表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第一章 召喚師の降臨と錬金術師の献身
23/258

23話 それぞれの想い ASHLEY 1

 英雄。

 それが、あたしの目指す先。

 『英雄アシュリー』と。

 いつか、呼ばれるようになるために。

 いつか、英雄と呼ばれた父と並び立つために。


 それがあたしの目標になったのは、いつからだったろう。



 あたしは、物心ついた頃から孤児院で暮らしていた。

 だから、父親や母親が居ることの感覚もわからない。

 けれど、あたしはそれで満足だった。

 あたしを育ててくれた、孤児院長さんがいたから。


 孤児院長さんは、あたしを含むたくさんの孤児たち、全員の母。

 みんなに愛し、みんなに愛される人。

 みんなの面倒を見てくれる、母親の鑑のような人だった。


 あたしが六歳になった、ある日。

 あたしが文字の読み書きができるようになったころ。

 孤児院長室で見つけた、孤児名簿。

 好奇心に負けて、その名簿の、あたしの項目を盗み見てしまった。


 あたしの母親の名前は書いていなかったけど。

 父親の名前は、記されていた。


 あたしは、つい孤児院長に訊いてしまった。

 あたしのお父さんのことを。


 孤児名簿を勝手に盗み見たことで、叱られてしまったけど。

 困ったように、あたしに語ってくれた。

 あたしのお父さんは、英雄と呼ばれていたのだと。

 あたしを危険な旅に巻き込まないよう、ここに預けて行ったのだと。


 別に、今さら父親の温もりを求めていたわけじゃない。

 ただ、自分のお父さんが英雄だと聞いてからというもの。

 あたしは幼心ながら、とても誇らしい気持ちになった。


「あたしも、お父さんみたいな英雄になる! それで、りっぱな英雄になって、お父さんに会えたら、”よくがんばったな”って、なでてもらうんだ!」


 それが、あたしの目標になった。

 話に聞いただけの、誇らしい自分の父親。

 そんな父親に、追いつける自分になりたかった。

 多分、ただそれだけだったんだろうな。


 ただ。

 当時のあたしは、『英雄になる』ということが、漠然としかわからなかった。

 だから、英雄になるなんて口先ばかり。

 何をどうすれば良いかなんて、わかってなかったんだ。



 ***



 六年前。あたしが十三歳の時。

 成人の儀を一年前に控えたある日。

 あたしの住むこのセメイト村が、モンスター襲撃に遭った。


 ちょうどあたしは、南区画の人に穀物を届けるお手伝いをしていた。

 そこで突然轟音と共に襲ってきた、モンスターの群れを目にした。

 南門で、沢山の人が襲われたって。

 少なくない人が、犠牲になったんだって。


 ちらりとだけ。

 村で一番の女剣士である、ヴィダさん。

 孤児院にも時々、教師として来てくれている黒髪の女剣士さん。

 その人が門で戦っているのを見た。


 モンスターの群れに飛び込む。

 その目の前で、剣を一閃。

 大量のモンスターを、一気に消し飛ばしていた。


 その後ろ姿に、あたしは”英雄”を見た気がした。


 けれど、ヴィダさんの足元にいた女の子。

 多分、両親をモンスターに殺されたんだろう。

 二人の大人の亡骸にすがりつき、泣き崩れていた。

 ヴィダさんが、間に合わなくてすまない、と謝っていた。


 その姿を見た、あたし。

 あたしは、何もしていない自分を罵った。

 なにが、英雄になりたいだ。

 こんな大事な時に、自分は何もできなかったじゃないか。


 漠然としか考えていなかった、英雄の夢。

 考えているだけじゃ、ダメなんだって。

 思っているだけじゃ、父親の背中にも、ヴィダさんの背中にも。

 いつまで経っても、追いつけないって。



 襲撃の後。

 あたしはヴィダさんに懇願した。

 あたしを、弟子にして欲しいと。

 剣士としての技術を、今すぐ学びたいと。


 成人の儀を受けるまで、どんな『クラス』候補を得られるかわからない。

