230話 真実 2
シェラドが両腕を広げ、観念したと言わんばかりに目を閉じる。
「……お前」
マナヤにも、彼の覚悟が伝わった。
ちらりとディロンへ目をやれば、そちらも頷きかけシェラドを睨み据えた。殺気の篭った目だ。
「ま、待ってください!」
が、そこへ慌ててシャラが割り込む。
「こ、このことを、聖国の人達にも証言してもらわなければいけないはずです! あなたを拘束して、聖都へ――」
「やめておけ、シャラ」
「ディロンさん!?」
が、ディロンがシェラドを見据えながらシャラを止める。
「召喚師はすぐにマナが回復し、いつでもモンスターを召喚できる。たとえ君でも、無害化したまま拘束し続けておくことはできないだろう」
「っ、で、でも……」
「かつて私も捕らえた召喚師解放同盟に反撃され、数多くの仲間を失った。二の舞はごめんだ」
そう告げたディロンは、静かな怒気を宿していた。より険しくなった目でシェラドを睨んでいる。
おそらく、そうやって不覚を取り殺された仲間のことを思い出しているのだろう。そんなディロンの表情に、シャラは何も言えなくなった。
「……そうだ。今でも私は、トルーマン様やヴァスケス様を殺した貴様らのことが許せん。私を連行したところで、道中に何をするかわからんぞ」
そのシェラドも、目を閉じたままながらかすかに殺気を漂わせつつ吐き捨てる。
「私が憎しみに染まりきり、完全に狂う前に……殺せ」
シャラはそんな彼の物言いに、すっかり青褪めてしまっている。
ざ、とマナヤが一歩前へ踏み出た。
「いいさ。一瞬で終わらせてやるよ」
そうマナヤが告げると、かすかに笑ったシェラド。
(こいつは、死に逃げしたいんだろうな)
おそらくシェラドは、もはや自分の感情がコントロールできないことを悟っているのだろう。ヴァスケスを、同胞を殺した人間を前に平静で居続けられない。今はまだしも、そのうち爆発してしまうだろうということに本人も気づいている。
マナヤも、殺気を抑えるのに苦労した経験があるのでなんとなくわかった。
ディロンも進み出つつ、シェラドへ問いかける。
「最後に、何か言い残したいことはあるか」
「では……マナヤ」
シェラドは一旦目を開け、マナヤを正面から見据えた。
「お前たちだけで、召喚師の力と印象を変えることができたなどと思うな」
「なんだと?」
片眉を吊り上げるマナヤ。だがシェラドは無表情のまま続ける。
「お前たちが、村人らと召喚師達のわだかまりを解けた理由は一つ。我々召喚師解放同盟という『共通の敵』がいたからだ」
「……」
彼の言わんとしていることを察し、マナヤは苦々しい表情になる。
確かに、これまで村人達と召喚師達の仲違いを解くことができたのは、共通の敵がいたからだった。召喚師解放同盟を倒すべく一致団結したからこそ、皆はそれに立ち向かう自分や召喚師たちを受け入れた。スレシス村などは、特にそれが顕著だ。
召喚師解放同盟が居なければ、果たして村人らは一般の召喚師たちへの認識を改めていただろうか。
心の嘆きを吐き捨てるように、シェラドが激昂する。
「我々が必要悪になったからこそ、お前たちはまとまれたのだ! それが無ければ、貴様らに召喚師を救うことなどできなかった!」
「……ッ」
「我々がいなければ、貴様は召喚師達を救うことなどできなかったのだッ!!」
思わず唇を噛んでしまうマナヤ。
だが――
「――それは違いますっ!!」
大声でそれを否定したのは、シャラだった。
「コリンス王国での、海辺の開拓村! あそこで村の皆さんがまとまったのは、あなたたちとは関係がありませんでした! あの時に開拓村を襲ってきたシャドウサーペントは、あなたたちの仕業では無かったのでしょう!?」
「……あの開拓村か」
