233話 素材の収集
「――はい、記録しました! 素材はすぐにでも手配します、シャラさん!」
半刻後。
ランシックは例の『瘴気の浸食を防ぐ錬金装飾』のレシピを素早くメモに書きとっていた。ディロンらの『千里眼』を通して、シャラが持つ書類から写し取ったのだ。
〈あの、素材はすべて手に入るでしょうか? 名を聞いたことが無い素材がずいぶんとあるのですが……〉
「ご心配なく!」
シャラの心配そうな声が頭に響くが、ランシックはピッピッといくつかの素材名に記号をつけていく。
そして、実に手際よく六枚ほどの紙に同じ記号同士の素材名でまとめ、それぞれ列記していった。
「こちらは、デルガド聖国内で確保できる素材です! すぐに手配し、可能な限りの量を確保してください! 必要ならば各村からも取り寄せの準備を!」
そのうちの一枚を、ラジェーヴ王太子付きとなった側近に手渡した。
交易を担当しているランシックは、各国固有の素材について熟知していた。その記憶を頼りに、デルガド聖国内で確保できる素材、他国で入手できる素材などに選別したのだ。
「こちらの四枚は、ワタシに任せてもらいましょう! 手に入れるツテはあります!」
「わ、わかりました。では、こちらは……」
ラジェーヴ王太子付きの側近が、戸惑いつつ最後の一枚を手に取ってランシックに訊ねる。
「ただいまこちらの国へお越しになっている外交官らに問い合わせてください! そちらの国々から入手できるはずです! 近隣国ですから、取り寄せるにもそう時間はかからないはずです!」
「は、ハッ」
そう指示を出すと、その側近はすぐさま事務室を駆け出していく。
入れ違いに入ってきたのは、ヴェルノン侯爵だ。
「――ランシック!」
「父上! こちらにコリンス王国内、そしてブライアーウッド王国内で確保できる素材をそれぞれまとめました! すぐに手配しますので、一時ここをお願いします!」
焦り顔の父親に、ランシックは早口でそうまくしたて事務室を立ち去ろうとする。
「ま、待てランシック! 手配とは言うが、『通信石』を使う気か!?」
「ハイ! すぐに素材を集めるにはそれしかありません!」
「だが今からコリンス王国王都へ連絡したところで、素材は集まるのか!? この時期では王都に素材が揃っているとも限らんぞ!」
ヴェルノン侯爵も事態の深刻さを知っている。彼もまた、ランシックと同様にディロン達から詳細の報告を受けたからだ。
「ご心配なく! こんなこともあろうかと、各所の村を視察した際に通信石を行き渡らせておきました!」
「何だと!? ……ま、まさか、村々への視察でお前が遊び呆けていた時に……!」
「通信石はまだ貴重品ですからね! ワタシのポケットマネーで取り寄せたとはいえ、あちこちにバラ撒けば父上にお叱りを受けそうでしたので!」
ランシックは、父とともに各地の村へ視察に回った時、遊びほうけるフリをしてこっそり抜け出していた。
目的は二つ。一つは、各地で量産できそうな特産物・生産物をかき集めること。もう一つは、混乱に乗じて『通信石』をばらまくことだ。
「当然だ馬鹿者! だいたい〝こんなこともあろうかと〟ではなかろう! こんな状況を想定できるはずもない、なのになぜあらかじめ通信石を!」
「――おそらく、将来的に弟妹さまがたをサポートすることを念頭に入れてのことでございましょう」
ヴェルノン侯爵の質問に答えたのは、聞き慣れた女性の声だ。
いつの間にか、レヴィラが部屋に入室しヴェルノン侯爵の斜め後方に控えていた。
「レヴィラ! 無事に解放されたのですね!」
「ご心配をおかけしました、侯爵様、ランシック様。……弁護をしていただき、誠に感謝します」
いつも通りの無表情で、レヴィラがコリンス王国式に一礼。
「ランシック様。聖騎士さま方に預けてあった石を返却して頂けました。こちらに」
そしてすぐにレヴィラは、どこからともなく取り出した袋を差し出してきた。
ランシックが中身を机の上にぶちまけると、大量の石が転がり出てくる。建築士の武器となり得るので、入城前に聖騎士に預けてあったものだ。
その中から、青い石でできた小型の彫像のようなものをどんどん選別していく。
「ふっ!」
その彫像の中から一つを選び、ランシックが手を置いて念を込めた。
すると彫像はぐにゃりと溶けるように変形し、石板状に形を取る。そこには、素材を集めるよう依頼する文章が刻まれていた。
この青い石は、コリンス王国内のティアール地方にあるカガリ村という所で採れる石だ。
青と赤の二色が存在し、錬金術師に加工してもらうことで不思議な性質を発揮する。青い石を建築士の能力で変形させると、対応する赤い石の方も自動的に同じ形状へ変化するのだ。これは距離を置いていても変わらない。
そのためこの石は、このように文字を彫った石板状に変形させることで情報を伝えることができる。『通信石』という名がつけられ、遠距離通信用の道具として将来的に国政にも利用されることになっていた。
ランシックは、赤い石の方をコリンス王国の各村へ配布していたのである。
次々と青い像を石板状へ変形させ、対応する地区に向けた素材収拾の依頼書へと変えていく。
ヴェルノン侯爵が見せたのは、呆れたような関心したような複雑な表情。が、すぐ気を取り直してレヴィラに向き直った。
「レヴィラ殿、無事でなによりだ。……だが、弟妹のサポートというのは?」
「ランシック様は、自身が跡継ぎに選ばれなかった時のことを考えておられたのです。弟妹さまがたがヴェルノン侯爵家の次期当主となった際、ランシック様は密かに各地にばらまいた通信石を使い、情報収集や将来的な交易がスムーズに進むよう手配をするつもりだったのではないかと」
