222話 シャラvs黒魔導師&白魔導師 1
マナヤとテナイアが目指している、瘴気ドームの根元にて。
「【スペルアンプ】」
「【スプライト・ミスト】」
瘴気を纏った、白魔導師と黒魔導師の聖騎士二人。
白魔導師の増幅魔法を受け、黒魔導師が攻撃魔法を放つ。
霧のように発生した冷気がシャラを取り巻いた、その瞬間。
「【リベレイション】!」
シャラは『衝撃の錫杖』を振りぬき、衝撃波を発生。
襲い来る冷気の霧を全て一瞬で振り払った。
「ぐううっ」
「くそっ」
その衝撃波に巻き込まれ、白魔導師も黒魔導師も吹き飛ばされる。
シャラのこの『リベレイション』は、狙ったものだけを選択的に吹き飛ばすことが可能だ。そのため、シャラ自身を全方位から取り巻こうとしていた霧を、シャラ自身を巻き込まずに吹き飛ばすことができる。
(次!)
シャラは、マナを出し切って手のひらサイズまで縮小した錫杖を鞄にしまう。
そして別の、同じく手のひらに収まりそうな金属棒を取り出し、握り込んだ。
――【衝撃の錫杖】!
マナがフル充填されている新しい『衝撃の錫杖』と交換したのだ。
シャラが新たな錫杖を構えた先から、黒魔導師と白魔導師が再び姿を現す。
「おのれ、一体いくつ錬金装飾を持ち歩いている!?」
「【プラズマハープーン】!」
白魔導師が呻きつつ、黒魔導師の方が電撃の槍を放ってくる。
「【キャスティング】」
シャラは、自身の左手首につけられた『吸邪の宝珠』を外し、別の錬金装飾を操作して着け替えた。
手で着け替えるより、この方が速い。
――【吸嵐の宝珠】!
電撃を無効化する錬金装飾。
プラズマハープーンはシャラに触れた瞬間に霧散してしまった。
「この! おい、頼む!」
「【スペルアンプ】」
「【アイスジャベリン】」
黒魔導師の掛け声で、白魔導師は魔法増幅を。
直後黒魔導師は、それを受けて氷の槍を放った。
巨大な氷の槍が、高速でシャラに迫る。
「えいっ!」
しかしシャラは、『衝撃の錫杖』一振りでそれをあっさりと弾いてしまう。
「【ゲイルフィールド】」
「【キャスティング】」
間髪入れず、黒魔導師が鈍化の旋風を発生させる。
が、シャラは今度は胸元の『吸炎の宝珠』を別のものへ着け替えた。
――【吸毒の宝珠】!
毒や麻痺などを無効化する錬金装飾だ。
紫色の、どこか粘り気すら感じる旋風が取り巻く。
しかしシャラはその中でも何の影響も受けない。
(弱化魔法は、『吸毒の宝珠』で無効化できるみたい)
つい先ほど発見したことだ。我武者羅に使った『吸毒の宝珠』で弱化魔法を無効化できてしまった。
シャラ自身も知らなかったのだが、実に嬉しい誤算。
「なんなんだ、この女は!」
「キャスティングの反応が早すぎる! たかが錬金術師が、なぜここまで戦い慣れているのだ!?」
聖騎士達は、焦れたように愚痴を言い始める。
無理もない。先ほどからあの二人は、シャラに傷を負わせることすらままならないのだ。
(黒魔導師さんと白魔導師さん……もしかして、錬金術師ってこの二人と相性がいいのかな)
思いのほか耐えることができている状況に、シャラ自身が困惑していた。
黒魔導師が使う攻撃魔法は、属性をともなう。そのため、属性攻撃を防御する錬金装飾でだいたい無効化できてしまう。先ほどのように、弱化魔法も『吸毒の宝珠』で無効化することが可能だ。
防ぐことができないのは、対応する宝珠型錬金装飾が存在しない『冷気』魔法のみ。だからといって冷気で攻撃されても、もはやシャラはそれほど脅威とは感じなくなっていた。
