234話 人材の集合
その四日後、バルハイス村。
「シャラさんすみません、また失敗です! まだ素材はありますか!」
「はい、こちらに! 慌てずに、落ち着いて作業してください!」
村で一番大きな集会所内で、シャラ含め村所属の錬金術師らが慌ただしく作業を続けていた。王都から派遣されてきた錬金術師も混ざっている。シャラ自身も、バルハイス村近郊で採れる素材やランシックが運んできてくれた素材を取り、既に加工を始めていた。
(思った以上に難しい。なかなか安定して結晶化できない)
今シャラが行っているのは、鉱石のようなものから必要な成分のみを抽出する工程だ。石に錬金術師のマナを込め、必要成分だけを分離。それを純化させるためにクリスタル状に固めているのである。
しかし成分を取り出すだけならばまだしも、結晶化までさせるのは困難極まる。クリスタル状にすることで不純物を徹底的に取り除くのだが、マナの加減が難しい。結晶化が早すぎると粉々に砕けて最初からやり直しであるし、慎重になりすぎると不純物が混じって構造が変成した状態で結晶化してしまう。最悪、素材そのものが再利用不可能にすらなってしまいかねない。
(結晶化して純化させた後は、また粉末状にしないといけない。それも、埃とか不純物が混じらない環境で)
内心焦りつつも、シャラは目の前の作業に再度集中する。
幸い、結晶化前の素材にはまだ余裕がある。昨日、ランシックが岩の波に乗せて運んできてくれたおかげだ。
「……ひとつ、できた!」
結晶化にようやく成功し、シャラは思わずそれを手に取って立ち上がった。周りの錬金術師が驚いて振り向き、わっと歓声を上げる。
「みなさん、まだ気を引き締めてください! この先の工程が失敗する可能性もあるので、一つでも多く結晶が必要です!」
だがすぐに真顔になったシャラが周りへ指示。すぐに真剣顔に戻って頷いた錬金術師たちは、即座に作業に戻る。
「――シャラさん、大変です! 最上級モンスターが!」
「えっ、最上級モンスター!? こんな時に!」
と、そこへ扉をやや乱暴に開いて男性が駆け込んできた。
思わずシャラは立ち上がり、近くに置いておいた鞄をつかみ取る。戦いに備えてのことだ。
「あ、いえ。襲ってきたわけではなく……」
「え?」
が、報告にやってきた男性は少し気まずそうだ。
男性に促され外に出る。
と、村の者達が頭上を見上げて騒いでいた。
「えっ、サンダードラゴン? 瘴気がない……」
いつだか見た、全身を真っ青な鱗に覆われた飛竜。それがこの村の上を旋回していた。
伝承系の最上級モンスター、サンダードラゴンだ。瘴気をまったく纏っていないということは、野良ではなく召喚獣。
「――シャラさーん!」
「シャラ! お待たせー!」
その飛竜が真上に来ると、そこから聞き覚えのある声がする。
シャラが目を凝らすと、飛竜からこちらを見下ろして手を振っている人影が見える。赤髪ポニーテールの少女と、シャラと同い年ほどの短い茶髪女性だ。
「ティナちゃん! ケイティ!」
「――【キャスティング】!」
茶髪の少女ケイティが、『キャスティング』を放ちながら飛竜から飛び降りてくる。赤髪ポニーテールの少女ティナも、そしてその他飛竜の背に乗っていた者達もそれに続いた。
――【妖精の羽衣】!
