216話 テオvs剣士&弓術士 2
まだ手が、あった。
もしこの仮説が正しければ、この聖騎士達を殺さずに出し抜くことができるかもしれない。
「……【猫機FEL-9】召喚!」
テオはまた翔けぬけ始めつつ、再度あちこちに猫機FEL-9を撒きながら逃げ回った。
「性懲りも無く!」
それを剣士は一刀両断し続けながら追った。彼の手首には、テオと同じ『俊足の連環』がはまっている。
先ほどテオが追いつかれたのも、おそらくあれの効果だろう。
(〝聖騎士〟ともなれば、やっぱり錬金装飾を持ち歩いてるんだ)
自分達は、マナが豊富なシャラがいるから沢山の錬金装飾を持てている。
けれど、普通はそれほど多くは携帯しないものだ。戦闘用の錬金装飾とはそれだけ貴重なのである。
(とにかく今のうちに!)
テオはもう一つ、懐から錬金装飾を取り出す。『妖精の羽衣』と入れ替えでそれを装着した。
――【伸長の眼鏡】
補助魔法の射程を伸ばす錬金装飾だ。
「よしっ、召喚――」
テオは地面に降り立ってくるりと振り向き、手をかざす。
召喚したのは……
「ふん、逃げるのは終わりか」
そこへ、まず剣士が追いついてきた。
テオは目の前の岩に回り込み、その後ろから彼をキッと睨みつける。
「……気づかないとでも思ったか?」
剣士はスッと目を細め、ポールアックスを振りかぶった。
「【ラクシャーサ】」
テオの手前にある岩に衝撃波を叩きつけた。
火花を放ちながら割れたそれは、裂けた機械部品を覗かせる。隠機HIDEL-2、岩に擬態する機械モンスターだ。
「【ブレイクアロー】」
さらに弓術士が小山の陰から矢を放った。
その黄色い光を纏う矢が、隠機HIDEL-2にトドメを刺す。
「【強制誘引】、【行け】!」
「なに!」
その時、テオは左前方へと手をかざして呪文を唱えた。
突如、強烈な敵意をそちらから察知した剣士がそちらへ振り向く。
「さきほどのショ・ゴスか!」
ぶよぶよとした粘性の肉の塊が、その先にある小山から顔を覗かせていた。
テオが場所を変える前、崖上へ跳ばそうとして弓術士に吹き飛ばされたものだ。あのショ・ゴスがようやくテオのもとへと戻ってきた。
「ちっ、【ブレイクアロー】」
弓術士もその強い気配にすぐさま反応し、衝撃の矢を放つ。
ショ・ゴスはダメージこそ受けないものの、また吹き飛ばされ距離が開く。
「ふん、これで――」
「――ぐあ!?」
「なっ!?」
余裕を見せてテオへ顔を戻した剣士だが、背後からの悲鳴に再び振り向く。
「スター・ヴァンパイアだと!?」
弓術士が、ピンク色の肉塊に襲われていた。ウツボのような突起が全身あちこちから生えた肉塊、その頭上から二本の触手が生えている。
上級モンスター、スター・ヴァンパイア。攻撃時以外は透明化していて目に見えない特殊なモンスターだ。
(やっぱり、そうだ!)
