる速度の方が速くなる。この傷は、テナイアをもってしても治癒が追いつかないのだ。
アシュリーの足首についた『治療の香水』からも燐光が放たれているが、それでも足りていない。
「シャラ、シャラ!! もう一個『治療の香水』を!!」
「っ……【キャスティング】!」
無我夢中でシャラに懇願すると、シャラも歯ぎしりをしながら『治療の香水』を投げてきた。
が、それがアシュリーの首元に飛んだかと思えば、破裂音と共に弾かれる。新たな『治療の香水』は黒い地面に虚しく転がった。
「お、おい!?」
「だ、だめですマナヤさんっ! やっぱり、同じ錬金装飾を複数装着することは……っ! 【リベレイション】!」
責めるように問い質すも、シャラは『邪神の芯』を足止めしながら悲痛に答える。
同一の錬金装飾は、重複して装備することはできない。マナヤ自身それは百も承知だが、それでも試さないわけにはいかなかった。シャラも同じ思いだったのだろう。
その時、マナヤが抱き留めているアシュリーが弱々しい声を発する。
「も……いい、の……マナヤ……」
「アシュリー!? ダメだ、そんなの、そんなの認めねぇ……ッ!」
アシュリーの顔が、どんどん血色を失っていくのがわかってしまう。それを認めたくなくて、マナヤは彼女の頬を温めるように手で挟み込んだ。
「ごめ……ね……ドジ、っちゃって……」
「アシュリー! アシュリー……ッお前、なんで俺を庇って!」
「あんた、が……死ぬ、とこ……二度と、見たく……なかったの……」
彼女の返答に、マナヤは絶句。
かつて、ジェルクによってマナヤが殺されてしまった時のことだろう。
「ッ、馬鹿野郎! それで、それでお前がやられちまったら、意味ねえだろ!」
「そう、ね……ごめん、ね……」
こちらを見上げる瞳が、一度閉じられる。
その瞼の端から雫が零れ落ちた。
「ね……マナ、ヤ……最期、に」
「お、おい! 最期とか言うな!!」
「最期……に……思い、出……」
再び開かれた目で、まっすぐにマナヤの瞳を見つめ返してくる。
そんな彼女が血まみれの手を、震えながら持ち上げた。
「ア、アシュリー?」
彼女の手は、弱々しくも頬に置いてあるマナヤの手へ。
ごくわずかな力しか入っていないその指の動きに誘導され、マナヤは手のひらをアシュリーの胸元の上で浮かせた。
彼女は、もう片方の手も震えながら動かし……
「あ……」
アシュリーの痛々しい傷口の、すぐ上。
胸元にあるマナヤの手を、自身の両手で包み込んでくる。
――求婚。
「……ッ」
自分の目から熱いものが零れそうになるのを堪え、マナヤは左手をアシュリーの頬から外す。
そして、懇願するような彼女の目を見つめながら、そっとその左手を――
――ズルッ
「あ……?」
その時。
マナヤの右手を包み込んでいたアシュリーの手が、血で滑り落ちた。
「お、おい、アシュリー?」
彼女の手を包み返そうとしていたマナヤの左手が、宙を彷徨う。
アシュリーの両手はもはや全ての力を失い、マナヤの右手から落ちていた。
見上げれば、彼女の目も閉じられ、唇が力なく小さく開きっぱなしになっている。
「おい! 嘘だろ!?」
慌てて彼女の体を揺らすマナヤ。
しかし無情にも、アシュリーの全身からも力が抜けた。
がくりと、彼女の体から伝わってくる重みが増す。まるで人間から、人型の水風船か何かにでも変わってしまったかのように。
さらには……
――フッ
かすかにまだ明滅していた、『共鳴』の虹色の光。
それも、完全に消え去った。
「お、おい、やめろよ……」
まだ、ちゃんと求婚の返事もできていないのに。
最期の思い出も、かなえてやれていないのに。
「ぐ……」
泣き叫びたいのに。
彼女の名を、思いっきり呼びたいのに。
喉が詰まって、うめき声しか出せない。
――ゴワァッ
やがて、黒い何かがマナヤの全身を覆い始める。
〈マナヤ!?〉
〈マナヤさん!〉
ディロンとアシュリーの声。
マナヤは、自分の肉体にドス黒い何かが入り込んでくるのがわかった。
アシュリーとの『共鳴』が解除され、瘴気が入り込まんとしてきているのだ。
だが、マナヤは……
「――テナイアさん! 蘇生魔法だッ!」
瘴気など気にしていなかった。