飛び降りてくる者達全員の足首に、翅のようなチャームがついたアンクレットが装着される。
彼女らの背から透明な妖精の羽のようなものが現れ、ふわりと地上スレスレで浮遊し舞い降りてきた。何名かは、大きな袋も背負っている。
「ケイティ!」
「シャラ、ひさしぶり!」
シャラが駆け寄り、ケイティは自身の『妖精の羽衣』を消しながら彼女を抱き留めた。傍らには、ケイティの妹分であるティナもいる。先日までセメイト村に研修にきていた、スレシス村出身の二人だ。
「あのサンダードラゴンって、もしかしてティナちゃんの?」
「はい、シャラさん! サンダードラゴン視点にして誘導してきたんです! 大変でしたけど……」
ティナにも声をかけると、少し困った顔になって上を見上げた。そこではまだサンダードラゴンが村の上を旋回している。
「それでケイティ、どうしてここに?」
「あれ? シャラ、お貴族様から聞いてないの?」
「お貴族様?」
「うん。私達、ヴェルノン侯爵家の人から依頼を受けてきたんだけど――」
説明を始めようとするケイティだが、そこへ村人がまた大声を上げ始める。
「お、おいまだ何か飛んでくるぞ!」
「な、なんだありゃ!? でっかいヘビが空を飛んでる!?」
シャラもそちらへ目を向けると、全身が深緑色の巨大ヘビが空に見えた。体の中央あたりからコウモリのような翼を一対生やし、それを羽ばたかせてまっすぐこちらへ飛んでくる。
精霊系の最上級モンスター、ワイアームだ。ティナがそちらを見上げて喜ぶ。
「あっ、カルさん達も追いついてきましたね!」
「え? カルさん?」
シャラもそのワイアームを見上げると、やはり上に十数名の人影が乗っていた。
それが頭上までやってくると、乗っていた一人がこちらへ声を張り上げてくる。
「――おーいケイティさん! こっちも頼む!」
「はいはーい! 【キャスティング】」
――【妖精の羽衣】!
ケイティがさっそく、さきほど皆から回収した『妖精の羽衣』を投げる。
ワイアームの上へとそれらが飛んでいったかと思えば、乗っていた者達がこちらへ飛び降りてきた。先ほどのケイティ達と同様にふわりと地上付近で減速し舞い降りる。
「カルさん! みなさん!」
シャラが満面の笑顔になった。
最初に降りてきたのは茶髪の男性召喚師。シャラもよく知っている、セメイト村所属の召喚師カルだ。その傍らには、黒いロングヘアをなびかせている彼の妻、白魔導師のサフィアもいる。
他にもセメイト村所属の召喚師や騎士隊の者達も揃っていた。みな、一抱えほどの袋を背負っている。
「ふふーん。こっちの方が早く辿り着きましたし、うちのティナの方が優秀ってコトでいいですね? カルさん」
「ちょっオイ! そりゃティナちゃんのサンダードラゴンの方が早いだろうさ! そっちは稲妻のブレスで遠距離攻撃できるじゃないか!」
ケイティがからかうような目でカルにしたり顔を。対するカルはムキになってケイティを睨みつけている。ティナが少し気まずそうに苦笑していた。
「え、あ、あの、ケイティ? カルさん?」
「ああ、気にしないでシャラさん。カルとケイティさん、どっちが先にここにたどり着けるか勝負してたんですよ」
慌てて割って入ろうとするシャラだが、カルの嫁であるサフィアが肩をすくめながら答えた。
「でもほら、サンダードラゴンもワイアームも、道中に野良モンスターが出るたびにそっちに攻撃しに行っちゃうでしょう? ティナちゃんの飛竜は飛び続けながらブレスで攻撃できるけど、ワイアームは噛みついて攻撃しちゃうので……」
「ああ……そのたびに降下しちゃって、ワイアームはちょっと遅れたんですね」
シャラが納得顔になって、張り合っているケイティとカルを眉を下げながら見つめる。
モンスターに乗って移動する際の問題は、そこだ。道中で野良モンスターを見つければ、そちらへ勝手に攻撃しにいってしまう。なので地上モンスターに騎乗することを長距離移動手段とするのは難しい。
しかし、飛行モンスターに乗るのであれば問題はだいぶ緩和される。なにせ途中で勝手に敵へ攻撃しにいったとしても、道を踏み外して藪だの崖だのに突っ込んでいってしまう心配はしなくて良い。
そこへ、カルのワイアームに乗っていた騎士の一人が進み出た。背負っていた袋をシャラの目の前に置く。他の者達も次々と抱えていた袋をそこへ並べていった。
