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232話 聖王の失脚 2

「ラヴェーヴ!? なぜ、お前がここに! 聖騎士らは何をしていた!?」

「陛下……母上。おそれながら先ほど、貴女自身が王族として認めたことです。聖人の見せる光景は真実を映すものであると。お忘れですか」


 ラジェーヴが優雅に入室しながら、神官とランシックがいる法廷中央へと進み出る。


「我が聖国は、神に仕え大陸の各国をまとめあげる責務を負っております。ゆえに、聖王たるもの常にその規範となるべき存在でなければならない。陛下が自ら、私に常々言いつけていたことではありませんか」

「ラジェーヴ、お前は……!」

「大々的に聖者の存在、および彼らが見せる力の真実性を語ったあげく、それを自ら否定されるとは何事か! 王族として恥を知られよ!」


 一気にまくしたて、改めて聴衆に向かって優雅に一礼するラジェーヴ。


「……皆さまがた、無礼をお詫びしよう。私はデルガド聖国の王太子、ラジェーヴ・デル・エルウェンである」


 その後、凛とした表情に切り替わり威厳たっぷりに宣言した。


「我が母、聖王ジュカーナ・デル・エルウェンは召喚師を平等に扱うと大々的に主張しておきながら、召喚師の戦場における死亡率激増を無視する失態を犯した。仮にも聖国のトップが、そのような暴挙を容認する……これは神の意思を記したといわれている聖典に背く重大な背信行為である!」

「ラジェーヴ!」

「母上、もはや貴女に聖王は務まらないのですよ。……本件の不始末をもって、私は現聖王ジュカーナ・デル・エルウェンの退位を求めるものである!」


 観衆のざわめきが一気に大きくなった。各国の外交官も顔を見合わせつつ、心象はみなラジェーヴに寄っているようだ。

 真っ青になっている聖王ジュカーナをよそに、神官が慌ててラジェーヴに進言する。


「お、おそれながら王太子殿下。いかな殿下とはいえ、畏れ多くも陛下を退位させるにはまだ……」

「まだ、証拠が足りぬと申すか。よかろう、では聖者さまがたの御力を借りて証明してみせるまで」


 威圧を籠めつつそう告げると、ラジェーヴは目を閉じて天井を見上げる。


「聖者ディロン・ブラムス、および聖者テナイア・ヘレンブランド! 件の墓地を我らに観せていただきたい!」

〈――承知しました。こちらです〉


 ディロンの返答の直後、視界がまた移動する。

 そこに映し出されたのは、無数の緑ローブが灰と共に山積みにされている映像。


〈我々が派遣されたバルハイス村近郊にあった、死した封印師達の墓地です。自己防衛手段を断たれた封印師達は、モンスターから身を守る術を失っていた。ゆえに、戦場でこれまでにないほど死亡率が跳ね上がっているのです〉


 淡々としたディロンの説明。

 戸惑いが多かったざわめきに、哀しみが。そして一部、怒りの声が混じっていく。


〈さらに、もう一度このドームをご覧ください〉


 視界は再び、瘴気でできた巨大なドームに移る。


〈この場所にあった『黒い神殿』は、モンスターに殺された人々の魂を吸収する役割があった。このドームはいわば、急速に人死にが増えた結果です。『邪神』の肉体をこの世に顕現するこのドーム……聖国の方針は、結果的にそれを後押ししてしまいました〉

「な……」


 聖王ジュカーナが、その場に崩れ落ちる。

 それが見えているのか、ディロンの声は悲しげに響きが篭る。


〈……聖王陛下。封印師たちから、戦う手段を奪った結果がこれです〉

「……っ」

〈封印師から差別を無くそうと考えた、その方針自体には悪意は無かったのでしょう。ですが陛下、ならば召喚を封じられた()()()の死亡率が上がったことを、陛下はもっと深刻に捉えるべきではなかったのでしょうか〉


 そこで、女王と同じく真っ青になっている神官もおずおずと発言。


「せ、聖者ディロン・ブラムス。封印師の死亡率が跳ね上がっていたこと、聖王陛下が知っていたとは限らないのでは――」

「――だとしたら、それは国のトップとしての責任が問われよう」


 神官の言葉を遮ったのは、ラジェーヴ王太子だ。


「あのような封印師の集団墓地があちこちに作られるほど、封印師の死亡率が上がった。国内で起こったそれらの事実を、聖王という立場でありながら全く把握していなかった! であれば報告を怠った者達はもちろん、聖王陛下の監督不行き届きではないか!」


