227話 一騎討ち 決着
「――ごたくは終わりだッ! 【シルフ】召喚、【狩人眼光】」
十分にマナが溜まったのか、しびれを切らしたようにヴァスケスが召喚。
比較的小さな召喚紋から現れたのは、二対の翅を生やした妖精のようなモンスターだ。精霊系の上級モンスター、四大精霊のひとつ『シルフ』である。
そのシルフが、ピッと天を指さす。
直後、マナヤの周囲を回っているワイアームを電撃が襲った。
(くそ、電撃防御はかけられねえ!)
電撃を受けるワイアームに対し、マナヤは何もできない。
バフォメット・モスの毒鱗粉を防ぐために、ワイアームの精神防御を維持しなければならないからだ。電撃と精神攻撃は逆属性なので、それを防御する魔法二つを両立することはできない。両方かけたところで、効果が表れるのは先にかけた方のみ。
だが、狙い目はある。
相手は四大精霊。その欠点は――
「【リーパー・マンティス】召喚! 【強制隠密】【跳躍爆風】!」
マナヤが手をかざし、現れた召喚紋。
その中から人間大のカマキリが飛び出した。
それに『敵に狙われなくなる』魔法が付与。
直後、跳躍爆風で跳び出していく。
「なに――」
着地した先は、ヴァスケスのすぐ近く。シルフの隣だ。
リーパー・マンティスが両腕についた鎌を振り上げる。
高速の連撃で、シルフが切り刻まれ始めた。
しかしシルフは攻撃せずに後退。四大精霊は、敵に接近されると攻撃を中断し逃げるように後方へ下がる習性がある。
だがヴァスケスも冷静だ。
「ちっ! 【戻れ】、【強制隠密】」
一旦、バフォメット・モスに『戻れ』命令を下す。リーパー・マンティスへ攻撃しようとして、ヴァスケスらにも毒鱗粉を撒かれるのを防ぐためだ。
そしてシルフに補助魔法『強制隠密』。
リーパー・マンティスは、急に攻撃を辞めた。この魔法は、攻撃モーション中でない場合は敵に一切狙われなくなる効果を与えるためだ。
しかしリーパー・マンティスは、狙いをヴァスケスへと変える。
「ぐ、うおおおおおお」
両腕を顔の前でクロスさせ、それに耐え続けるヴァスケス。
――バチィッ
そんなリーパー・マンティスに電撃が。最寄りの敵から十分に離れたため、シルフが攻撃を始めたのだ。
電撃を数回受けたところでリーパー・マンティスは倒れる。
「その程度の奇襲では、今の私には勝てんぞ! 【魔獣治癒】」
凌いだことにほくそ笑んだヴァスケス。
すぐに治癒魔法でシルフの傷を癒し始めた。
ヴァスケス自身が攻撃を受けとめたことで、『ドMP』により大量のマナを確保したのだ。これでヴァスケスはマナ残量で優位に立った。
「【行け】!」
が、その時既にマナヤはワイアームに飛び移っていた。
巨大な翼の間にしがみつき、攻撃命令を下す。
ワイアームごとヴァスケスの近くへと突撃していった。狙いは、先ほどのバフォメット・モスだ。
「【精神防御】!」
再び、ワイアームの全身が紫の防御膜で覆われる。
バフォメット・モスが攻撃を始めたが、その防御膜に弾かれた。翼のあたりに隠れていたマナヤも、そのおかげで毒鱗粉から逃れる。
「ならばこちらも迎撃するまで! ダーク・ヤング【行け】」
ヴァスケスは即座に、控えさせていたダーク・ヤングに突撃命令を。
背が高く触手のリーチも長いダーク・ヤングは、空から地上へ突っ込んできたワイアームを迎撃することも可能だ。
「【リミットブレイク】!」
「なに!? しまっ――」
が、マナヤはワイアームの『リミットブレイク』を発動した。
慌てて飛び退くヴァスケス。
ワイアームのヘビの頭が口を開き、そこから毒のブレスを浴びせる。
バフォメット・モスがその毒ブレスを浴び倒れてしまった。
「ちっ、ならば【時流加――なに!?」
――バシュウ
シルフを加速させようとしたヴァスケスだが、急にそのシルフが消滅し魔紋へと還ってしまう。
「馬鹿な、何故――ぐぅッ!?」
訝しむ暇もなく、今度はヴァスケス自身が膝をつく。
いつの間にか、彼の首元に星型の痣が浮かび上がっていた。その痣から全身に黒い光が広がり、一瞬にしてヴァスケスのマナがゼロになる。
「まさか、十三告死!? さきほどのリーパー・マンティスか!」
