239話 大峡谷の氾濫 人馬
そのハスタルク村のさらに西隣にある村。
「――パトリシア殿! 次の人員を二時方向へ!」
「はい! 【ゲンブ】召喚、【重量軽減】」
ブライアーウッド王国からの援軍を率いる指揮官が指示を出す。
それに応じ、パトリシアはすぐさまリクガメ型モンスターを召喚。
騎士の一人が進み出て、そのゲンブの上に乗り込む。
――【伸長の眼鏡】
パトリシアの胸元で錬金装飾が光る。
ブライアーウッド王国の専属商人から、報酬の一環として受け取っていたものだ。
「しっかり捕まっててください! 【跳躍爆風】【跳躍爆風】【反重力床】!」
パトリシアがゲンブに跳躍爆風を二連射。
騎士を乗せたゲンブは二度破裂音を放ち、一瞬にして村の防壁西側へと跳んでいく。直後にかかった反重力床のおかげで、あの騎士は無事援軍が必要な場所に着地できたはずだ。
彼ら、ブライアーウッド王国からやってきた援軍は、ハスタルク村より先にある村への救援に回っていた。
移動中、ランシックが『通信石』によって別の村が危険に晒されているとの報告を受けたらしい。どうやら各地で想定を超えるモンスター襲撃を受けているようだ。
ランシックの判断でハスタルク村は一旦スレシス村出身の者達に任せ、ブライアーウッド王国の者達はそのさらに奥の村に送り届けられたのである。
「次、九時方向だ!」
「はい! 【ナイト・クラブ】召喚」
パトリシアは指揮官の次なる指示にともない、今度は人間より一回り大きい巨大なカニを召喚する。
こうやって村の中心に陣取り、弓術士の指揮官の指示に応じて必要な人材を跳躍爆風で送り届けているのだ。パトリシアをはじめとしたフィルティング男爵領の召喚師たちは、跳躍爆風の仕様や飛距離などに詳しくなった。運搬業で頻繁に使用していた恩恵である。
時折、騎士を乗せたゲンブが防壁からパトリシア達がいる村中央へも跳んでくる。手が空いた騎士達を、現地にいる召喚師が中央へ送り届けているのだ。あとは指揮官の索敵をもとに、またパトリシアが必要な戦力を適宜必要な場所へ送っていけばいい。
が、そこで急に指揮官の顔色が変わった。
「――な、なに!? まずい、まさか最上級モンスターが出るとは!」
「えっ!?」
「パトリシア殿、フロストドラゴンだ! 十二時方向、村の真南にフロストドラゴンが出現した!」
パトリシアも一瞬にして顔が青ざめる。
伝承系の最上級モンスター、フロストドラゴン。氷刃を大量に含んだ吹雪のブレスで攻撃する氷竜だ。
冷気に斬撃が伴うそのブレスを完全に防ぐ方法は少ない。召喚獣で受け止めようにも、他のドラゴンと違ってフロストドラゴンは対応する防御魔法が存在しない。素であのブレスを完全に無効化できるモンスターは僅か三種……『隠機HIDEL-2』『岩機GOL-72』『レイス』のみだ。そのいずれも、パトリシアは持っていない。
「もはや一刻の猶予もない! すぐに全軍を南方へ集中させて――」
「ま、待ってください! それは危険です!」
「パトリシア殿!?」
焦り顔の指揮官に対し、パトリシアは慌てて口を挟む。
教本の内容を思い出したのだ。フロストドラゴンを始めとした広域攻撃が可能なモンスターに対し、正面から大軍で当たるのは逆に危険だ。全軍が一斉にブレスの餌食となり、逆に被害が甚大となる。
すぐにそれを説明するが、指揮官は歯噛みしつつもパトリシアを睨んでくる。
「ではどうしろというのだ! 一人ずつ犠牲になっていくのを黙って見ていろとでも!?」
「――指揮官殿!」
と、そこへ騎士の一人がこちらへと駆けてくる。パトリシアも良く知っている黒魔導師だ。
「オウリックさん!」
「私が向かいましょう! 奴の弱点である炎の攻撃魔法、私がもっとも得意とするものです!」
ちらりとパトリシアへ目を向けた黒魔導師オウリックだが、表情を引き締め指揮官へと提案する。が、その指揮官はまだ迷っているようだ。
「し、しかし相手は長射程のフロストドラゴンだぞ。黒魔導師では射程が足りるまい」
「南方の防壁なら、建築士の騎士達も配備されているはず。彼らの防壁に守ってもらいつつ近寄れば!」
「だ、だがあまりにもリスクが……」
「時間がないのです、指揮官殿!」
オウリックと指揮官で口論が行われるが、指揮官よりもオウリックの方が焦れはじめた。
それを眺めていたパトリシアも、覚悟を決める。
「そ、それならわたしも行きます!」
「パトリシア殿!?」
「わたしの召喚獣で、フロストドラゴンの攻撃を受け止める囮くらいは出せます! その間にオウリックさんが攻撃してくれれば!」
戦力を村のあちこちへ配分する役目の途中だが、パトリシアも居てもたってもいられなかった。