今度は、シェラドが苦々しい表情になる番だった。
マナヤも、後で聞いた話だった。マナヤやディロンらが開拓村から居なくなったタイミングで、偶然シャドウサーペントが襲ってきたらしい。
そしてそれを撃退したのは、シャラの指示を受けた現地の召喚師、コリィだった。
「あなたたちとは関係なくモンスターが襲ってきた、あの開拓村……あなたたちが介入しなくても、あの開拓村の皆さんは心がまとまってくれました」
「……」
「私達だけでも、召喚師の印象は変えられます。あなた達に頼る必要なんてありません!」
気丈に啖呵を切ったシャラは、少し息を切らしつつもシェラドを凛と見つめていた。
(……シャラ)
ぐ、とマナヤは拳を握りしめる。
失いかかっていた自信を、取り戻せた気がした。
「……そうか。ならば、もう何も言うことは無い」
そう言って、どこか満足そうに微笑んだシェラド。
再び腕を広げ、目を閉じる。今度こそ、死を受け入れるつもりなのだろう。
「召喚師の未来を、お前に託す。……あとは頼んだぞ、マナヤ。テオ」
「……ああ、任された」
シェラドの頼みを、素直に聞き入れる。
ヴァスケスからも託されたことだ。今さら言われるまでもない。
やや複雑な思いながら、マナヤは手を前にかざした。
「【狼機K-9】召喚、【行け】」
そして、目の前に狼型のロボットモンスターを召喚する。
シェラドの元へとそれが駆けていき、しかし直前で――
「【次元固化】」
狼機K-9がシェラドの足元で固まった。無敵化魔法をかけたことにより、一時的に移動と攻撃が封じられたのだ。
ディロンが眉をひそめた。
「マナヤ?」
「ディロンさん、合わせてください。こいつを『自爆』させます」
「……わかった」
意図を察したディロンが、目を閉じ両腕を広げているシェラドへ腕を向ける。
当のシェラドにも意図は伝わったようで、自嘲気味に笑う。
「お優しいことだ」
マナヤは、狼機K-9に自爆指令をかけようとしているのだ。シェラドの至近距離でそれを自爆させ、さらにそれにディロンの攻撃魔法も合わせる。せめてシェラドを苦しませず一瞬で逝かせるつもりだ。
「【スペルアンプ】」
悲しげな目をしつつも、テナイアがディロンに増幅魔法をかけた。ディロンが放つ次の魔法、その威力が数倍に増幅されることになる。
「みんな、下がれ」
と、マナヤは自身も後退しながら警告する。
自爆の範囲外へ皆を退避させるつもりだ。自爆指令は爆発するまで五秒のタイムラグがあるが、その前に退避しておくに越したことはない。
ディロンも含め、全員が後退し距離をとった。
「……行きますよ、ディロンさん。【自爆指令】」
そして、狼機K-9へ呪文を唱えた。
バチバチと危険そうな火花が、その狼型ロボットから放たれる。
――五。
「……」
ディロンが準備しつつ手をかざした。
その手のひらの上に、青い炎と蒼い稲妻の塊が出現する。
――四。
シャラが口元を押さえながら、顔を背けていた。
アシュリーはじっとシェラドの様子を見据えているが、その目元はどこか痛々しい。
――三。
ディロンを心配そうに見上げるテナイア。
そのディロンはいよいよ呪文を放つべく、炎雷の塊を振りかぶっていた。
――二。
「……ヴァスケス様」
祈るように天を仰ぐシェラド。
閉じられたままの瞼の隙間から、一筋の雫が零れ落ちていた。
―― 一。
「――ディロンさんッ!」
マナヤが吼える。
ディロンが手を前方へ突き出した。
――零。
「【ギャラクシーバーニング】!」
膨大な熱と電撃を宿した塊が、シェラドへと迫る。
同時に、彼の足元にいる狼機K-9が、赤熱し――
――大爆発と共に、強烈な閃光と爆風が満ちた。
「……っ!」
