236話 氾濫
「で、きた……!」
錬金装飾を作り始めて、八日目。
シャラが手元のブレスレットを上に掲げ、感嘆の声を漏らす。わぁっと周囲から歓声が上がった。
――【防蝕の遺灰】
粉のようなものが詰まっている小さな瓶のチャームがついたブレスレット。これが、瘴気から魂を守る錬金装飾だ。
「やったね、シャラ!」
「ありがとうケイティ。でも、これでやっと一個目なんだよね」
ケイティが少し疲れた顔で、それでもどこか解放感ただよう表情でシャラをねぎらう。
だがあまり喜んでばかりもいられない。加工した素材を、最後の結合のために全部使ってしまった。大元の素材はまだまだ残ってはいるが、またそれらの加工から再スタートしなければならない。
「よーしみんな! まだやっと一個完成しただけなんだから! 気を抜かないでいくよー!」
ケイティがパンパンと手を叩き、皆を促す。
慌てて全員が顔を引き締め、再び席について一から作業を再開した。
「じゃあ、私も――」
シャラも最初の素材加工を再開すべく、もう一度席に着いた。
その時。
「――シャラ!!」
勢いよく扉が開けられ、飛び込んでくるアシュリー。彼女の表情は、今までで一番の焦りを宿している。
「アシュリーさん?」
「シャラ、例の錬金装飾はできてる!?」
「え? 今ひとつできたところですけど……まさか!?」
アシュリーの表情から、シャラもまさかと思い至る。
――ゴゴゴゴゴ
直後、かすかに地鳴りがしはじめた。テーブルの上もビリビリと震えはじめている。
「マナヤから連絡があったわ! とうとう始まっちゃったみたいよ!」
「そんな!」
険しい顔のアシュリーを前に、シャラが椅子を蹴立てて立ち上がる。
とうとう、『邪神の器』が完成してしまったのだ。
これから大規模スタンピードが発生するだろう。この地鳴りは、モンスターの大群が迫ってきているためか。
シャラはチラリとテーブルの上を見やった。
先ほどできたばかりの『防蝕の遺灰』がひとつ。今からどれだけ急いだとしても、これを増やすことは一日そこらでは不可能だろう。
そうこうしている間にも、揺れはどんどん酷くなる。
「くっ、もう時間がないわ!」
アシュリーはおもむろに抜剣し、集会所を飛び出していく。
「あっ、待ってアシュリーさん!」
慌ててシャラも鞄を掴み、彼女のあとを追って駆けだした。
***
「【スペルアンプ】」
「【ウェイブスラスター】!」
村の防壁南端。
その防壁の上に立っているのは、すでに虹色のオーラを纏ったディロンとテナイアだ。広範囲の衝撃魔法を放ち、モンスターの侵攻を抑えているらしい。
「ディロンさん! テナイアさん!」
「シャラ!」
「シャラさん、例のものは!?」
二人とも、戦いながらもシャラに応じる。
出来上がったばかりの『防蝕の遺灰』を掲げてみせる。
「ひ、ひとつだけ完成しました! でも、今日中にこれ以上用意するのは無理です!」
「く……! 相当数のモンスターが大峡谷の奥から、こちらへと迫ってきているようだ。おそらく、大峡谷に面している他の村にも……!」
「もはや一刻の猶予もありません。モンスターを凌ぎつつ、『邪神の器』を破壊しに行かなければ」
シャラの返答に、ディロンもテナイアも歯噛みしている。
きっと大規模スタンピードは、もうすぐこちらに到達してしまうだろう。際限なくモンスターが溢れだしてくるという話だ。止めるには、瘴気ドームに入って『邪神の器』を倒すしかない。
「――くそ! ディロンさん、テナイアさん! 抑えられるか!?」
「あ……マナヤ、さん」
そこへ、マナヤも城壁の上へと駆けあがってきた。
少し気まずそうにしながら、マナヤが前方を睨み顔をしかめる。結局、テオは一度も起きてこなかった。
覚悟を決めたシャラは、顔を引き締めマナヤとディロンを交互に見やった。
「マナヤさん。みなさん。私が行きます、いいですよね!?」
「……シャラ」
「マナヤさん、お願いします! テオと同じ身体を持ってるマナヤさんが行くのに、私が行かないわけにはいかないんです!!」
複雑そうな表情をしているマナヤに、すがりつくように懇願するシャラ。
下手をすればテオが死んでしまうかもしれないのだ。彼をマナヤごと守るためにも、戦いを見届けにいかなければならない。
