225話 一騎討ち 激戦
先に動いたのは、ヴァスケスの方だ。
「召喚【鎚機SLOG-333】、【行け】」
マナヤへ向けて手をかざし、その先に巨大な召喚紋が出現した。
その中から現れたのは、巨大な樽の形をした金属製の胴体を持つロボット。
体の下部には車輪がついており、頭部にあたる部分にはガラス玉のようなものが無数に張り付いた半球状の金属フードが。胴体の側面には巨大な鉄槌が三つ、等間隔に並んで取り付けてある。
「【重量軽減】」
さらにヴァスケスは、その鎚機SLOG-333に重量を減らす魔法をかけた。
(いきなりSLOG-333か! わかってやがる!)
内心、マナヤは冷や汗を流していた。
ゲーム『サモナーズ・コロセウム』でも、機甲系の最上級モンスター『鎚機SLOG-333』は対人戦では最強と言われていた。攻撃力、耐久力、機動力の全てを高水準で併せ持っているからだ。機甲系モンスターを中心とした構築を組むなら、まず外せないと言われている。
重量軽減をかけたのも良い判断だ。こういうゴツゴツした岩場では、車輪の鎚機SLOG-333は移動速度が激減する。それを防ぐための補助魔法がコレだ。
こういった補助魔法の援護を受け続けた鎚機SLOG-333は、反則級に強い。
しかし、だからこそ対策も無数に考案されていた。
頭に入っているいくつかの対策法から、瞬時に一つの戦術を選び出す。
「【フレアドラゴン】召喚、【行け】!」
マナヤが召喚したのは、巨大な赤い竜。
象のような胴体に、鹿のような頭部。しかし全体に真紅の鱗がびっしりと生え、その顎には鋭い牙が生えている。
伝承系の最上級モンスター、『フレアドラゴン』だ。
火竜が炎のブレスを吐き出す。
それが、高速で迫る鎚機SLOG-333を呑み込みかけたその時。
「【火炎防御】」
やや訝しみながらも、ヴァスケスは炎耐性を追加する魔法をかける。
鎚機SLOG-333の金属製の肉体がオレンジ色の防御膜に覆われた。
さらにヴァスケスは、その鎚機SLOG-333の真後ろにぴったり張り付く。
機械モンスターの大半は炎に弱い。が、フレアドラゴンなどの火炎攻撃は『火炎防御』で簡単に無力化できてしまう。ヴァスケスが訝しんだのはそのためだろう。
そのまま、火炎ブレスの中を突っ切ってきた鎚機SLOG-333。
体表が僅かに融解しつつも何ら支障なく突撃してくる。
炎が防御膜に跳ね返されたため、一緒に突っ込んできたヴァスケスは無傷だ。
(やっぱ動きが良いな。SLOG-333を巧く盾にできる位置取りだ)
ヴァスケスが自身の鎚機SLOG-333に張り付いているのは、その方が彼自身もフレアドラゴンの攻撃を防ぎやすいからだ。跳躍爆風によってフレアドラゴンを背後に跳ばされても、鎚機SLOG-333に密着していればすぐに回り込んでそれを盾にできる。
やはりヴァスケスは対人戦の技術がかなりの域に達しているようだ。
「【戻れ】! 【フロストドラゴン】召喚!」
一旦フレアドラゴンを撤退させたマナヤは、直後に今度は氷竜を召喚。
巨大な紋章の中から、ブロントサウルスのような巨体が現れた。しかしその全身は真っ白で、かつ全身いたるところが堅牢な甲羅に覆われている。背中からは一対のクリスタル状の大きな翼が生えていた。
フレアドラゴンと対を為す最上級モンスター『フロストドラゴン』。
赤い竜と白い竜、二体が並び立った。
「ちっ、【強制誘引】【跳躍爆風】」
舌打ちしたヴァスケスは、自身の鎚機SLOG-333に強制誘引を。
これは『敵の注意を引き付ける』魔法だ。
さらに直後、跳躍爆風でマナヤの背後へと跳ばしてきた。
フロストドラゴンの攻撃は、今の鎚機SLOG-333では防げない。火炎防御で冷気耐性が失われているためだ。そしてそれに密着しているヴァスケスも、フロストドラゴンに鎚機SLOG-333が攻撃されれば巻き込まれてしまう。
