241話 邪神の器 突入
大峡谷の奥に向かい、サンダードラゴンに乗って向かっていた一行。
「【ペンタクル・ラクシャーサ】!」
虹色のオーラに包まれたアシュリーが剣を振るう。
発生した巨大な衝撃波がモンスター群を薙ぎ払った。
方向を自在に変え、衝撃波はどんどん敵を外側へ吹き飛ばす。
「これで抜けた!?」
露払いをし続けていたアシュリーが、眼下を見下ろして叫ぶ。
先ほどまでモンスターの波が続いていたのだが、それが急に途切れた。
その境目で、濃い瘴気の霧が地面を這うように帯状に連なっているのがわかった。その霧の帯を抜けた先はモンスターがまったく存在していなかった。おそらくあの瘴気の帯がモンスター発生地点となっているのだろう。
その瘴気の帯が後方へ消えていく中、ディロンが前方を指さす。
「あれだ!」
「マジかよ! どんだけデカくなってんだ!」
その先を確認したマナヤが思わずゴネる。
以前も確認した瘴気のドーム。そのサイズが恐ろしく膨張していた。直径だけでも以前の十倍はあるかもしれない。
サンダードラゴンが近づくにつれ、どんどんその巨大さが実感できるようになっていく。
「シャラさん、今のうちに例の錬金装飾を」
「あ、はい!」
テナイアの指摘に、シャラが懐からブレスレットを取り出して右手首に当てた。
スルッと手首を通り抜けるように装着される。
――【防蝕の遺灰】
粉状の何かが入った小瓶のチャームが光る。
シャラの全身が淡い光に包まれた。これで、シャラが瘴気の影響を受けることは無い。
「マナヤ、突っ込め!」
「ああ、行くぜ!」
ディロンに言われるまでもなく、マナヤはサンダードラゴンを瘴気ドームの中へと突撃させる。
(く……!)
竜巻のように、瘴気の嵐が荒れ狂う。
思わず腕で顔を庇いながら、マナヤは飛竜を誘導しその中を突き進んでいく。瘴気が纏わりついてきそうになるが、それを『共鳴』の燐光が、そしてシャラの錬金装飾が弾いていた。
「抜けた!」
ズボ、とサンダードラゴンが瘴気の渦から突き抜ける。ドームの内側に入り込むことができたようだ。
オレンジ色のはずの峡谷の岩が、真っ黒に染まっていた。禍々しく明滅している地面は、見ているだけで何か背筋を凍らせるような感覚を覚える。
「――よし、見えた! 『邪神の器』はこの奥だ!」
目を閉じながらディロンがそう伝えた。瘴気のドームを抜けたことで、『千里眼』で奥を見通せるようになったらしい。
「【スペルアンプ】」
「【ブラストナパーム】」
テナイアが魔法増幅を、そしてそれを受けたディロンが攻撃呪文を唱えていた。
どうやら既に『邪神の器』への攻撃を開始しているようだ。
「マナヤさん、アシュリーさん! あれ!」
シャラが奥を指さす。
見れば、以前は無かったはずの巨大な建造物が見えた。『黒い神殿』が進化したかのように見えなくもない。
全体が真っ黒い壁面で作られ、その表面は紫色に明滅する幾何学模様が彫り込まれている。それが何十にも連なり城塞を形成しているその外見は、遠目からはまるで火山。
「『邪神の器』はあの中です! 私もディロンも、すでに中への攻撃を開始しています!」
「だが……効いていない! ジェルクやダグロン同様、瘴気のバリアか! 【エーテルアナイアレーション】!」
テナイア、続いてディロンが額に汗を浮かべながら伝えた。
やはりまずは精神攻撃を叩き込んで瘴気バリアを剥がす必要があるらしい。
「――わっ!? な、なに!?」
と、アシュリーが地面の方を見下ろしながら慌てている。
マナヤも見下ろしてみると、黒い大地の一部が醜悪に蠢いていた。じゅくじゅくと暗い青紫色の沼のようなものが発生し、そこから何かが盛り上がってくる。
沼の中から姿を現したのは、瘴気を纏う青白い氷竜。
「……フロストドラゴンだと!? まずい、飛び降りろ!」
マナヤが焦って皆に指示し、自らもひらりとサンダードラゴンから飛び降りた。他の四人もすぐさまそれに続く。
敵フロストドラゴンが放った氷のブレスが、サンダードラゴンを呑み込んだ。翼を含めサンダードラゴンの全身をズタズタに切り裂く。バランスを崩しつつも、なんとか体制を立て直したサンダードラゴンは氷竜へ稲妻ブレスで反撃。
「【キャスティング】!」
――【妖精の羽衣】!
