238話 大峡谷の氾濫 救助
その頃、隣村であるハスタルク村。
「みんな、早くこっちへ避難を!」
「非戦闘員の誘導を急げ! 建築士一同は生き埋めになった者達の救助を!」
すでに南側、大峡谷に面している防壁を破壊され、村の中は大混乱に陥っていた。
騎士や村の戦士達が怒号を上げながら乱戦に巻き込まれ、家屋や施設はモンスターに破壊されどんどん瓦礫と化している。あちこちから悲鳴や泣き声も聞こえており、建築士達は総動員で救出作業に当たっていた。
「お、お願いです! スティラが、私の娘が!」
「危険だ、下がりなさい! おい! 誰か手の空いた建築士はいないのか!!」
そんな中で聖騎士の一人が、飛び出そうとする隻腕の女性を必死に止めていた。
女性は半狂乱になりながら、瓦礫と化した家の方へ駆けだそうと必死になっている。どうやら彼女の娘が瓦礫に生き埋めになってしまっているようだ。
だがあの辺りは他に崩れかけの建物も多く、いつまたモンスターがやってくるかもわからない。腕の片方を失い戦闘能力を持たないその女性が向かうには、あまりにも危険すぎた。
「――くっ、やはりこちらにも! 下がりなさい!」
予想通り、倒壊した防壁の外からなだれ込んできたモンスター達が向かってくる。
聖騎士は後ろ手で女性を止めながらも、それを独りででもなんとか迎え撃とうと身構えた。
「――【リベレイション】!」
そこへ、空から降ってきた女性の声。
突如、やってきたモンスターの群れが大きく吹き飛ばされた。入り込んできた防壁の穴へと押し戻されていく。
「【キャスティング】」
空から舞い降りたその女性は、錫杖をかざしつつも光を自身の首元へと押し込んだ。
――【妖精の羽衣】!
ふわり、と地面から少し浮くように舞い降りる。
「あ、貴女は、錬金術師か!?」
「はい! コリンス王国トゥーラス地区スレシス村所属、錬金術師のケイティです! 援軍に参りました!」
聖騎士の問いに、緊張を滲ませつつも舞い降りた女性――ケイティが答える。ランシックの岩波に連れられ、今到着したところだ。
「スティラ! スティラ!!」
「あっ待ちたまえ、まだ危険だ!」
と、その聖騎士が抑え込んでいた女性が駆け出した。
止めるのも聞かず、その先にある瓦礫の山へとすがりつく。
ケイティが慌てて駆け寄りながら問いかけた。
「もしかして、あなたのご家族が!?」
「は、はい! 誰か、誰か娘を助けて! まだこの下にいるんです!」
小さく唇を噛みながらも、ケイティは先ほどの聖騎士へ振り返る。弓を背負っているということは、この聖騎士は弓術士だろうか。
「そこの騎士さま! 建築士の人はいますか!? せめて白魔導師の方とか!」
「呼んではいるのだが、手が足りんのだ! この大騒ぎでは建築士にしろ白魔導師にしろ、どこも手一杯で回らん!」
「く……!」
ケイティは手にした錫杖、『衝撃の錫杖』を握りしめながら葛藤する。
この錫杖で瓦礫を叩き、瓦礫だけ吹き飛ばしてしまうこともできる。だが経験上、残った瓦礫が生存者の上に落ちて大怪我させてしまうリスクが高いことも知っていた。
「――ケイティ!」
「ティナ!」
そこへ、もう一人の少女が地上をホバーするように翔けてくる。『俊足の連環』と『妖精の羽衣』を装着したティナだ。
「良かった! ティナ、お願いできる!? この下に子どもが閉じ込められてるらしいの!」
「! うん、わかった!」
ケイティの懇願に二つ返事で頷くティナ。
瓦礫の状態を一通り確認した彼女は、前方へ手をかざす。
「【牛機VID-60】召喚!」
「お、おい君、何を!?」
「ひっ!」
いきなりティナが召喚紋を展開したことに慌てる聖騎士。子どもの母親らしき女性も思わず飛び退いていた。
召喚紋から現れたのは、全身が紫色の金属でできた牛型の機械モンスターだ。
さらにティナは間髪入れず、その牛機VID-60に補助魔法を連発する。
「【空間圧縮】、【秩序獣与】」
あっという間に牛機VID-60はしゅるしゅると小型化していく。子犬程度の大きさまで縮んだその牛型機械モンスターは、直後さらにその角から青白い光を発し始めた。