テオは、自分の作戦が通じたことに自信を取り戻す。
彼はさきほど、隠機HIDEL-2と同時にスター・ヴァンパイアも召喚していた。そしてそれを視点変更で密かに回り込ませ、弓術士の位置へと誘導していたのである。
弓術士がそのスター・ヴァンパイアに気づかなかったのは、事前にテオが『強制隠密』もかけておいたからだ。元から透明な上、気配も消したので察知しにくい状態になっていた。
が、それだけでは弓術士の探知能力を突破できない。
そこで役に立ったのが、さきほどのショ・ゴス。テオはあれにあえて強制誘引をかけ、強い気配を発させた。
遠方の上級モンスター『ショ・ゴス』から急に発された強い気配に、二人は思わず気を取られてしまった。
気配を極限まで隠したスター・ヴァンパイアがそれに紛れ、目立たなくなってしまったのである。
「なぜ!? くっ」
剣士は慌てて、弓術士の救助へ向かうべくそちらへと駆ける。
「【鶏獣コカトリス】召喚、【行け】!」
その瞬間、テオは剣士の背に向かって人間大のニワトリのようなモンスターを召喚。茶色い羽毛に覆われたそれは、尾からは赤黒いヘビが生えている。
機甲系の中級モンスター、『鶏獣コカトリス』だ。
――ゴバァッ
「グッ!?」
その鶏獣コカトリスから黒いブレスが放たれる。
剣士はそれをもろに吸い込んでしまい、ガクンと膝だけ崩れ落ちた。
鶏獣コカトリスの攻撃方法は、相手を一瞬だけ麻痺させるブレス。ほぼ足止めだけのモンスターだ。
さして強いモンスターでもなく、まともに召喚してもすぐに対処されてしまっていただろう。このタイミングだからこそ、不意を突くことができた。
「【戻れ】」
ある程度スター・ヴァンパイアが弓術士を攻撃したところで、テオはそれを引き戻した。
死ぬまで攻撃させるわけにはいかない。まだテオは、彼らを自分の手で殺す気はなかった。
(次だ!)
テオは即座に駆け出し、また小山の影に紛れながら逃げ回る。
「こ、のッ! 【スワローフラップ】」
剣士は、鶏獣コカトリスのブレスの合間を縫ってスワローフラップで攻撃する。
コカトリスの首筋から血が噴き出し、魔紋へと還った。
「ちっ!」
剣士はちらりと後方の弓術士を案じる視線を送りつつも、すぐにテオを追う。
だがその間に、既にテオは準備を終えていた。
小山の裏から、剣士はテオの前へと飛び出す。
「先ほどのような奇策は、もう通じな――ぐァ!?」
突如、光線が彼の足を撃ち抜いた。
「こ、これは!?」
倒れ込んだ剣士は、慌てて転がるように小山の陰に隠れる。
テオは、この小山に大きな花をかたどった機械モンスターを召喚していた。
花機SOL-19。花弁の中心から灼熱の光線を放つ、機甲系の中級モンスターである。その場から移動することができないのが難点だが、固定砲台として使うには最適の召喚獣だ。
それを『光学迷彩』で透明化し配置しておいたのである。
「このッ……ぐあ!?」
別方向から回り込もうとした剣士。
だが、別の小山に配備されたもう一体の花機SOL-19に肩を撃ち抜かれた。
すでにテオは、複数の花機SOL-19を各所に配置していたのだ。
「! 【竜巻防御】!」
さらに風切り音を耳に捉えたテオは、近くの花機SOL-19に射撃攻撃を逸らす魔法をかける。
上空から弧を描いて飛来した矢が、命中直前に逸れる。
花機SOL-19のすぐ近くの地面に突き立った。
弓術士がなんとか動き、矢を放ってきたのだろう。だが竜巻防御の影響を受けない『ブレイクアロー』でもない限りは防げる。そしてあの弓術士はおそらく、スター・ヴァンパイアからの傷が祟ってあまり近寄れない。
「お願いです、引いてください! 僕はあなた達を殺したくありません!」
再び小山の陰に隠れた剣士に、テオは懇願するように叫びかけた。
花機SOL-19を多数配置したここなら、有利に戦える。スター・ヴァンパイアも突撃させればこのまま倒すこともできるだろう。
だがテオは彼らを殺したいわけではない。
「断る! 『異の貪神』さまに仇成すものを生かしておくわけにはいかん!」
しかし頑なに殺意をぶつけてくる剣士。
歯噛みするテオの首筋に、冷や汗が流れる。
(どうしよう、僕にはこの人達を殺さずに拘束する方法は……)
一人だけならば、鶏獣コカトリスを使いつつ見張り続ければできるかもしれない。だが、弓術士と剣士の二人相手にそれをやるのは不可能だ。鶏獣コカトリスは一体だけしか持っていない。
まして今、その鶏獣コカトリスの魔紋は置き去りにしてしまって召喚できない。
「……殺すなら、殺せ! 今さら死など恐れるものか!」
覚悟を決めたような剣士の声が届く。ザッ、とその剣士の足音が聞こえた。
(どうしようも、ないのか)
剣士が迫ってくる気配を感じる。
完全に、死を覚悟の上で襲ってくるつもりだ。このまま飛び出してくれば、花機SOL-19に撃ち抜かれてトドメをさしてしまうだろう。
「……【戻れ】」
テオは召喚獣全員に命令を下す。『戻れ』命令状態なら、花機SOL-19も攻撃はしない。
(……結局僕には、覚悟はできないのか)
マナヤの状態があったから、怖気づいてしまった。
自分は、人間を捨てることができない。
たとえ、相手が自分を殺すつもりであったとしても。
「覚悟ッ!」
剣士がとうとう飛び出してきた。
ポールアックスを振りかぶり、空中からテオへと迫る。
(ごめん、シャラ……マナヤ)
――待たせたな、テオ! あとは任せなッ!!
