221話 テナイアvs白魔導師&弓術士 2
「そんなものまで!? ――グッ」
白魔導師が驚愕する中、テナイアは錫杖を彼に突き出した。
たたらを踏んで後退した白魔導師。
テナイアも彼から距離を取るように退がる。
これもまたシャラから預かっていた『衝撃の錫杖』。
本来は錬金術師専用の武器型錬金装飾だが、他『クラス』の者でも一応使える。ただその場合、せいぜい叩いた相手を押しのける力が増す程度のもの。錬金術師が使った時のように、敵を大きく吹き飛ばすことはできない。
だがそれでも、並の杖よりはよほど強力な武器となる。
(シャラさんには感謝しなければ)
テナイアの知る限り、もっとも優秀な錬金術師。あの金髪セミロングの少女を頭に思い浮かべ、ふっと笑った。
しかしすぐに顔を引き締め、『衝撃の錫杖』を正眼に構える。
「く、散れ!」
側面から弓術士の声。
合わせるように、正面の白魔導師が逆方向へと動いた。
前後で挟み撃ちにするつもりだろう。
テナイアは素早く懐に手を忍ばせ、何かを取り出した。
「――【イフィシェントアタック】」
攻撃増幅の魔法をかけ、その何かを投擲する。
黒い塊のようなものが、矢をつがえようとしている弓術士へ迫った。
それを見届けたテナイアは、振り向いて白魔導師と対峙する。
「甘い!」
弓術士の女性聖騎士は横へ跳び、投げつけられた何かをかわす。
そのまま弦を引き絞り、無防備なテナイアの背へと狙いを定めた。
――バンッ
「!?」
弓術士の背後から、何かが跳ね返ったような音。
先ほど避けたはずの黒い何かが、後ろから弓術士に迫った。
「な――」
グルグルと弓術士の腕と胴体に紐のようなものが巻き付く。
彼女は弓を取り落とし、その場に転がってしまった。
テナイアが投げつけたのは、頑丈な紐の両端に黒い球を括りつけた投擲武器。ボーラと呼ばれるものだ。
しかしその黒い球は鉄製ではなく、錬金術師によって弾力性の高い素材へと変成してもらってある。テナイアが投げたボーラは、弓術士の背後にある結界にぶつかって跳ね返り、後ろから弓術士に巻き付いたのだ。
「ちっ、この――」
白魔導師がそちらに駆け寄ろうとする。
が、テナイアが立ちはだかった。高速でホバー移動するテナイアに、白魔導師は機動力では勝てない。
「【ライシャスガード】!」
白魔導師は自身に結界を張り、メイスを構えた。捨て身で突撃するつもりだろう。
「……」
それを見たテナイアは、懐からブレスレットを取り出す。
胸元についている『森林の守手』を外し、そちらと入れ替えた。
――【増幅の書物】
魔法の効果を強化できる錬金装飾だ。
そして『衝撃の錫杖』を大きく横へふりかぶる。
深呼吸し精神統一した後、彼女はキッと白魔導師を睨み据えた。
「【スペルアンプ】」
テナイアの中で、マナが膨れ上がる。
次に唱える呪文の効果を高める、魔法増幅の呪文だ。『増幅の書物』の効果も乗り、さらに増幅力が高まっている。
「来るか。ならばこちらも、【スペルアンプ】【レヴァレンスシェルター】」
それを受けて、白魔導師も魔法増幅から結界を張った。
強化された半球状の白い光のドーム。
それが白魔導師を守るように展開される。
それを見たテナイアは、いっそう視線を険しくし……
二つ目の呪文を唱える。
「……【スペルアンプ】!」
「なに!?」
白魔導師が瞠目する。
魔法増幅そのものを増幅。これにより、テナイアを取り巻くマナが荒れ狂う。
「く……」
苦悶の表情を浮かべながら、マナの激流に耐えるテナイア。
スペルアンプの重ね掛けは、それだけ体への負担が大きい。二重で増幅するぶん呪文の制御も困難になるからだ。
だからこそ白魔導師の間では、スペルアンプの重ね掛けは禁じ手とされている。
「こ、この! 【レヴァレンスシェルター】!」
狼狽した白魔導師は、この時間を利用し結界をさらに張った。
彼の目の前と周囲に、何枚もの壁状結界が展開されていく。
が、構わずテナイアは喉から絞り出すように絶叫した。
「【スペルアンプ】っ!!」
「しょ、正気か!?」
スペルアンプの三重がけ。
マナが完全に暴走してもおかしくない暴挙に、白魔導師は顔を引き攣らせていた。
自分の中で、マナがはちきれんばかりに猛っている。
ギシギシと全身が悲鳴をあげていた。頭の中も猛烈な圧迫感で蹂躙されている。