ティナが目を閉じると、小さくなったその牛機VID-60は瓦礫の隙間へと入り込んでいく。
「お、おい!」
「大丈夫です、任せてください! こういうのは、私達の専門なんです!」
思わず止めようとする聖騎士を、ケイティがそっと押しとめる。
目を瞑っているティナは、牛機VID-60を視点変更によって細かく操作していた。
「――見つけた!」
ティナが目を見開いて鋭く呟いた。どうやら、閉じ込められている子どもを見つけたらしい。
「や、やぁっ! こないで、こないでぇ!」
ティナが視点を牛機VID-60に戻すと、瓦礫の中で八歳ほどの女の子が半狂乱になっている。角から光を発している、小型化した牛機VID-60の姿に怯えているようだ。
〈そこの子! 私の声が聞こえる!?〉
「えっ!?」
ティナは、牛機VID-60を通して少女に声をかけた。モンスターから人の声がして、ビクッと身を震わせたその女の子が不思議そうに見つめ返してくる。
〈大丈夫、これは私の召喚獣だよ! すぐにそこから助けてあげるから!〉
「や、やぁ……っ」
〈いい!? もうすぐしたら、この召喚獣が元の大きさになるの! そうしたらすぐにその下に隠れて!〉
「や、やだっ! こわい……!」
しかし少女は、またしても徐々に脅えが広がっていってしまう。いくら人の声がしたとはいえ、モンスターが恐ろしいことに変わりはないのだろう。
――ズゴンッ
その時、牛機VID-60が瓦礫の中で元の大きさに戻る。空間圧縮の効果時間が切れたのだ。
瓦礫をかすかに持ち上げ、閉じ込められた少女も身動きしやすくなったはずだ。しかし少女は「ひぃっ」と悲鳴を上げたあと泣き出してしまった。
一旦ティナは視点を自身に戻す。
「ケイティ、二十七番!」
「りょーかいっ」
ティナの指示に従い、ケイティはすぐ鞄から目的の錬金装飾を取り出した。それをティナの左手首に装着する。
――【転視の鏡石】
ティナはその錬金装飾がはまった腕を瓦礫の中に向ける。その状態で、少女の母親らしき女性へと視線を移した。
「目を閉じて! 見える? あなたのお母さんが」
「……お、おかあ、さん……!」
瓦礫の下から、希望を感じるような呟くが届く。
この『転視の鏡石』は、自分の視界を他者へと見せることができる錬金装飾だ。
「大丈夫! 私達がきっとあなたを助けて、お母さんのもとに返してあげるから!」
「おかあさん……」
「だから、私達を信じて! VID-60の下に隠れて、お願い!!」
ティナは必死に説得を続ける。
これから瓦礫を持ち上げるにあたって、瓦礫の破片が少女の上に落ちてこないとも限らない。それを防ぐためには、まず牛機VID-60の体の下に潜り込んでもらい、それを屋根代わりにして身を守る必要がある。
「う、ん……!」
勇気を出した少女の声が聞こえる。
ティナが視点を牛型モンスターに移すと、少女がなんとか這うようにして怖々と牛機VID-60の下へもぐりこんでいくのが見えた。
「――ケイティさん! ティナちゃん!」
「あっ、ライアンさん!」
そこへ、やはりホバーするようにもう一人の男性がこちらへ翔けてくる。
緑の長髪をオールバックにした若い男性、ライアン。かつてはスレシス村で召喚師解放同盟に拾われたが、テオに説得され改心した。召喚師解放同盟の情報を王国の者達に伝えた功績もあって、今は釈放され皆と一緒に暮らしている。
「ちょうどよかった! ライアンさん、手伝ってください! 【ガルウルフ】召喚!」
「瓦礫を持ち上げるんだな! 【ガルウルフ】召喚!」
ティナが指示しつつモンスターを召喚すれば、ライアンもすぐに意図を察して同じモンスターを召喚。
二人して視点変更し、そのガルウルフを瓦礫の下へと送り込んだ。
「ケイティ、合図おねがい!」
「ええ! じゃ、いち、にの……」
ティナに応え、ケイティがカウントを始める。
ライアンとティナは、ガルウルフが潜り込んだ先へ手をかざしていた。
「――さんっ!」
「【跳躍爆風】!」
ケイティの〝三〟の声に合わせ、ティナとライアンは同時に跳躍爆風を使う。