してやられたことに、ヴァスケスは歯噛みする。
マナヤがシルフに対抗すべくリーパー・マンティスを送り込んだ時。彼は密かに、高位の補助魔法『十三告死』もかけておいたのだ。
この魔法がかかったモンスターは特殊な病魔を植え付けられ、接触することで相手に感染させることができる。感染した相手は、十三秒後に一瞬にしてマナをカラにされてしまうのだ。
かつてヴァスケスら召喚師解放同盟もよく使っていた戦術である。マナヤにそれを逆利用されてしまった。
「よっ! 【猫機FEL-9】召喚、【戻れ】!」
着地したマナヤは、すぐに青い猫型のロボットモンスターを召喚。
撤退命令を下し、自身の周りを回らせる。
その状態でダーク・ヤングのそばを駆け回り始めた。
ダーク・ヤングが猫機FEL-9に狙いを定めた。
激しく動き回る猫ロボットに触手を振るわんとする。
が、複雑に動き回るそれに対し、その触手は空振りするばかり。
マナヤが得意とする『猫バリア』戦法である。
「おのれ! ならば、【リミットブレイク】」
しかしそこへ、ヴァスケスがダーク・ヤングに命じた。
即座に、膨大な黒い竜巻が発生。
それがダーク・ヤングの前方へ射出されていく。
ダーク・ヤングのリミットブレイク、マナを大幅に削る精神攻撃の竜巻である。それが、必然的に猫機FEL-9の近くにいるマナヤへも迫る。
「だッ!」
が、ダーク・ヤングの至近距離にいるマナヤは側面へ飛び込むように回避。
黒い竜巻はマナヤの横を通り過ぎていった。
このリミットブレイクは、あくまでもダーク・ヤングの正面方向にのみ放たれる。懐に潜り込んでいた方が、その時すぐに側面に回り込みやすくむしろ安全なのだ。
「【秩序獣与】!」
その間、マナヤは上空のワイアームに神聖属性の攻撃力を付与していた。
青白い光に包まれたワイアームの牙が、空からダーク・ヤングに食らいつく。
直後、ダーク・ヤングの体に青白い文様が発生し、煙を放ちはじめた。
秩序獣与に付与されている『聖痕』効果により、亜空モンスターであるダーク・ヤングの特殊な肉体を灼いているのだ。当のダーク・ヤングは猫機FEL-9に夢中で、ワイアームには目もくれない。
そして一度マナが空になったヴァスケスは、ダーク・ヤングに治癒魔法を使うことも不可能。
「ぐ……ならば!」
顔を険しくしたヴァスケスは、マナヤの方へと駆け出した。
駆けまわるマナヤの進行方向を遮るように立ちはだかる。
「ッ、野郎!」
たたらを踏み、横へ駆け抜けようとするマナヤ。
「そうはさせん!」
が、ヴァスケスの狙いは、彼の周りを回る猫機FEL-9の方だ。
彼は猫ロボットの進路をふさぐように動く。
正面に障害物が現れたことで、猫機FEL-9が足を緩めた。
「てめ――」
「やれ、ダーク・ヤング!」
ヴァスケスが叫ぶや、猫機FEL-9が砕け散る。
動きが緩んだその猫ロボットを、ダーク・ヤングの触手が打ち砕いたのだ。
猫バリアの正当な対処法だ。敵召喚師自身が立ちふさがりその激しい動きを阻害することで、猫機FEL-9の動きが止まったところを仕留めるというもの。
「あちらもだ!」
ヴァスケスが空を見上げて吼える。
空中のワイアームがダーク・ヤングへと突っ込んでいた。
が、猫機FEL-9なき今、ダーク・ヤングはカウンターの準備が整っている。
空中から迫る青白い毒牙。
地上から振るわれる極太の触手。
両者が同時に炸裂し、ワイアームとダーク・ヤングが相打ちになる。
「【封印】」
「【封印】!」
ヴァスケスもマナヤも、各々のモンスターを回収。
直後、バッと互いに距離を離すように跳んだ。
それぞれ、場に出したモンスターが全滅した状態。
また、お互い先ほどの封印でマナも使い切った。
(この期におよんで、仕切り直しかよ)
だが、状況が不利なのには変わりない。
ようやく毒が抜けたマナヤだが、体に残ったダメージが酷い。ヴァスケスも先ほどリーパー・マンティスに切り刻まれはしたが、マナヤに比べれば軽傷だ。
(こうなったら、あれしかねえ)
マナヤは覚悟を決める。ヴァスケスが恐らくまだ知らないであろう、こういう状況下に適した戦術。使うならば、今しかない。
(――『速攻構築』だ!)
