220話 テナイアvs白魔導師&弓術士 1
またしても突然矢が飛んできて、テナイアはそれを杖で弾く。
直後、また『門塔の構え』に戻りそのままホバー移動し始めた。
「――どうした? 逃げ回ってばかりでは勝てんぞ」
矢が飛んできたのとは別方向から響いてくる声。
それを黙殺し、目的の場所へとひたすらテナイアは移動を続けた。
(……百四十七)
気づかれぬように、一旦下ろした杖で地面を軽く小突くテナイア。
直後飛んできた矢を、それをまた構えに戻して防いだ。
腕にかなりの反動を受け、じんじんとまた腕が痺れ始める。
腕に走る痛みを無視し、戦闘音のする方角へと翔けだした。
「合流させると思うか?」
その声とほぼ同時に、テナイアの行く手を塞ぐように矢が飛んできた。
「【ライシャスガード】」
それを結界魔法で防ぎ、その間に痺れている手を治癒魔法で治す。
その動作ついでに、また杖で地面を突いた。
(百五十)
カウントを終え、また滑るように移動を開始する。
今度は、他所の戦闘音から離れるように。
「どうした、同じ場所へ戻ってきてしまったぞ」
蔑みを含んだ声で、挑発するように語ってくる男の声。
そう、テナイアは最初の場所に戻ってきてしまっていた。岩の柱が乱立している、最初の着地点だ。
「【ライシャスガード】」
再び、全身を結界でコーティングする。
「無駄だ」
男の事同時に、逆方向から矢が飛んできた。
テナイアの全身を覆う燐光にぶつかり、パリンと結界ごと弾け飛ぶ。
(今のうちに)
この結界は、ただの時間稼ぎだ。
テナイアは既に、懐から二つのブレスレットを取り出し、それを右手首と胸元に装着していた。
――【俊足の連環】
――【森林の守手】
二つの錬金装飾が光り、その効果を発揮する。
(……準備ができた)
ニコ、とテナイアが穏やかな微笑みを浮かべる。
「何を笑っている?」
その表情を訝しがったか、男の問いに戸惑いが含まれ始める。
再び仕込み杖の両端を握り、それを水平に頭上に掲げた。『門塔の構え』に戻したのだ。
「……っ!」
直後、そのままホバー状態で一気に前進する。
声がしている方向とは逆の方向へ。
「なに!?」
思わずといった様子で、男の声に焦りが混じった。
正確に『主力』の位置を掴んだことに困惑したのだろう。
(シャラさんから念のため借りておいた『森林の守手』)
周囲の敵の位置を感知できるようになる錬金装飾。
弓術士が仲間にいるのであれば必要ないものなのだが、テナイアは一応自分でも持ち歩くことにしておいた。いざという時のために。
声がする方向とは別に感じる、もう一つの気配。
テナイアは、その方角へすさまじい速度で近づいていく。
岩の柱をギリギリで避け、なるべく最短ルートで。
「【ライシャスガード】」
――ギィンッ
こちらへと飛んでくる矢は、適確なタイミングでの結界魔法で弾く。
速度を一切緩めず、距離を離そうとする敵と間を詰めた。
三つほど岩の柱を回り込んだところで、ようやく敵の姿を視認する。
「く……!」
ポニーテールの、弓を構えた女性騎士だ。服装からしても、聖騎士でほぼ間違いない。
ただ、その全身には黒い瘴気が立ち昇っていた。
(やはりこの方々が、ランシック様の言っていた)
瘴気を纏った聖騎士。特徴には合致する。
が、この者達は明確な意思をもってこちらに襲い掛かっている。無策に突っ込んでくると言っていた、レヴィラ達の証言とは違う。
「【ブレイクアロー】!」
「【レヴァレンスシェルター】」
