218話 アシュリーvs剣士&建築士 1
「――【スプリット・ラクシャーサ】!」
「くっ!
アシュリーが横へと、滑るように飛び退く。
直後、先ほどまで立っていた地面が割れた。
敵剣士の攻撃、斬ったものを断裂させる『エヴィセレイション』と、力を溜めて巨大な衝撃波を繰り出す『ラクシャーサ』の同時発動だ。
(こいつも普通に、同時発動が使えるってわけね!)
割れた大地、その穴の深さに慄きながら冷や汗を流すアシュリー。
(!)
と、その地割れからヒビが走り、アシュリーの足元へと伸びていく。
見れば、敵の建築士が地面に手を置いていた。
「ふっ!」
浮遊状態のままスウェーバックし、そこから離れる。
地割れが枝分かれし、アシュリーの足場がまた失われた。
「【ドロップ・エアレイド】」
「――っ!?」
突如、上方から影が飛び込んでくる。
慌てて剣を掴んだ手を持ち上げ、剣先を下に向けて吊り下げた。
吊り下げ防御態勢だ。
敵の剣士が撃ち込んだ飛び込み斬り。
それは、斜めに構えられたアシュリーの剣に逸らされる。
側面へと受け流され、敵剣士は地割れに落下していった。
「ふん」
しかし敵の建築士が地面に手を着く。
それだけで、地割れの中から岩の柱が立ち昇った。
その柱は横にアーチし、落下する剣士を受け止め立ち昇る。
「本当に、できる女だ。敵でさえなえればエールを送っている」
剣士が橋に乗った状態で、盾を構えほくそ笑んでいた。
既にこの場は、地面が割れすぎてまともに立てる場所が残っていない。相手側は建築士がいるだけあって、ああやって自在に橋を架けながら戦っている。足場に不自由しているのはアシュリーだけだ。
(聖騎士っていうだけあって、実力も確かってことか)
瘴気をまとっていても、聖騎士には違いないということだ。
ただランシックから聞いた話と違う。瘴気をまとった聖騎士らは意思らしい意思を持たず、無鉄砲に襲ってきていたと聞いた。
しかしこの者達は、明確に意思がある。だからこそこうやって作戦を立てながらアシュリーを追い詰めることができている。
「光栄だけど、だったらそろそろ話してくれてもいいんじゃない? なんであたしを狙うのか」
アシュリーがもはや何度目かわからぬ問いを放つも、彼らはただ鼻で笑うのみ。
(まいったわね。あいつらは完全にあたしを殺す気で来てるけど)
自分のほうは、相手を殺してしまうわけにはいかない。『流血の純潔』を捨てる勇気は、アシュリーには持てなかった。それにマナヤとの約束もある。
(殺さずに無力化するしかないか)
いちおう学園や、師であるヴィダと模擬戦をやっていた頃にも、そういう戦い方を教わった。とはいえ、二対一という状況でそうそう狙えるものではない。
(まず、場所を変えよう)
このように地割れだらけの場所では、まともに戦えない。
アシュリーは、ぐっと腰を落とす。
ピクリ、と敵の剣士が反応。
「――【ライジング・フラップ】」
アシュリーは突如、ギャンと一瞬で斜め後方へと跳んだ。
任意の方向に一気に飛び出せる技だ。
「チッ」
建築士の男が進路を塞ぐべく岩壁を立ち昇らせる。
が、遅い。すでに彼女はその位置を通り越していた。
「逃がすか!」
剣士が地を蹴った。
持ち前の身体能力で、橋から飛び出しアシュリーを追う。
(ライジング・フラップなしでここまで速い!?)
ただの身体能力だけで、アシュリーの技に追いつけていることに戦慄する。
ライジング・フラップは、上方へ跳び上がる『ライジング・アサルト』を、慣性を無理して行動を可能とする『スワローフラップ』で任意方向へずらすものだ。ゆえに相当の瞬間加速力を持つのだが、それに敵は素で追いついている。
(よし、ここなら!)
だが、完全に追いつかれる前に良い場所を見つけた。
オレンジ色の大地に、背が大人二人分くらいしかない木がまばらに生えている。『カルコス』という、バルハイス村で栽培されていた食用の木だ。
地面ギリギリにふわりと浮くように着地したアシュリー。
「ごめんね! セイッ」
剣を横薙ぎにし、手頃な木を根元から斬り倒す。
「――ふん、木こりの真似事か?」
と、既においついてきた剣士が盾を構えて嗤う。
あれだけの盾を持っていれば、空気抵抗が大変だったはずだ。なのに、それでもアシュリーに追いついてきた。
「!」
しかしそこで気づいた。
剣士が剣を握っている手。その手首に何かが光っている。
――【俊足の連環】
走行速度を高める錬金装飾だ。聖騎士というだけあって、戦闘用の錬金装飾も携帯しているらしい。
「なるほどね」
カラクリに気づいたアシュリーは、一旦剣を鞘に納める。
それに剣士が訝しんだ、その直後。
「ふんっ!」
「な、なに!?」
相手の剣士が思わず目を剥く。
アシュリーは、先ほど切り倒したカルコスの木をむんずと持ち上げたのだ。
それを肩に担ぎ、大剣でも持っているかのように構える。
(たしかあの時、アイシニアさんはこうやって……!)