下手をすれば、オウリックが死んでしまうかもしれない。それなのに自分が何の役にも立てないなど我慢ならない。
オウリックが柔らかくパトリシアへ微笑みかけた。
「……ありがとう、パトリシア。それでは我々二人が向かいます。よろしいですね、指揮官殿」
「う、うむ。わかった、お前たち二人に託そう」
「ハッ! ではパトリシア、頼む」
「はい! 【トリケラザード】召喚!」
パトリシアの召喚紋から、全身深緑の甲殻に覆われた三本角の巨大なトカゲが現れる。中級モンスターの中で最も体躯の大きい『トリケラザード』だ。
「よし、それでは――む?」
オウリックがパトリシアの手を引く中、突然馬の蹄音が聞こえる。
パトリシアも背後へ振り向くと、白に近い薄茶色の美しい毛並みを持つ軍馬がこちらへと駆け寄ってきていた。純白のたてがみが風に靡いている。
「アルゴ! お前、どうしてここに!」
「アルゴちゃん!」
オウリックの愛馬であるアルゴだ。
二人が驚いていると、アルゴは一つ嘶いて自らトリケラザードの尾あたりに両前足をかける。
「ま、まさかお前も行くつもりか!? 危険だぞアルゴ!」
慌てて手綱を引いてアルゴを降ろそうとするオウリックだが、アルゴは譲らない。
ブルルと鼻を鳴らしながら、勇ましげに首を回している。
「もしかしてアルゴちゃん……任せろ、って言ってる?」
なんとなくパトリシアには、アルゴの言いたいことがわかった。アルゴも主人と一緒に戦おうとしているのだ。
「……わかった。ならばアルゴ、共に戦おう! パトリシア!」
「はい!」
オウリックに誘導され、パトリシアは彼の手を支えにしてアルゴの背へ。
直後オウリック自身もひらりとアルゴに飛び乗り、パトリシアのすぐ後ろに腰を降ろした。パトリシアの背を守り、彼女の両脇を腕で包み込むようにしながら手綱を握る。
アルゴは頼もしげに嘶き、慎重にトリケラザードの上に乗り上げていく。
「いいぞ!」
「【重量軽減】【跳躍爆風】!」
オウリックの合図で、パトリシアはトリケラザードを跳ばす。
狙い違わず、二人と一頭を乗せたトリケラザードは村の南防壁の上へと降下していった。
「【反重力――えっ?」
反重力床で軟着陸しようとしたパトリシアだったが、その前にアルゴが動いた。
自身が乗っているトリケラザードを真下へと蹴りつける。
その反動で、落下速度が大きく低下した。
二人を乗せたアルゴが、防壁の上に軽やかに着地。
「すごいわ、アルゴちゃん!」
「ああ、うちのアルゴは凄いだろう! だがそれより、パトリシア!」
はしゃぐパトリシアをなだめるオウリック。
眼前には、もうすぐブレスの射程圏内まで近寄ろうとしているフロストドラゴンが迫っていた。弓術士が黒魔導師の付与魔法を受けて矢を放っているが、とても削り切れそうにない。
「私にひとつ策がある! アルゴを信じてはくれないか!」
***
「【猫機FEL-9】召喚!」
パトリシアが両手をかざし、彼女の足元に猫機FEL-9を召喚。
「いつでもいいぞ!」
オウリックが彼女へ声をかける。彼を乗せたアルゴは、トリケラザードの上に乗っていた。アルゴも『任せろ』と言わんばかりにブルルと鼻を鳴らしている。
オウリックは、自分の作戦には十分自信があった。アルゴも乗り気で張り切ってくれている。絶対に大丈夫だ。
少し緊張気味の顔をしているパトリシアだったが、それでもキッと前方を見据えた。
「いきます! 【跳躍爆風】【跳躍爆風】!」
まず跳ばしたのは、猫機FEL-9。
跳躍爆風を二連射することで、あっという間にフロストドラゴンの元へ。
あの氷竜の右前足あたりに着地した。
自身の足元目掛けて、フロストドラゴンが鎌首をもたげる。
「いまだ! 【跳躍爆風】【跳躍爆風】!!」
それを確認したパトリシアは、アルゴを乗せたトリケラザードにも跳躍爆風を二連射した。
踏ん張るアルゴの背の上で、景色がどんどん流れていく。
目指すは、フロストドラゴンの背だ。
やがてその跳躍が、落下に転じようとする。
「行け、アルゴ!」
オウリックの雄たけび。
ほぼ同時に、アルゴがトリケラザードの背から飛び出した。
再び高度と速度を取り戻すアルゴとオウリック。
足元へ攻撃しているフロストドラゴンの姿がぐんぐん迫る。
――そして、見事にフロストドラゴンの背に着地した。
「よくやった! 【ヘルズバーニング】!」
アルゴに労いをかけたあと、すぐさま準備していた魔法を放つ。
狙うは、すぐ目の前に見えるフロストドラゴンの長い首。
首のちょうど中央あたりに、巨大な炎の塊が炸裂した。
(マナヤ殿が書いたという教本通りか!)