距離を離そうと躍起になる弓術士の攻撃を、結界で無効化。
そのまま、相手を大幅に上回るスピードで接近していく。
「このっ……っぐ!?」
と、突然後退しようとした弓術士の背中に何かがぶつかった。
ヴォン、と一瞬だけ空間がゆらぎ青白い光の壁が浮かび上がる。
「な、結界!?」
正体に気づいた弓術士が、弾かれたようにテナイアへと振り向く。
不可視の状態にした結界、『レヴァレンスシェルター』だ。
本来は、半球状に指定地点を囲むように結界を張る魔法である。だがテナイアは、結界の形状を自在に変えることができた。
今回は、結界を一枚の壁状にして配置したのだ。これによって、弓術士はこれ以上後退できなくなった。
「こざかしいことを!」
が、弓術士は素早く矢をつがえ、結界に向かって射る。
パリン、とガラスのように結界が割れて消え去った。
「これで――ぐっ!?」
距離を取ろうとした弓術士が、ふたたびぶつかる。
「な、二枚目!?」
今しがた張った結界のすぐ奥に、二枚目の結界が張ってあったのだ。
「【レヴァレンスシェルター】」
そしてホバー接近しながら、テナイアが杖で地面を小突く。
破壊された結界の壁一枚目が、一瞬にして再構築された。
「【イフィシェントアタック】!」
「カハッ」
ついに隣接したテナイアは、手にした杖の一撃を増幅。
それで胴体を打ち据えられ、弓術士が吹き飛ぶ。
結界にぶち当たり、落下して地面にもんどりうった。
「ふっ――」
「――【ライシャスガード】!」
追撃しようとしたテナイアだが、後方から男の声。
すると、身を起こそうとする弓術士の体が白い燐光に覆われた。
テナイアの追撃は、その白い燐光に遮られる。
パリン、と軽い音を立てて防御膜が破壊された。
「【ブレイクアロー】!」
「くっ」
その間に矢をつがえた弓術士の攻撃。
慌てて仕込み杖で受けるが、踏ん張り切れず後方へと押しやられてしまった。
(やはり白魔導師)
先ほど、弓術士への追撃を止めたのは白魔導師の結界魔法『ライシャスガード』だ。
地点指定型のレヴァレンスシェルターと違い、こちらは対象指定。かける人間の体に直接結界を張ることができる。
「チッ」
女性弓術士は、横へと移動しながらまた距離を取ろうとしていた。
先ほど張られた結界を回り込むように、別の場所を通ってテナイアから離れようとする。
……が。
「ぐっ、なに!?」
またしてもテナイアのレヴァレンスシェルターにぶち当たった。
「まさか、貴様!?」
「その通りです。この場所一帯、私の結界で囲わせていただきました」
テナイアはそう答え、凛とした表情で仕込み杖を構えた。
「で、では、先ほどまで逃げ回っていたのも!」
「逃げるよう見せかけて、貴女がたに気づかれないよう結界を仕込んでいたのです」
先ほどまでテナイアは、敵の攻撃を弾きながら逃げるように移動を続けていた。
その目的は、まず敵の行動範囲を確認するため。敵が自分を逃がしたくないという距離を、弓術士の攻撃位置から予測した。つまりは、逆にその範囲内を囲ってしまえば敵は逃げられなくなる、と。
そして逃げ回り続けるふりをして、所定の方向に結界の壁を設置し続けた。
確認した行動範囲を、平たくしたレヴァレンスシェルターを五十枚、ぐるっと囲むように配置したのだ。さらに、一枚割られても逃げきれぬよう、一ヵ所の結界は三重に重ねる。
つまりは、計百五十枚の結界でできた、檻。
それが終わった後、最初の場所……つまり中心に戻った。そこから敵の弓術士を結界の壁際へと追い込むために。
(!)