バシュ、という破裂音と共に、瓦礫が持ち上がった。
二体のガルウルフが同時に跳躍し、瓦礫を一気に押し上げたのだ。
「【次元固化】!」
さらに二人は、跳び上がり瓦礫を押し上げたガルウルフに次元固化を。
ガルウルフが瓦礫を斜めに支えたまま中空で動きを止める。
バラバラと落ちてきた瓦礫の破片は、牛機VID-60の背に止められる。その下に隠れている少女には当たらない。
「ケイティ!」
「ええいっ!」
ティナの合図で、ケイティは手にした『衝撃の錫杖』を振るった。
ガルウルフによって持ち上げられた瓦礫に叩きつけられる。
勢いよく吹き飛んだ瓦礫は、崩れた防壁の奥へと消えていった。
「【送還】、もう大丈夫だよ!」
「スティラ!!」
安全を確保し、ティナが牛機VID-60を消し去る。
その下から現れた少女が立ち上がり、母親の元へと駆けていった。
「スティラ、スティラ! 良かった、よかった……!」
「おかあさん……おかあさぁん……っ」
「あ、あの! みなさま、娘を助けてくださって、ありがとうございます……っ」
涙しながら無事を喜び合う母娘。
母親は娘を抱きしめて涙を流しながら、ティナ達へ礼を言ってくる。
ケイティは目元を軽く拭いながら、そんな二人へ笑顔を向けた。
「気にしないで。はやく、あなたたちも避難した方がいいわ」
「そ、そうだな。早く避難所へ急ぎなさい」
聖騎士も思い出したように動き、二人を安全圏へと誘導し始める。
残されたケイティ、ティナ、ライアンの三人は顔を見合わせ、感慨深く微笑んだ。
「――うわああっ! ま、また来たぞ!」
しかしそんな中、また悲鳴じみた声が耳に届く。
いまだ修復されぬ防壁、そこに空いた穴からまたモンスターが侵攻しようとしてきているのだ。
ティナは一瞬瞳が揺れたが、すぐに決意を固め唇を引き絞る。
「……ッ、ライアンさん! 他の人達の救助をお願い!」
「お、おいティナちゃん、どうする気だ!?」
「ケイティ! 十八番と二十番はもうあるから、残り一番をお願い!」
戸惑うライアンを無視して、ケイティへ指示を出すティナ。が、当のケイティはその指定に目を剥いた。
十八番とは『俊足の連環』、二十番は『妖精の羽衣』だ。そして一番とは……
「その三つって……あ、あんたまさか!?」
「お願いケイティ! 故郷みたいに、この場所まで滅ぼしたくないの!!」
心配そうにティナを見つめるケイティだが、ティナの決意は堅い。
自身も同じく唇を引き絞ったケイティは、意を決して鞄から錬金装飾を取り出す。
「もう! 絶対に死なないでよティナ! 【キャスティング】」
ケイティが投げた、書物のようなチャームのついた番号『一番』の錬金装飾がティナの首元へ。
――【増幅の書物】!
補助魔法の持続時間を延長できる錬金装飾だ。
「【サンダードラゴン】召喚っ!」
おもむろに空に向かって手をかざしたティナ。
そこから巨大な召喚紋が現れ、その中から青い飛竜が飛び出してくる。
「さ、最上級モンスター!?」
「皆さんはできるだけ離れて! 【戻れ】!」
聖騎士が慄いている間にも、ティナは指示を飛ばしサンダードラゴンにも命令を下した。
青い飛竜は空中を旋回し、ティナの上空あたりを周りはじめる。
上空のその飛竜に、ティナは手をかざした。
「――【竜之咆哮】!」
――ギャオオオオオンッ
サンダードラゴンが首を天に向け、巨大な雄たけびを上げる。
とたんにその全身に金色のオーラが取り巻いた。
直後、襲ってきたモンスター達の動きが変わる。
村の奥には目もくれず、全てのモンスターがティナの雷竜へと方向転換した。
「ケイティ! 活路おねがい!」
「【リベレイション】!」
ケイティが『衝撃の錫杖』を振りぬくと、崩れた防壁あたりに群がっていたモンスター達が吹き飛ぶ。
その間隙をつき、ティナは『妖精の羽衣』効果で地面をホバーするように翔け抜けた。背から一対の妖精の翅を生やして飛び出したティナに追従するように、上空の雷竜もその真上に付き従う。
(モンスター達を、この村から引き離さないと!)