落下しながら、シャラが錬金装飾を放ってくる。
全員の胸元に装着された、翅のようなチャームがついたネックレス。
それによって、五人は黒い建造物の手前にふわりとホバー着地した。
「ディロンさん、テナイアさん!」
アシュリーが剣を構えつつ後方の二人へ呼びかけた。
頷いて応じたディロンとテナイア。
「【スペルアンプ】」
「【インスティル・ファイア】」
テナイアの魔法増幅を受けた、ディロンの火炎付与魔法。
アシュリーの剣が青い炎を纏う。
「【シフト・スマッシュ】【ライジング・ラクシャーサ】!」
アシュリーが一瞬にしてフロストドラゴンに飛び込む。
サンダードラゴンに気を取られていた氷竜は、下からすくい上げるような剣撃をモロに食らった。青い炎の剣圧が青白い甲殻を砕き、一撃でフロストドラゴンを縦に叩き斬るように断裂。
一息ついたと思ったのも束の間。すぐに五人の眼前に広がっている沼から何かが続々飛び出してきた。
沼から大量のモンスターが現れてきたのだ。いや、生み出されていると言った方が正しい。
「まだ出てきやがるか! 【フレアドラゴン】召喚、【時流加速】!」
マナヤが火竜を召喚し、それを加速援護。
高速化したフレアドラゴンが何度もブレスを叩きつけるが、後から後からどんどんモンスターが湧いてくる。フレアドラゴンの撃ち漏らしを、アシュリーやディロンが捌いていた。
「【シルフ】召喚、【小霊召集】、【時流加速】!」
続いてマナヤは、落雷で攻撃する四大精霊『シルフ』を召喚した。そのシルフの精霊魔法を強化する小霊召集をかけ、さらに倍速化の魔法をも使用。
高速化したシルフが火炎に耐性を持つ敵をピンポイントに撃破していく。
「【魔獣治癒】、【時流加速】! くそ、なんなんだこいつら! キリがねえ!」
マナヤが召喚獣を援護しつつも苛立ち紛れに愚痴る。
まさに無限湧きとでも言いたげに、沼から際限なく現れるモンスター達。マナヤのみならず、一同みな焦りが募っていく。
「――マナヤ、アシュリー、シャラ! そこの狭間から中に入れ! 【ウェイブスラスター】」
ディロンが範囲魔法で敵を後方へ吹き飛ばしつつ、マナヤ達へ指示した。
見れば、ちょうどシャラの背後あたりに黒い城壁の隙間がある。そこからこの巨大建造物の中へ侵入できそうだ。
「私とテナイアは、ここでこのモンスター達を食い止める! こやつらに、お前たちの戦いの邪魔はさせん!」
「ちょっ、ディロンさん!? テナイアさん!?」
ディロンの提案にアシュリーがギョッと振り返る。
テナイアが汗を滴らせつつも、そんなアシュリーへ向けて叫んだ。
「私とディロンの千里眼ならば、ここからでも中で戦う皆さんを援護できます! 貴方たちは『邪神の器』を!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それなら無尽蔵にマナが使える俺達の方が!」
マナヤが慌てて割って入る。
魂の雫でマナが超回復するマナヤとアシュリーの方が、際限なしに湧く敵の処理には有効なはずだ。
「だからこそ貴方たちが行くのです、マナヤさん! 相手は『邪神の器』、どれだけ攻撃を撃ち込めば倒せるかもわかりません!」
「集団の敵を相手にするなら、範囲攻撃を得意とする黒魔導師の専門だ! ここは任せて、君達が一刻も早く『邪神の器』を倒せ! そうすればおそらく、このモンスター達は止まる!」
テナイアに続き、ディロンも戦いながら叫んでくる。
迷っていたシャラが、気づいたように名乗り上げた。
「そ、それならせめて私も! マナの補充をするためにも、錬金術師の私がいた方が!」