だから跳躍爆風で自身との距離を離した。強制誘引もかけておくことで、ヴァスケスに攻撃が向かないようにすることも忘れていないようだ。
「フロストドラゴン【戻れ】、フレアドラゴン【行け】!」
だがマナヤはそれも読んでいた。
ギリギリでマナ回復が間に合い、すぐに魔法をかける。
「【竜之咆哮】!」
フレアドラゴンが金色のオーラに覆われた。
火竜はつんざくような咆哮を上げ、鎚機SLOG-333はそちらに突撃。
その隙にマナヤは、フレアドラゴンの背に駆け登っていた。
フロストドラゴンと比べ、フレアドラゴンは背の位置がやや低い。そのため、太い尻尾を伝えばそのままフレアドラゴンの背に乗ることができる。
「ちっ」
ヴァスケスが駆け出し、こちらに近づいてくる。
鎚機SLOG-333の位置は、ヴァスケスからは補助魔法の射程外。接近して補助魔法をかけてくる気だろう。
「【跳躍爆風】!」
「なに!?」
マナヤが、フレアドラゴンの背に乗ったまま跳躍爆風をかけた。
ヴァスケスが驚きの声を上げる中、金色のオーラを纏った火竜が大ジャンプ。
自身の背後にあった、小高い台地の上へと放り込まれる。
ズゥン、と台地そのものを揺らさん勢いでフレアドラゴンが着地。
その背に乗ったマナヤが台地の下を見下ろす。
ヴァスケスの鎚機SLOG-333は攻撃目標を失いウロウロしていた。
近くにいるフロストドラゴンの氷刃ブレスを受け、金属の身体を切り刻まれる。
「【跳躍爆風】、【猫機FEL-9】召喚」
ヴァスケスも鎚機SLOG-333を跳ばす。
マナヤとフレアドラゴンがいる台地へとそれを放り込んできた。
猫機FEL-9を召喚したのは、フロストドラゴンから自身を守るためだろう。
「かかったな! 【重量軽減】、【跳躍爆風】!」
しかしほくそ笑んだマナヤは、フレアドラゴンの体重を減らす魔法を。
続いて、跳躍爆風で再びフレアドラゴンを自分ごと跳ばした。
体重が軽くなった火竜は隣の台地まで跳び、そこへ着地する。
「ぐげっ」
着地の衝撃。
フレアドラゴンから転げ落ちることこそ免れたが、衝撃は殺しきれない。カエルが潰れたような変な声が出た。
だがなんとか呼吸を整えつつ状況を見やる。
先ほどまでいた台地の上に取り残された鎚機SLOG-333。再び攻撃目標を見失い、台地を自ら降りてしまっていた。
(『竜哮寄せ』戦法!)
マナヤがやっているのは、『竜に全ての敵モンスターを引き付け、その竜を逃がし続けることで安全を確保する』戦術だ。
竜之咆哮のかかったドラゴンは、他の敵を全て無視してそのドラゴンだけを狙うようになる。その状態で、そのドラゴンが攻撃を受けないよう跳躍爆風などで逃がし続けるのだ。
そうすることで敵は攻撃することができず、別の攻撃要員がフリーになる。今回の場合で言えば、囮となっているのがフレアドラゴン。攻撃要員がフロストドラゴンだ。囮のフレアドラゴンが逃げ続けている限り、フロストドラゴンは鎚機SLOG-333の攻撃を受けない。安全に攻撃し続けることができる。
「――【跳躍爆風】」
しかしさすがにヴァスケスも対応が早い。
自ら鎚機SLOG-333にしがみつき、跳躍爆風で自分ごと跳んできた。
「【竜之咆哮】、【跳躍爆風】!」
「【火炎防御】、【跳躍爆風】」
マナヤが竜之咆哮を維持しつつ、隣の台地へ逃げるように火竜を跳ばす。
が、即座にヴァスケスも自ら鎚機SLOG-333にひっついて跳んできた。
自分自身が一緒に跳んでくれば、マナヤがドラゴンを逃がす前に跳躍爆風を連続で使い、追いつけるというわけだ。火炎防御をかけ直すことも忘れていない。
「……【スター・ヴァンパイア】召喚、【火炎防御】」
ついてきながら、ヴァスケスは召喚紋から不可視のモンスターを召喚。
即座にそれに耐火の防御膜を纏わせる。
(くそ、もう気づいたか!)