黒いモヤが全身を覆い尽くそうとする中、テナイアへと大声で呼びかける。
〈……ごめん、なさい。マナヤさん……〉
「謝るんじゃなく! 早く、早くアシュリーに蘇生魔法を!」
〈アシュリーさんに……魂が、感じられません……〉
「は!? な、なんだよ、それ……ッ!」
〈あの黒い『核』は、死した人の魂を食らうと聞きました。アシュリーさんに残されていた魂は、もう……〉
ハッとなって、マナヤはアシュリーの亡骸を見下ろす。
すぐ近くにいる『邪神の芯』、その額にある三つの『核』が、今なお死人の魂を吸収しているのか。だからこの場で死んでしまったアシュリーは、もはや蘇生に必要な魂の欠片すらも……
「う……」
動かなければ。
アシュリーの仇を取らなければ。
そう思いはするのに、体が言うことを聞かない。どんどん体温を失っていくアシュリーの亡骸を、離したくない。
ビシビシと体の中に何かが侵入してくる。
激痛と共に、黒い瘴気がどんどん自分の肉体を侵食していくのがわかった。指先から黒い筋が血管をさかのぼるように広がり、腕を這いあがってくる。
だがそんな中でも、マナヤは動かず……
ただ、アシュリーの亡骸をきつく抱きしめ続ける。
黒いものが、自分の体内へと手を伸ばしてくるのも構わず。
「――マナヤさんっ!!」
シャラの叫び声。
同時に、自分の背後に何かが着地したのがわかった。気配からして、おそらく『邪神の芯』だろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
(アシュリー……お前が居なくなったなら、俺はもう……)
頬に熱いものが流れ続けているのを感じながら……
激痛と共に、全身が瘴気に蝕まれているのを感じながら……
マナヤは、彼女の最後の体温を感じながら、目を閉じる。
(……もう、どうなっても構わない)
背後から凶刃が迫ってくる。
運命を甘んじて受け入れるつもりで、その時を待ち構えた。
――ダメだ、マナヤ!!
瞬間。
久しぶりにマナヤは、自身の意識が押し込められる感覚を味わった。
***
「――くっ!」
久々に表に出てくるや否や、全身から伝わってくる激痛。
しかし背後からの危機を察知したテオは、すぐさま前方へと飛び出した。
左手首の『俊足の連環』効果もあり、『邪神の芯』の攻撃を辛うじてかわす。
(あっ!)
しかし血で滑って、抱えていたアシュリーの亡骸がその場に落ちる。
完全に動かなくなってしまった彼女の体は、信じられないほど重かった。
「は、ぐ……っ!」
そして直後、自分の体内に侵入してくる瘴気の激痛にうめき声を漏らした。
その場に崩れ落ち、立ち上がれなくなる。
(なんとか、出て、これたけど……っ!)
テオは今まで、意識の奥底で閉じ込められたかのような状態だった。
正確には、無意識に自分から閉じこもってしまったようなものだ。シャラに拒絶された恐怖から、表に出ることに抵抗を感じていた。そのままテオはずっと、出ようと思っても出ることができない状態になってしまっていたのである。
しかし今、マナヤの危機を察知し久々に表に出てくることができた。
「マナヤさん! 大丈――テオ!?」
駆け寄り自分を助け起こしてくれたシャラがハッとする。
テオが戻ってきていることに気づいたようだ。
「シャ、ラ……あ、ぐう……っ」
「テオっ、しっかり! どうしよう、こんなに瘴気が……!」
シャラがテオの腕を見て焦っている。
自分でも見下ろしてみれば、テオの腕には黒い血管のような文様が広がっていた。瘴気が肉体を冒さんとしているのだ。最終的に、テオの魂を冒すために。
〈く……【ディスタントヒール】! 【スペルアンプ】【ディスタントヒール】! テオさん!〉
頭の中にテナイアの声が響く。どうやらテオの肉体に治癒魔法をかけ続け、瘴気の侵攻を抑えようとしてくれているようだ。
シェラドも言っていた。瘴気は魂の前に肉体を冒す。瘴気が魂に到達する前ならば、治癒魔法によって瘴気の侵攻を抑えることができると。
だが、追いついていない。
腕に走っている黒い瘴気の筋。治癒の光で動きを鈍らせてはいるが、止まらない。少しずつだが、侵食し続けるように樹状に広がっていった。
(く……『邪神の芯』は……!)