召喚にそなえ手をかざす。
それを見たヴァスケスが、意外そうに眉をひそめていた。
おそらくもっとマナを溜め、再び上級モンスター、最上級モンスターなどで勝負をすることを想定していたに違いない。なにせ召喚戦においては、『後出し』する方が有利だ。相性の良いモンスターを返しに召喚して対処すればよいだけなのだから。
にも拘らず、マナが少ない状況下でマナヤが先に召喚しようとしている。
「【リーパー・マンティス】召喚! 【行け】!」
マナヤが喚んだのは、またしても下級モンスター『リーパー・マンティス』。攻撃力が高く機動力もあるが、耐久が紙というピーキーなモンスターだ。
しかしながら、安く呼べて火力が高いモンスター。召喚師を直接狙うのに最適の選択ではある。
そのカマキリがヴァスケスへと肉薄する。
が、ヴァスケスは嗤いながらあえてその身を差し出した。
「ぐ、うううう」
自らリーパー・マンティスの攻撃に晒されに行く。しかしヴァスケスの顔は勝ち誇ったような笑みが張り付いたままだ。
(ドMP狙いか)
マナ残量はほぼ同等、だがHPはヴァスケスの方が余裕がある。彼は、そのHPをMPへ変換しマナ残量で優位に立ちに行ったのだ。
精神獣与をかけたいところだが、今のマナヤにはMPがまだ足りない。
「――【隠機HIDEL-2】召喚!」
そして溜まったマナでヴァスケスが呼んだのは、岩の塊のようなモンスター。
機甲系の中級モンスター『隠機HIDEL-2』。岩に擬態できるロボットモンスターで、移動できない代わりに中級モンスターとは思えぬ攻撃力とタフネスを誇る。
「【戻れ】!」
マナヤは、リーパー・マンティスを引き戻すしかなかった。
隠機HIDEL-2は、体表が岩に擬態するための頑丈な鉱石に覆われている。だからリーパー・マンティスの斬撃はほとんど通用しないし、絶縁性も高い鉱石なので電撃も効かない。
(つまり、『帯電蟷螂ハメ』は使えねえ)
リーパー・マンティスと電撃獣与を使った、召喚師狙い最強のコンボも意味がない。
だが……
「……【ガルウルフ】召喚!」
次いで、狼のような下級モンスターを召喚するマナヤ。
しかしこれも、リーパー・マンティスと同じく『斬撃』で攻撃するものである。斬撃がそもそも効かない隠機HIDEL-2には歯が立たない。
「何のつもりだ?」
勝ち誇っていたヴァスケスだったが、急に表情が変わった。
この期に及んで、隠機HIDEL-2への対抗策にもならないモンスターを召喚してきた。そんなマナヤの行動に戸惑ったのだろう。
だが、『速攻構築』はここからが本番だ。
「【強制誘引】!」
「なに?」
マナヤは、リーパー・マンティスに強制誘引をかけた。ヴァスケスがさらに戸惑う声が聞こえる。
人間サイズのカマキリが、敵を惹きつけるようなオーラを放った。身じろぎもしない隠機HIDEL-2だが、確実に注意はそちらへ向いたはずだ。
(視点変更)
そしてマナヤは、そのリーパー・マンティスを移動させる。
待機するよう指定した先は、隠機HIDEL-2の攻撃ギリギリ射程外。
「今さらリーパー・マンティスを盾にしたところで――」
「ガルウルフ【行け】!」
なにごとか呟くヴァスケスを黙殺し、マナヤはガルウルフを突撃させた。
地を蹴立てて、狼がヴァスケスへと肉薄する。
「無駄だ!」
が、ヴァスケスはすぐに岩型モンスターの背後へ隠れた。
狼の進路上に、岩に擬態した隠機HIDEL-2が来るように誘導する。
隠機HIDEL-2は移動できないが、攻撃射程内に敵が入り込んだ瞬間攻撃するだろう。
ガルウルフが、その岩の塊と接触した。
ニヤリと笑みを浮かべたヴァスケス。
しかし――
「――なっ!? ぐア!?」
ガルウルフは、隠機HIDEL-2を無視しヴァスケスへ。
悲鳴とともに、ヴァスケスの体から鮮血が舞う。
ガルウルフの爪に切り裂かれたのだ。ガルウルフと接触しているはずの隠機HIDEL-2は攻撃しようともしていない。
「今だ! 【精神獣与】ッ!」
ちょうどぴったり溜まったマナで、マナヤはガルウルフに呪文を唱える。
狼の鉤爪に黒いエネルギーが宿り、ヴァスケスのマナを削り取り始めた。
「がッ、【行け】、【行け】ッ!! な、なぜッ」
異常事態にヴァスケスは焦ってしまっていた。何度も隠機HIDEL-2に攻撃命令を下すが、その岩型モンスターは微動だにしない。
ドMP効果を狙おうにも、精神獣与のせいでヴァスケスのマナはむしろ減る一方。
マナヤがガルウルフを喚んだ時、ヴァスケスも中級モンスターをもう一体召喚するくらいのマナを保持していたはず。だがマナヤを警戒し目的を見定めようとしたあまり、モンスターを出し渋って窮地に陥ってしまっている。
(これが『速攻構築』の神髄だ!)