錬金術師が扱う『衝撃の錫杖』は、ダメージこそ出せないが対象を大きく吹き飛ばすことができる。それは、魔法増幅で強化された攻撃魔法すらも例外ではない。
そのため単体攻撃魔法は錫杖で簡単に弾くことができる。白魔導師の『イフィシェントアタック』付きの攻撃も同じだ。範囲攻撃魔法も『リベレイション』で払い飛ばすことができる。
また『衝撃の錫杖』による吹き飛ばし効果は、白魔導師の結界で防ぐことができないようだ。なので、錬金術師相手に結界魔法はほとんど意味がない。
あまりリベレイションを使いすぎるとマナ充填済みの『衝撃の錫杖』がなくなってしまうが、予備は山ほど用意してある。仮に予備も使い尽くしたとして、すぐに再充填することができる。シャラはもともと保有マナが膨大だ。
(でも、このままじゃ堂々巡りだ)
シャラは、とにかく粘り続け誰かが助けに来てくれる可能性に賭けていた。自身が人と戦って殺してしまいたくはなかったからだ。いかに『衝撃の錫杖』にダメージが無いとはいえ、急所に攻撃してしまえば死んでしまう可能性はゼロではない。
だが、結構な時間が経つが誰も来てくれる気配がない。
しかしそんな焦りの中、シャラは思い出す。
(……そうだ。私は、何のためにテナイアさんから杖術を教わったんだ)
皆の助けになりたいと思ったからだ。
テオやマナヤ、アシュリーらに頼りきりにはなりたくなかったからだ。自分だってちゃんと役に立ちたかったからだ。
……テオと並び立っていられるくらい、強くなりたかったからだ。
(私が、がんばらなきゃ!)
一つ大きく深呼吸。
相手を殺さず無力化する。錬金術師である自分なら、できるはずだ。
「……!?」
こちらの雰囲気が変わったことに気づいたか、聖騎士二人が表情を変えた。
シャラは、正眼に構えた杖をゆっくりと上へ上へと持ち上げる。
頭の高さまで持ち上げたところで、先端が相手の目から外れた。
そして錫杖の両端近くをそれぞの手で握り込み、水平にして頭上に掲げた。
――門塔の構え
テナイアから教わった、遠隔攻撃を使ってくる相手に有効な構え。
聖騎士たちがたじろぐ。頭上に大きく杖を掲げたシャラが妙に大きく見え、威圧感を放っているかのように映ったからだ。
「……【アイスジャベリン】」
警戒しつつも、黒魔導師が氷の槍を放った。狙いは左足だ。
「っ!」
しかしシャラは、左脚を一歩踏み出した。
そのまま錫杖を左八双……すなわち、顔の左側に地面と垂直に構える。
錫杖の先端、輪のついた側が真下を向いている状態だ。
足元を狙った氷の槍が、ただ構えを変えただけで真正面へ弾かれた。
「なに!?」
「なっ、【ライシャスガード】」
弾いた氷の槍は、正確に黒魔導師へと打ち返されていた。
すぐさま白魔導師が結界を張って槍を防ぐ。
「た、助かった。この女、急に……!」
黒魔導師が警戒を強めシャラを見やる。彼女はすでに錫杖を頭上に戻し、門塔の構えを取り直していた。
「ちっ、【シャドウパルチザン】」
舌打ちした黒魔導師は、今度はシャラの右肩あたりを狙って闇の槍を放つ。
しかしシャラは、右肩を前に出し構えを正眼に変える。
それだけで錫杖が頭上から正面へ振り下ろされ、闇の槍を打ち返した。
「っ、【ヘイルキャノン】!」
だが黒魔導師は、カウンター気味に氷の塊を発射。
直後、打ち返された闇の槍をギリギリでかわしていた。
門塔の構えを取りなおせていないシャラに、ヘイルキャノンが迫った。