なんとかテオは、自身が置かれている現状は把握していた。この戦いが始まってから、マナヤが見ていたものを一応テオも見ることだけはできていたからだ。
視線だけで辺りを見回すと、まだ残っているドラゴン達に『邪神の芯』が攻撃しているのが視界に映る。
「……! そうだ、テオ! これを!」
シャラは気づいたように顔を上げると、自分の右手首から何かを外そうとする。
「だ、だめ……シャラっ!」
「テオ!?」
慌ててその右手首をブレスレットごと掴み止めた。
シャラがより焦りを募らせた顔で見つめ返してくる。
彼女は、瘴気の侵入を防ぐ錬金装飾『防蝕の遺灰』を外そうとしていたのだ。おそらく、それをテオに譲るために。
「それを、外したら……っ、シャラまで!」
「テオ! でもこのままじゃ、テオが……っ!」
「無理、だよ……もう、それじゃ、僕は治らない……!」
激痛に耐えながら訴えると、シャラが涙目になってくる。
これもシェラドが言っていたことだ。『共鳴』にしろ『防蝕の遺灰』にしろ、一度侵入してしまった瘴気を祓う効果はない。
確かに今からそれをつければ、さらに追加で侵入してこようとする瘴気の煙を防ぐことだけはできるだろう。けれど、既にテオの体内に入り込んだ瘴気の方はどうしようもないのだ。
「それを、外したら……シャラまで……だから、ダメだっ!」
「だからって、何もしないなんてできない! テオ、離してっ!」
「だ、め……! あぐぅっ」
シャラの錬金装飾を、自身の手で押さえつけて外させないテオ。
だがシャラは、苦痛にあえぐテオの姿にさらに必死になる。テオの手を自身の右手首から離そうとしてくるが、テオも激痛の中で懸命に彼女のブレスレットを押さえ続けた。
「テオ、お願いっ! このままじゃ、このままじゃ……っ」
「シャラ……ごめん、ね……」
「テ、テオ?」
思わずテオは、シャラに謝っていた。
何をこんな時に、と言わんばかりに見つめ返してくるシャラに、テオはなんとか微笑みかけてみせる。
……最後の未練を、断ち切りたくて。
「シャラの、こと……除け者みたいに、しちゃって……ごめん、ね……」
「テオ! そんなっ、あれは私が!」
「僕……ずっと、ずっとね……怖かった、んだ……シャラが、居なくなっちゃうことが……」
ビシビシと瘴気が侵食してくる中でも、テオは必死に本心を吐露した。
今までシャラに感じていた、引け目を。
「僕に、とって……シャラ、は……平和の、象徴、だったんだ……」
「へ、平和の……?」
「セメイト村、でも……知り合いが死んじゃったり、することもあって……」
数年前のセメイト村で、モンスター襲撃が多発してきた頃。
テオが良く知っていた者達が、何人もモンスターに殺され、居なくなってしまった。シャラの両親も同じだ。
だからテオは怖かった。知り合いが死に、一瞬で日常が崩れていってしまうことが。
「そのうち……父さんと、母さん、も……死んじゃって……」
「っ……」
「だから、ね……シャラ、だけだったんだよ……いつまでも、変わらずにいてくれたのは……」
両親と、シャラ。
それがテオにとって最後の平和の……日常の象徴だった。唯一、まだ日常なのだとしがみつくことができる相手だった。
だからシャラが両親を失い、泣きそうな顔をしていた時。その日常の象徴が壊れそうになってしまうのが怖くて、必死に彼女をつなぎとめた。
やがて、テオの両親まで他界してしまって……
最後に残ったのが、シャラだった。
「だから……シャラだけは、もう、絶対に……失いたくなくて……」
「テ、オ……」
「だから僕、シャラは……危険に、晒したくなくて……でもシャラは、嫌だったよね……ごめん、ね」
ヴァスケスが、一騎討ちの提案をしてきた時。
彼の言い分が嘘ではないことがわかった。本当に、世界に危機が迫っていること。テオの最後の平和まで脅かされていることを知った。
だから、シャラを守るために。
平和の象徴を失いたくなくて、一騎討ちに賛成した。