「ぐ、うぅっ……!」
そんなマナの暴走を必死に食い止めながら、なおも錫杖を後方へ引く。
弓を引き絞るように、足を支点に全身を後方へと反らしていた。
「――【イフィシェントアタック】っ!!」
左手首の『妖精の羽衣』、右手首の『俊足の連環』効果を受け、飛び出す。
疾風のように翔けるテナイアが、杖を大きく横に薙いだ。
数十倍の威力となった杖で、何重もの結界の中へ突っ込むテナイア。
ガラスが割れるような音を立て、敵白魔導師の結界が連続で割れていく。
その中をほぼ無抵抗で突き進んだ一撃は、彼の眼前まで迫った。
「そ、そんな――」
「はあぁぁっ!!」
絶望の表情で見返してくる白魔導師を、テナイアが杖で打ち抜く。
――着弾した部分を中心に、衝撃波が広がった。
「がはああああっ!!」
小石のように吹き飛ばされた白魔導師。
背後の結界に叩きつけられ、それを叩き割りつつ地面に落ちた。
(……生きてはいる)
敵の結界にある程度緩和されたため、死んではいないようだ。内心胸を撫でおろす。
痛む腕を無視し、涼しげな顔を作りながら弓術士の方へと歩み寄った。
「貴女がたは貴重な情報源です。ディロンが来たら聖都へ報告させて頂きますよ」
弓術士は巻き付いたボーラをほどくことができない。簀巻きのような状態にされたまま、弓術士は人間とは思えぬ殺気の篭った目で睨み上げてきた。
(全身のこの、禍々しい瘴気……この様子を聖王陛下に見せれば、納得していただけるでしょう)
ディロンがこちらへ合流してくれれば、『千里眼』でこの光景を見せることができる。ひとまずは安堵し、テナイアは全身から力を抜いた。
……その時。
「――【スペルアンプ】【イフィシェントアタック】!」
「!?」
背後から強烈な殺気。
振り向きざまに『衝撃の錫杖』で受け止めたテナイアは、威力に押し負け吹き飛ばされてしまった。
「あぐっ……」
またしても岩柱に叩きつけられ、呻くテナイア。
なんとか目を開くと、彼女を背後から襲ってきた白魔導師の姿が。
「な、ぜ……あれだけの、一撃で……!」
「我々は、どれだけ攻撃を受けても気を失うことはない。トドメを刺さなかったのは失敗だったな」
苦しいそうに問うテナイアに、白魔導師は弓術士を救助しながらしたり顔で語る。彼は自身に治癒魔法をかけ、起き上がってきたようだ。
ボーラを忌々しげに放り捨てた弓術士は、すぐさま矢をつがえてテナイアへと向けた。
「さしもの貴女も、そこまでか。あのような無茶な攻撃のあとでは、体がろくに動くまい?」
「……」
「あいにく、じっくりと留飲を下げるのは性分ではない。『異の貪神』さまのために、一撃で楽になってもらうぞ」
弓術士は矢にオーラを籠めながら、テナイアへと迫る。
近距離から確実に仕留めるつもりなのだろう。
肩で息をしているテナイアは、身動きが取れずにいた。
治癒魔法をかけてはいるが、なかなか全身の激痛が引かない。
「【スペルアンプ】【イフィシェントアタック】」
「……さらばだ」
白魔導師の増幅魔法を受け、弓術士がいよいよ矢を放たんとする。
(……ディロン)
鉛のように重い腕を垂れ下げ、無念に目を閉じるテナイア。
「――【跳躍爆風】!」
その時、聞き慣れた少年の声がする。
「な……かはぁッ!?」
弓術士が全身から血を吹きだした。
矢に篭ったオーラが霧散し、彼女はその場に崩れ落ちる。
血だまりに倒れた弓術士の背後に、白虎に跨った女戦士の姿があった。
背中から無数の腕を生やしており、その一本一本に形状の違う剣をそれぞれ握っている。
最上級モンスター、『ドゥルガー』だ。
「な、なぜこんなところに!? くっ、【ライシャスガード】」
振り向いて動揺した白魔導師は、すぐさま自身の体に結界を纏う。
が。
「――【リミットブレイク】」
「うおッ!?」
少年の声がするやいなや、ドゥルガーの全身から衝撃波が発生。
それに巻き込まれた白魔導師が悲鳴を上げ、結界が弾け飛ぶ。
そこで止まらず、ドゥルガーはさらに白魔導師へ間を詰めた。
「――【電撃獣与】」
ドゥルガーの無数の剣が、全て強烈な電撃を帯びる。
それらの剣に一斉に斬られた白魔導師は、全身をバラバラにされ消し飛んだ。
血飛沫が舞う中、構えを解いたドゥルガーが剣を引く。