かつてコリンス王国直属騎士団、剣士隊隊長のアイシニア・コルベットと模擬戦をした時。
巨大な大剣を武器として使っていたアイシニアの動きを思い出す。
「【シフト・スマッシュ】」
アシュリーは、技能をカルコスの木に流し込む。
途端に、木全体をオーラが覆った。
シフト・スマッシュ、本来は斬撃武器で打撃攻撃を放つための技能だ。
剣士にこの技能が備わっているため、剣士は原則として複数の武器を持ち歩く必要がない。斬撃が効かない敵には、この技で対応すれば良いからだ。
しかしアシュリーは今回、それを『木の耐久性を高める』ために使った。
「セェイッ!」
両腕で木の根元を掴んだまま、肩を支点に思いっきり振り下ろす。
「ぐ、このッ」
慌てて盾で止めようとするが、衝撃に圧し負ける。
単純な重量だけではない。『シフト・スマッシュ』によって衝撃そのものも強化されている。
ビキ、と重量を受け止めた剣士の足元が割れた。
剣士はカイトシールドの下部も地面に突き立てていたが、そこも衝撃を止めきれず沈み込む。
「【バニッシュブロウ】!」
「ぐおおおお!?」
その状態から、アシュリーはさらに振り下ろした木を押し込んだ。
相手を吹き飛ばす『バニッシュブロウ』を後からかけ、押し込む力を追加したのだ。
木と地面に挟まれ、剣士が苦悶の声を上げる。
が。
「なめるな! 【バニッシュブロウ】」
「くっ!?」
敵剣士も、自身の盾にバニッシュブロウを使う。
バチッと火花のようにオーラがぶつかり合い、互いに弾かれた。
巨木を持ったまま上空へと吹き飛ばされるアシュリー。
(今なら、建築士はまだついてきてない!)
剣士と建築士の、走力の差だ。
建築士が追いついてくる前になんとか押し切らねばならない。
「【ドロップ・エアレイド】!」
アシュリーは空中へ吹き飛ばされたまま、急降下攻撃を発動。
剣士のいる地点へと逆戻りし、ふたたび上段から叩きつける。
「甘い!」
だが剣士は、それを側方へと避けていた。
そしてチャンスとばかりに斬りかかってくるが……
「……ぁぁああああああーーーー!!」
アシュリーは振り下ろした体勢のまま、体をねじる。
再び木を肩に担ぐような形とし、そのまま腰全体をひねった。
木が水平にブンと回転。
アシュリーは肩で押し込むように、強引に木を横から剣士に叩きつける。
「ぬっ、【バニッシュブロウ】」
思わず目を剥いた剣士は、盾を突き出し技能を発動。
盾に激突した木は弾かれ、アシュリーごと再び上空へ吹き飛ばされる。
(いちかばちか!)
だが、こうなることは想定済みだ。
アシュリーは空中で体勢を整え、木を大剣に見立てて後方に向けた。
――1st――
――2nd――
――3rd――
「【ライジング・ラクシャーサ】!」
アシュリーが空中で再度、逆方向に急加速。
先ほどを遥かに上回るスピードで、地上の剣士へと再び突っ込んだ。
「な――」
呆気に取られている剣士は、慌てて盾を構える。
木を使ったアシュリーの飛び込み斬りを、正面から受け止めた。
その木が、粉微塵に粉砕。
しかし発生した衝撃波だけは残り――
「ぐおおおおお!?」
盾は弾き飛ばされ空中を舞う。
大地を削りながら、剣士は思いっきり後方へと引きずられた。
木から放ったライジング・ラクシャーサ。
その衝撃波は、威力こそ抑えめだが範囲は大幅に広がっていた。
(やっぱり!)
作戦成功を感じ、アシュリーは着地しながらニッを笑う。
剣に比べれば、木は相当にもろい。
そのため攻撃が命中した際も、木の柔らかさから殺傷能力は下がる。直撃したとしても、殺してしまうリスクはごく小さくできるはず。
さらに、かなり太い木を使うので衝撃波の範囲も拡大するのだ。
(とにかく、今のうちに!)