しかしシャラは、ごくわずかに錫杖の先端を下へ向ける。
「はっ!」
直後、気合と共に先端を跳ね上げた。
迫った氷の塊を下から上へと打ち上げる。
「ち……な、なんだと!」
舌打ちした黒魔導師だが、シャラの方を見て驚愕する。
シャラはすでに門塔の構えを取りなおしていた。
氷の塊を上へと弾き上げる動きで、そのまま杖を頭上に戻したのだ。
「この! 【スプライト・ミスト】」
続いて黒魔導師は、冷気の範囲魔法を放つ。
「【リベレイション】!」
シャラは頭上で水平に構えた錫杖を肩の高さまで降ろす。
その状態で、敵を吹き飛ばす衝撃波を放っていた。
「まずい、【レヴァレンスシェルター】!」
白魔導師がとっさに半球の結界で自身らを覆った。
直後、跳ね返された冷気が結界の周りを吹き抜ける。
シャラは今のリベレイションで、魔法だけを払ったのだ。聖騎士二人は吹き飛ばさないようにしたため、彼らは自身の冷気魔法を自ら受けてしまった。
冷気を防ぎ切ったところで結界が消滅する。
「しまっ、避けろ!」
と、黒魔導師が上を見上げて横に跳ぶ。白魔導師も逆向きへと跳んだ。
直後、二人が立っていた場所に白い塊が降ってくる。
先ほどシャラが上へと弾いたヘイルキャノンが落ちてきたのだ。
「貴様!」
「お、おい冷静になれ! よく見ろ!」
「な、なに!?」
落ち着いて見ていた白魔導師に促され、黒魔導師はようやく気付く。
いつの間にか、シャラが間を詰めてきていた。
彼女は、攻撃を弾くべく構えを変えるたび、少しずつ近づいていたのだ。構えを変える際に体を斜に構えたり正面を向いたり、体の向きを変えるたびに足を踏み出し続けていた。
ごくごく自然にそうやっていたため、今にいたるまで聖騎士二人も気づかなかった。『妖精の羽衣』のおかげで足元の動きが悟られにくかった、というのも大きい。
既に新たな『衝撃の錫杖』を頭上で構えているシャラ。
軽く腰を落とし、前かがみになる。
「ち――」
「【キャスティング】」
慌てて黒魔導師が後退しようとした瞬間、シャラが叫ぶ。
胸元の『吸毒の宝珠』を別のものに変更。
――【俊足の連環】!
輪が連なったチャームのついた錬金装飾により、シャラの移動速度が上昇。
「やああっ!!」
高速ホバーで一気に相手の懐へと飛び込んだ。
ちょうど後退しようとしていた聖騎士二人は虚を突かれる。
「なに!?」
「【イフィシェントアタック】!」
黒魔導師が目を剥く中、白魔導師の方は冷静だった。
物理増幅魔法をかけ、メイスで横薙ぎの攻撃を仕掛ける。防御不能な吹き飛ばし効果を伴う『衝撃の錫杖』の攻撃に、結界魔法は意味がないからだ。
しかしメイスの一撃を、シャラはわずかに屈んで避ける。
そのまま白魔導師を通り過ぎ、バランスを崩したままの黒魔導師へ。
身を低くしたまま、錫杖の根元を右手だけで持つ。
黒魔導師の右足あたりにしゃがみ、彼の脚の間に錫杖を差し込んだ。
その状態で左手で錫杖の先端辺りを掴む。
錫杖の両端をしっかりと握った状態で、黒魔導師の背後へ回り込むように立ち上がった。
黒魔導師の右足を後方へ払う形になる。
「うおっ!?」
前のめりになって倒れそうになる黒魔導師。
直後シャラは、錫杖の先端を彼の後頭部へと叩き込む。
「ぐッ」
上から衝撃まで送り込まれた黒魔導師は、頭を大地に強打。
倒れ込んだ黒魔導師は、完全に気を失ったように見える。
「貴様……!」
残った白魔導師が、警戒するように後ずさりした。