 剣士のクラスが、候補として現れる保証は無い。

 絶対に候補として現れるクラスなんて、『召喚師』くらいだ。

 だからクラスを得る前からする修行は、無駄になりかねない。


 ヴィダさんにも、気が早いと言われた。

 その修行は全て無駄になるかもしれないぞ、と。

 けれど、何もしないなんて、嫌だった。

 この世界では、いつ人が死ぬかわからない。

 なのに、成人の儀を受けられないからと、何もしないなんてもう嫌だった。


 そんなんじゃ、どこかに居るお父さんに、顔向けができない。


 あたしの熱意に押し負け、ヴィダさんは剣士のイロハを教えてくれた。

 立ち方、剣の握り方、体の捌き方。

 さらにモンスターごとの、戦い方や立ち回り方など。

 技能の使い方に関しては、剣士のクラスを得るまでお預けだったけど。

 それ以外のことは、なんでも教えてくれた。


 あたしは、その全てを吸収していった。

 教わった剣捌きを、夜に孤児院で反復練習して。

 モンスターの種類や攻撃パターンなどを、メモに記して。

 一秒も時間を無駄にしないように。

 今まで、無駄にしてきた時間を取り戻すように。



 ***



 一年後。

 あたしは成人の儀を受けるために、王都への馬車に乗った。


 あたしは、ヴィダさんからも驚かれるほど上達していた。

 村に居る剣士さん達にも、模擬戦をしたりしていた。

 剣捌きだけなら、現役の人にもそう引けを取らなくなっていた。


 成人の儀を受ける前から、そんなだったからか。

 あたしは、今年一番の有望株だなんて言われていた。


 これで剣士になることができなかったら、大損だけど。

 でも、あたしは後悔するつもりなんてない。

 剣士になれなくても、学んだことはきっと無駄にならないから。


 モンスターへの対処や、戦場での心構え。

 そういったものは、別に剣士に限らない。

 どんなクラスになったって、きっと役に立つ。

 もちろん、始まる前から剣士を諦めるつもりなんてないけど。



 王都について、成人の儀を受けて。

 あたしは、期待通り『剣士』のクラスが候補にあったのに喜んで。

 迷わず剣士を選んだ。

 これで、あたしの”英雄”への足掛かりができた。


 剣士になりたい人というのは、動機は似たり寄ったりだ。

 剣士といえば、戦闘の花形。

 単体攻撃力が高く、強力なモンスターに遭遇しても対処しやすい。

 だから、モンスターを倒して活躍したいという人も。

 大切な人を守るために、戦う力が欲しいという人も。

 あたしのように、英雄になりたいという人もいた。


 けれど、王都の学園で剣士の課程に進んで早々。

 あたしは、ぶっちぎりでトップの成績を収めた。

 同じく英雄を志すライバル達もごぼう抜きにして。

 他の人より一年早く、ヴィダさんから稽古を受けた恩恵だ。


 剣捌きが得意という学生は、もちろん居た。

 対人戦ならあたしと互角に斬り合える学生。

 けれど、モンスター戦における知識では、あたしは負けなかった。


 クラスはあくまで、モンスターと戦うためのもの。

 対人戦よりも、モンスターへの対処法の方が重要だって。

 ヴィダさんから叩き込まれたそれが、あたしのアドバンテージだった。


 単純な剣捌きなどでは、すでに学園で学ぶことなどほとんど無かった。

 あたしはその余力を、主に『技能』の使い方への学習に費やした。


 剣士は、黒魔導師や白魔導師のような魔法は使えない。

 けれども、保有マナは『技能』を扱うために使用できる。

 攻撃力を高めたり、攻撃特性を変化させたり、追撃攻撃をしたり。

 どのような状況下で、どのように体勢を整えて使うべきか。

 そういった部分が、剣士として戦う際には重要になる。


 ヴィダさんは、彼女なりに技能をアレンジして使っていた。

 それは、『複数の技能を同時に発動する』というもの。

 通常、技能は一つしか使えない。

 でも熟練次第では二つ以上の技能を、重ねて発動することができる。


 彼女が得意とするのは『ライジング・ラクシャーサ』。