ヴェルノン侯爵が片眉を吊り上げ、ランシックへと振り返る。ランシックは作業を続けながらも、目を逸らし気まずそうに頬を掻いていた。
ランシックとしては、側妻を強制されるのも嫌だったので廃嫡になりたい気持ちもあった。が、それはそれで次期当主に選ばれた弟妹に責任を負わせることにもなりかねない。責任を放棄したくありつつも、どうしても弟妹らに責任を全て押し付けることには抵抗があった。
なので、弟妹が当主となった時に備えるつもりで通信石をばらまいたのだ。せめて裏から彼らの負担を軽くし、かつ政務の醜悪な側面は自分が水面下で片付けられるような下地を作るために。
「ワタシができることは、これくらいですからね。どう転んでも、せめて〝黒い〟責務はなんとかワタシが引き受けることができます」
「……ランシック」
ヴェルノン侯爵が唇を噛んでいた。
そんな二人の様子を伺っていたレヴィラが、ふいに小さく笑顔を作る。
「ランシック様。貴方はやはり、次期当主になるべきです」
「レヴィラ?」
不安げにランシックの瞳が揺れた。
けれどもレヴィラは、そっとランシックの手に自身の手を添える。
「私もお供します。どこまでも貴方を支え続けます」
「レヴィラ、しかしワタシは」
「侯爵様。私一人で子を十五人ほど産めれば問題はありませんね」
突然ヴェルノン侯爵の方を向いてレヴィラが言い放つ。ランシックも侯爵も思わず目を剥いた。
「え? あ、あの、レヴィラ?」
「これが私の答えです、ランシック様。貴方が私しか娶りたくないというならば、側妻のぶんも私が努めましょう」
「レヴィラ! しかしそれでは、貴女の負担が!」
「覚悟の上です。十五人産めれば良いのですから。なんなら、初産で十五つ子ができれば問題解決です」
珍しく、満面の笑顔を浮かべるレヴィラ。
かつて、彼女の兄であるコリンが生きていた頃によく見ていた笑顔だ。
「……突拍子もないことを言い出しますね、レヴィラ」
「ふふふ。初めて、突拍子もなさでランシック様を上回れました」
ころころと屈託なく笑うレヴィラ。
彼女のその笑顔が、誰かのものと被った。
『やあやあ、ランシック様! いつになったらうちのレヴィラと祝言を挙げてくれるんだい? そうだな、初子は十五つ子くらいでいいぞ!』
いつだか、レヴィラの兄に言われた言葉を思い出す。
「やはり、血には逆らえないのですね」
小さく自嘲するランシック。
顔を上げ、ニカッといつものような底抜けに明るい笑顔を見せた。そっとレヴィラの手を取り、それを自身の両手で包み込む。
「それでは改めまして! レヴィラ、私の妻になっていただけますか!」
「甘んじて受け入れます」
「そこは普通に喜んで受け入れてほしかった!」
ちゃんとランシックの手を両手で包み返しつつ、レヴィラはいつもの調子で毒を吐く。諦めたように苦笑するランシックだが、その心は晴やかだった。
「私は今回、ランシック様に救われました。きちんとお礼をさせて頂きたく存じます」
「それなら! お礼として今度こそ例のメイド服を着て頂きましょうか!」
「はい。それをお望みなら」
「え? 良いのですか?」
「他に誰も見ていない場で限定、であれば」
「言ってみるもんだ!!」
ガッツポーズを取るランシックに、それを生暖かい目で見つめるレヴィラ。
二人のそのバカげた会話に、ヴェルノン侯爵は頭を抱えつつも嬉しそうだ。
「あーレヴィラ殿。あまりランシックのやつを甘やか――」
「――ヴェルノン侯爵家のかた! 聖都内に保管してあった素材が準備できました!」
その時、連絡係がランシックらのいる事務室へと駆け込んでくる。
「おっと、ご苦労様でした! それらをまとめて南門へと運び込んでおいてください! ワタシもすぐに向かいます!」
「お、おいランシック!?」
連絡係へ指示を飛ばすランシックに、ヴェルノン侯爵は慌てたように彼の肩を掴んだ。
「父上、ご心配には及びません。ワタシの能力で、素材をいちはやくバルハイス村へ届けるだけのことです」
「し、しかしなぜお前が!」
「素材の加工には時間がかかる上、成功率も低いとの見解が出ています。であれば、一刻も早く素材と錬金術師を送り届けることができるワタシが適任です」
建築士は岩を操る能力を持つ。だが、岩をその場で変形・硬化させるのが普通の建築士であるのに対し、ランシックはそちらの方面は苦手だった。その代わり、高速かつ精密な岩の操作を得意とする。
彼ならば、岩を大波のような形状に変え、それを馬車よりも速い速度で移動させることができる。ランシック自身がそれに乗り込み操作し続ければ、そのまま長距離を走らせ続けることも可能だ。
普通の建築士では、これはできない。やってみたところで、人が歩く程度の速度しか出せないだろう。
「ランシック様、お供します」
「ありがとうございます、レヴィラ。行きますよ!」
レヴィラと伴い、ランシックが駆け出す。
が、気づいたようにヴェルノン侯爵はその後ろ姿へ声をかけた。
「し、しかし! 今聖都にある素材はともかく、国外から取り寄せている素材はどうするのだ!」
「そちらも抜かりはありませんよ、父上! 手は回しております!」
一旦立ち止まり、くるりと振り向いたランシック。彼の表情には、いつもの彼らしい飛びぬけて明るい笑顔があった。
「セメイト村に、ちょうど都合の良いものを持っている人材がいるのです! 存分に利用させてもらいますよ!」