「君はマナヤ達にこそ必要だ! 相手が何をしてくるかわからん以上、君の錬金装飾による柔軟な援護は必須だろう!」
「でも、ディロンさん!」
「勘違いをするなシャラ、危険なのはむしろマナヤ達の方なのだぞ! 誰も死なせたくないのであれば、君がマナヤとアシュリーを守れ!」
ディロンに一喝され、ハッと息を呑むシャラ。
黙って逡巡していたアシュリーが、覚悟を決めたように唇を噛む。
「――わかりました、ディロンさんお願いします! マナヤ、シャラ、行くわよ!」
「あっ、ディロンさんテナイアさん! それじゃあせめて、これを!」
シャラは鞄を漁り、ごっそりと錬金装飾を掴み出した。
それをディロンとテナイアの方へ纏めて放る。
光の筋となったそれらの錬金装飾は、ディロンとテナイアの懐へと飛び込んだ。
「『魔力の御守』の半数と、防御用の錬金装飾を一通り渡しました! それで持ちこたえてください!」
「ありがたい! 感謝するぞシャラ!」
「それから、これも! 【キャスティング】」
ディロンの例に、さらにシャラはついでとばかりにさらに二つの錬金装飾を放る。
ディロンとテナイアの左手首にそれぞれ装着された。
――【増幅の書物】!
魔法の効果を高める錬金装飾だ。
「ありがとうございます、シャラさん! 行ってください!」
テナイアも礼を言いつつ、頼もし気な笑顔でシャラ達を促した。
「【封印】【サンダードラゴン】召喚、【時流加速》】! ディロンさんテナイアさん、そいつを残しときますのでなんとか耐えてください! ……二人とも、行くぞ!」
置き土産とばかりに、先ほど倒された飛竜を回収し再召喚したマナヤ。そしてすぐアシュリーとシャラへ振り返った。
真剣な表情で頷いた二人は、マナヤに続いて隙間の奥へと翔けていった。
(ディロンとテナイアの二人が死ぬ前に、俺達で『邪神の器』を倒す!)
そうすれば、大規模スタンピードと戦っている村の者達も救えるのだ。
決意と共に、マナヤは紫色の燐光が続く建物の奥へ奥へと翔け抜けた。
***
「ここか!?」
アシュリーとシャラと共に、隙間の奥を走り抜けた先。
建造物中央の空間と思しき大広間に出たマナヤは、周囲を油断なく見渡しながら叫ぶ。恐ろしく広く何もない、がらんどうの空間。どうやらこの建造物は何枚か重なった外壁だけしかなく、中身はほとんど空洞だったようだ。遥か頭上には一応天井も見える。
しかし内壁の紫色に光る幾何学模様くらいしか光源がなく、全体的に薄暗い。まだ微妙に暗闇に慣れない中、何があるのかと目を凝らし続けた。
「マナヤ! 上を見て!」
アシュリーが斜め上を指さす。
そちらを見上げると、何か塔のようなものの先端が見えた。
「な、なに、あれ……!」
シャラが震える声で戦慄。暗くて見にくかったが、ようやく目が慣れてくる。
三人の目の前にあったのは、骨の巨躯だった。
広間中央に、直径二メートルほどはあろう巨大な『背骨』のようなものが聳え立っている。二十階建てのビルほどの高さはあるだろうか。
そしてその先端には、『頭』に見えないこともない塊がついている。見た目はまるで、真紅と銀の二色からなる花弁で作られた薔薇。だが直径三メートルほどはあろうその塊は、花弁部分も含め金属のような光沢と硬質感があった。見るからに人工物といった雰囲気を纏っているゆえか、美しさは全く感じず嫌悪感しか湧かない。
太く長く聳え立つ背骨の両脇からは、肋骨のようにも見える翼じみたものが生えていた。まるでそれ自体が呼吸するかのように蠢いており、なびく度にギチギチと不気味な擦れ音を立てる。
「こんなのが、『邪神の器』だってのかよ……!」