「――【行け】!」
テオを押しのけ表に出てきたマナヤ。
彼の命令に応じて、花機SOL-19らが花弁を向ける。
「がはッ」
こちらに迫ってくる剣士を、一斉にビームで撃ち抜いた。
全身を熱線で蜂の巣にされた剣士。
さらにそこへ、スター・ヴァンパイアが姿を現す。
その頭部から生えた触手の鉤爪が一閃。
ぱっと赤が舞い、その血がスター・ヴァンパイアへ吸収されていく。
剣士はマナヤの手前に落下し、絶命した。
――マナヤ!
(悪ぃテオ、すげえ状況だがやっと戻ったぜ。よく粘ったな)
頭の中で語り掛けてくるテオに、マナヤは心の中でエールを送った。
――気をつけて、マナヤ! 弓術士の聖騎士さんもいるんだ!
(ああ、わかってる! 視点変更!)
マナヤは目を閉じ、ショ・ゴスへと視点を変更。
別角度からその場を見渡し、弓術士の位置を捉える。
「この位置なら、好都合だ。【シルフ】召喚、【狩人眼光】、【小霊召集】」
マナヤは、先ほどテオが竜巻防御をかけた花機SOL-19のすぐ隣に『シルフ』を召喚。妖精のような姿をしたそれは、すぐに最大射程を延長され攻撃力も強化される。
シルフが天を指さすや、弓術士のいる位置に落雷が発生。
「【時流加速】」
さらに追い打ちすべく、時流加速でシルフの攻撃を倍速化させる。
落雷が何度も何度も落ち、弓術士を一方的に追い詰めていた。シルフのような『四大精霊』に属するモンスターは、攻撃を外すことがない。
「おっと」
ふと上を見たマナヤは、矢がシルフへ降ってくるのを確認した。
だがその矢は、すぐ近くにある花機SOL-19を取り巻く旋風によって逸らされ、地面に刺さる。
(竜巻防御をかけたモンスターの周囲も、射撃攻撃から守られる)
そのためにマナヤは、竜巻防御のかかった花機SOL-19の近くにシルフを配置したのだ。
(……終わったか)
ほどなくして、シルフが攻撃を辞めた。
ショ・ゴスに視点を移してみれば、弓術士が倒れ込み動かなくなっているのが見える。
――マナヤ。
(心配すんな、テオ。お前は無事か?)
――う、うん。ありがとう。僕あやうく……
(いや、俺の方こそこんな時に失神しちまっててすまねえ。強くなったな、テオ)
もはやマナヤは、トドメを刺しに出てきただけだ。決着自体は、テオがすでにつけていた。
自分ですら戦い慣れていない『召喚師以外との対人戦』を、テオは見事にこなしてみせたのだ。ゲーム外での作戦立案に関しては、もしかしたらもうマナヤより上かもしれない。
成長したテオに、マナヤはどこか誇らしくなり鼻をすする。
――そうだ! マナヤ、みんなを探さないと!
(ん? そういや、他の連中はどうした?)
――みんなはぐれちゃったんだ! 他の人達も、どこかで戦ってる!
慌てて見回すと、どこかから轟音や破裂音が聴こえてくる。どうやら、バラバラに散ってしまったアシュリーらも瘴気を纏った聖騎士らと交戦しているらしい。
(そういうことか! よし、急ぐぞ!)
――うん、お願い!
とりあえずマナヤは、最寄の戦闘音の位置を把握。
手首に『俊足の連環』がはまっていることを確認し、疾風のように駆けだした。