見れば、再び弓術士が矢をつがえこちらを狙っていた。
「【ライシャスガード】」
自身に結界を張り、杖を構えて突っ込むテナイア。
が、直後弓術士の体にも燐光が纏った。敵もまたライシャスガードで弓術士を守っている。
だが、とりあえず一度割っておくに越したことは無い。一撃で良いので攻撃を加えれば、白魔導師の結界は消滅する。
「はっ!」
弓術士が矢を撃たんとするが、テナイアも接近し杖を振りかぶる。
「――せいっ!」
「!?」
が、そこへ側面から白い影が飛び込んできた。
テナイアにメイスを叩きつけ、その体を覆っている結界を破壊する。
「【ブレイクアロー】!」
「あっ!」
直後、弓術士が零距離から矢を放った。
テナイアが手にしていた仕込み杖が飛ばされ、岩柱の奥へと消える。
「終わりだ! 【イフィシェントアタック】!」
白い影……敵の白魔導師が、テナイアに追撃せんとしていた。
自身のメイスに物理攻撃増幅魔法をかけ、テナイアの腹を打つ。
「かはっ……!」
吹き飛ばされたテナイアは、近くの岩柱へと叩きつけられる。
肺から空気が押し出され、一瞬息ができなくなった。
しかし『妖精の羽衣』が効き、倒れ込みはしない。
ふらつきながらも、岩柱を背に地から浮いたまま敵を見据える。
「【イフィシェントアタック】!」
「【マッシヴアロー】!」
すかさず弓術士は、白魔導師の物理攻撃増幅を受けた矢を発射。
旋風を纏った矢が容赦なくテナイアに迫る。
「【レヴァレンスシェルター】っ」
しかしテナイアも苦しそうに結界を張ってしのぐ。
矢を受け止め、ガラスのように砕け散った。
「チッ! 退くぞ、あの杖を!」
「ああ!」
弓術士が舌打ちしつつ、弾き飛ばされたテナイアの杖へと駆ける。
白魔導師もそれに続いた。テナイアの武器を取り上げ、再び距離を取るつもりだ。
――ドンッ
「ぐ、なに!?」
が、先行していた弓術士は杖に到達する前に阻まれる。
「結界!? いつの間に!?」
「まさか!?」
彼女がぶつかったのは、新たに張り巡らされた結界だ。
白魔導師がハッと気づきテナイアへ振り向く。
「……この地点を中心に、新たに結界の壁を張らせていただきました」
まだ痛みに片目と瞑りながら、テナイアは唇に弧を描く。
つい先ほどのレヴァレンスシェルターは、自身を守るためのものだけではなかった。新たに結界の壁を十枚ほど張り、聖騎士二人とテナイアをごく狭い範囲に閉じ込めるように囲ったのである。
弓術士のみならず、隠れていた白魔導師をもこの場に炙り出し、二人とも閉じ込めた。白魔導師がこちらへと接近してくれたことは、テナイアの望むところだったのだ。
ごく狭い範囲に押し閉じ込められ、弓術士は射程のアドバンテージを活かせなくなった。
「だが、いいのか? お前の得物も結界の外だぞ」
弓術士が、弾き飛ばされたテナイアの仕込み杖をチラリと見やって勝ち誇る。杖は、この狭い結界の外にあたる位置に落ちてしまったのだ。
「守るしか能がない白魔導師、マナ切れまで攻撃し続ければ勝てよう」
と、弓術士は矢をつがえる。白魔導師も嗤いながら自身のメイスを構えた。
先ほどのように、テナイアが自身に結界を張ったところを白魔導師が先に叩き割るつもりだろう。
「【イフィシェントアタック】!」
「【ライシャスガード】」
白魔導師がメイスに攻撃増幅の魔法をかけ、突撃。
それをテナイアが自身の体に結界を張り、防御する。
「【ブレイクアロー】!」
その隙を狙って、弓術士が矢を放った。
勝ち誇る弓術士の目。
……が、次の瞬間その瞳に映ったのは、金色の杖。
――【衝撃の錫杖】!
テナイアの拳の中から、突然展開された錫杖が光る。
黄色い光を帯びた矢をいともたやすく弾き飛ばした。