悪夢から出てきたかのような姿に、思わずそう呟くマナヤ。
こんなものが、神が地上に顕現した姿だというのか。『邪神』というくらいだから、ある意味ではイメージ通りではあるのかもしれないが。
《――やはり貴様が来たか、マナヤ――》
と、そこへ空間そのものに響くかのような言葉が届く。
なぜか、どこかで聞き覚えのある重厚な声。
「なに!?」
「マナヤ、あそこ! なんか顔がない!?」
「顔だと!?」
アシュリーが指さした先は、ちょうど薔薇のような頭部のすぐ下あたり。
(……まさか)
その人相を検め、マナヤは血の気が引く。
たしかに背骨のような部分の先端近くに、緑色の『顔』のようなものがついていた。だが肌色こそ緑なものの、逆立った銀髪に威圧感を感じる顔かたち。そして先ほどの重厚感漂う声質。
「――トルーマン!?」
マナヤが散々戦った、召喚師解放同盟の元々の首領。トルーマンのものだ。
《――そうだ。貴様に殺された私は、栄えある『異の貪神』殿の意思として選ばれたのだ――》
その緑色のトルーマンの顔が口を開き、妙によく響く声で語り掛けてくる。
激昂するようにマナヤが叫んで応じた。
「意思だと!?」
《――この体は、『異の貪神』殿が顕現するためのもの。だが既にこの世界の神に滅ぼされたゆえ、この身体に宿るべき本体は既に存在しておらん――》
「じゃあ何か!? 代わりにお前が、抜け殻のその体を動かすための意識として成り立ってるってことかよ!」
《――その通り。貴様に殺されたあの日、『核』に私の魂が取り込まれ、この地に送り込まれた――》
マナヤは、トルーマンを殺した時のことを思い出す。
あの時、ヴァルキリーの槍で胸を貫かれたトルーマンの遺体から『核』が浮かび、しばらくその場で静止していた。
(まさかあの時、『核』にトルーマンの魂が取り込まれてたってのか)
その後飛んでいったのは、この神殿にトルーマンの魂を送り届けるためでもあったのだろう。
「それでお前は、邪神の身代わりに成り下がったってことかよ。堕ちるとこまで堕ちたな」
《――邪神? おかしなことを言う。このような狂った価値観を作ったこの世界の神こそ、『邪神』の名に相応しかろう!――》
トルーマンの激情に呼応するように、肋骨のような部位が大きく動いた。
地鳴りを響かせながら、その部位が大きく横に広がる。
《――予想のとおり、貴様が私の前に現れた。貴様に殺された雪辱、今ここで晴らしてくれる――》
「そんなことのために、世界を滅ぼすつもりかよ!」
《――知ったことではない。このような狂った世界、滅んだところで誰が困るものか――》
背骨に張り付いたトルーマンの顔が、醜く歪む。
《――我が同胞も、みな貴様に殺された。彼らの死を弔うためにも、この場でくたばれ、マナヤ!!――》
我が同胞、というのは召喚師解放同盟のことだろう。
――私やヴァスケス様では、おそらく『邪神の器』と戦えなかっただろう――
シェラドに一騎討ちを急いだことを問い詰めた際の、彼の返答を思い出した。
(そういうことかよ!)
今さらながら、あの言葉の真意に気づいて舌打ちする。
確かにヴァスケスやシェラドには、『邪神の器』と戦うことはできなかったかもしれない。トルーマンに多大な恩がある彼らでは、トルーマンの魂を持つこの『邪神の器』と戦う覚悟は持てなかっただろう。
「マナヤ、来るわよ!」
剣を構えたアシュリーが警告を飛ばす。
トルーマンの身体と化した『邪神の器』が、全身から瘴気を発する。
あの肋骨のような部位が広間の端まで届き、そのままマナヤ達を左右から挟み潰さんと迫ってきた。