 飛び上がるように、空中の敵を攻撃する技能である『ライジング・アサルト』。

 物理法則を無視して剣向きを変え、連続攻撃へと繋げる『スワローフラップ』。

 力を溜めて剣圧の威力と範囲を広げて放つ『ラクシャーサ』。

 この三つを同時に使い、ライジング・アサルトで飛び上がる勢いを利用。

 スワローフラップを挟むことで、強引に地面へ方向転換、突進力へ変換。

 それらの威力を全てラクシャーサに上乗せことができる技巧。

 ヴィダさんの奥義と呼べる技だ。


 今はまだ、あたしは二つの『技能』同時発動すらできない。

 けれど、きっとその技術を身に着ける。

 彼女のあの奥義を、あたしが受け継いで見せる。

 そう、堅く決意した。



 学園での一年。

 成人の儀を受ける前から、現役にもそう引けを取らなかったあたし。

 技能の使い方も覚えて、既に一線級の力を得ていた。


 セメイト村へと帰還し、ヴィダさんに真っ先に報告した。

 互いに、にっと不敵に笑ってみせた。

 そして彼女と、腕を組み合った。

 あたしは正式にヴィダさんに、弟子として師事することになった。


 実際に『間引き』で戦場に出て。

 ヴィダさんと共に、モンスターと戦う機会を得て。

 彼女の教えの通りの、『技能』を使う際の体勢などを教えてもらい。

 実戦を通して、あたしは自信をつけて。

 そこからもめきめきと上達していった。


 これで、ヴィダさんと肩を並べて戦える。

 あの日見た英雄の背中に、追いつける。

 そう、思ってた。



 ***



 それから二年後。あたしが十七歳の日。

 セメイト村は、再びモンスター襲撃に遭った。


 前回の襲撃からまだ四年しか経ってないのに。

 それにも関わらず、同規模のモンスター襲撃がくるなんて。

 充分な頻度で『間引き』も行っていたはずなのに、おかしい。


 あたしは、襲撃の時はちょうど『間引き』の最中だった。

 襲撃の救難信号を見て急いで戻った。

 ただ、その日の間引きで結構なモンスターを処理した後だからか。

 あたしは知らず知らずのうちに、消耗していた。


 ようやく村に辿り着いた時には、既に門前で激戦が繰り広げられていた。

 間引き後で、疲れた体に鞭打って。

 消耗したマナと精神で、必死にその場を繕って。

 襲い来るモンスター達を処理していった。


 肩で息をしながら、あたしは今さら震えだしてた。

 既に集中力が途切れ始めていた。

 先程から、危なっかしい状況が続いていた。


 避けられるはずの攻撃が掠めたり。

 気づくべきだった背後からの攻撃に、ギリギリまで気づかなかったり。

 飛んでくる矢や弾の音を聞き逃し、その身に食らってしまったり。


 消耗していた心と体でも、容赦なく命を奪いに来るモンスター達。

 一歩間違えれば、本当に命は無い激戦。

 先程から、実際に死と紙一重という状況を何度も重ねた状況。


 あたしは、初めて『死』の気配を、ひしひしと感じていた。


 今までチームで戦ってきて。

 今思えば、かなり余裕のある戦いしかしてこなくて。

 今まであたしは、こんな『死』を身近に感じたことなんて無くて。


 あたしは今日、ここでホントに死ぬかもしれない。

 そんな感覚が、じわりじわりと湧いてきた。

 あたしは、一刻も早くここから逃げ出したい衝動に駆られ始めた。


 すると、その時。

 親からはぐれたのか、前線に居る親を探しに来たのか。

 一人の子供が、門の近くに見えた。


 その子供の横から、三体のモンスターが近寄っていた。

 巨大なカマキリのような『リーパー・マンティス』。

 素早く頑堅な黄色の甲虫『大いなる種族(イス・ビートル)』。

 下向きの衝角を回転翼で飛ばしている機械、『撃機VANE-7(ヴェインセブン)』。


 攻撃を食らったら危険とされるモンスター達。

 それが三体そろい踏みで、その子供へと向かっていた。


 助けないと。

 でも、助けられる?

 あの三体の攻撃を、全て捌ききれる?

 今の、消耗した体と残り少ないマナで?

 さっきから、『死』を感じている今?