「シャラ殿。ヴェルノン侯爵家からの依頼で、お探しの素材を運んでまいりました」
「あっそうだった! シャラ、こっちも素材を揃えてきたよ!」
思い出したようにケイティも後方へ振り向く。サンダードラゴンに乗っていた者達が持っていた袋も、次々とシャラの前に置かれた。
「え……こ、これって!」
シャラが袋の中身を確認し、目を瞬かせる。
コリンス王国内で採取できる素材が詰まっていた。件の錬金装飾の材料となるものだ。
「で、でもどうやって? セメイト村近くだけじゃ採れないものも、たくさん……」
「そのための飛行モンスターだよ、シャラさん」
カルが得意顔になって胸を張る。ティナもようやく気を取り直してシャラに笑顔を向けた。
「私達の飛行型最上級モンスターなら、国内のあちこちを飛び回って素材を回収できますから。侯爵様の依頼を受けた各地の村で、採取された素材を私達が引き取って回ったんです」
「で、それをぜんぶ集め終わったところで、こうやって飛んでこっちに持ってきたってワケ」
ニカッと明るい笑顔で、ケイティがシャラの肩を叩く。
「聞いたわよ。ずいぶん難しい錬金装飾作らないといけないんだって? 私も手伝うわ」
「ありがとう! ケイティ」
シャラとケイティが共に両手を合わせて喜び合う。
今作ろうとしている錬金装飾は、素材の加工が桁違いに難しい。量もたくさん作らねばならないので、錬金術師の人手が増えるのは大助かりだ。
「――お、おーい! また岩の波が来たぞ! 開門! 開門ー!!」
と、今度は北門の衛兵が大声を張り上げる。
もはや手慣れた様子で周囲の者達がすぐさま作業に走る。建築士の皆が操作し、重々しい門の扉があっという間に開かれた。同時に、北門前広場周辺の人並みいっせいに引く。
「――ぅおぉぉ待たせしましたああああぁぁぁぁーーーー!!」
つい先日も聞いたばかりの、バリトンボイスの叫び声。
岩の波がすさまじい勢いで村の中へ飛び込んでくる。砂ぼこりを上げながらカルコスの木々の隙間を縫うように走ってきたその岩の塊は、シャラ達のすぐ近くまで来たところで急停止した。
「ふひー……いやー、気兼ねなく思いっきり走らせられるって気持ち良いですね! こう、ストレス解消というか!」
「一応、貴族家の次期当主となられるのです。少しは威厳をお持ちください」
「いやいや、マナヤ君にだって『〝はんどる〟握らせたらいけないタイプだ』ってお褒めの言葉を頂いたではありませんか!」
「間違いなく誉め言葉ではないと断言いたします」
「なるほど! そういう考え方もありますね!」
その岩波の上で腰掛けている男女が気の抜ける掛け合いをしていた。言うまでも無く、ランシックとレヴィラだ。
「ランシック様! レヴィラさん!」
「おっと、ちょうどそこにいらっしゃいましたかシャラさん! 今日もまた追加の素材と、人員もお持ちしました!」
声をかければランシックがこちらに気づき、手を振りながら答えている。
「ありがとうございます! でも、人員って? たしか聖都の錬金術師さん達は、もうみんなこっちに……」
「――えっと、お久しぶりですシャラさん」
「え? パトリシアさん?」
シャラが問いかけてみると、岩波の上からひょこっと緑の長髪を持つ見目麗しい女性が顔を見せる。ブライアーウッド王国に移り住んだパトリシアだ。
「どうどう……よ、よし、大丈夫だったかアルゴ」
「大丈夫ですか、オウリックさん」
「ああ、アルゴも大丈夫なようだ。まさかこんな移動をするとは思わなかったが、君がやるモンスターを使った川移動と似たようなものと思えば」
岩波の奥の方から、手綱を引っ張ってゆっくりと馬を降ろしている男性がいる。パトリシアも降りながら、オウリックと呼んでいるその男性に駆け寄っていった。衣類や鎧からして、ブライアーウッド王国の騎士だろうか。
続いて岩波から次々と人が降りてきた。他にも何名か、オウリックと同様に馬を連れてきた騎士らがいる。
シャラがパトリシアに駆け寄る。
「パトリシアさん、どうしてここに?」
「シャラさん。えっとその、以前はごめんなさい」
「いえ、もう謝らないでください。……ブライアーウッド王国から、わざわざここまで?」
「ええ。ランシック様から依頼を受けてね。わたし達は川を使って国境まで素材と人員を運べるから」