シャラを守るために、初めてシャラの意見に反対した。
それが彼女を傷つけてしまうことも、わかっていたのに。
「――テオっ! 私はっ!」
「シャ、ラ……」
シャラは涙の溜まった目をきつく閉じながら、絶叫した。
見上げると、閉じた瞼からなおも涙を流しながら、必死にシャラは語り掛けてくる。
「私は……ずっと、怖かった! テオが、マナヤさんに統合されちゃうことが!」
「統、合……?」
「テナイアさんから、聞いて……っ! テオよりマナヤさんが安定しちゃったら、マナヤさんが主体になって統合されちゃうかもしれないって聞いたから!」
「……!」
「マナヤさんの意見にテオが靡いちゃうのもっ、テオがマナヤさんみたいになっていっちゃう気がして、怖くて……っ!」
シャラの言葉には、壮絶な恐怖が篭っていた。
彼女は、ずっと抱え込んでいたのだ。いつ、テオがテオでなくなってしまうかも知れない。そんな恐怖を。
「でもっ、だからって、マナヤさんを嫌いたくなくて! マナヤさんに気遣わせちゃうのも、嫌で……っ」
「シャラ……」
「こんな、汚い心を……テオにも、聞かせたくなくて! テオに知られたら、嫌われちゃうかもしれないのが、怖くて……っ」
汚くなど、ない。
そう言おうかと思ったが、シャラが心の怖れを吐き出しているのがわかって、ただじっと見つめ返した。
「だから! 私だって、テオのことを繋ぎとめたかったの! 私が居ないところで、テオが消えちゃったりして欲しくなかったの!!」
「シャ、ラ……」
だからシャラは、この戦いについてくることに固執していたのか。
テオは、やっとそれがわかった。
シャラも、同じだったのだ。
お互いに居なくなってほしくなくて。
お互いに嫌われたくなくて。
だから今まで、怖がりながらおっかなびっくり一緒に過ごしてきていた。お互いに遠慮し合いながら生きてきた。
(でも、それじゃダメだったんだね)
以前、テナイアからマナヤの『自己犠牲の精神』について聞かされた時。シャラが何かに悩んでいるのに気づいて、力になろうとそれを問い詰めようとしたことがあった。
けれどその時、母親に止められた。女には、男に相談できないこともあると。
テオは、母親の言葉を曲解していた。シャラの判断に委ねるべきだと、そういう意味に間違えて捉えていた。
あの時、母はちゃんと『心が決まったらシャラだって話すと言っていた』『シャラを信じてあげましょう』とも言っていたのに。
なのにテオは、どこかシャラのことを信じていなかった。
――どうすれば相手に心から納得して貰えるか、言い方を考えるんだ。自分の気持ちを端折らないこと。いいな?
小さい頃、父から聞いた言葉を思い出す。
相手に配慮するというのは、遠慮することとは違う。
自分の意見を殺すことではない。相手を尊重しつつ、自分の気持ちも端折らずに伝えること。お互いが納得できる、折衷案を探すこと。
ちゃんと、一緒に話し合うこと。それこそが重要だったのだ。
相手と自分自身、その両方を信じること。
それが、相手のことも信じる本当の信頼へつながるということだったのだ。
「――だからっ、テオ! これを……っ」
「だ、だめ! シャラ……っ!」
気づけば、シャラはまた右手首の『防蝕の遺灰』を外そうとしている。
慌てて手に力を籠め、外そうとするシャラの手を止めた。
「テオ、お願いっ! このままテオが居なくなっちゃうなんて嫌っ!!」
「僕、だって……! シャラまで、瘴気にやられちゃうのは、嫌だ……っ!」
もう、どうしようもないことに気づいてしまっている。
なのにシャラは、奇跡の可能性にしがみつきたい。その錬金装飾が瘴気を祓ってくれる可能性を捨てきれない。
だがテオとて、そんなシャラの捨て身を許したくはない。
「お願いテオ! 私は、テオを――」
「シャラ……っ! 僕は、シャラを――」
気づけば、互いに互いのことを庇い合いながら……
「――死なせたくない!!」
言葉が、重なっていた。
――ピチュ……ン