 ――怖い。


 あたしは、普段では考えられないくらい弱腰になっていた。

 信じがたいことに。

 あたしはあの子供を助けに行くべきか、迷ってしまった。


 でも、戦場ではその迷いが致命的。

 もはやモンスター達は、至近距離まで子供に迫っていた。

 ……もう、間に合わない。


「セイヤアァァッ!」


 その時。

 ヴィダ師匠が、その黒い長髪を靡かせてやってきた。

 空から降ってきて、子供へ襲い掛かったモンスターへと攻撃していた。


 空中に飛び上がり、勢いをつけて敵を叩き斬る、『ドロップ・エアレイド』。

 それが人間サイズの巨大カマキリのようなリーパー・マンティスに落ちる。

 その重い攻撃が、一刀両断にしていた。


 けれど、剣士は基本的に単体にしか攻撃できない。

 返す刀で、師匠は……


「【スワローフラップ】!」


 刀身を光らせ、剣を振り切った体勢から無理やり剣を翻す。

 攻撃直後、物理法則を無視して即刻追撃を放つ攻撃『スワローフラップ』。

 素早い連続攻撃に繋げる、単体火力の花形である『剣士』の代名詞。


 その返す刀が、黄色い甲虫『イス・ビートル』を弾き飛ばしていた。

 けれど、もう撃機VANE-7(ヴェインセブン)の処理が間に合わない。

 上空から降りてくる尖った鋼の塊が、子供とヴィダさんに迫る。


 ヴィダさんは、咄嗟に地面を蹴った。

 子供を抱えて、その場から飛びのいた。

 だけど、撃機VANE-7(ヴェインセブン)の衝角からは逃れきれず――



 ――ヴィダさんの左脚を、叩き潰した。



 その時の光景は、きっと二度と忘れない。

 ヴィダさんは、撃機VANE-7(ヴェインセブン)の攻撃から悟ったろう。

 無理のある体勢で、攻撃を避けきるは不可能だと。

 だからせめて子供だけは守ろうと、自らの脚を犠牲にした。


 その瞬間、あたしの頭は一気に冷えて。

 涙をぼろぼろと零しながら、咆哮を上げて。

 低空飛行になった撃機VANE-7(ヴェインセブン)に突撃して。

 その回転翼のついた鋼の塊を、一刀両断した。


 ……最初から、これをしていれば。

 あたしが迷わずに、子どもの方へと飛び込んでいれば。

 三体の内、一体だけでも斬ることができていれば。

 ヴィダさんが残り二体を処理して、無傷で対処できたのに。


 強引に恐怖を振り切り、肩で息をするあたし。

 素早く周囲を見渡し、他にモンスターが接近していない事を確認。

 すぐに子供を抱きかかえ、白魔導師を大声で呼んだ。



 ***



 片脚を失ったヴィダさんは、門の衛兵を引退した。

 ロクに脚を動かせない状況では、衛兵としては動けない。

 下手に前線に出たら、仲間に迷惑をかけるからだ。

 孤児院の護衛として働くさ、とからからと笑いながら言ってた。


 あたしは、ヴィダさんにすがりつくように泣き崩れた。

 ごめんなさい、ごめんなさい、と謝りながら。

 あたしがあの時、躊躇しなければ。

 あの場面で怖がらなければ、こんなことには。


 あたしの心の弱さが……一人の英雄を、奪ったんだ。


 ヴィダさんは勇気づけるように、あたしの肩をぽんぽんと叩いた。

 自分が未熟だっただけだと、そう語った。

 激戦でマナ管理を怠り、肝心な時に切り札を使えなかった。

 切り札を使うマナを残しておけば、こうはならなかったはずだったからと。


 それでも、涙が止まらない私に……

 諭すような声で、こう言ってくれた。


「本当の戦いの覚悟を知ったお前は、もう一人前の剣士だ。誇りを持て。お前は今、英雄に一歩近づけたんだ」


 そうだ。

 英雄というのは、あの時迷わず飛び込んだヴィダさんみたいな人を。


 自分の身も省みずに、人を守るために戦える人のことを言うんだ。


 すとんと、あたしの頭の中で何かがはまった気がした。

 あたしが理想とする英雄像。

 あたしが定める目標が、一体何なのかが。



 ***



 あの戦いで、また数人の犠牲者が出た。

 犠牲者の中には、召喚師も居たらしい。


 召喚師。

 『封印』という重要な役割を担う唯一のクラス。


 その役割がある関係上、召喚師は最低人数が定まっている。

 おおよそ人口八十人に一人は召喚師が必要となっているらしい。


 千人近い人口が居るこのセメイト村では、十二人必要だ。

 そこに、一人欠員が出てしまった。

 この年、成人の儀に向かった子ども達の中から一人、選抜されることになった。



 ***



 二度目のモンスター襲撃から、二年経った現在。

 あたしは若干十九歳で、このセメイト村でも有数の剣士になっていた。


 そんな中。

 北側への『間引き』に行っていたあたしは、ふと村の方角に視線がいく。

 スタンピードを知らせる、赤い救難信号が目に入った。


 あれから、たった二年なのに。

 開拓村を作る計画まで経って、モンスター襲撃すら来なくなるはずじゃ。

 なのに……さらに大規模な襲撃である、スタンピード?