これがオウリックの作戦だった。
フロストドラゴンはその攻撃方法の都合上、自身の背中に乗った対象を攻撃することができない。首を後方へもたげることができないそうだ。
そのため、あえて敵フロストドラゴンの背の上に乗るというのも戦術の一つであるらしい。
「よし、このまま――うお!?」
が、その時アルゴがバランスを崩しかけた。
フロストドラゴンが暴れはじめたのだ。
巨体に見合わぬ速度で左右へぐるんぐるんと旋回しはじめる。
背に乗っているオウリックに、なんとか首を向けようと躍起になっているようだ。
「く、そ! 誤算だった、これでは……!」
アルゴも懸命に踏ん張っているようだが、オウリックはそれに振り回され狙いを定められない。こんな状態で下手に魔法を放てば、アルゴに当たってしまう可能性もある。
――バシュ
と、そこへ急にどこかから破裂音が響いてきた。
跳躍爆風の音だ。
――ジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキ……
かと思えば、今度は何かが高速で切り刻まれるような斬撃音。
「な、なんだ!?」
突然、フロストドラゴンの動きが止まった。
その青白い全身が、バリバリと強烈な電撃に捕らわれる。その電撃は、氷竜の背に乗っているアルゴにも伝わってきた。
「アルゴ、大丈夫か!」
電撃で、アルゴが傷ついてはいないか。
そう心配したオウリックだが、アルゴはバランスを取り戻し平気そうな顔をしている。
気づけば、オウリックとアルゴの体が水色の燐光に包まれていた。フロストドラゴンから伝わってくる電撃のスパークを、その燐光が弾いている。
「これのおかげか!」
オウリックが自分の左手首へ視線を移す。
そこにはまっているのは、水色の宝珠がついたブレスレット。電撃を防ぐ錬金装飾『吸嵐の宝珠』だ。
『念のため、これをつけておいてください』
跳ばされる前、パトリシアにそう言われて渡されたものである。彼女が契約している商人から貰ったらしい。
「――なるほど、このために」
一息ついたオウリックは、フロストドラゴンの足元を覗き込んで納得の息を吐く。
フロストドラゴンの左前脚あたりを、人間大のカマキリが猛スピードで切り刻んでいた。
おそらく『帯電蟷螂ハメ』というやつだ。
最速の連撃速度を誇るモンスター『リーパー・マンティス』に、『感電』効果を伴う電撃獣与、そして全行動を倍速化させる時流加速をかけて突撃させる戦術。これに捉われた生物モンスターは、まったく身動きが取れなくなってしまうらしい。
もっとも、長射程高威力のブレスを放つフロストドラゴン相手にそうそう決まるものではない。普通ならば、接敵前に氷ブレスでリーパー・マンティスが瞬殺されてしまうのがオチだ。
だが先ほどのフロストドラゴンは、背のオウリックらを攻撃しようと躍起になっていた。パトリシアはおそらく、その隙を突いてリーパー・マンティスを送り込んだのだろう。
「我々も負けてはいられんぞアルゴ! 【ヘルズバーニング】!」
ならば遠慮はいらぬとばかりに、高位の火炎魔法を連射する。
すぐ近くで巨大な火球が炸裂するが、アルゴはまったく怯まなかった。踏ん張りつつも、首を攻撃しやすいよう細かく位置取りを変えてくれている。
みるみるうちに、フロストドラゴンの甲殻が剥がれていく。
結晶状の巨大な翼も、ぼろぼろと崩れていっていた。
その間、炎を纏った矢も降ってくる。防壁からの弓術士による射撃だ。アルゴはそれらが自身に当たらぬよう、しっかり矢を避けてくれていた。
「トドメだ!」
最後のヘルズバーニング。
それを氷竜の、巨体に比して妙に小さい頭部へと炸裂させた。
すぐに手綱を振る。
アルゴが、粒子と化しつつあるフロストドラゴンの背から跳び出した。
全身が溶けるように消えていく氷竜をバックに、オウリックを乗せたアルゴが空を翔ける。
――バシュウ
氷竜が完全に瘴気紋へと還ったのと、アルゴが着地したのはほぼ同時だった。
「【封印】! オウリックさん!」
そこへ、防壁から降りたパトリシアが駆け寄ってきた。
氷竜の瘴気紋を封印しつつも、心配そうな表情でこちらを覗き込んできている。
「パトリシア、感謝するぞ!」
「いえ、無事で良かったです。アルゴちゃんも」
こちらの無事を確認したからか、ほおっと安堵の息をついてアルゴの首を撫でる。気持ちよさそうにアルゴも嘶いた。
「おっと、あまりここに長居はしておれんな。パトリシア、私達を防壁の上へ戻してくれ」
「あ、はい! 【トリケラザード】召喚」
オウリックの指摘に、パトリシアはすぐにトリケラザードを召喚した。
すぐ目の前に広がる大峡谷の奥からは、まだモンスターが出てくるだろう。あまり防壁の外で長居していると、モンスターの群れに囲まれてしまう。
オウリックとパトリシアを乗せたアルゴが、トリケラザードの上に乗る。
「【跳躍爆風】!」
パトリシアの呪文と共に、二人と一頭は防壁の上へと跳躍した。