ティナは『俊足の連環』効果もあってすさまじいスピードで翔けていく。それについてきている雷竜だが、村を襲っていたモンスターが全員、その雷竜を追うように突進してきていた。
補助魔法『竜之咆哮』の効果だ。一定範囲内の敵はみな、この魔法がかかった竜だけを付け狙うようになる。
ティナはそのまま、蛇行するように細かく動きながら翔け抜け続けていた。
追ってくるモンスターの中から、射撃モンスターが時折サンダードラゴンへと攻撃を仕掛けてくる。が、蛇行しながら飛んでいるサンダードラゴンには、その攻撃は当たらない。
ティナは、『竜哮寄せ』という戦法を使っているのだ。
ドラゴンに竜之咆哮をかけ、その上でそのドラゴンが敵の攻撃を受けぬよう逃がし続けるというもの。敵はそのドラゴンしか狙わなくなる上、そのドラゴンに攻撃を加えることもできなくなる。周囲の安全を確保し続けることができるというわけだ。
ティナが蛇行しながら移動しているのは、サンダードラゴンへ放たれる射撃攻撃を可能な限り命中させにくくするため。『猫バリア』の応用である。
(まずい、飛行モンスターが群がってきた)
モンスターの群れを引き付けるように走り回っていると、追ってくる飛行モンスターの数が増えてきていることに気づく。
サンダードラゴンを使った『竜哮寄せ』は、飛行モンスターに弱い。飛竜の巨体だと、空から攻撃してくるモンスターを『猫バリア』の要領で防ぐのが難しいからだ。小さな飛行モンスターが張り付いてしまうと、小回りの利かないサンダードラゴンの巨体では対処しにくくなる。
今はとにかく、追いつかれないよう距離を取り続けるしかない。せめて村の防壁が復旧するまでは。
(……え?)
が、前方から砂煙を上げて何かが近づいてくる。
ランシックの岩波ではない。もっと小型のものが、隊列を組んでこちらに走ってくる。
「あれは!」
ようやくその先頭の姿が見えてきた。
隊列の中から何かが突出してくる。スピードを上げて近づいてきたそれは、ティナの手前で大きく上に跳躍した。
茶色い屈強な軍馬。そしてその背に跨った、コリンス王国直属騎士団の制服を纏った女騎士。
軍馬がティナを跳び越えるように跳躍。
女騎士はさらにその背からもっと上へと跳び上がった。
迫りくる飛行モンスター達と、ほぼ同じ高度になる。
「【ホライズン・ラクシャーサ】!」
女騎士が、巨大な剣を水平に薙いだ。
途端、透明な衝撃波が発され、迫りくる飛行モンスター達を呑み込む。
その大半の身体を一撃で消し飛ばし、バラバラと瘴気紋だけが降ってきた。
ティナも思わず足を止め、その光景に見入ってしまった。
(すごい……!)
感嘆するティナの視線の先で、女騎士が空から落下してくる。
既に着地していた軍馬は、彼女の落下予測地点へ先回り。
その背に向かって、女騎士は華麗に飛び降り跨った。
「お前たちにもくれてやろう! 【ホライズン・ラクシャーサ】!」
そのまま女騎士は、軍馬の背の上で剣を再び横薙ぎに。
砂を蹴立てながら飛んでいく衝撃波。
地上から迫りくるモンスター陣の大半を、一撃で薙ぎ払った。
軍馬に跨ったまま上半身だけ振り向く女騎士。
「――失礼、わが国の召喚師だろうか?」
「えっ? あっはい、私はコリンス王国トゥーラス地区スレシス村の……」
「やはり同胞だったか。サンダードラゴンなど従えているから何事かと思ったが」
しどろもどろに答えるティナに、苦笑しながら女騎士は大剣を肩に担いだ。
よく見るとその大剣は、穴だらけだ。いや、正確には『骨組みだけの剣』と言うべきだろうか。
柄からそのまま上に延長したかのような、金属製の支柱が中心に走っている。その支柱から葉脈のように外側へと何本もの梁のようなものが伸び、剣の淵にある刃の部分を支えている構造だ。
「コリンス王国直属騎士団剣士隊。遅ればせながら救援に参上した。私は剣士隊隊長、アイシニア・コルベット。助太刀しよう」