シャラが暴風を受けて腕で顔を覆い、アシュリーも目を腕で庇いながら前方を見つめている。
テナイアは無念そうに目を閉じ、マナヤとディロンは冷たい目線で眩い閃光を正面から受け止めた。
やがて、閃光と爆風が収まる。
シェラドとヴァスケスがいた場所には、赤熱する溶岩と化した岩肌しか残っていなかった。
「……これで、良かったのかな」
自問自答するようなアシュリーの問い。その表情は憂いに満ちている。
「彼は、召喚師解放同盟の中核を担う人物です。ヴァスケスも同様に」
「テナイアさん?」
それに答えたのは、テナイアだ。
アシュリーが振り向くと、テナイアは焼け焦げた大地を見つめ、祈るように両手を組んでいた。
「仮に連行できたとして……聖国の法であれば、彼らには長く苦しむ惨たらしい処刑が待っていたでしょう。コリンス王国でも同じです」
「……」
「それに比べれば、いくぶんか安らかな最期であったのかもしれません」
「そう、なんでしょうか」
アシュリーも見るに忍びなくなったか、目を閉じて同じく祈りを捧げる。
そのまま、しばしの間沈黙が場を支配した。
「――みなさん、急ぎましょう。やるべきことが増えました」
祈りをささげた後、テナイアがそう切り出す。ひとつ頷いたディロンは、後方で金属ベルトにより口をふさがれている聖騎士二人を見やる。
「まずは、瘴気を纏っているこの者達を聖都の者達に見せねばならん。聖王陛下らに納得していただいたのち、急ぎ邪神の器と戦う準備をせねば」
「そう、ですね。私もこの錬金装飾の作成に取りかからないといけません」
シャラが、いつになく暗い声で立ち上がった。やや俯いていて目元が見えない。
「……ディロンさん」
「どうした、シャラ」
「この錬金装飾が完成したら、私も突入のメンバーに加えてください」
――シャラ!?
(お、おいテオどうした?)
急に、頭の中でテオが慌てだす。
かと思えば、急にマナヤは押しのけられ、テオの背後へと強制的に押し込められた。
「――シャラ! なにもシャラが行くことないじゃない!」
「えっ、なに、テオ?」
突然表に出てきたテオに、戸惑ったように声をかけるアシュリー。
だが当のシャラはこちらから顔を背け目を伏せたまま、無視してディロンへと話しかけ続ける。
「錬金術師の私なら、きっと力になれます。『邪神の器』が何をしてくるかわからない以上、錬金装飾の付け替えができる錬金術師は必要ですよね」
「……そうだな。君の『キャスティング』は実に的確だ。君が来てくれるならばありがたい」
ディロンは一瞬迷うようなそぶりを見せたが、無表情に勤め頷く。
テオは慌ててシャラに駆け寄り、その肩に手をかけた。
「シャラ! だから、わざわざシャラが危険に――」
「――テオは黙っててっ!」
俯いたままシャラが悲鳴に近い声で叫んだ。
「テオだって、一騎討ちで死んじゃうかもしれないのに危険に晒されにいったじゃない! 私が同じことして何が悪いの!?」
突き放すようなその言い方に、テオは背筋が凍りつく。
彼女の肩に置いた手を離し、数歩後ずさった。
「シャ、ラ……」
かつてこれほど、彼女に強い反感を向けられたことがあっただろうか。
目の前が、真っ暗になったように感じる。
手足の感覚がなくなっていき、岩の匂いや日差しの暖かさも霞んできた。
「ちょ、ちょっとシャラ……」
「……ディロンさん。テナイアさん。聖都に連絡を。その錬金装飾の素材、聖国の人達にも集めてもらわないといけないかもしれません」
心配そうに声をかけるアシュリーを黙殺し、ディロンとテナイアに提案するシャラ。
(……ごめん。ごめんね、シャラ)
自分から離れていってしまいそうなシャラの背中が、色を失っていく中……
テオは、意識を沈めた。