これは、かつてバルハイス村の召喚師達にも教えた戦術を応用したもの。
ゲームで『殺虫灯』と呼ばれていた戦法、それを形を変えて悪用しているのである。
『リーパー・マンティスのHP……生命力は、数字にすると百だ。で、ガルウルフの生命力は二百ってトコだな。倍くらいの差があるだろ?』
『は、はぁ……』
『で、しかもリーパー・マンティスにゃ強制誘引までついてる。こうなると、敵モンスターはどう動くと思う?』
『さあ……?』
『ガルウルフを無視して、頑なにリーパー・マンティスだけを狙おうと躍起になるのさ』
ヴァスケスの隠機HIDEL-2は、移動することができない。そして岩に擬態するモンスターなので、攻撃モーション中でない限りは敵の標的にならない。
その代わり、ガルウルフやリーパー・マンティスなどの下級モンスターどころか、並みの中級モンスターですら相手にならないほどのスペックがある。
が、マナヤはその隠機HIDEL-2のギリギリ射程外にリーパー・マンティスを配置した。強制誘引もかかっているので、隠機HIDEL-2はリーパー・マンティスしか目に入っていない。その状況でHPが倍ほどあるガルウルフを突撃させても、隠機HIDEL-2は目もくれないのだ。
だから攻撃モーションを取ることもなく、ガルウルフが隠機HIDEL-2を狙うこともない。必然的に、敵召喚師を狙いにいく。
「お前は、低マナ状態での計算され尽くされた戦術に慣れてなかった! それが敗因だ!」
「がッ、おの、れッ、ぐァッ」
マナヤの勝利宣言に対し、マナも無くなり何もできないヴァスケス。
ゲーム『サモナーズ・コロセウム』では、自キャラにはマナがほとんど溜まっていない状態から戦闘がスタートする。そのため、低マナ状態から攻撃を開始する『速攻構築』という戦闘スタイルが確立されていた。
本来、低マナから弱いモンスターばかりで仕掛ける戦術は不利だ。『サモナーズ・コロセウム』でも、召喚師のHPを上げる『増命の双月』や斬撃を防ぐ『防刃の帷子』などのアイテムがある。これが速攻に対するアンチとして働き、まともに仕留めきることができないからだ。逆にドMPによって敵にマナを供給するだけの結果に終わりかねない。
が、それでもなお敵を仕留めきることができる戦術というものもプレイヤー達によって研究された。今マナヤがやっているこれも、速攻に対し敵が『隠機HIDEL-2』で受け止めてきた場合の対処法である。
ヴァスケスはこれまで、高マナでの戦いしか考慮していなかったのだろう。だからこそ、『速攻構築』の定石とその対処法を知らなかった。
「ぎッ、きさ、まぁッ……!」
自分を攻撃するガルウルフを睨みつけながらも、ヴァスケスが手をかざした。
ドMPは、ダメージ量とピンチ度によってマナ回復量が増加する。精神獣与によってマナを削る力も追加されているガルウルフだが、ヴァスケスが瀕死になるにつれマナ回復量の方が上回りはじめた。
「ぐゥッ――【スカルガード】召喚……ッ!!」
ギリギリでマナが溜まり、ヴァスケスの前に召喚紋が出現。
その中から、骸骨戦士が現れた。
最初からマナを持たないモンスターであり、精神攻撃は通用しない相手だ。
……が。
「が、ふッ……」
もう遅かった。
骸骨剣士が現れた時には、ガルウルフの最後の一撃がヴァスケスの胸元を深く切り裂いていた。
――バシュウ
せっかく召喚した骸骨剣士が消え去る。そして、岩に擬態していた隠機HIDEL-2も粒子となって消滅。
送還もしていないのに、召喚獣が消える理由は二つ。
召喚師が意識を失うか、死ぬかした時だ。
「……俺の、勝ちだ」
攻撃を辞め、マナヤの方へと振り向き佇むガルウルフ。
その後ろで倒れ込む青髪の男を見届け、マナヤは右拳をゆっくり天に突き上げた。