「……わかった。ディロンさん、テナイアさん、アシュリー、いいよな?」
マナヤは表情を険しくしつつも、後方の三人に振り返る。
「いいわ。錬金術師がいるっていうのは、継戦能力にかかわるものね!」
パン、と正拳を手のひらに打ち付けながら不敵な笑みを浮かべるアシュリー。
ディロンとテナイアも顔を見合わせ、頷いた。
「わかった。どのみち瘴気対策の錬金装飾もそう簡単に増やせないのだろう。この五人で向かうぞ」
「問題は、これから村へ来るであろうスタンピードです。際限なくモンスターが溢れだしてくるそうなので、村の守りが……!」
テナイアの懸念はもっともだ。
既に、錬金術師以外の非戦闘員は聖都へと逃がしている。それに大峡谷に面している村々には、ランシックが手配して手勢を揃えてあった。
だが、それで一体どこまでしのげるものか。
「くっ、来たぞ!」
ディロンが目を開け、前方へ構える。
大峡谷の奥から、何かが大量に走り寄ってくるのがもうわかった。岩陰の奥から色々なモンスターの姿が見え隠れしている。
「俺達が抑えるしかねえ!」
マナヤが据わった目になって、前方を睨みつけていた。
ここで応戦せねば、バルハイス村が危ない。そう判断してのことだろう。
……が。
「――【ワイアーム】召喚、【竜巻防御】【電撃獣与】【行け】!!」
男性の声。
直後、巨大な空飛ぶヘビ『ワイアーム』がシャラ達の頭上を翔けていった。旋風を纏い電撃を牙に宿した状態で、峡谷の奥に潜むモンスター達へと突っ込んでいく。
「マナヤさん! みんな! ここは俺達に任せろ!」
「私達が協力して、この村を守ります! マナヤさん達は先へ行ってください!」
そこへ駆け寄ってきたのは若い男性召喚師と女性白魔導師。
セメイト村の召喚師カルに、その嫁であるサフィアだ。
「カル!? サフィアさん!?」
マナヤが振り向いて目を剥いていた。
ニッ、とマナヤへ頼りがいを感じる笑みを向けてみせるカル。
「こういう時のために、俺達が来たんだ! 後は任せてくれ!」
「ッ……そうは言うが、お前らだけで凌げんのか!?」
「ひでぇなマナヤさん! これでも俺達、ちったぁ優秀になったんだぜ!」
親指で自分自身を示しているカルは、本当の自信に満ちている。
さらにそこへ、新たに四人の人物がマナヤ達のもとへ駆けあがってきた。その人物らを見渡し、シャラはパッと表情を明るくする。
「ジェシカさん、サフィアさん! オルランさんにニスティさんも!」
スレシス村を救った際、セメイト村から援軍として呼んだ召喚師たちと、そのパートナー達がここに揃った。
「皆さんには、私達も何度も救われましたから! 今度は私達が皆さんを助ける番ですよ!」
「一番危険な任務に君達を向かわせるのだ! 我々にもこのくらいはさせてくれ!」
おかっぱの緑髪を揺らしながら、迫りくる極大スタンピードへと構えを取るジェシカ。同じくオルランもそちらを油断なく見据え、いつでも召喚できるよう手を前方へ差し伸べていた。
さらにそこへ……
「あたしもジェシカと一緒に、ここの援護をするわ! こういう時のためにずっと訓練してきたんだから!」
「エメルさん……」
シャラの肩をポンと叩いたのは、ジェシカの親友となった弓術士のエメルだ。既に弓を構えながらシャラへ微笑んでくる。
「あたしも混ぜてもらおうかい、マナヤさん! なあに、建築士にとっちゃ戦いやすくていい場所だよ、ここは!」
「ニスティさん」
オルランの嫁となったニスティも、マナヤに対し力こぶを作って見せながら笑った。
峡谷があって操れる岩が多いこの場所は、建築士に有利な土地であるようだ。
「オレ達もここを守ってみせる!」
「ええ! デルリンピックで散々練習したんだもの! 今の私達ならなんだってできるわ!」
と、気づけばここの村人達も集まってきていた。
クラスに関わりなく、全員が心を一つにしていた。峡谷からいよいよ溢れだしてくるモンスターの群れへ、一丸となって向き合っている。
「――【キャスティング】」
と、そこへ背後から少女の声。
光の筋が幾本も空中を舞い、それらが前線の者達へと飛びついていった。
――【増幅の書物】!