早くも最適解を導き出したヴァスケスの対応に、マナヤも舌を巻いた。
虚空から、宙に浮いているピンク色の肉塊が出現。
上端の触手を振り下ろし、その先端の鉤爪で火竜の鱗を斬り裂く。
パッと舞ったフレアドラゴンの赤い鮮血が肉塊に吸い込まれていく。
冒涜系の上級モンスター『スター・ヴァンパイア』。
浮遊移動することができる上、攻撃速度も尋常ではない強力なモンスターだ。
「【跳躍爆風】!」
ダメもとで、マナヤはフレアドラゴンをジャンプさせる。
が、スター・ヴァンパイアは跳ぶ火竜の動きについてきていた。
一緒に宙を舞いながら、しつこく火竜を切り裂いている。
スター・ヴァンパイアはヴァルキリーと同様、敵の動きについてくる習性がある。連撃速度も速いため、こうやって攻撃対象を跳躍爆風で跳ばしても追尾してきてしまうのだ。『竜咆寄せ』戦術の対抗策筆頭である。
が、今回マナヤがフレアドラゴンを跳ばした先は、谷底。
フロストドラゴンの近くだ。
「ちっ、【跳躍爆風】」
ヴァスケスを乗せたまま、鎚機SLOG-333が跳ぶ。
谷底へと降りるべく、こちらへ落下してきた。
「そこだ! 【跳躍爆風】!」
そこでマナヤは、今度は氷竜に跳躍爆風。
フロストドラゴンが空中、鎚機SLOG-333のすぐ傍まで跳びあがる。
「な……くっ!」
空中で、口を開けた氷竜がヴァスケスの目の前に迫る。
鎚機SLOG-333は今跳んだばかりで、ここから急制動をかける術がない。
慌ててヴァスケスは、空中の鎚機SLOG-333から飛び降りた。
落下してくる鎚機SLOG-333が、氷の刃に刻まれる。
金属の全身がバラバラになり、溶けるように消滅。後には魔紋が残った。
「【封印】!」
「貴様! く……【ゲルトード】召喚」
自由落下するヴァスケスを尻目に、その魔紋をマナヤがすぐさま封印。
ヴァスケスは舌打ちしつつも、自身の真下に人間大のカエルのようなモンスターを召喚した。
先に着地したカエルの上に重なるように、ヴァスケスが落下。弾力性のあるカエルの背で受け止められ、軟着陸する。
すぐに体勢を整えたヴァスケスは、手をかざす。
狙うは、フレアドラゴンに攻撃している自身のスター・ヴァンパイアだ。
「【電撃獣与】」
「【電撃防御】!」
「【精神獣与】!」
ヴァスケスが電撃を付与すれば、マナヤは火竜にその防御魔法を。
しかしヴァスケスはすぐさま精神獣与を重ねた。
スター・ヴァンパイアの鉤爪が、真っ黒い稲妻を纏う。
電撃獣与と精神獣与のコンボだ。
この二つを両方かけると、電撃獣与の電撃威力が全て精神攻撃に変換される。電撃防御のかかっているフレアドラゴンでは防げない。
「【送還】! 【精神防御】!」
マナヤは迷わずフレアドラゴンを送還した。
そして残った氷竜の方へかけながら、そちらに精神攻撃耐性を与える魔法をかける。
スター・ヴァンパイアは透明化し、今度は氷竜の方へ。
再び姿を表した時、黒い稲妻を纏った鉤爪を振り下ろしていた。
しかし鉤爪そのものは白い甲殻に、黒い稲妻は紫色の防御膜に防がれる。
「……おのれ」
ヴァスケスが歯噛みしている。
スター・ヴァンパイアは現在、コンボによって電撃攻撃力を失っている。鉤爪の斬撃と精神攻撃力だけになっているのだ。
しかしフロストドラゴンは甲殻で斬撃を防げる。精神防御で精神攻撃も無効化。こうなればフロストドラゴンがスター・ヴァンパイアに倒されることは無い。
一方ヴァスケスはもう電撃獣与と精神獣与のコンボを使ってしまった。精神獣与の効果時間が終了しない限り、スター・ヴァンパイアの攻撃を電撃属性に戻すことはできない。
「ならば! 【粘獣ウーズキューブ】召喚、【跳躍爆風】」
次にヴァスケスが召喚したのは、緑色のゼリーが立方体に固まったようなモンスター。
それを跳ばしてフロストドラゴンに隣接させてくる。
粘獣ウーズキューブが酸を放ち、氷竜の甲殻を溶かした。
軟化したその甲殻を、スター・ヴァンパイアが切り裂く。
(やりやがる)
粘獣ウーズキューブは、斬撃防御力を落とす強酸で攻撃する。
これによってフロストドラゴンの甲殻が溶け、スター・ヴァンパイアの鉤爪が通るようになってしまった。
「【強制隠密】、【戻れ】!」
だがマナヤもまだ負けてはいない。
既に彼は駆け出しつつ、氷竜に『攻撃動作中以外は敵に狙われなくなる』魔法をかけ、即座に氷竜を退かせていた。
フロストドラゴンが攻撃を辞め、スター・ヴァンパイアと粘獣ウーズキューブは攻撃目標を変える。次の狙いは、マナヤだ。
だがその間に、マナヤは二つの台地の谷間へと到着。隣り合った台地で、隙間が大人一人か二人分程度しか開いていない細めの谷間だ。