それを見て安堵の息を吐いたテナイアは、周囲に張り巡らせた結界を解いた。
「テナイアさん!」
「マナヤ、さん……」
解けた結界の向こうから駆け寄ってきたのは、ややウェーブがかった金髪の少年。マナヤだ。
今度こそテナイアは全身から脱力した。
「大丈夫です!?」
「はい。少し治癒魔法を使えば、動けるようになります」
「よかった。……殺しては?」
「私はまだしていません。感謝します、マナヤさん」
弱々しくも微笑んで見せると、マナヤの表情も弛緩した。
だが、彼の瞳はいまだ強烈な殺気を宿したままだ。
「……マナヤさん、抑えてください。私までそこのドゥルガーに斬られかねません」
「あ。す、すんません。【送還】」
慌ててマナヤは、ドゥルガーを送還する。
マナヤが放っている殺気も徐々に治まってきた。
「これでよし、か。動けますかテナイアさん」
「はい。もう大丈夫です」
自身にかけていた治癒魔法がだいぶ効いてきた。シャラの『治療の香水』も手伝って、もう動くことに支障はない。
「あ……」
その時、視界の端で黒いものが消えたことに気づく。
振り向くと、原型を残している弓術士の遺体から瘴気が完全に散っていた。
(ディロンと合流して、瘴気を纏った聖騎士様がたの状態を聖都の皆へ見せたかったのですが)
死に至ると、やはり瘴気が散ってしまうようだ。
あとに残っているのは、瘴気のない普通の遺体。テナイアは痛ましくなり胸元で手を握る。
「急ぎましょうテナイアさん。アシュリーやシャラが心配です」
「いえ、少しだけお待ちください」
「テナイアさん!?」
焦れるようなマナヤの声を背に、テナイアは聖騎士らの遺体に近寄る。
浮遊状態のままその遺体を見下ろし、目を閉じて胸の前で両手を握った。
遺体に祈りを捧げているテナイアに、マナヤが舌打ちをしているのが聞こえた。
「チッ。……あっ」
が、すぐに思い直したように声色を変える。すうっとマナヤが自身の隣に寄ってくる気配がした。
「マナヤさん?」
「……俺は、バカだ」
目を開け横を見ると、目を閉じて祈りを捧げるマナヤの姿が。
「人死にに何も感じなくなっちまってた。先を急ぎたいあまり、死者を弔う気持ちまで完全に忘れちまってた」
「……先を急いだほうが良いのは事実です。これは、完全に私のわがままです」
「いいや。こうすることを忘れたら、俺はマジで心まで人外になっちまう」
自分を強く責めるように、苦悶の表情で祈っているマナヤ。
そんな彼の横顔に、出来る限り優しく声をかけた。
「大丈夫です、マナヤさん。貴方はちゃんと悔やむ気持ちを残している」
「……そう、なんでしょうか」
「本当に手遅れな人は、自分の間違いを省みないものです。貴方にはまだそれがある」
震える彼の肩に、そっと手をかける。
「人は『頻繁に見るもの』を〝正しい〟と錯覚するようになってしまうのです。たとえ最初は、それが正しくないとわかっていたとしても」
「頻繁に見るもの……俺の、殺しのビジョンっスか」
人には『同調圧力』というものがある。
周りが同じことをやっていれば、それが正しくないとわかっていても同調してしまう。いつの間にか、自分自身の認識すら塗り替わってしまうことも多い。
殺しのビジョンを観続けることは、同調圧力と似た効果があるのだ。
人殺しの光景を頻繁に観ることで、それが日常だと錯覚する。その結果、人死にをなんということもないものと考えるようになってしまう。
「はい。それに囚われてはいけません。何度見ようと、ご自分の意思を強く持つことが大切なのです。正しいことが何であるか、を」
テナイアのその言葉に、マナヤはゆっくりと目を開く。
殺気は消え去り、そこにはただ勇壮な意思を湛えた瞳があった。
「では、今度こそ行きましょう。マナヤさん」
「はい。とりあえず、近くの戦闘音の方に――」
その時、遠くで衝撃音が響いた。
かすかに大地が揺れ、岩柱から小石がぱらぱらと落ちる。
「あそこか!」
マナヤが顔を向けた先は、例の瘴気のドームだ。
その根元あたりに、透明な衝撃波が放たれているのが見える。
「あれは……錬金術師の『リベレイション』でしょうか」
シャラがよく使う、『衝撃の錫杖』のマナを全解放して衝撃波を放つ魔法のように見える。
「行ってみましょう!」
「ええ」
マナヤに先導され、テナイアもそちらへと翔けだした。