まだ少し気まずそうにはにかみながら、そう説明する。
「じゃあ、ブライアーウッド王国から素材を持ってきてくださったんですか?」
「ええ。ほら、今のフィルティング領には国内全域の特産品とかが集まるでしょ? だから依頼分を揃えるのも難しくなかったの」
パトリシアが後方へ振り返ると、岩の波に乗ってきた者達が袋を次々と運び出している。シャラが袋を確認すると、ブライアーウッド王国の各地で採れる素材が一通り入っていた。
これで、錬金装飾の材料は全て揃ったことになる。
「そしてそれを、ワタシの能力で運んできたというわけです! 今後に備えた戦力補充も兼ねて!」
ひらりと岩の波から飛び降りたランシックがドヤ顔で語る。シャラが首をかしげつつ彼に訊ねた。
「戦力補充、というのは?」
「話によれば、時期が来たら大峡谷から大規模スタンピードが発生するのでしょう? であれば、今のうちに戦力をここに集結させねばなりません」
「あ……それで、セメイト村に詰めていた騎士さん達も?」
シャラが振り返れば、カルとティナが連れてきた騎士達もシャラを見つめ返し、力強く頷いてきた。どうやらランシックは、素材のみならず戦力もここに集めるよう指示していたらしい。
「君が、噂のシャラ・サマースコット殿か」
と、パトリシアのそばで控えていた騎士が歩み寄ってくる。黒を基調とした騎士服をまとっているということは、黒魔導師だろうか。
「お初にお目にかかる。ブライアーウッド王国フィルティング男爵領騎士団所属、黒魔導師のオウリック・フィンスターだ」
「あ、フィルティング男爵領の……」
「ああ。貴女がたが領に滞在していた頃はご挨拶できず申し訳なかった。我が主たるフィルティング男爵様と領民たちをお助けいただき、今さらながら感謝したい」
と、かくんと頭を大きく下げるお辞儀をする。ブライアーウッド王国流の敬礼だ。
「い、いえ、気にしないでください。お手伝いできて光栄です」
「モンスターを使った流通業、貴女がたが編み出したものと聞いている。パトリシアの手腕には、我々もすいぶんと助かっているのだ」
とても親しげに、隣のパトリシアを見つめるオウリック。そのまなざしは、ずいぶんと親愛が篭っている。
そのような視線を向けられたパトリシアも、ごく自然にそれを受け止めていた。
(もしかして……?)
二人の様子に、シャラもピンときた。
男性からの視線に怯えていたかつてのパトリシアは、マナヤとの交流を通して随分と改善していた。だが今の彼女は改善どころか、この黒魔導師騎士とずいぶんと打ち解けているように見える。
いずれ、彼女から結婚の報告が来るかもしれない。そんな思いに顔が綻んでしまう。
「それで、シャラ殿。テオ・サマースコット殿やマナヤ・サマースコット殿はどちらに? あの方々にも改めてお礼の言葉を告げたいのだが」
「あっそうだ! シャラ、テオさんとマナヤさんはどこにいるの?」
騎士オウリックの問いで、思い出したようにケイティもシャラに問い詰める。
が、シャラは急に表情を曇らせた。
「……マナヤさん達は今、瘴気ドームに見張りをつけに行ってます」
「見張りをつけに?」
シャラの妙な言い回しにケイティが続いて問いかける。
「うん。『邪神の器』がいつ完成するかわからないから、HIDEL-2を見張りにつけにいくんだって」
「召喚獣に見張らせるってこと?」
「そう。召喚師は、召喚獣に視点を変更していつでも瘴気ドームの様子を観察できるから」
マナヤは、アシュリーとディロン、テナイアを連れてサンダードラゴンで向かっている。瘴気ドーム近くに中級モンスター『隠機HIDEL-2』を配置しにいくためだ。岩の塊に擬態する隠機HIDEL-2は、攻撃モーションを取らない限り敵モンスターの標的にならない。なので見張りとしてとりあえず設置しておくのに都合がいいからだ。
しかし召喚獣は、召喚師が眠ってしまうと自動的に消えてしまう。なので、起床するたびに隠機HIDEL-2を再配置しに行かなければならない。
「それで?」
「え?」
「なんでシャラは、そんなに浮かない顔なの?」
ケイティが、やや俯き気味なシャラの顔を覗き込んでくる。
不安に胸が締め付けられる中、シャラはやや震える口を開いた。
「……この四日間、テオが全然出て来ないの」