 王族である以上、側近らの行動にも目を光らせておく必要がある。必要な情報をごまかしたり隠したりするような者達がいれば、真っ先に気づき対処しなければならない。

 聖王という立場を持ちながら、そういった王族の義務を怠ったことにもなる。王族として無能、ということになってしまうのだ。



〈……聖王陛下。俺――自分達の故郷、居住地を見たいとおおせられましたね〉



 唐突にそこで、別の声が頭の中に響く。

 一同が目を閉じると、ややウェーブがかった金髪の少年が浮かび上がった。マナヤだ。


〈ディロンさん、頼む〉

〈ああ。……皆さま方、これが我々がコリンス王国内で滞在している、『セメイト村』です〉


 場面がまた切り替わった。

 そこに映し出されたのは、ほぼ全てが石造のドーム屋根建築の家々。森の中に立っている、素朴で地味な村だ。


「聖者さま方が、王都ではなくみすぼらしい村で……?」

「こ、これでは陛下が仰っていた通りではないか」

「コリンス王国は、ヴェルノン侯爵は一体なにを考えているのか」


 観衆が戸惑いの声を上げる。

 仮にも『共鳴』に覚醒した重要人物を、本当に何の変哲もない辺境の村で過ごさせている。そのことに、ランシックらへ非難の視線を向け始める者達もいた。


〈――自分は、この村に住んでいることを誇りに思っています〉


 しかし、マナヤの自信たっぷりな言葉にそれは中断される。

 場所が少し移動し、村の集会所を映し出した。その中で、緑ローブを着た召喚師たちが目を輝かせながら戦術討論を行っている。


〈この村では、召喚師も自身の能力に誇りを持ちながら、みんな前を向いて生きています。モンスターを召喚することを最大限に利用した戦術を、皆を守るために学び続けています〉


 今度は、外へと場面が変わる。

 村の防壁、そのさらに外側に存在する防衛施設だ。その施設の裏に作られた、休憩室を兼ねた待機室。召喚師、そして他『クラス』の者達が、明るく談笑しながら寛いでいる姿が映った。


〈召喚師だけじゃありません。他『クラス』の人達と、みんな平等に。誰もいがみ合ったり妬みあったりせず、協力し共闘することができる。この村は、そんな夢みてえな暮らしを現実にした場所なんです〉

〈――剣士のわたしから見ても、この村はとても素敵な場所だと思ってます〉


 ここで、はきはきとした女性の声が入り込んでくる。皆の脳裏に、赤毛でサイドテールを垂らした女剣士の姿が映った。アシュリーだ。


〈みんな、召喚獣を自分達の戦闘スタイルに取り入れる研究に夢中になっています。そしてここで広まった知識を、国内の他の村にも伝えていってるんです〉


 場面がまた切り替わり、訓練場。

 並んだ剣士達が、召喚獣を掴み上げながら岩の柱に叩きつける修練をしていた。モンスターを〝武器〟とみなす戦術の訓練指導をしているのだ。村の外から研修に来た者達も、それらの指導を真剣そうに受けている。


〈――人はみんな、自分らしく生きる権利があると私達は思っています〉


 さらに別の女性の声。金髪セミロングの少女、シャラだ。


〈召喚師だからって縛られない。周りの皆さんも、相手が召喚師だからって引け腰にならない。お互いの長所を生かして、お互いの特性を使った生き方、戦い方ができると信じているんです〉


 いつの間にか、法廷を沈黙が支配していた。

 脳裏には、シャラを中央にマナヤ、アシュリーが並んで立っている姿が映っている。そしてシャラは、祈るように両手を胸の前で組んだ。


〈本当に平等な世界というのは、そういうものではないでしょうか。皆が、自分の何も禁じられず、それでもなお楽しく調和して過ごせるような世界。……私達の故郷であるセメイト村は、そういう場所なんです〉

〈だから自分たちも、そういう場所で過ごしたい。いつか世界がぜんぶ、この村みたいな場所になれるようにするために〉


 シャラの言葉を、マナヤが継いでそう締めくくった。

 観衆たちはもはや、何も言葉にすることができなかった。


「……これが、聖者殿らの意思だ。封印師……召喚師らと真摯に向き合ってきた者達の、心からの言葉だ」


 沈黙を破ったのは、ラジェーヴ王太子だ。

 顔面蒼白でその場に崩れ落ちている聖王ジュカーナをチラリと横目で見るが、すぐに視線を観衆に戻す。


「召喚師から召喚を奪い、縛りつける方針! その独り善がりな方策が招いたのが、この国の悲劇だ! 召喚師はいくらでも補充できるなどと高を括り、召喚師を使い捨ててきた! そうやって人死にを増やし、モンスターの氾濫という危機を招きつつあるのが現状だ!」