「【ストラングラーヴァイン】召喚!」
その谷間の入り口に、ツタが複雑に絡み合った樹のようなモンスターを召喚した。
精霊系の中級モンスター『ストラングラーヴァイン』。移動することができないが、高い攻撃力と耐久力を誇るモンスターだ。
それで谷間への入り口が塞がれ、スター・ヴァンパイアと粘獣ウーズキューブはマナヤに隣接できなくなる。
「【次元固化】、フロストドラゴン【行け】!」
ストラングラーヴァインに無敵化の魔法をかけ、フロストドラゴンには攻撃命令を下す。
氷竜が、氷の刃が混じった吹雪のブレスを放った。スター・ヴァンパイアが切り刻まれ、粘獣ウーズキューブに至っては凍結し粉々に砕けてしまう。
「【精神防御】【魔命転換】」
ヴァスケスは粘獣ウーズキューブは捨て置き、スター・ヴァンパイアに治癒魔法をかける。精神防御でスター・ヴァンパイアのマナを守ることも忘れない。魔命転換は、スター・ヴァンパイア自身のマナを減らしてしまうからだ。
「く……」
氷竜から吐き出されたブレスは、その先にいるマナヤにも迫りくる。
が、次元固化によって無敵化していたストラングラーヴァインを背にすることで、これを盾に。吹雪はツタの巨体によって遮られ、なんとかマナヤは無事だ。
だが、スター・ヴァンパイアがフロストドラゴンへと狙いを変える。
「【戻れ】!」
すぐさまマナヤは、フロストドラゴンを撤退命令に。
スター・ヴァンパイアはまた攻撃目標を見失った。フロストドラゴンにかかった強制隠密のせいだ。
「おのれ、小細工を!」
苛立ち紛れにヴァスケスが吼える。
マナヤは、無敵化したストラングラーヴァインで安全地帯を作り身を守っているのだ。その間にフロストドラゴンに攻撃を任せている。
敵モンスターがフロストドラゴンに攻撃を仕掛けようとしたら、マナヤはフロストドラゴンを退かせる。すると強制隠密により、敵は氷竜から興味を失ってマナヤへと狙いを変える。
しかしマナヤはストラングラーヴァインによって作られた安全地帯に篭っているので、敵スター・ヴァンパイアは攻撃できない。
跳躍爆風でストラングラーヴァインを跳び越えさせることもできない。浮遊移動するスター・ヴァンパイアは、跳躍爆風の効果対象外だからだ。
結果、スター・ヴァンパイアはマナヤとフロストドラゴンの間を行ったり来たりするだけになる。
「ならばこれはどうだ! 【スポーン・スコルピオ】召喚」
が、またもヴァスケスの判断は早い。
彼の目の前に、人間とほぼ同じ大きさをした巨大なサソリが現れる。冒涜系の中級モンスター『放卵の毒蠍』だ。
「【狩人眼光】【跳躍爆風】」
そしてそれを、跳躍爆風で跳ばす。
着地した先は、マナヤの頭上。マナヤが隠れている谷間の上にある台地の縁だ。
その大サソリは眼下のマナヤへ向け、尻尾をもたげる。
その尾の先端から毒を含んだ棘状の卵が発射された。
「ぐっ!?」
頭上からの直線的な攻撃。
避けることもできず、マナヤは肩口に毒の棘をもろに食らってしまった。刺さった傷口が紫色に腫れ上がり、ズキンズキンと全身に激痛が走る。
(マジかよ!)
ヴァスケスがサソリを跳ばしてくるなら、マナヤがいる谷底に放り込んでくるだろうと思っていた。
そうなった場合、マナヤはストラングラーヴァインを乗り越えて表側に出ればいい。たったそれだけで、スポーン・スコルピオの直線的な射撃を無効化できる。無敵化しているストラングラーヴァインの巨躯が、スポーン・スコルピオが発射する棘を防いでくれるからだ。
無敵化したモンスターを使って安全地帯をつくり、敵が跳躍爆風を使ってモンスターを放り込んできたら無敵化モンスターを乗り越えて反対側へ移動する。ゲームでもよく使われていた、敵モンスターを無力化する戦術だ。
だがヴァスケスは、初見のはずであるこの戦術を読んでいたらしい。
マナヤの頭上にある台座の上へ跳ばしてしまえば、射線を遮るものは何もないのだ。マナヤはスポーン・スコルピオの攻撃を受け続けるしかない。
竜巻防御で射撃を逸らすことも不可能だ。ヴァスケスはそれを既に読んでいて、スポーン・スコルピオに狩人眼光をかけていた。弾速が上がったスポーン・スコルピオの攻撃は、もう竜巻防御では逸らせない。
「【戻れ】、がッ」
なおも氷竜に細かく命令を下し続けるマナヤ。
だがそれでもたついている間に、毒の棘がもう一発マナヤの肩口に突き刺さった。両の肩から毒の棘を生やし、より一層全身の激痛がひどくなる。
(ぐ、くそっ……)
それでも意識を必死に保ちつつ、マナヤは頭上の大サソリを睨みつけていた。