 あたしは血の気が引いて、すぐにチームと共に村へ向かった。

 スタンピードは、またしても南門の方角から来たらしい。

 村に辿り着いても、あたし達は村を横切って逆側へ向かうことを余儀なくされた。


 村は、曲がり角や細い道を多くするように作られている。

 モンスターが侵入した際に人が逃げ切りやすいように。

 あたしのような身体能力が高い剣士なら、道を通る必要はない。

 家の屋根を跳び移るように移動した方が早い。


 するとその最中。

 巨大な斧を担いだミノタウロス。

 その大斧が、小さな子供に振り下ろされんとしていた。


 でも、あの距離ではもう間に合わない。


 嫌だ。

 また、守れないの。

 あんなに後悔したのに、また守れないの。

 あたしは、半狂乱になりかかった。


 けれど、驚くべきものを見た。

 一人の若者が、突然ミノタウロスの前に躍り出て――

 ――その攻撃を、自らの背中で受けていた。


 その姿に慄いた。

 ヴィダさんが脚を失った時の、あの光景が被った。

 彼女と同じ覚悟を、私よりも年下そうな男の子が。


 しかも、彼は振り向いたかと思ったら。

 なんと、召喚の紋章と共にモンスターを呼び出した。

 ……あろうことか、彼は『召喚師』だった。


 モンスターに攻撃させ、モンスターを盾にして。

 自分だけでは攻撃も防御も何もできず。

 モンスターの陰に隠れ、モンスターに穢れ仕事を押し付けるクラス。

 それが、あたしの中での『召喚師』の印象だった。


 なのに、彼はどうだ。

 攻撃こそモンスターにやらせてるけど、まさか。

 モンスターの陰に隠れるどころか、自分の身で子供を庇うなんて。

 あたしだって、できなかったことだったのに。


 ――あたしは、彼の姿にヴィダさんを。

 ――二人目の”英雄”を、見た。


 あたしはすぐにその場へ舞い降りて、ミノタウロスの処理を申し出る。

 でも、彼は「それより子供を安全な所へ」と言い出した。


 この召喚師は怪我をしているのに、と思ったけど。

 背中に大怪我した召喚師の身体能力では、子供を抱えて逃げるのは無理だ。

 それに、ミノタウロスを倒したら封印もしてもらわなきゃならない。


 あたしは唇を噛んで、子供を抱えて跳んだ。

 避難所へとこの子を連れたら、すぐにこの場に戻るつもりでいた。

 こんな勇敢な少年を、こんなところで死なせない。

 ……ヴィダさんみたいに、再起不能にさせたりするもんか。


 でも、やっとのことであたしが戻ってきた時には遅かった。

 その場にあったのは、血だまりだけだった。

 それを見て、あたしは血の気が引いた。


 ――まさか。

 最悪を想像したけれど、少なくともこの場に遺体は無い。