技能や魔法の効果を高める錬金装飾だ。
「私達も手伝うわ!」
そこへ声を上げたのは、ケイティだ。
「私達が来たのは、こういう時のためでもあるんだから! こっちにくるモンスターくらい、私達が蹴散らしてみせる!」
「私も手伝います!」
さらに別の少女の声も飛び込んでくる。ケイティの妹分であるティナだ。
防壁の上へ駆けあがってきた彼女は、すぐに両手を前方にかざした。
「【サンダードラゴン】召喚っ!」
巨大な召喚紋から飛び出していったのは、全身が蒼い鱗で覆われた飛竜。
「【狩人眼光】、【行け】!」
即座にティナは、そのサンダードラゴンに射程延長の補助魔法をかけた。
一瞬だけ碧の閃光に包まれた雷竜は、超遠距離から一陣の稲妻を吐く。
峡谷の間を縫って正確に敵モンスターを狙い撃ち、灼き尽くしていた。
ティナは雷竜の動きを目で追いつつ、ケイティの隣に並んでシャラへ向き直る。
「私もケイティも、シャラさんや皆さんに助けられました! こんな時くらい、お手伝いさせてください!」
「ティナちゃん……ケイティ……」
思わず目が潤んでしまうシャラ。
そんな彼女に、ケイティとティナが頼もしげに微笑んで見せた。
「――マナヤさん、アシュリーさん! わたしも頑張ります!」
「パトリシア!?」
「えっ、パトリシアさん?」
さらにそこへ、パトリシアも駆けこんでくる。マナヤとアシュリーが振り向くと、パトリシアはマナヤに向かって小さくガッツポーズを。
「以前は、マナヤさんに迷惑をかけちゃいましたから。恩返しさせてください。きっとこの村でスタンピードを食い止めてみせます!」
「いいのか? あんたに頼っちまって」
「はい。忘れましたか? 跳躍爆風の扱いに関してはわたし、マナヤさんにもお墨付きをもらってるんですよ」
ふわ、とはかなげに微笑む。
しかしその裏には、確かな自信を宿していた。ニッと不敵な笑みを返して見せるマナヤ。
パトリシアの視線は、まだ少し気まずそうにしているアシュリーへと移る。
「……アシュリーさん。改めて、前は迷惑かけてごめんなさい」
「いや、それはいいんだけどさ……」
「マナヤさんのこと、一番信じているのはあなたなんですよね。わたしは、信じることにかけてもアシュリーさんには適いませんでしたから。マナヤさんのことをお願いします」
「……ありがとね、パトリシアさん」
ふっと微笑み返すアシュリー。
そしてマナヤが他四人へ順番に目くばせしながら、号令のように叫び放った。
「よしッ、ならここはお前たちに任せた! 俺達は一秒でも早く、『邪神の器』を倒す!」
アシュリー、ディロン、テナイアが頷く。
マナヤが最後にシャラに目くばせしたところで、シャラは鞄から十五個ものブレスレットを取り出した。
「【キャスティング】」
――【治療の香水】!
――【増命の双月】!
――【跳躍の宝玉】!
一人ごとに三つずつの錬金装飾が装着されていく。
五人は防壁の端に立ち上がった。
峡谷から溢れだしてきているモンスターたち目掛けて、マナヤも防壁の上で手をかざす。
「召喚【サンダードラゴン】!」
ティナのものとは別の、もう一体の青い飛竜が飛び出してくる。
直後、五人は一斉に防壁から跳躍。
サンダードラゴンの背に跳び乗った。
皆を乗せたサンダードラゴンは、稲妻を吐きながらも大峡谷へ突き進む。
「マナヤ!」
「おう!」
雷竜の背の上。アシュリーの合図で、マナヤは手を差し伸べた。
その手をアシュリーが取り、二人して目を閉じる。
「【共鳴】――【魂の雫】!」
マナヤとアシュリーの『魂の雫』が発動し、虹色のオーラが二人を覆った。
「ディロンさんとテナイアさんは温存してください! 突破口は、あたし達が切り開きます!」
既に『共鳴』を発動しているディロンとテナイアを気遣い、アシュリーが雷竜の上で立ち上がり抜剣。
千里眼中の魔法は、発動する距離に応じてマナ消費が増える。シャラの『魔力の御守』もだいぶ多めに用意してはいるが、こういう露払いはマナを無尽蔵に使えるマナヤとアシュリーの方が適任だ。
アシュリーが剣を横薙ぎにする。
「【ペンタクル・ラクシャーサ】!」
サンダードラゴンの背から巨大な衝撃波が発生。
大峡谷の中へと扇状に広がっていき、岩肌を避けてモンスターたちだけを薙ぎ払っていく。
サンダードラゴンの射程圏内から敵が消えた。
これで、飛竜を指定する方向へ直進させることができるようになる。
「行くぞ! 【時流加速】!」
マナヤがサンダードラゴンを加速。
射程圏内に敵がいなくなった雷竜は、マナヤ達五人を背に乗せて大峡谷の奥へと疾風のように翔けていく。
(みんな、俺達が『邪神の器』を壊すまで持ちこたえてくれよ!)
サンダードラゴンに視点変更したマナヤは、その待機先を遥か前方へ設定。
目指す先は、『邪神の器』が待つ瘴気のドームだ。