 演説のように叫び続けるラジェーヴ王太子の声には、心からの怒りが篭っていた。


「私はそのような方策を是とするなど、断じて認めぬ! 人の命を消耗品と考えるような者を、聖王としておくことなどできるはずもない! 聖者らの掲げる理想を追及するためにも、神から頂いた我々の生を尊重するためにも、今こそ変わらねばならんのだ!!」


 ラジェーヴの言葉に、法廷内が歓声に包まれた。



 ***



「なんのつもりだ、ラジェーヴ」

「……母上」


 しばし後、法廷外の廊下。

 ラジェーヴ付きの聖騎士に連行される聖王ジュカーナが、ラジェーヴに話しかけてきた。


 ジュカーナは、完全に諦めきった瞳でラジェーヴを見つめていた。唯一彼女の視線に篭っているのは、甘さへの非難だ。


「余を王座から蹴り落とすのならば、なぜ生ぬるい方法を取った」

「……我が王族の歴史ですね?」

「そうだ。余が真に国を脅かしていると信じているならば、なぜ余を殺さぬ。先人たちの血と汗を忘れたか」


 デルガド聖国は、暴虐の限りを尽くした『帝国』を大量の血を流してまで打倒した。

 ゆえに、その尊い犠牲を無駄にしないためにも、道を外れた王族は無慈悲に処断されなければならない。それがデルガド聖国の王族に課せられた使命だと、そう伝わってきていたのだ。


 しかしラジェーヴは、むしろ悲しげにジュカーナを見下ろす。


「母上。貴女は今まで、一体何人もの反逆者を殺してきましたか」

「……な、に」

「これまで何人もの封印師たちの死を、無感動に見届けてきましたか」


 彼女はこれまで、自身の方針に逆らう者達を容赦なく処刑してきた。

 それこそが必要であると、そう王族として教育されてきたからだ。先人たちの命を無駄にしないためにも、『帝国』時代に逆戻りするような意見は徹底的に排除せねばならない。その教えを貫き通してきた。


「私は、テオ殿とマナヤ殿に教えられました。人を殺しすぎた者は、人の命を簡単に奪うことができるようになると」

「!」

「母上。国民とは『数字』ではなく『命』なのです。人を処刑しすぎてきた貴女は、それを忘れてしまっていた」


 数々の人間を処刑しすぎたジュカーナは、感覚が麻痺してしまったのだ。人を殺すことに全く抵抗を感じない、人の命を数字でしか判断できない人間になってしまっていた。

 だからこそジュカーナは、召喚師の死亡率が上がっても何も感じなかった。あまつさえ、聖騎士らの死よりも自身の利益を重視するような思考に染まっていた。


「私は、貴女のようにはならない。国を治める者として、命の大切さを忘れたくはない」

「……甘い考えでは、国政など務まらん。いずれ命取りになるやもしれんぞ」

「私の考えが正しかったかどうかは、いずれ歴史が証明するでしょう。それが私の命取りになるというなら、私は……()は、その程度の王だったということ」


 拘束されたジュカーナとすれ違う。


「聖者殿らが望んだ、いかにも甘い『夢物語』……それを追い求める姿勢を、余も貫き通してみせる」

「……ラジェーヴ」

「見ていてもらおう。余が、新たな王族の歴史を紡ぐところを」


 権力に溺れた者は、権力を振りかざすようになる。

 自身の一声で人ひとりを死刑にできる。そんな立場に立ち続けた結果、ジュカーナはいつしか私欲のために権力を振るうようになってしまった。『召喚師を平等に扱う』という、各国を惹きつけるための表向きな体裁を保つためだけに、召喚師の命をないがしろにできる人物になってしまった。


(人は、小さなリスクをゼロにしようとするあまり、他のリスクを考慮することを忘れてしまう)


 平等の体裁を保つのであれば、他にも方法はあったはずなのだ。

 モンスターの召喚という、一般的な召喚師への悪印象の原因。それをゼロしようと集中したあまり、『召喚』を封じてしまおうという短絡的な答えを出してしまった。召喚師の死亡率という点をまったく省みずに。


 自分は、そんな王にはならない。

 ひたすらそれを胸に刻み、ラジェーヴは無表情を保って立ち去る。今は母親に構っている場合ではない。やるべきことは山積みなのだ。


「――聖騎士団を全軍召集せよ! 大峡谷からいつあふれ出るかも知れぬスタンピードに備え、南方へ配備する!」


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