 あたしは気持ちを切り替えて、スタンピードの最前線へと向かった。

 動き続けなければ、死人が増える。

 スタンピードとは、そういうものだから。


 でも、最前線についた時。

 意外にも、既にスタンピードは下火になりつつあった。

 モンスターの数はまだまだ多いが、援軍が間に合っている。

 怪我人は多いみたいだけど、見渡したところ死人は見当たらない。


 ただのモンスター襲撃と違い、スタンピードは初動の差が大きい。

 充分な戦力が集まる前に、門や防壁が崩され、衛兵が死ぬ。

 その後、援軍が充分に集中する前にモンスターの数に押されるからだ。

 つまり、始まった瞬間の犠牲者と、各個撃破されてしまう人死にが大きい。


 にも関わらず、死人が出る前に援軍が間に合っている。

 それどころか、もはやこちらの戦力の方が上回ってきているくらいだ。

 スタンピードとは思えぬ被害の少なさに、拍子抜けしてしまった。


 けれど、あたしはすぐに前線へと飛び込んだ。

 油断をするな。死人を出してたまるもんか。

 最後の最後まで、絶対に死人を出さずに守り切るんだ。

 そう決意し、あたしは斬り込んだ。


 しばらく、モンスターを斬り続けていた時。

 視界の片隅で、誰かの戦いが目に入った。


 あの時、子どもを自分の身で庇っていた、あの召喚師の少年。

 生きてくれてたんだ、とほっとしたのも束の間。

 彼がゲンブを使って、上級モンスター『ヴァルキリー』を抑えていた。


 ヴァルキリー最大の恐ろしさは、その槍の攻撃だ。

 一度その槍に付け狙われたら、絶対に避けることは叶わない。

 物理法則を無視するような動きで、確実に刺し貫いてくるからだ。

 だからヴァルキリーの攻撃は受けるしかなく、しかも高威力。

 あたしだって、独りではできれば相手をしたくない。


 でも、その召喚師はうまく戦っていた。

 ゲンブを使って受け止めた上で、防壁の上から援護射撃させていた。

 二体の、瘴気を纏っていない『砲機WH-33L(ホイイル)』がそこに見えた。

 あんな崩れかけの防壁の上に、いつの間に配置していたのか。


 そして、その砲弾の攻撃が命中。

 ついに、ヴァルキリーが倒れた。

 彼が封印し、それを締めくくった。


 ほぼ同時に、スタンピードは鎮圧されきった。

 村人達は勝利の歓声に沸いた。


 背中どころか腹からも血を流している、彼。

 その召喚師は、その場に崩れ落ちた。

 あたしは慌てて救難信号の赤い光を背に駆け付け、その身を支えた。

 そして、白魔導師を大声で呼んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