今なら剣士は、盾が手元になく無防備だ。
アシュリーは再び腰の剣を抜き、一気に肉薄する。
「はっ!」
「ぬっ」
手始めにアシュリーは、肩口を狙って右から剣を振るう。
それを剣士も受け止め、そのまま剣を突き出そうとしてきた。
が、アシュリーは剣の鍔を使い敵の刀身を外側へ押しやる。
アシュリーの目を狙って突き出された剣が、側面へとそれた。
それに合わせて、相手の剣との交差点を支点に自分の剣を回転。
自身の腕と剣を、相手の剣の内側へと回り込ませる。
敵剣士の腕と剣の内側に、アシュリーの体と剣がある。
相手にとっては非常に嫌なポジションだ。
敵剣士が一旦剣を引こうとするが、アシュリーがそれに合わせ踏み込む。
相手の剣を自身の剣と重ねたまま、張り付かせるように動きを合わせる。
アシュリーの剣は敵の刀身から離れない。
「ぐぬ……!」
剣士が呻いた。
手首のスナップを利かせ回転して剣を外へ押し出そうとする。
が、アシュリーは剣を押し込んだ。鍔に押し負け、回転が止められる。
今度は手を引いてアシュリーの剣を外側へと捻ろうとする。
が、彼女はそれをも追随しつつ、体ごと入れ替えて敵の剣を外へ押し出した。
アシュリーは、敵の剣に自分の剣を張りつかせることで攻撃を封じているのだ。『バインディング』と呼ばれている技術である。
通常、剣士同士の戦いで剣を力任せに押し付け合うだけの『鍔競り合い』など起こらない。力を少し逸らされただけで大きく体勢が崩れるからだ。
それよりも、徹底して敵の得物を自身の剣でコントロールし敵の攻撃を抑え込む方が良い。敵の剣を『外側』に維持しつつ、自身の剣を有利な位置で張り付かせ続けるという高等テクニック。それがバインディングである。
そしてこうなった場合、先に剣を相手の剣から離そうとした側の負けがほぼ確定する。その瞬間に隙だらけになり、敵の攻撃が直撃するからだ。
スワローフラップなどの技能で対抗しようとしても意味がない。アシュリーが後出しで同じ技を出せば、よりアシュリーが有利に傾くだけのこと。
ふと彼女は、剣を握る手を片方だけ離した。
「はっ!」
至近距離にいる敵の手首を掴む。
そのまま、小手返しの要領で捻った。
バインディングは自然と敵の至近距離に潜り込むことになる。そのため、格闘戦へと持ち込むことが容易だ。
「チッ」
不意を突かれ、相手は片手だけ剣の柄から離してしまった。
すぐさま膝を突き出し、アシュリーの腹を蹴ろうとする。
が、アシュリーは一旦相手の手首を解放し身をよじって回避。
「セイッ」
敵が剣を片手持ちにした、その瞬間を狙っていた。
アシュリーは剣を大きく回転させ、敵の剣を誘導する。
その剣を持っている敵の手首が無理な方向へと捩じられた。
「しまっ――」
敵の剣が、ぽろりと零れ落ちた。
腕関節の可動域を越えて剣を指側に回されると、握る手に力を入れられなくなり剣がすっぽ抜けてしまう。敵を武装解除させる技術の基本だ。
アシュリーはすぐさま相手の側面へ回った。
剣の柄を使って、敵の耳の後ろを殴ろうとする。
「悪いけど――っ!?」
が、その時地面が揺れた。
慌てて、地面をホバーした状態でスウェーバック。
地面から、無数の棘が生えた岩槍がつき出てきた。
さらにその岩槍から、アシュリー目掛けて水平に棘が伸びてくる。
「あぐっ!?」
避けきれず、左肩を棘に貫かれてしまったアシュリー。
前を向いたまま滑るように後方へと移動し、肩から棘を引き抜く。
剣士の後方から、追いついてきた建築士が姿を現した。
「すまん、助かった」
「間に合って何よりだ。しかしこの女、技量でお前を上回るというのか」
剣士が礼を言いつつ、盾を回収する。建築士が岩を操作し、盾を彼の元へと引き寄せていたのだ。
建築士の方は油断なくアシュリーの方を見据えながら目を細めた。
「……錬金装飾も複数持っているようだな」
アシュリーの左肩の傷は深いが、そこを淡い碧の燐光が覆っていた。
彼女の左足首につけられている『治療の香水』によるものだ。
(まずい、左腕が動かない)
だが『治療の香水』に即効性はない。
アシュリーが肩を使えるようになるには時間がかかるだろう。この状態では、全身のバランスが崩れてしまい動きづらくなる。
そしてそれを見逃す相手ではない。
「畳みかける! 【スプリット・ラクシャーサ】!」
剣士が地を叩き割り、地割れを引き起こす。
それが衝撃波と共にアシュリーの元へと押し寄せた。




